第2話 コウの同業者はどんな連中なの?

 翌日は見事な快晴だった。この世界では、このような天気を「日本晴れ」と呼ぶらしい。


 孝介はユーノス・ロードスターという自動車を駐車場から出した。2人乗りのオープンカーで、孝介が命の次に大切にしているものだ。この世界で「クルマ」と呼ばれるものは数多く存在するが、ロードスターは特に人気のある種類らしい。確かに、乗り心地は悪くない……いや、かなりいい。屋根は収納式だから、晴れの日には日光を車内に取り込むことができる。


「今日は大黒PAに寄ってから、鎌倉に行くぞ」


「……コウがよく行く荒くれ者のギルドね」


「カーマニアの憩いの場って言いな。……ここで写真撮影をする予定だ」


「写真撮影?」


「趣味の歴史研究が、何を思ったか紙の雑誌を新しく作る……って話は昨日もしたな。この出版不況によくやるもんだが、その表紙やらページやらをこしらえるのにいろいろ写真が必要なんだと」


「それも昨日聞いたわ。……で、その新しい雑誌とやらは具体的にどんな情報を扱うの?」


「ライターが己のクルマに乗りながら取材旅行をして、行った先の史跡を紹介する……というコンセプトだとよ。だから真夜、これから割と頻繁にロードスターに乗ってあちこちを旅行することになる。お前、時間あったら俺に付き合え」


 孝介にそう言われた真夜は、心の中で不敵な笑みを浮かべた。


 思いもしなかったチャンスである。これから真夜は日本各地の史跡、つまり伝説の地やパワースポット、妖魔やアンデッドの出没地などを偵察できるのだ。闇の地での「史跡」と言えば、そのどれもが強い魔力を空間にまとった異形の土地。それに似た場所が、どうやら日本にもあるようだ。


 真夜は頷きながら、


「コウの好きにするといいわ」


 と、返答した。


「ところで今日は、コウの指示通り水着を持ってきたけど……」


「ああ、今日は海で泳ぐ予定だからな」


「海で泳ぐ? ……ふふふ、この私に凡百の者どもがやるような退屈な遊びをさせる気なのね。まあいいわ、付き合ってあげる」


 それを聞いた孝介は、ロードスターのエンジンを起動させると同時に助手席の真夜の頭に大きな左手を置いた。


「よろしく頼むぜ、俺の可愛い同棲相手ちゃん」


 などと言いながら、真夜の頭髪を撫でる。「この男、相変わらず横柄な態度だ」と思いながらも、真夜は頭を撫でられること自体に嫌悪感を覚えてはいなかった。


 *****


 首都高速道路神奈川5号大黒線大黒PAには、真夜も複数回訪れたことがある。もちろん、いずれも孝介の付き添いだ。


 今日は孝介の仕事仲間がここに集合するそうだ。


 あの無骨で口の悪い孝介と同じ職業、同じメディアで記事を書く者どもというから、さぞかし物々しい集団なのだろうと真夜は想像していた。それは半分正解で、半分間違いだった。


 まずは間違いの部分。孝介と同じメディアで書いているという温厚そうな中年女性が、真夜にこう声をかけてきた。


「あなたのこと、噂には聞いていたわよ。あの松島くんが溺愛している人がいるって話。なるほど、こんなに可愛らしい女の子だったのね。納得だわ」


 本革のフライトジャケットを来たこの女、名前は山木田美生という。日本ではかなり有名な作家、とのことだ。


 孝介によると、「世界の隅々まで把握している魔女」らしい。彼は山木田のことを「ボス」と呼んでいる。


 見た目には魔女即ち闇の魔操師という雰囲気はまったくしないが、この国の者は外見を覆す能力を発揮することが度々ある。今のうちに取り入っても損はない。日本に魔王軍が足を踏み入れるその日まで、山木田美生とかいう魔女をとことんまで利用していこう。


 真夜がそう思案していると、


「どうも、松島先生」


「Hello,Mr.Matsushima!」


 という日本語と英語の挨拶がやって来た。


 このふたりはライターの綾部勝明とメアリー・ホイットレー。まだ20代の若手記者で、趣味歴執筆陣のホープ。そしてメアリーは日本の遥か遠くにあるイギリスという国の出身だ。


「おう、16号線のスケコマシ兄ちゃん! 今日も元気か?」


 孝介は勝明にそう挨拶を返した。


「ま、また僕のことをスケコマシって……」


「インポよりは何千倍もマシだ。もっと胸を張れ」


 勝明の彼女の目の前で、そのようなことを堂々と言ってしまう孝介。


 そう、勝明とメアリーはカップルだ。


「アキが私以外の女の人に手をつけてるってことは、もう諦めてるから安心して。ただし、ちゃんと避妊しなさい」


 メアリーはほぼネイティブと言ってもいいレベルの日本語で、勝明をからかった。


「たまに釘を刺しておかないと、どこかで子供を作っちゃう勢いだから」


「……2人とも、下世話な話で僕をいじめないでください」


 勝明はそう言って頭を抱えた。

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