世界が異世界になった

akamiyamakoto

夢うつつな寝言、あるいは誰かの忘れ形見

「あっ────」


 ──微睡みのなか、かつての友人達を見た。

 輝かしい日常を想起する。あの日々は辛くもあり楽しくもあった。

 しかし、既に皆は死に、オレは一匹寂しく虚しく生き延び続けている。


 彼等に、弱点はなかった。

 彼等に、落ち度はなかった。


 あったのはあんまりにも当たり前な、寿だった。

 彼等は人で、あるいは長寿ではない亜人であり、竜の血という呪いを浴びたオレとは、もはや比べるのもおこがましい程度の寿命しかなかった。


 彼等は【英雄】だ。誰よりも優先して癒やされ治される特権を、資格を持っていた。

 つまるところ、彼等が病魔や致命傷で志半ばで死に絶える事だけはなかった。


 あったのは、神でさえ──否、神だからこそ絶対的に不変な問題……寿命だけだった。

 1人、また1人と倒れていく。泣き叫びながら、逝かないでと願うオレに全員が全員微笑を浮かべながら死んでいった。


「自分は満足した。これ以上生きるほどの目標もない」

「ここで死ねてよかった。君に看取られて死ねるなら本望だ」

「どうか泣かないで。いつかは訪れる別れが、今日だったというだけ」

「寂しくない、怖くない。私はやるべきことをやって、やりたいように生きて、死ぬだけだ」

「くれぐれも、しばらくはこっちに来ないように。君は今までの分、思う存分に、我が儘に生きなさい」

「ありがとう。君のおかげで世界は救われた、心残りなどないさ」

「君も、いつかは死ぬんだ。それまでに、ちょっとでもいいから、この世界に爪痕を遺しなさい」

「心残り? あるに決まってる────お前を1人にさせてしまうことさ。どうしようも、ないんだけどな」


 ……わかっていたこと、諦めていたこと、目をそらし続けていたこと。

 人はいつか死ぬ。それは誰でも、オレだって例外ではない。


 だけど。

 だけど、やっぱり────1人は、寂しい。


 もう一度、皆と会いたい。

 もう一度、皆と語り合いたい。

 もう一度、皆と冒険がしたい。

 もう一度、皆と笑いあいたい。

 もう一度、もう一度、もう一度────。


「おや、お目覚めですか? 猫姫」


 ──不意に声が聞こえた。

 誰だろう? 誰だっけ……? 頭が働かない。


「大丈夫ですよ、そのままお眠りになって。もっと長く、夢を見ていたいでしょう?」


 あぁ──眠たい。微睡みは覚めない。

 今日も眠りにつく。浅い目覚めはいつも直ぐに途切れ、幸せの続く在りし日の幻想へと意識は落ちていく。


「あなたは危険で、儚く、美しい。そしてその絶大な能力は、必ず万民を救う鍵となる」


 そうして今日も、現実という地獄から逃避する。現実にもはやなんの愛着もなく、ただただ輝かしい日々を謳歌する。


「さぁ、猫姫。もう一度世界を救うのです──世界を見捨てた貴女なら、容易でしょう? 再び世界を放棄し、世界を拾い上げるなど」


 うるさい。それ以上は聞きたくない。

 嗚呼、オレが何をしたっていうんだろう。

 どうして、世界はいつも残酷なのだろう。


 ──ねぇ、神様。

 オレはそんなに、悪い子だった?


 ──牢獄……否、鳥籠と表現するのが正しいか。

 今日も猫は眠る。絶望から目を遠ざけて、世界を救う己が使命を投げ捨てて。

 そうして、鳥籠に囚われた黒猫は、今日も世界を救うのです。


「えぇ────貴女は、まさしく忌み子の勇者なのです」


 ◆◆◆

 かつて、一匹の黒猫がいました。

 黒猫は皆から忌み子として扱われ、酷い扱いを受けていました。


 それでも、黒猫は世界を救うと決意しました。

 そして、世界を救ってみせたのです。


「お伽噺は結構。結局のところ、彼女は最後まで善良であり続けた。これが結論、結果だ。そして、このお伽噺の意味するところでもある」


 男は目を閉じ、目の前のローブの男を視界から消した。

 ローブの男は肩をすくめながら、一冊の古びた本をパラパラとめくった。


 その本は、とある猫の活躍を描いた、いわば小説。先程のお伽噺は、この小説の終わりに書いてあるモノだ。

 であり、現在唯一の手がかりにしてだ。


「これがということは、いよいよなのか?」

「さて。少なくとも俺は未来を視る事はできん。言いたい事があるなら言えばいい、共感も理解も出来ないかもしれないが」

「俺は推理屋じゃない、魔術師だ。そういうのは、アンタの領分だろう? ……元気にやってるかな」

「……現時点なら元気だろうさ、だが──」


 男は紙を広げ、さらさらと文字を書く。それを見たローブの男は顔を歪ませた。

 内容は、こうだ。


 黒猫は世界を救いました。けれども世界は黒猫を救いませんでした。

 いずれ訪れる終わりは、黒猫だけを取り残して、全てを持っていってしまいました。


 黒猫は一人、世界に繋ぎ止められたのです。

 黒猫は、一人ぼっちになりました。


「──アンタ、悪趣味だな」

「そうか? そうか……だが、必ず訪れる終焉だ。君だって視たんだろう? は限界だ。いや、彼女が何かするわけではないが──いずれ、暴走する。それが、もうすぐそこにきている、違うか?」

「あぁ。俺達に出来る事は、


 男は目を伏せ、沈黙する。ローブの男は、頭を掻きながら、話す。


「後手に回る」

「処理は?」

「出来なくはないがかなりキツイ。何かしらでサポートが欲しい」

「わかった……回避は出来ない。今回のは必然であり、完全解決もまた不可能」

「策は?」

「対処は不可能だが、対抗は出来る」

「方法は?」


 男は伏せていた目を持ち上げ、目線をローブの男に合わせた。そして、言う。


「絶望には希望をぶつければいい。など、自分が一番よくわかっているはずだ」

「なるほど……今回、主に活躍するであろう奴のリストだ。目を通しておいてくれ、俺は帰る」

「…………、何かするのか?」

「家族が心配なだけだ。アンタもさっさと準備しておいた方がいいぞ」


 ローブの男は最後にそう言って消えた。転移したのだ。男は資料に目を通しつつ、ひとりごちる。


「わかっているさ、抜かりはない──悪いな、楽しく暮らしてるだろう君を、再び戦場に突き落とす」


 ◇◇◇

本編の前日譚、プロローグではないです。

後、今回主人公は一切出てきてないです。

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