スタッフがおいしく頂きました
もさく ごろう
第1話~第5話
第1話 プレーン→簡素なもの
わたし、
(あ、ワッフル)
入ってすぐのところに安売りカートがあり、そこに個包装のワッフルが置いてあった。パッケージにはプレーンと書かれている。
(プレーン。余計なものが入っていないナチュラルな響き。やっぱりシンプルなのが一番いい)
ワッフルを手に取ってひっくり返した。わたしは本は読まないけれど、パッケージに書かれた文字はしっかり読み込むタイプだ。食べ物への理解を深めると、味わい方も変わる。ちゃんと理解しないで食べ物を口にするなんてもったいない行為はしないのだ。
『素材を生かしたシンプルなワッフルです。そのままでもアレンジしてもおいしく頂けます』
期待通りの説明が書かれていた。素材とやらに期待を寄せて、次に目が行くのは原材料だ。
小麦粉、砂糖、卵、マーガリン、バター、乳等を材料とする食品、牛乳、植物油脂、植物たんぱく、イースト、メイプル――
数えてみると20を超えている。
「全然シンプルじゃない!」
気がついたらワッフルは放物線を描いていた。
(※この作品はフィクションです。食べ物を投げてはいけません)
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第2話 ナイスキャッチ
(あぁ、またやってしまった)
そう思った瞬間。ワッフルが空中で止まった。誰かの手がワッフルを握りしめている。
ワッフルから視界を広げると、黒を基調としたセーラー服が翻っていた。わたしが着ているのと同じヘリオドール女学校のものだ。
(やばい。怒られる)
わたしの頭にまず浮かんだのはそれだった。先輩か後輩かわからないけれど、目の前でワッフルを投げてしまったのだ。
着地した女学生の長い黒髪が、孔雀の羽根でも閉じるかのようにまとまっていく。
黒縁メガネの奥で大きく開かれた目は、綺麗な白目が印象的だった。顔を見ただけで明るい人だとわかるのは口角が上がっているからだろうか。ただ単純に美人だからそう見えているだけかもしれない。
ジト目で暗そうに見えるとよく言われるわたしとは対象的だ。長い黒髪も、わたしのものはまとまらずに広がってしまう。
リボンの色は二年生を示す緑だった。同じ学年だけれど見覚えはない。
「やっと……やっと掴むことができたよ。たべ子さん!」
オペラの低音を歌っているかのような、中性的な声だった。たべ子はわたしが学校でよく呼ばれているあだ名だ。
わたしはそっと胸を撫でおろした。
(よかった。ただの変な人だ)
(※この作品はフィクションです。食べ物て遊んではいけません)
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第3話 ベストタイミング
「どうしてわたしの名前を?」
ワッフルをキャッチした女学生は、黒縁メガネをくいっと持ち上げる。
「わたしは
芝居じみた話し方だった。
「何か強いきっかけが欲しくて1年間ずっと声をかけずにいた。怖がらせては行けないからね」
「適当に話しかけろし。逆に怖いわ」
音々さんは目を閉じて口元だけで笑ったあと、ワッフルをこっちに差し出した。
「たべ子さんは優しいな。何はともあれ、今はこうして話しているわけだ。やっと君の投げた食べ物を掴むことができたわけだからね」
わたしはそっと距離をとる。近くに水色のシャツを着た人影を見つけ、その人の横で音々さんを指さした。
「お巡りさん。あの人です」
(※この作品はフィクションです。偶然お巡りさんが居合わせることは滅多にありません)
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第4話 駆け引き上手
「いやぁ、ヘリオドールの学生証が無ければ即死だったね」
音々さんが高らかに笑う。ヘリオドール女学校の評判の高さを初めて恨めしく思った。
というか、わたしのほうがたくさん怒られたのが納得いかない。
「それじゃ。わたしはワッフル買って帰るから」
「おっと。せっかくこうしてお話できたのにそれはないだろう?」
音々さんがワッフルを高く持ち上げた。音々さんは身長が170はある。10センチ以上小さいわたしが手を伸ばしたところで、全く届かない。
ワッフルはたくさんワゴンに置かれているけれど、わたしは自分が投げた商品は責任を持って買うことにしている。これは困った。
「なんの用なの?」
「部活の勧誘だよ。ぜひうちの部活を見に来てほしい。きっと気に入るよ」
「行かない。ほら、ワッフルを返して」
音々さんがワッフルを下ろす。
「これはわたしが奢ってあげよう。部室には他のお菓子もたくさんある」
なるほど。そうきたか。でもそんなモノに釣られるわたしでは――
「見に行くだけだからね」
体は正直だっだ。
(※この作品はフィクションです。知らない人について行ってはいけません)
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第5話 効果はあります
「やぁやぁみんな! おまたせ!」
学校に戻って音々さんが部室棟の一室に入るなり、大きな声を上げた。相変わらず芝居じみた話し方だ。
中には大きな楕円のテーブルがあり、そこに二人座っていた。
一人は緩いパーマのかかった長い髪が印象的な優しそうな人で、姿勢が良くてスタイルの良さが座っていてもわかる。
もう一人は縁の広い魔女みたいな帽子を被った小柄な人で、見える短めの髪は細かくカールしていた。頬杖をついてこっちを見ている。
二人ともリボンの色は三年生を示す赤色だ。それだけでこの部屋の緊張感は一つ上のステージになる。
優しそうなお姉さんが立ち上がった。
「おかえりなさい音々ちゃん。あなたがたべ子さんね」
体のラインが出づらい制服のはずなのに、お胸が豊かなのがよくわかった。目の前に立たれるとどうしても目がいってしまう。
「いらっしゃい。緊張してるのね。これでも飲んでリラックスして」
差し出されたペットボトルは白いジュースだった。パッケージには爽やかな青が使われていて、商品名の下にはこう書かれていた。
乳酸菌飲料(殺菌)
「効果なさそう!」
ペットボトルが宙を舞うと、なぜか拍手が起こった。
(※この作品はフィクションです。飲み物も投げてはいけません)
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