頂点達の策謀
『龍帝』シリル。
彼は橙色の髪と
その見た目通りの穏やかな性格と世界征服を目指す苛烈な性格を矛盾なく両立させており、設定上では『ジルと似た価値観を有しているが故に、互いに好ましくは思うが最終的には敵対する』とまでされている。
さて、そんな彼としては魔術大国の異変は気になって気になって仕方がないことだろう。アニメでは魔術大国の狂人達に対しても思考停止で対処しないことを心がけていた男だ。間違いなく、この時期に魔術大国と同盟関係を結んだ情報を元に、俺の国に訪れる。
──そんな俺の読みが的中したことを確信したのは、俺が魔術大国から帰国して一週間後のことだった。
「ボス。『龍帝』からの文書ってのが届いたぜ。罠の類じゃ無いことはセオドアやステラと確認済み……って、何してんだ?」
城のとある一室にて作業中の俺に対して、封書を手渡しに来たヘクターは不思議そうな表情を浮かべる。俺はヘクターに礼を言いつつ、『龍帝』からの文書を受け取った。
「グレイシーの為の部屋作りの最終工程だ。城内であれば基本的に問題なく生活出来るようにしたが、自室ともなるとやはり一線を画す快適さを提供すべきであろう」
「あー」
「客人をもてなすのは王として当然の義務。妹ともなればなおさらであろう。やりすぎるくらいでちょうど良いものだ」
そう言いつつ、俺は文書に目を通す。
ざっと視線を走らせて、俺の読み通り『龍帝』が直接この国を訪れる旨の内容に口角を吊り上げた。
「で、どうだった?」
「現状は、私の思惑通り事は進んでいる。まあこれは当然だ。互いに互いの思惑通りである事を承知の上で行動しているのだからな」
「殴り合いの時にわざと作られた隙だと分かっていても、飛び込まねえといけないときがあるのと似たようなもんか」
「然様。少なくとも『龍帝』は私が罠を張り巡らせているという事までは認識している。私が『龍帝』の性格や価値観、行動原理に関する情報までをも大まかに掴んでいる事までは掴んではおらん。……万が一考えとして至ったとしても、現実味がないと切り捨てるだろう」
賢しいからこそ、俺がシリルの全てを把握している可能性なんて現実味がないと切り捨てる。
……少なくとも、
「頂点が直接敵地かもしれねえ場所に乗り込んでくるってのは中々に豪胆だよな」
「奴……というより正確には奴の使役する『竜』は大陸で頂点に位置する戦力を誇る。本人もそれなり以上に強く、であれば奴自身が最も生存率が高いであろうよ」
「ボスが教会勢力に一人で行こうとしてたようなもんか」
「うむ」
「まあ、とりあえず俺は『熾天』くらいには強くなるわ」
「……大きく出たな。アレらは正直、人間の範疇を超えた存在だが」
ヘクターの言葉は嬉しいし、絶対に不可能という訳ではない。
ごく一部の人間連中がインフレして邪神なりと戦えた実績が原作にある以上、絶対にないという話ではないのだ。
だがそれは、方法として確立されていない──もしくはアニメではまだ説明されていない──まさしく『覚醒』としか言いようがない手段。
名を、人類到達地点。
俺も隙間時間に自分の体を使って色々と試してはいるが、全くもってよく分からん領域である。
(……いや、ヘクターの場合はグレイシー関連で、別の手段での覚醒が起きる可能性があったんだっけか)
所詮はグレイシーの「種を蒔いた」という発言からの推測に過ぎないが、前後の文脈からして、そう外れた推測ではないだろう。
「そんくらい強くならねえと足りなさそうだしな」
「そうか。……仮想敵が必要であれば言うと良い。私が直々に相手をしてやろう」
「ボスは忙しいだろうが。まあ、行き詰まったら言うわ」
◆◆◆
(さて、偽神の真価を見させて頂きましょうか)
自らの相棒の背に
先日送った文書の返事は、直ぐに返ってきた。こちらは大国だというのに、堂々とした文面──なおかつ失礼な箇所は見当たらない徹底ぶり──を即座に返事としてよこした『偽神』の行動に老執事や大臣達は僅かながら動揺していたが、シリルはそこに驚きはなかった。
(魔術大国を配下に置いている以上、大国であるこちらに対しても、ある程度強く出ることができるのは当然のこと。そして向こうは意図して餌を蒔いていたのだから、どこかしらの国がコンタクトを取ろうとするのも想定の範囲内でしょう)
小国である以上、普通は大国相手にもう少し慎重に打って出るだろう。大国相手には
事実、自分以外の者達には軒並み動揺が走っていた、とシリルは苦笑を浮かべる。動揺が走れば隙になり、思考も疎かになってしまうことを考えれば、アレは非常に有効な一手なのだ。
──シリルが予測していたパターンの一つに該当していなければ、の話だが。
(格下が格上相手に喰らいつくには、奇襲が最も効果的。そして今回の場合、その手段として文書の返答を即座に送り
予測していたこと。それもそれなりに高確率でそうするだろうと考えていたケースに対して動揺する程、シリルは幼くない。
(やはり『偽神』はそれほど強大な力を有していないと考えるのが現実的ですかね。しかしその分、
様々な意味で胸を躍らせつつ、シリルは思考を巡らせる。
(小国である以上、戦力的な意味では僕の国に及ばないでしょう。魔術大国を引っ張ってこれることを考慮すればその限りではありませんが……しかし直接僕の戦力を見ても同じ考えができるかどうかは別です)
シリルの跨る相棒と、その周囲を飛翔する人を乗せた巨大な生き物達。その正体は、
人間と比較して遥かに巨大な体躯に加え、その戦闘力は言わずもがな。竜を大量に従え使役できるが故に、『龍帝』は『龍帝』足り得るのであり、歴代の『龍帝』達はいずれも名を馳せたのだ。
(人間である以上、結局のところ感情に左右される部分はどうしても存在する。理論上の最適解があったとしても、心理的要素によって最適解を選ばずに、行動が変化してしまうのが人間という生き物ですからね)
大抵の場合、物事には合理的行動というものが存在する。
例えば金貨を今受け取るなら十枚しか貰えないが、一年後に受け取るならば十二枚貰えるという二つの選択肢が目の前にあるとする。この場合──金貨の価値が変動しないだったり、世界情勢に変化がないなど、現在価値換算しても同じ等を前提とすれば──合理的なのは一年後に金貨を十二枚受け取ることだ。
だが、先にも言ったように人間という生き物は心理的状況によって行動を左右される生き物である。
である以上「一年後の自分とか知るか。俺は今金が欲しいんやよこせ」となる人間も当然いるのが世の常だ。これらの情報から分かるように、人間という生き物は常に合理的な選択や最適解を選べるという訳ではないのである。
基本的に人間は、感情と行動を完全には切り離せない。
(だからこそ心理的駆け引きや圧迫、脅迫などの交渉手段も存在する訳ですからね。まあ価値観が歪んでいる相手や、感情が薄すぎたり自覚がない手合いだった場合は、合理的という概念の判断基準が異なるので少し話は変わりますが、それはそれです)
竜の軍勢を前にして、果たして『偽神』は「魔術大国が味方についているから」という理由だけで冷静に対処できるのか?
軽く笑みを零しながら、シリルはもうすぐ辿り着く国へと思いを馳せた。
◆◆◆
「よくぞいらした、『龍帝』殿。私は案内役を務めさせて頂きますセオドアと申します。以後、お見知り置きを」
目的の国に降り立ったシリルの前に現れたのは、セオドアと名乗る年若い男だった。
研究者然とした姿から連想させるイメージと変わらず、彼から感じ取れる戦闘力はさほど高くない。
「いえいえ……私の方こそ、そちらの『王』から快い返事を受けた事に感謝していますよ」
しかし相当な胆力な持ち主ではあるようだ、とシリルは『偽神』に対する評価を一段階上げる。
竜と屈強な戦士に囲まれても一切動揺せず、自然体でいられる精神力を有する人間を従えているとなると、従えている側の『偽神』本人もやはり優秀なのだろう。
(──ですが。おそらく彼は、その類稀なる精神力を持って案内役として
普通に考えれば他国の重鎮の案内役としてはそれなりに階級のある兵士をよこすか、従者をよこすのがこの世界では基本だ。あるいは小国であれば、王直々に案内役を務める事もあるがそれはまた別の話だろう。
しかし、目の前の男はどちらにも該当しない。となれば彼が案内役を務めるのは、その強固な精神性が理由と考えるのが自然だ。
(小国特有の人材不足、というやつでしょうね)
しかしその少ない人材で上手いこと大国相手に立ち回ろうとする気概は素晴らしい。ますます欲しくなってきた、とシリルは内心で笑みを浮かべる。
そんなシリルの内心を知ったか知らずか。セオドアは眼鏡を中指で軽く押した後、その指を鳴らす。
「では参りましょう。王都の門から王城は、すぐそこです」
そして門が開き──視界が、肌色に染まった。
「…………」
目の前に広がる光景に、思わずシリルは絶句する。
「な、なんだあれは……」
「半裸の集団……!?」
「ひっ……」
「へ、変態だ……」
背後で部下達が騒めく。部下達の動揺が竜にも伝播したのか、身じろぎする物音が響いた。
(なんですか、これは──)
しかしさしものシリルも、今回ばかりはいつもの冷静さを保つことができなかった。
何故なら、
(なにかの、儀式……?)
何故なら視界に映るのが、半裸の軍勢だからだ。正確には大事な部分はきちんと隠れているが、だとしても意味が分からない。
半裸の軍勢は一心不乱に頭を下げ続けており、時折「ジル様万歳!」という喝采が響く。
(ジル、とは確かこの国の王の名前。つまり、魔術大国で言うところの神に該当する人物。だとするとこれは『偽神』を讃えている儀式なのか……? 魔術大国に通じる部分があることは、勿論ながら予想はしていましたが……)
シリルは高速で思考を巡らせる。
人類で最も聡明な頭脳の持ち主であるとすら謳われている彼は、全力で目の前の光景への解を導き出そうと考え込んでいた。
(分からない。分からないですよ。一体服を脱ぐことに、なんの意味があるというのです……? 神が本物だったとしても、服を脱いで祈りを捧げるなどという行為を意味もなくさせる訳がない。『偽神』は僕に追随する頭脳は持ち合わせているはず……であれば、服を脱ぐことにはなんらかの意味がある。なんの意味もない行為をさせる訳がないですからね……合理性に欠くので。……いえしかし、これは……)
おかしい『偽神』らしくない、とシリルは焦燥する。流石にスマートさに欠けすぎている。端的に言って、美しくない。色んな意味で。
(僕に精神的な圧力をかけようという魂胆か……? 僕の反応を伺っている……? 僕は今、試されている……? どこまで突き抜けた行動を取れば僕の精神を揺さぶれるのかを、試している……?)
幾多ものパターンを推測。
しかしそのいずれのパターンを選択しても、半裸に着地した意味が分からない。別に、半裸という手段でこちらの動揺を誘わなくても良いだろう。それこそ、他国から不名誉なレッテルを貼られる危険性さえも孕んでいるのだし。
とはいえ結果としてこちら側が動揺させられている以上、策は成功しているといえるのか。いや、だがしかし。
(彼らは何の疑問も抱かずに、当然のように半裸になって祈りを捧げている。だとするとこの国の人達は王が「服を脱げ」と言えば誰も反発せずに服を脱ぐほどの忠誠心を備えているということに──……っ! 成る程、そういう事ですか。僕に国民を買収するのは不可能だと暗に伝えるために……)
こちらを動揺させ、尚且つ民衆達の忠誠心の高さを見せつける為に国民達を半裸にさせたのか、とシリルは『偽神』の恐るべき所業に戦慄する。一石二鳥。二兎を追って二兎とも捕獲している偉業。
だがその偉業の恐ろしさ以上に、半裸になって祈りを捧げる行為に拒否を示さない国民達の価値観の異常性に、シリルは思わず足を後退させそうになっていた。
(恐ろしい……恐ろしいですね……)
おそらく、シリルは疲れ始めていた。考えすぎた結果全くもって意味不明な解答を出す程度には、彼は既に壊れているのである。
現在『偽神』ことジルは「やべえ半裸になるの止めるの忘れてた。てか半裸になるのを止めるってなんだよ……普通そんなの考慮して他国の重鎮と会談なんて望まないんだよ……意味わかんねえよ」みたいな感じで王城で一人焦っているのだが、シリルがそれを知る由はない。
故に、シリルの暴走は続く。
(何より、セオドアという男……)
セオドアを見ながら、シリルは『偽神』に対する評価を三段階ほど引き上げる。
(面構えが凄まじい。真剣な面持ちだ。どれほどの神経を使えばあんな表情になるのか。……おそらく、国民達の忠誠心を測っているのでしょうね。忠誠心に偽りがある者を、処す為に……)
実際のところ、セオドアとしては意識を失わないように必死なだけなのだが、シリルがそれに気付くことはない。
シリルは疲れていた。
(面白い。面白いですよ『偽神』。僕は本気で、貴方と知略を競ってみたくなりました)
かくして、
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