第5話 ここは集団墓地だった
由比ガ浜は処刑場であり集団墓地、そして激戦地帯でもあった。
そもそも、ここ鎌倉は日本の戦士たちの都だったらしい。武士や侍と呼ばれる者たちが鎌倉に拠点を置いていたというが、実のところ彼らは一枚岩ではなかった。侍同士の紛争も度々発生していた。
そして、紛争の度に由比ガ浜は戦場になったという。
「戦死者の亡骸はもちろんこのあたりに埋められたわけだけど、そのせいで今でも出るって話をよく聞くわ」
山木田はどこか嬉しそうな様子でそう解説する。
「私たちの立っている真下は集団墓地よ。……いえ、死体の投棄場って言ったほうが近いかしら」
それを聞き、真夜は「きゃあっ!」と声を上げて飛び跳ねた。私の真下にアンデッドがいる!
スケルトンの出没地を調査する目的でここにやって来たのは確かだが、真夜はあくまでも遠くから観察するつもりだった。まさか現場のど真ん中で、丸腰の水着姿で走り回るとは……。無謀もいいところである。
「あらあら、怖いの? うふふふ」
山木田はそう笑うが、この女はなぜそこまで余裕綽々なのかと真夜は疑問にすら感じる。アンデッドの恐ろしさを知らないのか? 私ですら、スケルトンやゴーストの軍団には手を焼くというのに。
「へぇ~、ここにスケルトンが埋まってるのか!」
真夜とは反対に、山木田の話を聞いて元気になっている男がいる。「VW」のスケルトンバスの持ち主、真っ赤なモヒカンのケイジだ。
「なぁなぁ作家の先生、そんじゃあよ、俺が今地面掘ったらシャレコウベくらいは出てくるってことか?」
「可能性はあるわね。それも大量に。あなたがやってる仕事の参考になるんじゃない?」
「ヒョーッ!」
ケイジはその場で四肢をバタつかせながら狂喜した。
「やった~っ! ここはスケルトン天国だ! ヒャッホー!」
……この男、やはりスケルトンマスターか!? ここがスケルトンの眠る海岸だということはさっきまで知らなかったようだが、それでも真相を聞いてまったく動じる様子はない。むしろ喜んでいる。
闇の地のスケルトンマスターも、常にスケルトンの埋葬地を探している。その魔力にかかれば、どんな亡骸も恐るべき魔物として第2の生が与えられる。1体でも多くのスケルトンを目覚めさせるため、マスターはひたすら各地を徘徊する。ケイジもそのひとりに違いない!
このことは必ずや魔王様に報告しよう、と真夜は決心した。
そして、この日本には由比ガ浜のような恐るべき土地が、まだまだあるに違いない。私はそれを残らず調査し、魔王様に伝える義務がある。魔王軍が勝利の御旗を掲げるその日まで——。
*****
短パンに上半身裸の孝介は、砂浜の上で例の女ゴブリンと取っ組み合いをしている。
ワンピース型の水着を着たマックス流子が、雄大な筋肉を駆使して孝介に投げを打とうと身体を回す。が、孝介は片足でそれを踏ん張り、何と逆に流子を投げてしまった。
「畜生!」
流子は露骨に悔しがり、
「関取、もう一番だ!」
と、立ち上がった。孝介はニヤリと微笑み、頷く。
流子が勢いよく孝介に組みついた。彼の首を掴み、グルリと腰を捻って強引に投げようとする。しかし、孝介の下半身はそれを許さない。鉄柱のような孝介の足は流子の攻勢をまるで問題にしていない。そして気がつけば、孝介が流子を派手に投げ飛ばしている。
「さすがね」
孝介と流子のレスリングを見ていた山木田が、そうつぶやいた。確かに、ただの人間に過ぎないはずの孝介がゴブリンを組み伏せてしまうのは、驚きでしかない。
しかし山木田は直後に、
「流子ちゃん、本当によく頑張ってるわ。プロレスラーとはいえ、大相撲の関取だった人には勝てないでしょうに」
と、言った。つまり先ほどの「さすがね」は、孝介ではなく流子に対して放った言葉である。
「そうなんですか……?」
真夜はそう返した。すると山木田は、
「そりゃあ、男女差は簡単に覆せないだろうし、松島くんは前頭まで行った力士だから。今でも相撲教室を開いてるんでしょう?」
「え、ええ……そのあたりはよく知りませんけれど。コウが相撲とかいうものを子供たちに教えているということは、本人からたまに聞きます」
「彼自身も稽古を続けているわね。でなければ、あの筋肉を維持できないでしょうから」
孝介がこの世界の戦士だということは、真夜も気づいていた。
この男と初めて知り合ってから10年近く、そして同棲してから既に5年経つ。いろいろと観察もしてみたが、孝介は目立つ特徴のない普通の人間である。魔力があるわけでも、何かの拍子で魔物に変身することもない。しかし物理的な戦闘力はある……というより、光の地の勇者や兵士、戦士なども凌駕してしまうのではというほどの強さを持っている。
そしてそれは、若い頃の孝介の職業に起因する事項だということも真夜は把握している。
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