社長に恋する
KEI
第1話 海の女
ねぇちゃんの影響で昔から海が好きで良く遊びに行っている。
最近は義兄になる陸さんとよくサーフィンをしている。
この日もいつも通り、いい波を待ちながらサーフィンを楽しんでいた。
良い波がきたなと思ってサーフボードを漕ぎ始めようとしたら、先にその波にのってる人がいた。
キラキラ輝く水面以上に、その人はキラキラ輝いて見えた。
一目惚れってやつだ。
この日は良い波を見極めることより、その人から目が離せなかった。
「洋平、今日は調子悪そうだったな。」
俺が全然波に乗っていないのを見て心配そうに声をかけてくる。
「陸さん、俺一目惚れしたらしい。」
義兄になる人だけど、存在は親友のようで何でも話してしまう仲だった。
「洋平、お前暑さで頭が変になったか。」
「陸さん、あの人見て。めちゃくちゃ綺麗でしょ。おまけにサーフィンも上手いんだよ。」
「どれ、どの人だ?」
「あの人、あそこに立ってる人。髪が長くて、ウエットスーツを上半身だけ脱いでる人。」
「おー、あの人か。確かに美人だしスタイル抜群だな。あんなに美人だったら彼氏いそうだな。」
「そうだよな。どう見てもいい女だもんな。」
「ナンパのふりして声かけてみれば。」
「俺なんか相手にされないよ。」
「洋平も一般的にはイケメンに部類される人種だけどな。」
「勇気が出たら声かけてみるよ。」
この日から海に行く度に、あの人がいるか探してしまう。
いや違う、あの人に会うために海に行っていた。
一目惚れしたその日以降、頻繁に海に通ってはあの人がいるか探していた。
毎回会えるわけでもなく、運がいい時は月2回程見かけていた。
陸さんとねぇちゃんからはストーカーみたいだから、ちゃんと声を掛けろと言われていた。
だけど、声を掛けて断られたりしたら立ち直れないから、声を掛けられずにいた
この選択を悔いる日がやってくることも知らずに、名前も知らない彼女をただただ遠くから見ているだけだった。
ある日を境に全く彼女を海で見かけなくなってしまった。
もう一度会えたら声をかけようと、諦め悪く海に通うも、名前も知らない彼女を見かけることはなかった。
柄にもなく神様もう一度だけ彼女に会わせて下さいと何度頼んだことか。
陸さんからは早く声かけないからいけないんだと言われ、ねぇちゃんからは縁が無かったってことだから早く忘れろって言われたり。
女々しいと分かっているけど、どうしても忘れられない諦められなかった。
今度会う機会があったら、そのチャンスは絶対に逃さないと心に決めた。
どこで会うか分からないから、いつも彼女がいないか見る癖がついてしまった。
こんなに恋焦がれているのに、もう一度会うことはなかった。
そんな気持ちを抱えながらも、無情にも日常は過ぎていく。
「おつかれ様です。」
「珍しい人がいるわね。相場さんがいると場が華やぐわね。」
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。」
今日は各メーカーの共同新作発表会だ。
本当は出る予定なかったんだが、後輩がどうしても譲れないデートらしく変わってくれと。
仕事よりデートを優先するのかと怒りたくなったが、可愛い後輩だったし、日曜に特にやることもないから変わってやった。
「この新作のラインナップはこっちに展示をお願いします。ノベルティは来場者全員に渡して下さい。足りなくなったら、俺に声掛けて下さい。」
スタッフに声を掛ける。
新人の頃、段取り悪くもやっていた頃が懐かしく思い出される。
「洋平、おはよう。今日はよろしく。」
同期で別部署に勤務する旬が声をかけてくる。
「おはよう。この感じ懐かしいな。久々でなんだかわくわくしてきた。」
「それだけ余裕が出て来たってことだよな。休憩の時、簡単に飯食いに行こうぜ。」
「そんな暇があるといいけど。後で声掛けるわ。」
そう言って旬と別れて会場準備に精を出す。
あっという間に開場時間となる。
開場と共に多くの人がなだれ込んでくる。
「こちらの新作は今期のトレンドを取り入れて、バックラインが特に綺麗な商品tなっております。」
次々やってくるお客に説明をする。
こりゃ、旬と飯食う暇もないなと思いながらも接客に精を出す。
お昼近くなってきて、少し客足が少なくなってくる。
少なくなってきたが、初日だしお昼も客が多く来ることが予想されたので、旬との昼飯は断ろう。
その前にしゃべりすぎてガラガラになった喉を潤そうと自販機へ向かおう。
「すみません。少しだけ休憩入りますので、フロアお願いします。」
近くにいたスタッフに声を掛けて、自販機に向かう。
向かいながら、他のお店も覗きながら歩く。
ある店の中を歩きながら商品を見ていると、どこかで見かけたような後ろ姿が目に入る。
その姿が目に入ると、心臓がどくんと大きな音を立てる。
あれだけ待ち焦がれていた人とこんな所で会うとは。
後ろ姿だったけど、あの彼女だということに直ぐ気付いた。
その瞬間、彼女がこちらを振り返る。
こちらを見てニコリと笑いながら小さくお辞儀をしている。
心臓がどくどく音を立てている。
チャンスを絶対に掴むと決めたはずなのに、気付いたら回れ右して自分の店に戻っていた。
「旬、ちょっと聞いてくれ。」
「おう、洋平。そんなに焦ってどうした。腹が減り過ぎたか。」
「旬、あの店知ってるか?」
さっき彼女がいた店を指さす。
「知ってるよ。ベンチャーで最近業績伸ばしてきてるビキニが得意な店だよ。」
「じゃぁ、あそこに立ってる背の高い髪の長い女性知ってる?」
「えっ、どの人?そんな女性いっぱいいて分からん。」
「おい、よく見ろ。あのホワイトの服着て、客としゃべってる人だよ。」
「何慌ててんだよ。う~んと、どれどれ。」
「おいふざけてんなよ。」
旬の態度にイライラする。
「そう怒るなって。あの髪の長い人?」
旬が彼女を指さして聞いてくる。
「だからそうだって言ってるだろ。」
「あ―あの人が社長だよ。やり手らしいよ。急に業績伸ばしてるから、注目されてるぞ。」
やり手の社長と聞いて、益々遠い存在になった気がする。
チャンスを掴むと決めていたが、尻込みしてしまう。
俺が黙っていると、旬が続ける。
「仕事は出来るけど、男を見る目は無いらしい。あそこの会社の岩嶋ってやつに二股かけられてたらしいぞ。この業界は狭いから、こういう噂も流れるから怖いな。」
付き合っていた人がいたと聞いて、胸がずきずきする。
いい大人なんだから、恋人の一人や二人いて当たり前なのに。
「洋平も気を付けろよ。あっという間に噂は広がるからな。特にお前は良い男だから、いろんな女に声掛けられてるから、恨みを買わないようにな。で、昼飯行く?」
旬の声はほとんど俺の耳に入ってきていなかった。
「旬、悪い。初日で忙しくなりそうだから、今日は無理だわ。最終日あたりに行こうぜ。」
もう一度、彼女を見ようと反対側の道から自販機を目指す。
遠目で見ても分かる。
間違いなく彼女だ。
しゃんと伸びた背筋と柔らかそうな髪、あの髪に触れてみたいと何度思ったか。
ウェットスーツ姿しか見たことがなかったので、服を着た彼女はまた一段と綺麗だ。
いつまでも足を止めて見ていると変な人だと思われてもいけない。
どくどく音を立てている心臓を収さめようと、自販機を目指す。
自販機でブラックコーヒーを買うと一気に飲み干す。
まさか、こんなところで会えるとは思ってもいなかった。
展示会が終わるまでにあと、2日ある。
2日の内にどうするか考えよう。
彼女のお店の名前を確認するのを忘れたので、戻る途中でお店の名前を確認して頭に刻み込む。
彼女と再会したこの日は全く仕事が手につかなかった。
ようやく長い一日が終わる。
彼女のお店に目を向けると、もう姿はなかった。
「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします。」
スタッフに声をかけて、片づけを済ませて車に向かう。
車に乗るとすぐ、スマホを取り出す。
頭に刻みこんだ店の名前を検索する。
一番初めに出て来たワードを開いてみる。
旬の言っていた通り、女性用の水着メーカーのようだ。
会社概要を見ると、設立から間もないのに従業員と売上はそこそこだ。
起業して成功するなんて、とんでもなく凄い女性だったんだと初めて知る。
同時にこんな凄い人に、俺みたいなしがない会社員が相手にされるわけないなと落ち込む。
あと2日でチャンスをものにしようと思っていたが、彼女の来歴をみたらその気持ちは崩れていく。
あんなに待ち焦がれていたのに、いざ彼女を目の前にすると一歩が出ない。
こんな形で彼女を知ってしまったことが悔やまれる。
バックグランドなんてしらなければ勇気を出して声をかけられたかもしれない。
凄い人だと知ってしまうと、自分が声をかけられるレベルでないことぐらい分かる。
会えて嬉しいはずなのに、自分が惨めに思える。
この日は帰ってから珍しく、浴びるように缶ビールを飲んでしまった。
飲み過ぎてフラフラになっている自分が益々惨めになる。
そんな気持ちなので何をする気も起きず、空き缶を机の上に置きっぱなしでソファーで眠った。
翌日、目が覚めて悲惨な状況の部屋が目に入り、苦笑いが込み上げる。
部屋を整理する時間もなく、シャワーを浴びて着替えて家を出るのが精一杯だった。
「洋平、おはよう。今日もよろしく。後輩の代わりをしてやるなんていい先輩だな。」
「旬、俺っていい先輩だよな。男としてはどう?」
今は少しでも自信をつけたくて、思わず旬に聞いていた。
「気持ち悪いこと言うなよ。悪いけど俺そんな趣味ないから。可愛い彼女がいるので。」
いきなり変なこと聞いたから、変な誤解をされてしまったようだ。
「悪い悪い。ちょっと自信喪失気味で。」
「洋平みたいないい男でも自信喪失することあるのか。」
「そりゃ、いい男レベルでいくと旬には敵いませんので。」
旬と話していたら、少し気持ちが回復する。
2日目ともあって、客足は緩むかと思いきや、昨日TVで放送があった影響で初日より人が多かった。
目の回るような忙しさであっという間に一日が終わる。
そんな忙しさの中でも、遠くからちらちらと彼女を見ることはできた。
今日分かったことは、彼女はよく笑う人で周りに気を配る人だということだ。
こんな観察してるなんてストーカー気質もいいところだなと笑えてくる。
明日が最終日だ。
明日声をかけなかったら、この先いつチャンスがくるか分からない。
自分に自信はなかったが、明日チャンスが巡ってくることを祈って眠りについた。
最終日を迎えた今日もTVの影響で絶え間なく人はやってくる。
今日も彼女は周りを幸せにするような笑顔を振りまいている。
彼氏がいるのか気になるし、どんな声をしているのかも気になる。
忙しさの合間で彼女を盗み見する。
彼女への想いは募るが、声をかける勇気は湧いてこない。
最終日もあっという間に終わり、彼女に声をかけるチャンスはなかった。
TVの影響もあって、過去最高の売上を記録したにも関わらず気分は晴れない。
がっくりした気分で車に向かおうとすると、恋焦がれている彼女の後ろ姿が目に入る。
どうやら彼女も終わって車で帰ろうとしているようだ。
このチャンスを逃したら次はないと思い、どうやって声をかけるか案もないまま声をかける。
「あの、」
「凛、待ってよ。」
俺が声をかけるのと同時に後ろから女性の声がする。
その声に彼女が後ろを振り向く。
思わず俺は視線を地面に向ける。
「ちょっと、置いていかないでよ。車乗せてくれるんでしょ。」
「ごめん真理。荷物が多すぎたから一回車に置こうと思って。またフロア戻るよ。」
「そうだったの。置いてかれたかと思ってびっくりしたわよ。」
「ちゃんと言えばよかったね。ちょうど荷物持ちが必要だったから一緒にフロア戻るよ。」
彼女と同僚は一旦車に荷物を載せると、お店の戻って行ってしまった。
声をかけようとした自分は褒めてあげたいが、タイミングの悪さに苦笑いが込み上げる。
ねぇちゃんの言う通り、縁がないのかな。
最後のチャンスはこうして幕を閉じた。
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