偽りの友好試合 Ⅱ

 ドラゴン

 小型の竜でさえ成人男性を凌駕する体躯を誇るその生物は、当然ながら人間よりも力が強い。単純な体当たりでさえ人間にとっては一撃必殺と化し、遠距離からもブレスを吐くことで攻撃可能。個体にもよるが最高速度は音速を超え、そのヒットアンドウェイの攻撃は非常に厄介。


「行くぞ、殺し屋!」

「地に伏せろ、獣畜生」



 体表は厚く、生半可な武器では武器が壊れる。気性の荒さもあって、人間にとって竜は危険極まりない生物なのだ。

 そしてそれ故に、竜を使役する能力を持つ『竜使族』が台頭するのは必然だったのだ。竜を使役する本人まで鍛え始めたら、もはや大抵の人間では太刀打ち出来ない。

 

 故に、


「……」

「─────ッ!」

「チイ! なんだこいつァ……!」


 故に、それを相手に涼しい表情を浮かべているキーランはどう考えても異常だった。

 竜が中空から尾を振り下ろすが、彼はなんでもないように後方に跳ぶ事で回避する。尾が直撃した大地に亀裂が走り、大量の石飛礫いしつぶてが宙を舞った。


「これでどうだァ!?」


 そしてその石飛礫を、大男は棍棒を振り回す事で相手に目掛けて撃ち放つ。ジルが見れば「バットで球を打ったような感じだな」と評価しそうなその攻撃に対して、キーランは。


「ふん」


 キーランは、懐からナイフを放つ事でその全てを相殺する。数は百を超え、速度は音を超えていた石礫達。その全てを、キーランは瞬時に解き放った三十ほどのナイフで撃ち落としたのだ。

 音を立てながら地面に落ちた石飛礫とナイフを見て、大男は目を見開く。


「んな!? 石飛礫は百は超えていたぞ!? 数が合わねえだろうがァ!」

「ナイフ同士をぶつける事で軌道を逸らせば造作もないこと。そして更に礫とも反発し合えば……百を超える礫程度、オレにはなんでもない」


 それは、跳弾と呼ばれる技術を利用した業だ。


 ナイフを放ち、そのナイフに新たなナイフを直撃させれば、当然二つのナイフは弾き合って本来と異なる軌道に動き出す。それを何度も行えば、ナイフの軍勢は複雑な軌道でそれぞれの方向へと動き出す。

 同様に、石飛礫と直撃したナイフも別の軌道へと動き出すだろう。それを何度も行えば、当然全ての石飛礫を撃ち落とせる。


 百を超える石飛礫を撃ち落とすのに、百を超えるナイフを放つ必要など存在しない。ナイフを放つ適切な速度、角度、力を計算すれば何も問題ないのだから。


「バ、バカな!? それだけの絶技を……!? 音よりも速く、全てを計算してから放つなんぞ……!」

「───それくらい出来て当然だろう。オレ達は、ジル様に仕えている。ジル様の威光を示す栄誉を担っている。オレだけではない。後続に続く者達も、これくらいは余裕でやってのけるだろう」

「な、なんだと!?」


 ステラやセオドア、そしてヘクターが聞けば全力で「出来るわけないだろ」と否定する事を、キーランはなんでもない風に言い放つ。

 あまりにも当然のように口にするキーランを見て、大男は信じられないという気持ちと、しかし目の前で実演された光景を見て狼狽した。


 ───まさか、本当に後続の者達もキーランという大物に匹敵する実力者だとでもいうのか……?


「……ッ! だが、ナイフごときでは俺の竜はやれんぞ!」


 しかし、大男も世界有数の強者である事に違いない。キーランが人間離れした技術を有するのと同様に、彼もまた別分野で人間離れした能力を誇る存在なのだ。


 大男の指示を受けた竜が高く飛び上がり──そのまま一直線に下降する。


「くだらん」


 竜の特性を活用した攻撃。それを細めた眼で見やりながら、キーランは瞳を輝かせて口を開く。


「【禁則事項】は上空からの攻撃。【罰則】は片翼の切断」


 瞬間、絶叫をあげた竜が大地に追突する。

 それも、標的たるキーランがいる場所とは大きく離れた場所へと。

 轟音が響いて、砂埃が舞った。


「……は?」


 そしてそれを、大男はポカンとした表情で眺めていた。キーランは何もしていない。いや、正確には口を開いて言葉を放っていた。


 いや、だがしかし、それで何故竜が──


「ッ!」


 ハッ、となった大男は棍棒を握りしめ、それをキーラン目掛けて上段から振り下ろそうとする。

 竜はほぼ戦闘不能状態に陥っているが、しかし自分はまだ動ける。ならば、ならば自分が目の前の男を叩き潰せば問題は──


「眠れ。お前如きでは、オレには勝てない」


 大男の意識が断絶する。

 キーランより放たれた顎先を掠めた一撃。それが脳震盪のうしんとうを引き起こして、大男から意識を奪ったのだ。


 ドッ、と沸き立つような歓声が、闘技場を満たした。





「すげえ!」

「ナイフの攻撃って、なんかカッコいいな!」

「あの兵士さんが負けるなんて……!?」

「『竜使族』でも三番目に強い人だよな……」

「何者なんだ!?」

「番狂わせだ!!」

「両方ともすごかったよ!」

「いやしかし、キーランって人強すぎるだろ」

「だな。当たれば即死の攻撃で顔色変えてないし……」

「本当に相手は小国……なのか?」


 観客達が様々な言葉を叫ぶ。

 その中にキーランを否定するような類のものはなく、誰もが両者の戦いを讃えていた。

 歓声を背景に地に伏せた大男を見下ろし、次いでキーランはVIP席へと体ごと顔を向けた。

 そして彼は、そのまま跪くと。


「ジル様! 我が勝利を、御身に捧げます! この栄光は全て、貴方様へと!」


 確かに張り上げた声だったが、しかしそれほど大きいものではない。

 だというのにその声は、歓声すら打ち消して皆の耳に届いた。


「───大義であったぞ、キーラン。此度の戦い、中々に良い催しであった。今後も励め」

「ハッ!」


 その姿は、まさしく忠臣。

 あれほどの男をこうも心酔させる『ジル様』とは何者か。そしてそんな彼が従える他の者達は、どのような実力者なのか。

 皆の期待が、高まった瞬間だった。


 ◆◆◆


 やられた、とシリルは内心で歯噛みする。


 人間という生き物は予想外の事態ほど印象に残りやすい。観客にとって今回の結末はまさしく"予想外の展開"であり、であれば相手にとって今回の件は強く印象に残った事だろう。


 そして何より、あのキーランが絶対の忠誠を捧げる。彼を知る人間にとってはこの上なく恐ろしい事態であり、知らない人物であろうと今回の件で注目せざるを得ない。


 自分が調べ上げた限り、あの男は──


(どんな手品を使ったというのですか……?)


 まさかそれほどまでに、横で悠然としている男は人心掌握に長けているとでもいうのか。

 魔術大国の掌握も確かに異常だが、アレは元々魔術に対して狂信的という面が存在した。それ故に指向性を変えてしまえば納得できなくはないのだ。


 だが、それをあの殺し屋にも可能となると──


「次の試合が始まるようだな」

「っ! そうですね」


 内心で焦燥するシリルを他所に、ジルはなんでもない風に言う。それを受け、即座にシリルは精神を切り替える。

 闘技場の中央にて。水色の髪を持つ少女と賢者風の見た目の老人が相対した。


「魔術師か?」

「ご名答。彼は我が帝国が抱える魔術師の一人。先代達は魔術大国の影響で魔術師を嫌い、魔術を軽視していましたが……僕は魔術というものに興味を抱いてまして。彼をスカウトしました」

「ほう?」

「魔術というのは興味深い。事象を数式に当てはめて、それを事象として再現する。言葉にすればそれだけですが───不思議に思いませんか? 何故、事象を数式で表せるのか。この世の全ては数式で綺麗に表現できるという仮説があるそうですが、僕は不思議でなりませんね。何故、数式に表せる? ……まるで」


 雑談に興じながらも、二人の視線は眼下へと向けられている。少女と老人は何事かの会話をしているらしく、試合はまだ始まっていない。


「まあ、大事なのは目下の試合ですよ。あの少女はあの齢で上級魔術に至るだけの恐ろしい才能と実力を有していると僕は見ましたが……それは彼も同じ。そして同等の領域に至っている術師同士の戦いにおいて、年季というものは──」

「……フッ。上級魔術、か」


 ◆◆◆


「儂は皇帝陛下直々に雇われてな。元々はこの国の辺境の地で一人研鑽に積んでおったのじゃが」

「へえ。ボクはどっちかっていうとジル少ね……オウサマが面白そうだから国を出て自分からついて行った感じかな」

「ほうほう。貴方方の王というのもなかなか寛容な方なようで」

「うーん。まあ、寛容といえば寛容なのかも。考えてみたら、オウサマの周囲って個性的だし。大抵のことは受け入れる器の大きさはあるよアレ」

「ほほほ。して、お嬢さんはどの国出身なのかね?」

「魔術大国」

「え」


 ピシリ、と老人が固まる。

 次いで信じられないものを見たといったような表情を浮かべて、その顔をみるみるうちに青褪めさせていった。


「も、もう一度言ってくれんかね?」

「魔術大国」

「ひっ」


 老人が一歩後ずさる。先ほどまでとは一変した老人の空気に、ステラは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたのおじいちゃん。顔色悪いけど」

「ひいいいい!?」


 ステラが一歩近づくと同時に、老人は風属性の中級魔術を無詠唱で放った。ステラの体が吹き飛び、砂埃が彼女の姿を覆い隠す。


「ま、ままま魔術大国……」


 聞くだけでも恐ろしい名前である、と老人は震え上がる。

 あの頭のおかしい魔術師が大量発生している国出身の術師というだけで、老人はもはや半ば狂乱状態になっていた。


(ち、直撃……したのかね? いや、しかし魔術大国出身となると……)


 おそらく、無事。

 普通であれば勝敗が決してもおかしくはない。が、魔術大国の術師であれば話は別だ。


「あはははー。元気いっぱいだねおじいちゃん」

「────」


 老人の予想通り、ケロリとした様子の少女が砂埃を切り裂くようにして現れる。

 その身体に傷はなく、服に汚れすら見当たらない。反射的な攻撃とはいえ、仮にも中級魔術の一撃だったというのに。

 直撃すれば人間一人程度、殺せる一撃だというのに。





「んじゃ、やろうか。ボク達の魔術合戦で、観客の人達を魅了しよう!」


 少女、ステラは周囲にを浮かべながら楽しそうに笑う。

 それを見て絶望する老人を他所に、戦いの火蓋は切られるのであった。

 

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