3-1 days memory
深堀 大茂
-475日目
「本当にいいのか?」
「私は後悔しないよ。だって二人で決めたことでしょ? もう覚悟はとっくにできてる。それにね、全てを忘れてしまったとしても楽しく生きていける気がするの――この世界は優しいから」
「優しい?」
「うん、私はそう感じる。考えてもみなよ。多くの人がこの世界は理不尽だとか不公平だとか欺瞞に満ちているとか嘆いているよね。でも、どうしてそういう風に世間を慨嘆することができると思う?」
「どうしてって……そりゃあ、実際に世界の不条理さや差別、虚偽に遭遇してきたからじゃないのか?」
「うーん、六十点ってところかな」
「いつからクイズになったんだよ……。じゃあ、この問題が百点満点なら残りの四十点はなんなんだ?」
「大事なポイントを忘れてる。それはね、何故私たちがこの世の中のマイナス面を知っているかだよ。考えてみたことある?」
「お前みたいにいつも物事を深く考えているわけじゃないから分からん。教えてくれ。」
「うむ、教えて進ぜよう、ワトソン君」
「突然口調を変えるな! てか僕はいつからお前の助手になったんだ!」
「まぁまぁ落ち着いてくださいな、爺さんや。そんなに声を荒げたらまた血圧が上がってしまいますよ?」
「………」
「あらあら、あまりの面白さに喋ることを忘れてしまっているのね」
「……無言……」
「喋っちゃってるし……コホン、本題に戻りましょう」
「やっとか」
「………」
「……ん? どうした?」
「……私たち、何の話してたっけ?」
「お前の記憶力はミジンコ並か!」
「長年の付き合いがある私を微生物扱いなんて悲しいよ……いや、ミジンコを微生物と考えるのは果たして正しいのかしら? 確か微生物の定義は、肉眼でその存在が判別できず、顕微鏡などによって観察できる程度以」「自分で言ったことに手ずから食いつくな!」
「ごめん」
「まったく……今はミジンコの立ち位置なんてどうでもいいんだよ。そんなの後でいくらでも考えられるだろ」
「……後で……か」
「あっ」
「気付いた? こうやって無駄話に興じることができるのもこれで最後かもしれない――さっきの問いの答えを教えるよ」
「僕たちが世の中の負の面を知っている理由?」
「そう。それはね、負サイドの逆ベクトルの事象を知っているからだよ。いや、教えてもらっているという言い方が正しいかな。世の中のプラス面を知っているからこそ、マイナス面を嘆くことができるんだ。だから優しいと言ったの。もし、この世界が慈愛に満ちていなかったとしたら、私たちは善悪の区別をつけることもできないからね。これがこの問題の解。どう? 納得した?」
「なるほど。お前のその考えなら、僕たちもこれからうまくやっていけそうだな」
「そうだね。じゃあ、そろそろ始めよっか?」
「ああ」
「その前に。ちょっと後ろ向いてくれる?」
「え? こうでいいか?」
「うん……」
「おい、どうし……が…ァ…ッ!?」
「…………」
「……な、なん…で?」
「……………ごめんなさい」
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