少女Xの研究所

Lie街

少女Xの報告書

『少女Xは無表情である。無愛想な三白眼をじとりと前に据えている。

 少女Xは多数の死者を出した大規模な火災現場の中から救出された。一時保護した職員が少女Xの特殊能力を確認し、研究所に連れて来たのである。

 少女Xには記憶がない。

 また、少女Xには特殊な能力があるようだ。その内容について、詳しいことは分からないが、極めて小規模の破裂を起こせるように見える。

 少女Xは大体小学生三年生くらいの見た目をしていて、白髪であり、容姿端麗である。特殊能力を除けば普通の少女である。』

 ユウジはサラサラと報告書に文字を書き連ねていく。


「報告書は、書きなれないな」


 ユウジはため息をつくと、ボールペンを放り投げた。

 ユウジは研究所105の扉を開ける。

 少女Xに特別な敵対意識はない。

 足を投げ出して、背中を壁につけている。目はどこでもないどこかを見るように虚ろである。

 ユウジは少女Xに合わせて体を低くし、優しい口調で少女Xに質問を始める。


「名前は?」


「……」


 少女は何も話さない。虚ろなままこちらに顔を向ける。


「……分からない」


 火事の現場に居合わせた為か、記憶障害が見られる。

 少女Xには表情もない。強いショックを受けたためだろうと思われる。


「何か、分かることはある?」


「……せ、せ」


 ユウジは首をかしげる。


「アルプス一万尺?」


「……違う」


 ユウジはアルプス一万尺の冒頭部分だと憶測したが、それはハズレだった。


「何か欲しいものは?」


 少女Xは首を横に振る。


「じゃ、また明日」



 少女Xが収容されてから一週間がたった。

 この頃から少女Xはある異変を見せていた。


「……ろせ、……わせ」


 少女Xはこの言葉をしきりに繰り返すようになった。無表情な少女Xに意味を問うても満足のいく答えは得られない。


「少女X、何か必要なものはないのか?」


 ユウジは少女Xとの対話をその言葉で締めくくった。



 少女Xが収容されてから一ヶ月がたったある日、それは起こった。


 少女Xとの対話中だった。少女Xは初めて必要なものをユウジに伝えた。


「生き物。大きな」


 少女Xはそう言った。

 ユウジはその言葉を少女Xの孤独感から来るものだと考えた。


 ユウジは次の日にゴールデンレトリバーを与えた。少女Xよりも大きなその犬は、人懐っこく少女Xにもユウジにも警戒心を見せなかった。


「良かったな、これで寂しくないな。そうだ、この犬とついでに君にも名前を……」


 ゴールデンレトリバーは爆散した。その爆風は研究室内に行き渡り、ユウジは壁に叩きつけられた。

 ユウジは意識が薄れて行くのを感じる。研究室のガラスというガラスにヒビが入っている。

 少女Xはユウジのポケットから、鍵を取り出し、ヒビの入ったガラス扉を抜けていく。


「あ、あ、」


 ユウジが最後の力で少女Xを引き留めようとするが、身体は動かない。


「ユウジ。お前は、証人」


 騒ぎを聞きつけた警備隊を次々に爆散させながら少女Xは進んでいく。


『少女Xは生命体を粉砕することができる』


 ユウジは頭の中で報告書に書いた。


 辺り一帯が血の海になった頃、ユウジの視界に血みどろの顔で笑う少女Xの顔が映った。


「殺せ、壊せ」


 これがあの史上最悪の事件。『少女X事件』の始まりである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女Xの研究所 Lie街 @keionrenmaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説