第13話 ランク決め戦闘試験(1)


 俺は朝日を感じて目を開けた。

 俺の鼻の先には、すぅすぅと寝息をたてているリリアの顔があった。


 昨日は張り詰めた表情をしていたリリアだけど、今はとても穏やかだ。

 長い髪の毛が朝日に照らされ、キラキラととても美しい。


 穏やかな寝顔をずっと、見ていたい。


 俺の視線に気付くようにリリアが目を開けた。

 視線が合い、リリアの頬が緩む。



「フィーグさん……おはようございます」


「うん、おはよう」



 俺の声はガラガラだ。

 ちょっと恥ずかしい。



「フィーグさんの匂い……落ち着きます」


「うん?」


「ふぁ……もう少しだけ寝ます……」



 リリアはそう言うと再び俺の胸元に顔を押し付けて眠りについた。

 俺はそっとリリアの髪を撫でる。

 窓から差し込む光は、もうすっかり朝の陽ざしになっていた。


 この状況で二度寝するのかよ……。


 などとツッコんだ俺もリリアの体温に包まれ、眠くなってきた。


 い、いや、マズいよな。

 アヤメが起きる前にリリアにはアヤメの部屋に戻ってもらわないと、何を言われるか分からない。


 


 ☆☆☆☆☆☆



 食欲をそそる香ばしい匂いが鼻を満たす。

 俺とリリア、そして寝ぼけまなこのアヤメはダイニングで朝食を摂っていた。



「ちぇっ……リリアさんと話したかったのに寝ちゃったの」



 アヤメは少し頬を膨らませながら、朝食のパンを口に含む。

 どうやらアヤメが目覚める前に、リリアはアヤメの部屋のベッドに戻れたようだ。


 俺は正直なところ、リリアと目が合わせられなかった。

 微妙に気恥ずかしい。


 随分クサいセリフを言っていたような。


 視線を下に移動する。

 ふと、リリアは新品の包帯を顔や手足に巻いていることに気付いた。

 もう肌はすべすべだったし……隠すことはないと思う。



「リ、リリア、もう包帯必要ないと思うが?」


「フィ、フィーグさん、おは、おはようございます。

 さ、最近ずっと巻いていたので、こ、この方が落ち着くんです」


「そ、そうなんだね」



 不自然なリリアとのやりとりに、アヤメは首をかしげ、ジト目で見てきた。

 俺は視線を外し、下手くそな口笛を吹いてからパンを口に詰め込んだのだった。



 ******



 俺はアヤメを魔法学園に見送り、リリアと二人で街の冒険者ギルドに向かう。

 まだ朝の空気が冷たいものの空は晴れ渡り、太陽は眩しく輝いていた。



「よぉフィーグ、リリア。おはよう」


「「おはようございます、フレッドさん」」



 俺とリリアの声が重なった。

 すると、フレッドさんはうんうんと頷く。



「なるほどなあ」


「何がなるほどなんですか?」


「フィーグとリリアを見て思ったんだが……息がぴったりじゃないか。

 昨晩何かあっただろう? なっ?」


「何もないですよ!」



 また声が重なるかと思ったのだが、リリアは頬を染めて俯いてしまっていた。

 ちょっ、リリアさん?



「うんうん。何も言わなくていいぞフィーグ」


「ですから何もないですって」


「ハハッ。まあ、そういうことにしといてやるよ。

 それで、アヤメちゃんはいないのか?」


「アヤメは俺たちに付いて来ると聞かなかったのですが……説得して魔法学園に行かせました」


「そうか、分かった。早速冒険者登録するかい?」


「「はい!」」



 再び俺とリリアの声がハモった。

 今度は息がぴったりだ。



 まだ朝の冷たい空気が残る時間のうちに、冒険者登録が終わった。

 次に俺とリリア、そしてフレッドさんと数人の職員は、ギルド支部の中庭にある戦闘訓練場に向かう。



「じゃあ、早速ランク決定の戦闘試験をしよう。

 難易度は、最高のSSS級の英雄ランクから、SS、S、ABCDEF、G級の初心者ランクまである」


「俺たちは何級ですか?」


「規定ではどんなに強くても最初はC級までだ。

 昨日の様子からしても、フィーグとリリアのパーティはC級、中級者ランクスタートで良いだろう。いわゆるブロンズ級だ」


「わかりました」


「実際のランクは試験官と戦って、その結果で判断する。勝ち負けも重要だが、戦闘の質も判断の材料とする」



 俺が頷こうとしたとき、



「ちょっと待ったぁ!」

 


 俺たちに割り込む、やや嫌味を含む声が聞こえた。

 冒険者ギルドでは見慣れない、下品な貴族が着るような服を身につけた男が一人。

 その後ろには、スキンヘッドの神官らしき男と、痩せた剣士らしき男が見える。


 どう見てもギルド職員ではない。

 どちらかというとチンピラのような風情だ。



「あ……あの人達は——」



 リリアが俺の後ろに隠れ、服の裾をつまむ。

 そして、俺の耳元で「私がもといたパーティの人たちです」とささやいた。



 偉そうな貴族風のパーティリーダーはギザという名前らしい。

 いかにも悪人顔のギザが話を続ける。



「ランク決め戦闘試験の試験官は俺たちがやろう。いいだろう? フレッド殿」


「えっと……貴方たちは?」


「おや、リリアに、フィーグじゃありませんか」



 わざとらしく言い俺の顔を見てニヤニヤと笑う男たち。

 リリアはともかく、なぜ俺のことを知っている?


 ギザは、フレッドさんをバカにするような目で見ながら言う。



「なあ、いいよな?

 俺たちのことは聞いているだろう? 


「ぐ……っ。確かにあんたらの言うとおりにしろと王都ギルドから連絡があった。

 しかし、戦闘試験に介入するなんて許可できな——」



 ガッ。


 スキンヘッド神官がフレッドさんを短剣の柄で殴った。

 あいつら、いきなり何を?



「もう一度聞く。なあ、いいだろ?

 フレッド、逆らうならギルドをクビにすることくらい簡単だぞ?」



 見ていられない。

 駆けつけようとしたけど、フレッドさんは俺に手のひらを向けて制した。



「分かった。フィーグと話をさせてくれ」


「構わないとも」



 フレッドさんは額に汗を浮かべ小声で俺たちに話しかけてくる。

 モンクとは言え、不意打ちだったのだ。無理はない。



「フィーグ、奴らは最近この街に現れたA級ランクの冒険者だが、フィーグとリリアのランク決め試験官を行いたいらしい。どうする?

 今日は諦めて、奴らがいないときにするも手だが……。


 もしやるならオレもフィーグ側に参加する」



 フレッドさんによると、奴らは王都ギルドからやってきた「勇者アクファ同盟」という冒険者パーティらしい。

 思わず「ダサッ」と声が出そうになったが飲み込む。


 フレッドさんもA級だ。リリアは、フレッドさんと遜色ない戦いをしていたはず。

 リリアの依頼も突破口が見いだせるなら、丁度いい。

 奴らはフレッドさんとリリアを舐めているようだけど、昨日の様子から思えば十分勝機はある。


 さらに、俺には魔改造がある。

 俺はギザという男に話しかけた。



「あなたたちが試験官で構いません。

 ただし、人数が合わないので、そちらが一人抜けるかフレッドさんの参加を認めてください」


「いいだろう。フレッドの参加を許す。

 戦闘試験だが当然勝敗を決める。もし、オレたちアクファ同盟が勝ったら、

 リリアはオレたちのパーティに戻ってもらう」


「彼女に危害を加えようとして追い出しておいて、今さらですか?」


「フン、フィーグ、お前にもちょっとツラを貸して貰おう」



 ギザが苛ついた様子で言った。

 戦闘試験の結果に妙なことを押しつけようとしてくる。


 やつら、勝つ前提だ。

 だったら……。



「じゃあ、オレたちが勝ったら……リリアから奪ったという水晶珠を返してくれませんか?」


「はぁ?」


「俺たちが勝ったら、の話ですよ」


「ケッ。オレたちが負けるわけないだろ。いいだろう」



 ギザの言質が取れた。

 それに、奴らが負けると疑ってないことも分かった。

 俺たちを相当下に見ているか、切り札を持っているのかもしれない。



「リリア……どうしたその顔は?

 こんな上玉だったとは……こりゃ色々と楽しめそうだ。どうせまだ処女なんだろう?

 色々教えてやる。可愛がってやるぜ」



 ギザが目を細め、リリアをいやらしい目つきで見つめている。

 すぐにリリアが身をすくめ、俺に縋り付いてきた。



「少し時間をくれ。リリアとフレッドさんと話をする」



 俺たちは、リリアとフレッドさんと作戦会議を行った——。

 そして。



「では、用意——始めッ!」



 ギルド職員の声と共に戦闘試験が始まった。




————————————————

*作者からのお願い*


★で称えていただいたり、フォローいただけると執筆のテンションが上がります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る