勘違い系主人公
「【禁則事項は──」
キーランの輝いた瞳がエミリーと呼ばれた少女を捉え、彼女に聞こえる声の大きさで言葉が紡がれる。
その事態にステラは頭上に疑問符を浮かべ、エミリーは俺に指を突きつけたままキーランの方へと顔を向けてキーランの視線に表情を凍りつかせ、クロエは豚の丸焼きを頬張りながら一瞬だけ眼を細めると右手を
それらを眺めながら──
「良い、キーラン」
俺は語気を強めて、キーランの名前を口にした。
「……はっ」
「先の言葉は物を知らぬ小娘の戯言だ。加えて……小娘を見ろ。貧弱ではあるが、愚者ではない」
「承知いたしました」
「──だが、貴様の私に対する忠義は受け取った。今後も励め」
「はっ!」
そして、と俺はエミリーに視線を向けた。俺の視線を受けたエミリーはビクリ、と体を震わせる。
「自発的に喧嘩を売る相手はよく見て考える事だ。仮にも従者を名乗るのであれば、自らの軽率な行動が己の主の首を絞める場合もあると知っておくと良い。私が貴様の主人に対して何かしら不敬や危害を与える行為を働いたのならばともかく、貴様のそれは完全な私怨。……まあ尤も、私の力を未だ示していない以上、貴様の言い分も分からなくはないがな」
そこまで言って、俺はエミリーから視線を外した。
(自分にも突き刺さる内容を素知らぬ顔で語るのは、中々に疲れるな……)
時代劇か何かの一幕かよ、と自分でも思う。今の自分を客観視すると鬱になりそうだが、しかしこれもジルというキャラ像を保つ為である。
(全く……)
ジルという存在が周囲に与えているであろうキャラ像は、売られた喧嘩は買うというもの。
であれば侮辱や挑発の類を受けて何もしないなんていうのは違和感を与えかねないので、基本的に売られた喧嘩自体は買うと決めている。
(だが……)
だが避けられる戦闘は避ける方が無難だし、買わない方が利のある喧嘩は極力買いたくないというのが俺の本音だ。
今回の場合でいうとエミリーとかいう少女を虐めてジルという存在の格が上がるとは到底思えないし、魔術大国が消滅なんてして『神の力』や『天の術式』が失われるなんて展開になったら俺は詰むかもしれない。
故に俺としては戦闘を避けたい。
けれども自分のキャラ像を崩さないのは絶対条件で、であるならば向こうが自ら手を引くように誘導する必要がある。
そして、俺の近くには打って付けの人材がいた。そう──ジルに対する悪意に非常に敏感な、キーランという男が。
(俺以上に俺に対する挑発を見過ごせないキーランであれば、少し放置していれば勝手に動いてくれるからな……)
俺の思惑通り、キーランは行動してくれた。ありがたい話だ。俺自身がキレてその矛を収めるのは違和感的な問題で困難を極めるが、俺の部下がキレてその矛を収めるのはそこまで難しい話じゃない。
幸いにしてエミリーは俺達と比較すれば非常に矮小。そして同時に愚者ではなかった。
これが物語によくいる実力差を理解出来ずに喧嘩を売り続ける愚者であれば血生臭い展開になっていたが、実力差を理解して身を引いてくれるのであれば問題ない。
挑発を受け続けて何も言わないのと、格下を見逃すのでは大きく見え方が変わる。前者は「臆病者ではないか?」と思われるかもしれないが、後者は「度量があるのだな」と思われるはず。
格下を見逃す分には俺の格は落ちないし『神の力』の消失という最悪の展開も回避出来る。
故に、俺はキーランを泳がしてから諌めた。
(それに、エミリーを通して釘を刺す事も出来たはず)
以前にふと思ったことがある。
ここまで信仰されていると、キーランが勝手にどこかしらに喧嘩を売ったりしないだろうかと。別に直接「あちこちに喧嘩を売るな」と言ってもいいが、犯罪者を集めて組織を作ったジルの台詞としては違和感しかない。
なので俺は、自分自身で「あちこちに喧嘩を売ったら主人の格が下がるかもしれない」と思ってもらう機会をどこかで作りたかった。
それが今回巡ってきたので、ちょうどいいという事でエミリーを通してキーランに釘を刺したのである。
即ち、自分勝手な判断で良かれと思って多方面に喧嘩を売るな、という釘を。
地獄への道は善意で舗装されているなんて言葉があるように、善意からくる行動というのは良くも悪くも厄介なものなのだ。
良かれと思って俺の与り知らぬ所で虎の尾の上でタップダンスなんてされてたらたまったもんじゃない。
俺に対する不敬にキレるのは今回のような落し所を作れるので構わないが、勝手に格上にこちらから喧嘩を売っていたなんて話が浮上してきたら非常に困る。
(基本的には格上なんて存在しないし、その格上にしても神々を筆頭に普通はエンカウントするような存在ではないが……)
念には念を入れてみた。
まあ我ながら、中々悪くない展開だったと思う。個人的には、いい具合に教会勢力に釘を刺すきっかけを作ってくれたエミリーとキーランに対して賞状を与えてもいい。
確実に意味不明なのでやらないが。
「うわー」
そんな風に俺が今回得られた成果に内心で満足していると、ステラが呆れた様子を隠そうともせずに口を開いた。
「ジル少年とキーランくんなんか凄いね。ボク食欲失せたよ」
お前の『氷の魔女』相手に対する変態っぷりよりマシだと思うのは俺だけか?
ステラの言葉に釈然としないものを感じる。だが、自分でもどうかと思うくらいオーバーなリアクションをとったので、まあもう仕方あるまいと諦めた。
「エミリーもどうしたんだい? キミらしくもない」
「……ステラさんには分かりませんよ、私の気持ちは」
「ええーひどいなー」
「エミリーがどう思おうと、ジルは私の二人目の弟子。それは事実であり、あなたが何を言おうが変わることはない」
「……っ」
「……」
──成る程な。
エミリーとかいう少女はどうやら本当に従者以上ではない。クロエの弟子には該当しないようだ。
一目見た時から分かっていた事だが、エミリーに才能はない。
といってもそれはあくまで『氷の魔女』や俺基準であって、他国であれば優秀な魔術師として扱われるだけの才能はある。
井の中の蛙の逆だ。
灯台下暗し……じゃないが、まあ上ばかり見過ぎると視野が狭くなるのは必然だろうし、才能や自分にないものを持つ存在に絶望するのも当然か。
それ故に、ぽっと出の俺という存在に嫉妬したのだろう。
自分ではなく、突然湧いて出た幼い少年が自身にとっての憧れの立場に立つなんて、人によっちゃ発狂しかねない。中学生くらいの年齢なら感情的になるだろうし、魔術大国の人間である以上魔術関連であれば尚更だ。
(……しかし、ふむ)
エミリーとかいう少女は原作で見た記憶がないが──それなりにキーパーソン的な立ち位置にいてもおかしくなさそうな位置付けにいる。
氷の魔女の従者にして、魔術云々を抜きにすれば食事中の会話からしてステラともそれなりに仲は良い人物。原作における魔術大国編でステラが登場して以後に、登場していない方が不自然なレベルの位置付けとしか言いようがない。
せめて、せめて終盤の終盤に出てきたクロエが何かしら言及すべき存在じゃなかろうか。
(これは……)
それにも関わらず原作では影も形もないとなると……エミリーには、この後何かが起きるのかもしれない。
この世界ではありふれた、されど残酷な悲劇のようなものが。
(それが原因で、ステラが元々『氷の魔女』に対して抱いていた何かを拗らせたりするのか? いや、それならステラに独白があってもおかしくない気もするが。悪役に悲惨な過去は不要とかそんな理由で削られたんかね?)
──さてどう動こうか。
食事をとりながらも、俺は淡々と思考を巡らせていた。
◆◆◆
そして時は経ち、翌日。
「今日から特級魔術の指南に入る……と言いたいところだけど、ジルには私と一緒に学校や主要な研究機関を回ってもらう」
「ふむ?」
「私の直接的な弟子ともなると、色々と面倒ごとが付きまとう。だから、手っ取り早くジルには力を示してもらおうと思う」
「そもそも弟子であることを隠しておくというのは?」
「ほぼ不可能。私は意外と有名人らしい」
でしょうね、という言葉を飲み込んで俺はクロエの言葉に了承の意を返す。
(それにしても意外と、か)
前世でもそうだったが、突出した才能や実績を持ってる奴は意外と自分に対して向けられる評価に無頓着な面がある気がする。
まあそんな風に他人を気にせず我が道を突き進めるからこそ、突出していくのかもしれないが。
「といっても既にステラという前例があるし、私は魔術の研究には正直そこまで興味はない。学ぶのは好きだけど、それだけ。だから、研究機関ともそこまで親しくない」
研究機関ともそこまで親しくないというのは初めて知った情報だが、前者についてはアニメでも『氷の魔女』が似たような事を言っていた。
曰く、『魔術を学ぶのは好きだから禁術に手を出したが、自分で開発したりだとかにはそこまで興味がない』だったか。
魔術大国の術師の多くは新しい理論の開発や発見、魔術の真理に至る事を目的としているため異端といえば異端なので、言われてみればそこまで意気投合しなくても不思議ではない。
(そうは言いつつ『氷属性』の魔術を独自に開発しているが……。魔術愛という根幹に関してはこいつも他の国民と変わらないだろうしな)
それに『氷の魔女』は魔術的な面ではジルをも上回る才覚を有しているらしいので仕方がない。天才というものはそういう生き物なのであると納得しておこう。
「私は研究機関の人達とはそこまで仲良くないから、嫉妬とかはないと思う。だから安心して欲しい。これは念のためという面が大きい。緊張する必要はない」
そういうものなのだろうか。
幾ら意気投合せずとも、クロエレベルの存在になると知識の一端だけでも得たい人間は多発しそうだが。まあこればっかりは本人が一番理解しているだろうし、そういうものなのだと思っておくことにする。
「あ! ボクも! ボクも行く!」
「……? 珍しい。ステラが私以外の魔術師に興味を示すなんて」
「いやいやジル少年の魔術は普通に興奮出来るはずだよ師匠。ボクもう凄い事になるよ。ジル少年と師匠が同時に魔術なんて使ったら、興奮しすぎて失神しちゃうかも」
「その感覚は私には分からない。つまりそれはあなただけのもの。大切にしたら良いと思う。自分の中だけにしまっておいて」
「えへへ褒められた」
「……」
相変わらずの無表情のままだが、俺にはクロエが若干呆れたような雰囲気を放った気がした。いや事実、呆れているんだと思う。ステラの言葉を直接受けたら、間違いなく俺も呆れる。
そんなコントを横目に、俺はエミリーに視線を送った。今朝に彼女からは昨夜の件に関しては謝罪を受けたが、どうにもこちらを気にしている様子なのが気になる。
(いや、まあそんなものか……)
──と。
「……私も行きます」
「神たるジル様が行く以上、私が行かないなどという選択肢は存在しない」
ステラに続き、エミリーとキーランまでもが俺とクロエに付いてくると言う。
こんな大所帯で大丈夫なのか? という視線をクロエに向けると「問題ない」と返ってきた。
「何人いようと構わない。秘匿しないといけない情報に関しては、どの道触れさせる事はないのだから」
クロエがそう言うのなら、まあ、良いのだろう。
アニメにおいて、魔術大国はそこまで大きく取り上げられた訳ではない。いや正確には、クロエと魔術大国の関係性はというべきか。
アニメで描写されたのは魔術大国の頭のおかしい国民性くらいなので、実を言うと直接的に登場した人間はあまりいない。魔術大国に関してはこの世界に来てから耳に入った情報の方が多いまであるのだから。
(まあ、そこまで問題はないだろう)
そんな風に、俺は軽く考えていた。
◆◆◆
その情報は、魔術大国中を瞬く間に駆け抜けた。
「なに!? クロエ殿が新しく弟子を!?」
世界最強の魔術師『氷の魔女』。
なんの感情も示さない無機質で無表情なあの魔女が、新しく弟子をとった。
「ステラちゃん並に有望な子って事!?」
「つまり、特級魔術に至る可能性が──」
「いや待て、禁術も習得出来るかもしれないぞ!」
「お、おお……おお……! 禁、禁術の新たな使用者……!」
「い、今すぐにでも魔導書を閲覧させてあげたい……!」
「クロエ様は順序を大事にされる方だから、いきなり禁術は無いって聞いたぞ。だからステラくんも魔導書を閲覧していないのだろう」
魔術狂いが多く存在する国家、魔術大国マギア。
「う、羨ましい……!」
「そんなポッと出の術師が? ずるくないか?」
「ステラさんの時と同じように、見せつけてくれるものがあるわよきっと!」
そんな国において、歴史上最高にして最強の術師である『氷の魔女』。
彼女の主な特徴は魔術大国史上初の禁術を習得した存在という点と、一切感情を示さない無表情無感情な点。
言葉数は少なく、著名な人物でありながら森の奥深くに拠点を構え、とっている弟子はステラという少女唯一人。
自身で進める研究は何もかもを独力でこなすその姿に、誰もが『氷の魔女』の研究を邪魔する訳にはいかないと距離を置いた。
謎という謎のベールで包まれまくった魔女。それが、クロエという少女に対する周囲の抱いている印象だ。
そんな孤高の超人が、新しく弟子をとる。
その意味を、それが周囲に与える影響を、実のところ『氷の魔女』本人が一番知らなかったりする。
「き、来たぞ……」
「あ、相変わらずの冷徹な顔……!」
「禁術を身に付けた際も特に喜ぶ事もなく、何も変わらないままに帰宅して研究に励んだという……伝説のお方……」
「どころか、禁術を編み出したと思われる魔導書の著者に対して『これを書いた人物は頭がおかしい』と言ってのけたらしい……」
「間違いなく、あのお方は森の奥深くで次なる『禁術』の開発に勤しんでいるに違いない……」
「あのストイックさこそ、我々が目指すべきもの……」
「ああ……禁術なんて、通過点に過ぎないんだ……」
「そうだな。俺、まだ超級魔術を身に付けたばっかだけど、魔導書を閲覧してくるよ」
「頑張れよ」
「廃人になっても、お前の肉体はホルマリン漬けにされて保存されるしな。たまに会いに行くよ」
「ありがとうみんな」
「俺も行くぜ」
「私も」
無表情無感情無機質な少女、クロエ。
「……? 国が、騒がしい……?」
「私は、猛烈に選択肢を誤った気がしている」
「? どうしたの、ジル」
「貴様はもう少し、己の価値というものを知るべきであろう。魔術大国において、貴様はどれほどの価値を有しているのかを」
「……? 私、何かした?」
その本質はなんと、本人も周囲も勘違いした結果表面上上手く機能してしまう勘違い系主人公気質の少女であり。
そんな彼女の影響で「禁術なんて通過点に過ぎないんだ!」と勘違いした魔術師達の信奉化や廃人化が指数関数的に増大している事実を、本人は全く知らず。
(……なにこれ)
超常的な聴力をもってしてなんとなく魔術大国とクロエの関係性を理解したジルは、内心で思いっきり頭を抱えていた。
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