5.乱反射




 かくして、新生デブ研の活動初日は呆気なくお開きとなった。

 廃部は免れたとは言え、これから毎日ウザ絡みがついて回るのかと思うと……、


「先が思いやられるな……」

「えっ、なんですかその溜め息? またあたしに対してですか?」


 隣を歩く芥川が俺の顔を覗き込んでくる。

 というか、なぜ俺はこいつと廊下を歩いているのか。

 理由はもちろんこいつがずっとついてくるからだが、いずれにしてもなんの解決にもならない。


「お前、いつまで俺についてくる気だ」

「いつまでもついて行きますよぉ。ふぉーえばー♪」

「無駄に英語を使うな。ウザさが倍増する」

「ワオ、英語イングリッシュにそんな効果エフェクトが」

「大柴やめろ。たまには真面目に答えてくれ」

「至って真面目です。真面目に不真面目してるんですっ」


 俺は頭を掻いた。怪傑にでもなっちまえ。

 まあ、恐らくついてくるとしても校門までと思われる。

 というのも、俺は芥川の家がどこにあるかを知っている。なにせこいつの兄貴と同級生なのだから。なにか特殊な事情でもない限り同じ屋根の下だろう。

 とすれば、こいつの家は俺のアパートとは逆方向の位置にある。このウザさからももうすぐ解放にされるはずだ。


「ところで、せんぱいはさっきの元部長さんのことが好きなんですか?」


 ――俺は足を止めた。


「……なんだ、突然」

「あっ、顔が赤い。やっぱりそうなんですね」

「ふざけろ。赤いとしても、それは窓から差し込む夕陽のせいだ」

「そんな、懸命に誤魔化さなくたっていいじゃないですかぁ。赤くなってるせんぱいも可愛いですよ?」


 俺は咄嗟に顔を背けようとした。

 が、それだと芥川の言葉を肯定してしまう気がして、中途半端に俯くことしかできない。

 対して、芥川はからかうような笑みを湛えたまま追撃の手を緩めない。


「元部長さん、確かに美人でしたもんねぇ。ちょっと変わった人だなぁとも思いましたけど、個人的には納得の片思いです」

「勝手に納得するな。というかどうしてそういう話になるんだ」

「うーん、女の勘ってやつですかね? なんとなく分かっちゃう的な」

「そんな非論理的な……」

「あっ、心配しないでください。あたし、口の硬さはダイヤモンド並みなのでっ」

「堅さの漢字が違う。それと、ダイヤモンドはハンマーで簡単に割れる」

「いやいやせんぱい、ハンマー持ってる一般人パンピーなんてこの辺にいませんよぉ。だからあたしが口を割ることも、きっとありえないんです」


 どこまでもとぼけたような態度で言うと、芥川は急に「じゃあバスの時間なのでっ」とだけ残してぱたぱた駆けていった。

 ……とりあえず、想定よりは早く解放されたわけだが。


「勘のいいガキは嫌いだ……」


 まさかリアルにこの台詞を吐く機会があるとは。もちろん言いたくなかったが。

 傍にある窓を見つめる。予想通り過ぎるほどの渋い面持ちが薄っすら反射している。

 が、赤くなっているかはどうかは、夕陽のせいでよく分からなかった。

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