第21話 「死籠もり」の竜人(4)


「……さん…………フィーグさん……フィーグさん——」



 誰かが、かすれた声で俺の名を呼んでいる。

 声の方向から光があふれていく。



「フィーグさん……早く起きて下さい……フィーグさん……」



 温かな陽差し。柔らかな肌触りの毛布。

 指の先には、しっとりとした誰かの肌の感覚があった。


 目を開けるといつもの天井が目に飛び込んでくる。

 ここは自宅、俺の部屋だ。


 人の気配を感じ首を傾けると、ベッドの脇にはリリアが椅子に座っている。

 俺を涙目で見つめていた。



「リ……リリア?」



 俺の声は、随分かすれていた。

 ぱっとリリアは笑顔になったが、同時に涙が頬を伝う。



「フィ……フィーグさん……よかった……よかったっ!」



 リリアは俺の手を取ると、大事そうに胸に抱え起き上がった俺に抱きついてきた。

 彼女の温もりが伝わって……リリアの胸に包まれて息が苦しい。



「リリア……ぐるしい」


「あっ」



 俺の苦しそうな顔に気付いたのか、リリアがぱっと離れた。



「一体どうなった?

 みんなは、たまごは……?」


「フィーグさん、大丈夫です、全て問題なしです!

 みなさんを呼んできます!」



 そう言って、リリアは優しく俺の腕を戻すと部屋の外に向かってぱたぱたと駆け出していった。

 しばらくして、がやがやとアヤメやフレッドさん、リリアが部屋に入ってくる。



「お兄ちゃん!」


「よぉ、フィーグ」


「フィーグさん。とても、とっっても心配しましたよ! まったく……」



 リリアが珍しく声を荒げて言い、ぷいっとそっぽを向き、少し頬を膨らませている。

 おお、完璧なツンデレだ。遂にマスターしたんだな。



「俺を信じているって言ってなかったか?」


「そ……それはそうですけど。もうあんな無茶はやめてください。

 どんなときも、私はご一緒します」



 言ってから俯き頬を染めるリリア。


 次に口を開いたのはアヤメだ。

 すやすや眠る、かわいい赤ちゃんを抱えている。



「お兄ちゃん、あたしもびっくりしたんだから!」



 いや、その赤ちゃんは何だ?



「フィーグ、色々大変だったが、二つもスキルを強くして貰ったしなあ……借りは大きいから。オレは何も言わん」



 いや、だからアヤメが抱えている赤ちゃんは誰?


 アヤメとフレッドさんはなんやかんや言いつつも嬉しそうだが……。

 しつこいようだが、俺はアヤメが抱えている赤ちゃんが気になった。


 ——誰の子だ?

 おい。おいおいおいおいおいおいおいおい。

 まさかアヤメ……父親は……まさかフレッドさん?



「お、おい……その赤ちゃんは……もしやアヤメの子か?

 父親は誰だぁっ!?」



 ちらっちらっと容疑者の一人であるフレッドさんを見た。

 するとなんだか恥ずかしそうにするアヤメ。



「あ、あのね……まだ、あたし赤ちゃん産んでないし……お兄ちゃん覚えてないの?」


「うん?」



 フレッドさんが口を挟む。



「フィーグが寝ていたのは三日ほどだ。アヤメちゃんが生んでいるわけないだろ?

 この子は、お前が連れて帰ってきた竜人ドラゴニュートのたまごから生まれた赤ん坊だ」


「え?」



 溜息をつきながらフレッドさんが簡単に説明してくれた。


 俺は魔導爆弾——つまり爆弾に改造された竜人族ドラゴニュートのたまごを抱え、時限隔離バニッシュで異次元に転移。

 たまごの爆弾化を解除し、こっちの世界に戻った。

 俺が抱えていた竜人族ドラゴニュートのたまごは黒く禍々しい模様から、白い色に変わっていた。


 俺が戻って来たときには、胸に赤ちゃんを抱いていたのだという。どうやら、孵化したようだ。

 赤ちゃんの外見は人間とほぼ同じ。ちなみに女の子だ。


 時々聞こえていた幼い女の子の声は、この子が発していたことになる。


 竜人ドラゴニュートの赤ちゃんなど前代未聞。ギルドで処遇を検討するのだけど、処遇が決まるまでうちで預かることになったとのことだ。



「預かるって大丈夫なのか、アヤメ?」 


「うん、平気だよ。食べ物は要らないみたいで、ずっと眠ってるだけだから」


「そうか。食事が要らないのならなんとでもなるか」


「することと言えば、沐浴くらいかな。

 フレッドさんも、ギルドの皆さんも気にかけてくれているから」


「まあ、そういうこった」



 フレッドさんが頷く。

 色々支援があるのは心強い。



「お兄ちゃんも抱いてみる?

 可愛いよ」



 アヤメは俺に、赤ちゃんを渡してきた。

 俺は半身を起こし、その子を腕に抱く。


 もしかしたら、いろいろ事情があったのかもしれない。

 この子は本当に、スキルの問題で捨てられたのだろうか?


 みんなで守った命。

 俺はその重みを心に刻む。


 そう、結構赤ちゃんは重い。

 その重みに耐えられず、どんどん俺の腕が下がっていく。


 どんど……ん?


 重い。

 なんだか大きくなっていないか?

 周囲のみんなも異変に気付いたようだ。


 むくむくと、赤ちゃんから幼女へ……。

 なんか背中に羽らしきものも生えてきている。んんっ?



 幼女は十歳くらいになって成長が止まった。

 彼女を巻いていた布がギリギリ大切なところを隠している。


 ぱっと見た感じ、竜人族といっても、普通の人間とそれほど変わりがない。


 眠っていた幼女が、ゆっくりと目を開けていく。

 目と目が合った。

 その瞬間——俺を認識したのか、彼女の口元が緩み、可愛らしい笑顔を見せる。



「パ……パパ? わーい! パパだぁ! やっと会えたぁ!」



 幼女は俺に抱きついてきた。

 えっ? パパ? 俺は戸惑いを隠せない。


 しかしそれはリリアたちも同じだったようだ。



「「「「パ、パパ?」」」」


「あー。ママもいる!」



 そう言って幼女はリリアとアヤメを見た。



「「えっ」」


「あっ。初めて見た動くものを親だって思うあれかな? お兄ちゃん」


「そうか? 違うと思うけど」



 幼い竜人ドラゴニュートの肌の温もりが尊い。

 この命を守れて、本当に良かった。


 け、けど……パパって、う、うーん。俺の娘ってこと?

 戸惑う俺たちをよそに、その子は俺にぎゅうっとしがみついてきた。

 そして、満面の笑顔で俺を見つめて言う。



「パパぁ。好き……大好きだよっ!」

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