4.ウザ絡みのワケ




 まもなく、柊先輩は「予備校に行くから」と帰ってしまった。本当に顔を見せるだけのつもりだったらしい。

 芥川は入部届を書いてから帰るとのことで、必然的に俺も居残ることになった。

 元部長曰く「入部届の受理も部長の仕事だから」とのこと。別に明日でもいいだろうに。


「いいじゃないですかぁ。こんなに可愛い後輩と部室に二人きりなんて、みんなに言ったら羨ましがられますよぉ」


 向かいの席でニヤニヤと笑う芥川。

 見ると、手元にある入部届はほとんど記入が進んでいない。大して書くところもないはずなのに。


「自分で可愛いとか、よく堂々と言えるもんだな。ていうか早く書け」

「そーですか? 自慢じゃないですけど、あたしって結構モテるんですよ。告白なんか小学生の頃から数知れずな感じで」

「どう聞いても自慢じゃないか。いいからさっさと書け」

「もー、そんなに邪険にしなくてもいいのに。あたしのおかげで廃部にならずに済むんですから、むしろ元部長さんみたいに歓迎すべきだと思うんですけどぉ」


 まあそれは一理あるが、しかし頷きがたくもある。

 俺がこのデブ研を気に入っているのは、どこよりも静かに放課後を過ごせるからだ。

 図書室は利用率が高いせいで意外と賑やかだし、アパートの自室は近くにある踏切の音が煩わしい。

 その辺りに比べれば、この部室はうってつけだった。

 先輩たちはやや風変わりだが基本的には物静かだったし、冷暖房も完備されているからオールシーズン居心地がいい。

 だからこの部室を失うのは痛いし、避けたい事態ではあった。

 あったのだが……、


「その代償が、これとはな」

「ちょっと、なんなんですその遠い目は」

「別になんでもない」

「隠さなくてもいいじゃないですか。なに考えてたか教えてくださいよぉ」

「……世界が平和でありますように?」

「壮大だった! ていうか、絶対あたしのこと、ウザい後輩だなぁとか思ってましたよね?」

「そんなことは最初からずっと思っている」

「わっ、すっごいストレート。さすがのあたしも悲しいですよぉ」


 目元に手を当てて涙を拭うふりをする芥川。

 ウザい。こういうところがいちいちあざとくてウザいんだが……無自覚なのかわざとなのか。


「今更感あるが、どうしてそこまでして俺にウザ絡みしてくるんだ」

「ウザ絡みってまた酷い。ほとんど初対面にもかかわらずこんなに懐いてあげてる健気な後輩なのに」

「ほとんど初対面だからこそ謎だし、そうじゃなくても意味が分からんだろ。なにか俺に恨みでもあるのか?」

「恨みですか? うーん、それはちょっと、あるかもですねぇ」


 なんだって?


「ほとんど初対面なんだろ? どんな恨みを買ったって言うんだ」

「そんなぁ、簡単に教えちゃったらつまんないじゃないですかぁ」

「面白くしてなんの意味がある」

「その方が楽しいですもん。せんぱいの反応っていうか、嫌々してる感じ見てるのが」

「普通は嫌がられる方がつまらないと思うんだが」

「そんなことないですよぉ。よく言うじゃないですか、嫌よ嫌よも好きのうちーって」


 八重歯を見せてにーっと笑う芥川。

 一見すると可愛さ満点の人懐っこい笑顔だ、余計なウザささえ付随していなければ。

 ……しかしこの笑顔、やっぱりどこかで見た覚えがある。

 この既視感は、彼女の言う恨みとやらに関係しているのだろうか。


「つまらなくてもいいから教えてくれ。俺は一体どんな恨みを買ってるって言うんだ」

「そですね、じゃあ入部動機の欄に書いときます、正直それしか書くことなさそうなんで」


 二の段のかけ算でも諳んじるようによどみなく言うと、芥川はそれまで滞っていたペンをさらりと走らせて入部届を書き上げていく。

 そうして提出された用紙の最下部、入部動機の欄には丸っこい文字の群れが一行分並んでいた。


『思い出してくれるまで、帰れま10テン☆』


 ――グシャリと、入部届を握り潰した。


「わっ、脅威の握力99っ」

「馬鹿馬鹿しい。帰る」

「ま、待ってくださいよ。あたしも一緒に帰りますからぁ」


 ……こいつ、やっぱり俺をおちょくることしか考えてねえ。

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