第02話 スキルメンテ(2)


 俺は勇者パーティをクビになり無職になった。

 人格まで否定されたように感じる。ショックを受け、やる気がなくなり、死にたくなってくる。


 王都にいるとまた勇者アクファに会うかもしれない。

 会ったらきっと嫌味を言われるのだろう。もう嫌だ……。



「よう兄ちゃん、元気無いがどうした?」


「いや……職を失って。仕送りもあるしどうしようかと……」


「そうかい。色々あるだろうけど、故郷に帰るのも悪くないかもよ?」



 道ばたの店先の主人が声をかけてくれた。


 そうだな。それもいいかもしれない。

 冒険者をやめて、前みたいにギルド職員としてスキル整備だけをする仕事に就くのもありだろう。

 田舎でのんびりするのもいいかもしれない。王都は人が多い。


 俺は故郷に帰ることにした。

 妹や王都で世話になった人たちにも手紙で連絡する。


 さて、出発だ。

 足が重い。でも、どういうわけか俺は不思議な胸騒ぎを感じ走り出した。

 まさに今、出発しようとしている乗合馬車に乗り込む。



 俺は馬車に揺られながら思う——。



『スキルは世界を支配する』



 誰が言ったのか知らないが、俺はこの言葉が好きだ。

 俺は子供の頃から、ずっとこの言葉にワクワクしていた。夢に描いていた。


 スキルを整備メンテするという能力を持ち、スキルの扱いに俺は長けている。

 このスキルがあれば将来、何でもできると信じていた。


 でも、結局俺は勇者パーティでは認められずクビになり、自信を失った……。

 ダメだな……俺は。

 妹がいるのに。頑張っているのに。



 *****



 二週間後。


 俺の生まれ故郷イアーグの街はかなりの田舎だ。

 周りは山や森ばかりの景色になっていく。


 馬車を乗り継ぎ、イアーグの街に近づく。その頃には、馬車の乗客は十人程度になっていた。


 昼過ぎになり太陽が高く昇っている。

 目的の故郷の街まであともう少し。


 そう思ったところ……森の中で異変が起きる。



 ヒヒーン!


 馬の悲鳴と共にひどい揺れがあり、馬車が止まった。

 外からはビュウビュウと強い風の音がする。いつのまに?


 外を覗くと、馬車を囲うように暴風が包んでいるようだ。

 馬車の乗客は騒然とする。



「お……恐ろしい」


「あと少しで森を抜けられるというのに、どうしてこんなことに?」



 何人か、魔法の心得がありそうな人もいるのだが何もできないようだ。

 俺は周囲を注意深く見渡し、状況を確認する。

 この行動は勇者パーティにいたときのクセのようなものだ。



「ぐあっ……何だコイツは……?」



 護衛の兵士たちが剣を構え森の出口を見つめている。


 馬車の先には半透明、緑色のヴェールをかぶった女性が見えた。

 人ならざる神秘的な雰囲気。



シルフィード風属性の大精霊が、なぜこんな所に……!」



 しかし、その表情は怒りに震えている。


 暴風の原因はこのシルフィードらしい。

 もともとこの精霊は温和で優しい性格のはずなのに。

 一体どうしたのだろう?


 首をかしげていると、暴風の奥から逃げるように一人の少女が走ってきた。

 


「たっ、助けて……!」



 切羽詰まった少女の表情を見て、俺は反射的に馬車から飛び降りる。

 すると、俺の背中から静止する兵士の声が聞こえた。



「おい、お前! 一般人は馬車の中に戻れ!」


「いえ、俺は勇者パーティの……」



 返す言葉を失う。

 俺は勇者パーティを追放されたのだ。今はどのパーティにも所属していない。冒険者ですらない。無職だ。


 しかも、俺はスキル整備士だ。剣技や魔法を使って、高位の精霊であるシルフィードに抵抗できるわけでもない。



 ——このボンクラが。何もするな!


 いつも勇者アクファにそう言われていた。

 いつもいつも。


 今、俺に指図する者はいない。

 だったら……!

 俺は制止の声を振り切り、駆け出した。



 先ほどの少女の声が聞こえた方向に走ると、やや露出の高い服を着た人がいる。

 十四〜十五歳くらいの少女で、妹のアヤメと同じくらいだ。


「ああっ……助けて!」


 その少女は俺を見るとしがみついてきた。

 ぶるぶると震えている。


 美しい金髪が目を引く。しかし、服装は随分大胆で、面積の少ない白い布地に目のやりどころに困る。

 胸の膨らみや腰のラインが露わになっていた。


 ふわっと柔らかい感触と、さわやかな甘い香りが鼻をくすぐる。


 少女の姿は、怪しげな術を使う「精霊術師」といった様子だ。

 肌には魔術で使う古代文字が刺青のように描かれている。

 でも、これは、たぶん……意味がない。


 どんな格好をしていても、精霊召喚術が上手くいくかどうかはスキルの性能や熟練度によって決まるからだ。

 つまり、単なる、コスプレというやつだ。



「シルフィードはよほどのことでない限り人を襲ったりしないはずだがどうして?」



 俺は少女に問いかけた。



「本当はもっと下級の精霊を召喚するつもりだったのに、シルフィードこんな大物がが——」


「じゃあ、君は風と水の精霊召喚術が使える、ドルイドか?」


「は、はい」



 彼女の大きな瞳が曇り、小さな声が続く。



「でも、わたくしはいっぱい努力してきたのに、才能がないと言われて……それでも、頑張ってきたのに——」



 少女は勇者パーティから追放された俺のような、寂しそうな目をしている。

 光を失っている。自信を失っている。


 少女は才能がないと言っているけど、この失敗がスキルの暴走によるものだったら?



「スキルの調子が悪いのに無理をしたのか?」


「そんなつもりは……格好もこうやって気合いを入れて頑張ったのに、失敗したみたいでっ」



 少女がぽつりと「やっぱり才能が無いのね」と寂しそうにうつむく。

 しかし、すぐに何かに気付いたのか、俺を見上げた。



「って、どうして貴男はわたくしに抱きついているのですか!?」


「いや、君の方から抱きついてきたんだけど?」


「えっ、あっ……」



 真っ赤になってそっぽを向く少女。


 そんなことより、今はシルフィードをなんとかしなければ。

 今は、少女が召喚し直すのが一番だ。



「失礼、手を繋ぎます」


「きゃっ!? 何をするのですか。この無礼者ッ! 離しなさい!」


「【スキルメンテ】発動!」



 彼女は俺の手を振りほどこうとしている。

 申し訳ないけど、今はこの手を離すことはできない。


 俺の考えが正しければ、きっと——。


「スキル診断開始!」


 俺自身のスキルを発動する。

 すると、診断を行ったスキルの結果が俺の頭に響く。


 職業スキル:

 【風属性精霊召喚】 LV39: 《【警告!】:暴走状態》

 【水属性精霊召喚】 LV25



 風属性精霊召喚 LV39。この年齢で、このレベルはなかなか見かけない。

 彼女の言葉通り、スキルを磨いて頑張ってきたのだ。


 それに、暴走しているスキルがある。

 暴走が原因なら、スキルを整備メンテする俺の能力が役に立つ。



「俺は君の努力を信じる。君も、自分の力を信じろ!」



 俺は少女を励ますために声をかけた。


 この少女には、才能が、努力によるたまものが——。

 きっと、あるのだから。


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