『龍帝』の奇策と『王』の計略

「私と友好を深めたい、か」

「ええ」


 シリルが取り出したボードゲーム。それは完全に、将棋のようなものだった。


 将棋。

 簡単に言えば王様を取られたら敗北で、逆に王様を取れば勝利を得るゲーム。前世の世界においても、将棋と類似したゲームは古今東西あらゆる地域時代で存在していた。であれば、異世界でも似たようなボードゲームが生み出されるのは全くもっておかしいことではない。


 特に『龍帝』は、大陸の支配を目論んでいる人間だ。であれば相手の駒をとって自軍に加える将棋のようなボードゲームに興味を抱くのは必然だろう。今回興じるゲームは駒の形などはチェスに類似してるが、ルールはほぼほぼ将棋である。


(さて)


 ここに来てボードゲームを取り出してきたのは言葉通り友好を深めたいという意味ではなく、ほぼ間違いなくゲームを通して俺の性格を把握しようという魂胆だろう。


 実際、ボードゲームというものは性格を映す鏡として機能することが多い。意思決定の判断基準は何かだったり、どのような戦術を取るかで慎重な性格か過激な性格かが分かったりすると言えば分かりやすいだろうか。


 相手は『龍帝』シリル。


 人類最高峰の頭脳を有する相手に、下手な誤魔化しなど通用しない。つまりジルという存在を演じている俺の正体に勘付く可能性が、絶対にないとは言い切れないということに他ならないが──


(『龍帝』……確かに舌戦はお前にとってもはや無意味であり、であるならばゲームを利用してこちらの素性を可能な限り把握する方向にシフトするというのは自然な流れだ)


 なにせ現状は、こちらだけが相手のことを一方的に知っているという状況だからな。少しでも理解を深めることで、今後の行動指針を立てようとするのは至極当然のこと。


 状況は間違いなく向こうが不利であり、そこから逆転を狙うには賭けの要素があるとしても攻勢に出るしかない。


 スポーツでいくら無失点に抑えたところで、点を取らなければ絶対に勝てないのと同じだ。引き分けが目的なら構わないが、勝利を目的とするならば守るだけでは目的達成には繋がらない。それと同様で、彼が俺の国を欲する以上、どこかで攻めに転じる必要はどうしても出てきてしまう。


 そしてこの場合、その攻めに該当するものこそがボードゲーム。


 逆に言えば向こうはそれほど追い詰められているということだが、逆転を狙うには良い手ではある。丸裸も同然の向こうに失うものは無いに等しく、俺から一方的に情報を掴めるかもしれない手だからだ。


 だが、


(だがな『龍帝』。俺はお前の全てとは言わんが、それでもアニメで得た範囲では知り尽くしているんだ)


 アニメで『龍帝』が、つまらなさそうにボードゲームをしていたシーンを脳裏に浮かべる。俺は、ありとあらゆる事態を想定して行動を起こす。であれば『龍帝』。お前がアニメでやっていた行動から派生可能なすべての行動パターン程度、俺が想定していない訳がないんだよ。


 まあ、何が言いたいかと言うとだ。


(お前がボードゲームを持ち出してくる可能性を、俺は当然ながら考えていた。であれば、対抗策を練っておくのもまた当然のこと)


 お前がボードゲームを通じて俺の情報を得ようと考えるならば、俺は入念に準備した戦術をひたすらに取り続けよう。作り上げたジルの人格が取るに相応しい戦術だけを、俺は使う。


 似たような状況に陥った際、俺はひたすらに似たような戦術を取り続けるだけで良い。就職活動の際に使われる適性検査や心理テストと同じだ。似たような設問に対して異なりすぎる答えを出さないように、自分を偽るというだけの話。


 俺はお前とのボードゲームに興じる為だけに、この世界に存在するありとあらゆるボードゲームを調べ尽くし、ジルのキャラ像を崩さないように立ち回りつつ、偽りの趣向を演じる為の戦術を組み上げてきたんだからな。


(とはいえ、戦局がある程度進めば性格なんて関係なしに立ち回る必要も出てくるんだがな。王手されてるのに「ジルなら王手なんて知らん。相手を直接叩き潰せば勝利だ。俺がナンバーワン」みたいな理由で『龍帝』本人をぶん殴ってゲームで負けたら意味がわからんし)


 そう考えると、ボードゲームを通じて本当の意味での性格を知ることができるかと言われると、そこは否である。あくまでも、ボードゲームの範囲内でおおよその選好を把握できる程度だろう。


 だがしかし、なんだかんだで序盤は性格が出てくるもの。それに一端でも把握できれば、シリルほどの頭脳があればそのほとんどを掌握可能なのだ。だから俺ならばこう打つという立ち回りではなく、ジルならばこう打つという立ち回り方を組み上げておくのは決して無駄ではない。むしろ必須とさえ言える。


(『龍帝』。俺はお前相手に、油断も慢心もしない。大陸の人間に限れば『人類最強』の次に……いやある意味では『人類最強』以上に、俺はお前を警戒している)


 だから俺は、俺という存在を完全に押し殺し、ジルという虚像を強固にする為に延々と、事前に用意したパターンだけを行使し続けてみせよう。


 ジルの人格や価値観に相応しい戦術だけを幾つも組み上げ、本番でも扱えるように俺はここ数日一人で静かに駒を打っていたのだ。疲れたから外に出て月明かりを浴びようとしたら、半裸の集団を前にしたときの俺の心身的な苦労と絶望を、お前には理解できまい。


(本当に、苦労した。苦労したが、完璧に成し遂げた。……『龍帝』シリル 。俺自身は大したことのない存在だがな、ジルはそうじゃないんだよ)


 前世の俺では不可能な作業だったが、しかしこの肉体は『龍帝』と同じく人類最高峰の頭脳を持つ者。ならば不可能などという道理はなく、であれば俺は決して諦めない。

 

(ではやろうか『龍帝』。俺が見据えるのは神々だ。かといって、人類最高峰の頭脳を持つお前相手に油断なんて真似は決してしない……全力で相手をしよう。その上で俺は、お前にこの仮面を破らせはしない)


 ◆◆◆


「くくく……」


 酷薄な笑みを浮かべると共に、ジルが歪な空気を放つ。それを受けたシリルは、全身の肌が粟立つのを感じた。


「友好を深めたい、か。然様か」


 愉しそうに、ジルは嗤う。細めた瞳をギラギラと輝かせながら、彼はこちらの奥底まで見抜くような視線をよこしてきた。


「貴様の真意は他にあるのだろうが……良いぞ。知恵比べというのは中々に新鮮な催しだ。私を試そうなどという不敬ならば処すところだが──貴様の策に乗ってやろう。存分に、人類最高の叡智とやらを振るうが良い」


 ──気付かれている。


 ジルの言葉に、思わず内心でシリルは歯噛みする。


 だが、


(っ! 落ち着きましょう。僕の策は、二段構えです)


 そう自分に言い聞かせながらシリルは駒を並べ終え、先手後手を決める。


「先手は貴様のようだな」

「そのようですね」

「くく、では始めるとしようか?」











 自然体、という他ない態度でジルが軽快に駒を打つ。その口元には笑みが浮かんでいて、自身の絶対性を信じて疑っていない素ぶりだ。


「即断即決ですね。……貴方はこのゲームが初めてでは?」

「この程度をこなせないとでも? 私を侮るなよ小僧。それにそういう貴様も、さほど思考している様子はないが?」

「見えているものに思考の余地はないでしょう」


 駒を打ちながら、シリルはジルの様子を観察する。

 

(彼を相手に、戦術で趣向を読み取るのは困難)


 ジルは気付いている。自分が友好を深める為にボードゲームを持ち出したのではなく、ボードゲームを通して彼のデータを得ようとしていることに。


(凡人や秀才。少し優れた人間程度であれば、入念すぎる準備でもしない限り、ついさっき僕の真意に気付いたところで、咄嗟に誤魔化すのは不可能でしょうが……)


 目の前の男であれば、即興であっても自らを偽るなど造作もないことだろう。それだけの頭脳は有していると、シリルはジルを高く評価している。


 ああそうだ。盤上に現れる性格を偽るなど、目の前の男であれば容易くこなしてみせるはず。自身に絶対の自信を持ち、それを隠すことなく尊大な態度をとっている彼が、自らを偽るような真似をするかどうかは別として。


 ──だが、それ以外は?

 

(僕の真の狙いは、別にありますからね)


 ボードゲームに集中するということは、それ以外の所作で素の自分が露出する可能性が膨れ上がるということ。


 例えば、紅茶を飲む際の仕草。少しばかり気が緩んでいるのか、先ほどまでの動きとは少し違う。


 そしてその何気ない仕草を見れば、シリルであれば相手の情報をある程度とはいえ掴み取ることが可能なのだ。


 例えば先ほどの「小僧」という発言だけ見ても、ジルという人間のパーソナリティはなんとなく察せるだろう。例えば、見た目通りの年齢ではない『何か』がある可能性とか。


(おそらく彼は、王族としてのマナーの教育を体に染みつくまでは受けていませんね。いや、もしかするとそもそも受けていないかもしれません。この国は、不気味なほど情報が出てこない。非常に閉鎖的な国だ。もしかすると彼の出自は、下剋上でも起こして王として成り上がった人物の二代目や三代目の可能性がありますね)


 国として他国との交流がほぼないとすれば、マナーを覚えようとする機会なんてそうそうないだろう。元々が平民の一族だとすれば尚更。


 自分との会談を前にして、ごく最近マナーを身につけた可能性は高い。


(ボードゲームなんて極論どうでも良い。僕はボードゲームという分かりやすいものを餌にして、貴方の性格をボードゲーム以外の面から導きだす)


 勝負事に集中するということは、そういうことだ。ボードゲームで偽りの性格を演じる為の手を打つことに集中すれば、そこから現れる性格を誤魔化すことはできるだろう。


 だが、それ以外の面であればその限りではない。ボードゲーム以外の面であれば、ジルという人間の情報は露出するはず。


 それこそ、付け入る隙というものも含めて。

 

「私の勝ちだな」

「……ええ、ですがこれは五番勝負ですよ」

「良いぞ。精々足掻くが良い」


 自信家。


「僕の勝ちですね」

「此度は貴様が優ったようだな。誇るが良い。が、二度も続くと思うな」

「次も僕が勝ちます」

「ほざいたな」


 プライド高い。


「二勝二敗ですね……」

「面白い。ここまで私を楽しませた存在は久方ぶりだ。一芸であれば、私に追随する存在もいるらしい」


 しかしそれはそれとして、敗北を認める潔さも両立していて、強者との戦闘を好む気質もありそうだ。言動、表情、ボードゲーム以外での動作、気持ち程度に彼が好む戦術も加味して──


(……掴みましたよ)


 内心で、シリルは口角を吊り上げた。


 ジルという男の付け入る隙を掴んだことに対して、彼は内心で喜色を浮かべる。


(こういう手合いには……)


 即座に、彼はこの国を手に入れる為の算段を整え始めた。元より目的はそこにしかなく、このゲームもその他諸々もその為の手段でしかない。


(プライド高く、それでいて敗北は敗北と認める潔さ。これらは一見両立し得ないものですが──独自の美学を有しているならば話は変わる)


 おそらく、自らの敗北を認めない姿は醜いとでも考えているのだろう。であれば彼に敗北を認めさせることが出来れば、彼は素直に自分に下る。それこそ、戦争で敗北すれば彼はおとなしく従うだろう。


(ですが、彼本人を戦場に立たせてはいけない)


 しかし、これには致命的すぎる問題点がある。


 それは単純に、ジルという男のスペックが高すぎる点だ。頭脳で渡り合えるのは自分しかおらず、戦闘面に至っては未知数。


 故に、敗北を認めさせるといってもどうあっても『戦争』という手段は避けなければならない。


(戦争という手段を用いず、なおかつ彼の国を僕の国の属国的な立ち位置に配置する方法……)


 仮にこのボードゲームで勝ったところで、あまり意味はない。何故ならこれは名目上、友好を深める為の玩具でしか──


(……友好?)


 カチリ、とシリルの中でパズルのピースがハマる。

 

(同盟を結んだ証という名目の元、互いに互いの兵を競わせる御前試合のようなものを行うというのはどうでしょう……)


 確か友好国同士の外交の一環として、国同士で競う競技を行った歴史がどこかの国であったはず。それと同じことを、自分達も行えば良いのではないだろうか。


 ジルという男はファヴニールの件からして歴史に対する理解も深そうであるし、何より自信家な性格である以上挑発気味に勝負事を持ち込めば間違いなく乗ってくる。


(彼は強いですが、彼の兵士は然程強くない事は確認済み。注意すべきは精々、水色の髪の少女くらいでしょう)


 勿論、不殺は絶対条件。


 そして建前として「御前試合のようなもよです」とすることで、最強の鬼札であるジル自身が競技に出る事態も封じられる。


(そしてその競技で僕達が勝利すれば、敗北した彼は必然的にある程度下手に出ざるを得ない)


 勿論、そんな必要はない。


 何故ならあくまで、プライドの問題だからだ。同盟国同士の外交の一環である以上、根本的にどちらが上か下かを競うものではないのである。


 つまりこれは、あくまでもジルという男の性格に依存した作戦に過ぎない。仮にジルの性格が異なれば、シリルは別の作戦を立てる必要があっただろう。


(認めましょう。今はこの国を、僕の手に収める事は不可能。ですが、来たる未来の為の先手は打たせて頂きます。今回は僕の大陸の支配の邪魔をさせない状態に持ち込めたら上々、としておきましょう)


 そうとなれば、早速交渉開始だ。

 自分の策を速攻でまとめあげて、シリルはその口を開いた。



 ◆◆◆


 会談は終わり、『龍帝』達は帰国した。彼からの提案により、シリルの国の闘技場で御前試合を執り行うことになったが──


「……くく」


 ああ本当に、本当に楽しい。


(──『龍帝』。お前は賢い。賢いからこそ、今取れる手段の中で最上の手段を無事に選択した)


 俺を放置する訳にはいかず、されど実力行使で属国にする事も不可能。

 であれば同盟を結ぶというのは唯一の着地点であり、それでもなるべく優位な状況でいたいと考えれば『ジルに敗北を認めさせる』という手は最良の手の一つだ。


 そしてこの国を見て回って分かるのは、圧倒的な人材不足。それは案内係に研究者然としたセオドアを使ったり、明らかに強者であるステラを従者として使ったりしている点だけでも明らか。


 ──そう思わせる為だけに、俺はそういう配置で動かしたのだから。


 ヘクターとキーランという世界有数の強者の手札は伏せた。キーランが教育した俺の従者達に関しても、今日は暇を与えてステラに代役を任せた。


 そして国の兵士達の戦闘力はとてもじゃないが大国の兵士と競わせるには分が悪く、民衆達は半裸。


(……半裸の信仰に関しては早急になんとかせねばならないな。新たな啓示とでもして、別の信仰の形を伝えよう)


 明らかに人材不足の国である以上、突出した強者であるジルを出さずになおかつ戦争紛いの勝負事を持ち込めば勝てる。それは確かに、当然の理屈だ。


 ──そういう結論を出させる為に、俺は色々と仕込んでやったのだからな。


「龍帝の性格は知っていた。奴は単純な強さ以上に、その狡猾さとジルにも匹敵する頭脳こそが真価であるとな」


 酷薄な笑みを浮かべながら、俺は窓から漏れる月明かりに視線を送る。


「であれば、あの男であれば俺という男が演じる性格を見抜き、なおかつそれに対応した戦略を練る筈だと俺は確信していた。内心まで悟られれば問題だったが──」


 ジルのキャラ像を崩さない範囲で、ある程度シリルが俺の思う通り動くような性格を大袈裟に演じた。

 シリルはおそらく、ジルを『プライド高い自信家』なんて評価を下したはず。


(『龍帝』お前の選択は間違いじゃない)


 俺だって、お前と同じ立場であれば同じ選択を選ぶ。選ぶしかない。

 何故なら普通に考えて、得られた情報からの行動としてはそれが最適解だからだ。


「さて、小国と大国の御前試合。この火を見るより明らかな結末の見えている競技で、番狂わせのように小国が勝利すれば?」


 お前が聡明で助かった。

 お前が聡明だからこそ、俺の下準備は無駄にならなかった。

 お前が聡明だからこそ、俺の予定通りに事が動いてくれた。


「『龍帝』が勝負には出ない以上、俺という『龍帝』にも匹敵する突出した実力者がいる事は伏せつつ、なおかつ大国に匹敵する戦力を保有していると周囲に認識させることが出来る」


 俺の目的は天下統一。

 その為には、多くの国にうまい具合に実力を認識させる必要がある。


 そして俺の威光を周辺諸国に示す為に、大国に匹敵する軍事力を保有しているという事実は十分すぎるアピールポイントとして機能するだろう。それこそ、その辺の小国であれば無条件に俺の国の属国に下るかもしれない程度には。


「天下統一。その足がかりとして、精々利用させてもらうぞ。『龍帝』」


 なにより、『龍帝』自身が一番認めざるを得まい。


 お前の国では、俺の国には勝てないとな。


 

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