星に手を

 エーヴィヒによる魔術大国での動乱から、二日の時が過ぎた。この二日間は中々に濃厚な時を過ごしたが、別に詳しく語るほどのことは特にないのでダイジェスト形式で送ろうと思う。


 まずはあの後のこと。そう、クロエを追って俺が首都へと飛んで行った後のことである。


 首都に俺達が降り立つと同時に、何故か魔術大国の国民達から「魔術の神なのですね!」「お導き下さい」「信仰を捧げます……!」と次々に言われたり、キーランが「教祖様」と崇められてたり、俺について自慢したクロエが「流石『氷の魔女』様だ……」と神格化されたり、ステラが溶け始めていた氷を飲み干そうと躍起になっていたりと色々あった。


 いや初っ端から濃すぎるわなんだこれ。


(まるで意味が分からなかったな……)


 何故だ。いや、結果としてそこまで悪くない地点に着地したとは思っている。少なくとも、最も避けたかった俺に対する脅威認定を抱いている訳ではないからだ。

 だが、何故俺はこう毎度毎度『神』と崇められないといけないのかと疑問を抱くのは当然ではないだろうか。


 俺の一挙一動に対して勝手に深読みをし、意味を持たされる恐怖。道を歩けば誰もが俺に平伏し、声をかければ感極まったといった様子で涙を流し始め、神に献上品を渡す為という意味不明な理由で長蛇の列が出来上がる。


 魔術大国の秘宝やら、よく分からんが高価な指輪とか、他にも宝石財宝食料魔道具土地屋敷エトセトラエトセトラを、俺が虚無感に浸りながら受け取っていたのはいうまでもない。


(だが、俺が『神』であると勘違いされることを否定する理由はない。それどころか、否定するのは悪手)


 教会勢力に『神』と勘違いされたのは記憶に新しく、そしてその方が都合がいい為俺はあえてその勘違いを否定しなかった。


 そしてそれ故に、俺は「神ですか?」と尋ねられた時に「はいそうです」と答えるしかないのである。否定したとして、万が一教会勢力がその事を把握したら「何故否定する?」と当然疑問に思うだろうし、そこから巡り巡って俺が神じゃないとバレれば戦争待った無しである。


 故に俺は、神であることを否定しない。というより、できない。尋ねられなければわざわざ口にする理由はないが、しかし尋ねられれば肯定するしかない。


(窮屈で仕方がないが……)


 幸いにして、教会勢力のように服を脱ぎ出そうとしている輩はいなかったのが唯一の救いか。流石のキーランも、教会の時以降は「服を脱ぐ事こそが真の信仰」とか言っていないようで何よりである。


 なお、俺の隣でクロエも似たような状況に陥っていた。そのせいか虚ろな瞳になっていたのは言うまでもない。


 ちなみにクロエがステラの奇行を見かねたのか無言で凍結させた結果、それを見て何名かが羨ましそうな視線をステラに送っていた。次いで期待の篭った視線が俺の方へと向けられる始末。この国怖いんですけど。


 そんなこんなでもうこれだけで一日終わるんじゃないか、と俺が危惧し始めた頃。なんとエミリーが「私達はまだ昼餉を終えてないので、皆さん一先ず今日のところはお引き取り下さい!」と叫んで連中を追い返すという偉業を成し遂げた。


 その姿の頼もしさは、思わず俺がジルの仮面を投げ捨てて彼女を姉御と呼びたくなるほど。勿論こんなアホな理由でこれまでの努力をふいにするなどという愚行は犯さないが。


 その後は荒れ果てた森の中で唯一無事なクロエの屋敷に五人で帰還。我らが誇る最高料理人エミリーとキーランの二人のプロの手によって完成された料理に舌鼓を打ちつつ、今後の予定を話し合う流れになった。


 そこで俺が魔導書を閲覧したいことと『神の力』を欲していることを言うと、クロエが快諾。すぐ様魔術大国の上層部とコンタクトを取ってくれた。


 そこで見た魔術大国上層部の方々は──いや、言うまい。とりあえず胃薬を常に服用していた事と、ひどく痩せこけていたことと、俺に対して延々と平身低頭な態度であったとだけ言っておこう。


 俺が魔導書を閲覧したいと言った時の「ああ、この人もやっぱり頭おかしいんだな」みたいな視線だけは非常に遺憾であったが。その後の廃人にならなかった俺を見て「欲しいな……でも恐れ多すぎるな……」みたいな視線は当然無視した。


 そして最も重要な『神の力』だが、管理が想像以上に杜撰ずさんだった。始めに『神の力』に関して尋ねた時は「えっ、なにそれ」みたいな反応をくらい、色々と深掘りしていくうちに「あっ、あれか」みたいな反応を頂く。


 そうして案内された先で──漬物でも作ってんのか? みたいな保存封印方法で鎮座する『神の力』と対面した。ひどく微妙な心境で、俺が『神の力』を取り込んだのは言うまでもない。ステラとエミリーが「あれ漬物作ってるんじゃないんだ」みたいな事を話していたのを耳に挟んで、尚更微妙な気持ちになったりもした。


 流石にこの封印方法はないだろと思うものの、味方すら欺く封印方法という意味ではある種適しているのかもしれない。さしもの神々も、自分達の力が後世で漬物のように扱われているとは思わんだろうし。


 いや、だとしてもあの封印方法は無いわ。


 そして二日目。

 ステラとエミリーに自分の魔術を見て欲しいと言われたので、クロエと一緒に見ることに。妙に嬉しそうにしてるエミリーと、歯軋りをしているキーランが印象的だった一幕である。


 なおどこからか話を聞きつけたのか魔術学院で教鞭をとって欲しいという話が来たので五人でお邪魔し、結論だけ言うと魔術学院は物理的に消滅した。


 ──そして、今日。三日目の夜。


(……マズイな。ステラ勧誘の糸口が掴めん)


 今日俺は、魔術大国に訪れた最後の目的たる「ステラ勧誘」に関して、未だなんの進展もない事に焦りを抱いていた。


(原作のステラは何故国を抜けたんだ……。普通に仲良好なんだが……もしや、原作でエミリーは死亡して拗れたのか? 『魔王の眷属』は、実のところ描写されていないだけで原作前も行動を起こしていたと? いや、エミリーの死亡がクロエとの仲を拗らせる事に直結する理由に見当が付かん。アニメでの描写的に、二人の間に確執が起こったことは確実だろうに……)


 それとも、今後クロエとステラの仲が拗れるイベントか何かが発生するのだろうか。


(嫉妬以外で考えられそうな話は自己主張の薄いクロエに対してステラが『なんで師匠はこんなに強いのに! 何も言わないの!?』みたいな拗らせ方だが……クロエ地味に自己主張最近強くなってる気がしなくもないからそんな事件起きなさそうなんだよな)


 これがバタフライエフェクトというやつか、と俺は天井を見上げる。もう暫く滞在すれば糸口は掴めるかもしれんが、そう何日もこの地に留まっておく訳にもいかない。


 神々に対抗する為に俺のやるべきことは山積していて、そのやるべき事と比較すればステラの重要度はそこまで高くない。是が非でも手に入れないと死ぬ、というほどではないのだから。


(少なくとも、ステラという少女の中に俺という存在は深く刻み込まれたはず。今後クロエとの間に何かしら問題が起きて国を抜けた時に、俺の手元に転がり込んでくれるようなくさびは打てたと思うし……一度体勢を立て直す為に国に戻るか?)


 それとも『加護』を渡せばすんなり仲間になってくれたりするだろうか。いや、それで仲間になってくれなかった時の対処が中々面倒そうだ。そもそも現時点でのステラは魔術が好きなのであって『力』を欲している訳じゃないだろうし、あまり意味はないだろう。


(帰るか……国に)


 もう、魔術大国でやることは特にない。ならば国に戻って、次の段階に進むべきか。魔術大国で俺に対する支持を受けてから、魔獣騒動の後のように俺の能力がまたも向上した点も気になる。もしかするともしかするので、検証の必要があるのだ。


(ヘクターを放置しとくのも悪いしな)


 さて、明日には帰宅する旨をクロエに伝えよう。俺がそう結論付けて、ソファから立ち上がろうとした時だった。


「あ、ジルく……じゃなくてジルさん」


 風呂上がりなのだろうか。少し髪がまだ濡れた状態のエミリーが、タオルを肩にかけながら俺の近くにやってきた。


「何用だ、エミリー」

「ええっと、ちょっと良い……じゃなくて少し良いですか?」

「構わん。それとだが、慣れぬなら私に対しての敬語は不要と言ったであろう。お前はそれだけの価値を、この私に示した」

「……じゃあ、ええとそうするね」


 そう言って、彼女は俺の隣に腰を下ろした。少しばかりの沈黙が空間を満たした後、彼女はポツポツと喋り始める。


「その、頑張ろうね!」

「そうか。励むが良い」

「うん! じゃなくて……ってあれ、もしかして今ので分かったの?」

「当然であろう。私を誰と心得る。というより、私が先の言葉だけで大方を察すると理解した上で先の言葉を発したのではなかったのか?」

「うん全然。なんとなく言ってみただけ」

「……然様か」


 俺の呆れた様子を読み取ったのかは不明だが、薄く微笑んだ彼女は、足をぶらぶらとさせながら言葉を続けた。


「ジルくんの目的というか、目指してる場所が何かは分からないけど。多分、とても果てしなくて凄い場所を目指しているんだと思う。クロエ様くらい凄いジルくんが、全然届いていないってなってそうなくらいだから」

「……」

「だから、お互い頑張ろうね。目標に向かって。私は分からないけど……ジルくんならきっと、叶うよ」

「……」


 困った。今俺は、エミリーを手元に置きたくて仕方がない。どうしてこうも、彼女は俺の琴線きんせんに触れる発言をするんだ。その何気ない言葉に、俺がどれだけ救われると思ってるんだ。


 ヘクターと同じく、彼女は俺の精神安定剤に必要な人材なのではないだろうか、という思考が脳裏をよぎった。自分勝手な思考に嫌になるが、しかし間違いなくエミリーという存在に俺は救われている。


 だがしかし、俺が歩む道にエミリーは付いて来れないだろう。何より、彼女の目指す先は『氷の魔女』への弟子入り。


 一緒に目標に向かって頑張ろうという話をしていて、その言葉に救われているというのに、そんな彼女の目標の障害になるような提案をするというのはあまりにもあんまりだ。


 ヘクター。ソフィア。そしてグレイシーに続いて、俺の心に暖かいものをくれた彼女。その彼女の夢を応援することこそが何よりの感謝の気持ちの示し方であり、誠意だ。


「……フッ」


 だから、俺はエミリーの勧誘はしない。


 目標の為ならどんな汚い事だってしてやる腹積もりだが……今回だけは、綺麗事で飾っておこう。


「当然だ。私は決して、この手を下ろしたりはしない。貴様も励めよエミリー。世界最強の魔術師『氷の魔女』の弟子の肩書きは、決して安くはないぞ」

「うんっ。私、クロエ様の弟子になるね」

「エミリーは、私の弟子になりたいの?」

「はいっ!」

「分かった。じゃあ今日から、エミリーは三人目の弟子」

「やったー! ……え?」


 ピタリ、と硬直するエミリー。


 その気持ちはよく分かる。何故ならば、俺も内心では硬直しているから。いつの間にか近くにいた白い少女──クロエへと、俺達の視線は注がれていた。

 


「えっ、弟子……? えっ?」

「……? 嫌?」

「いやいやいや凄く嬉しいです!」

「良かった」

「えっ、でも、なんで? 私、使用人ですよね? その、才能もないですし」

「……? エミリーは使用人になりたいって言ったから、私は承諾した。弟子入りに関して聞いたのは、今日が初めて。びっくり」

「……」

「……」

「……?」


 顔を真っ赤にして両の手で抑えるエミリーと、なんとも言えない心境の俺。そして首を傾げるクロエという奇妙な絵面が、完成した瞬間であった。


 










 ──そして、翌朝。


「……小娘。ジル様に向けてなんの真似だ」

「……」

「あっはっは。いやいや、ボクもちょっとやりたい事があるからさ」


 眼を細めて、視線の先にいる少女の真意を読み取るべく思考を巡らせる。

 だが、読めない。

 何も、何も読めない。

 俺の有する知識、少女のデータ、その他諸々を活用しても──


「さてとジル少年。いや、青年? まあいいや。国を出る前にさ、ボクと遊ぼうよ」


 足元を中心に大地を凍てつかせながら戦意を滾らせる少女の真意を、俺は全く読み解くことが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る