ふと、夜が怖くなって
寿 丸
第1話「一人きりの夜は怖い」
たとえばの話をしよう。
恋人にフラれた。友達とケンカした。親と言い合いになった。etc……
そういった時、怒りとか悲しみとかやり場のない感情が芽生えると思う。そこで、つい、衝動的に、別の人に聞いてもらいたくなるとする。
電話、SNS、チャット、ランチか飲み会……今ならLINEといった通話アプリが手っ取り早いだろう。誰かを捕まえて、自分のありったけの感情をぶつけたりするのだ。誰にでも、そういった経験はあるのではないだろうか。
でも、歳を重ねる度にそれが難しくなる。話を聞いてもらうという単純なことが、難しくなったと感じてしまう。
結婚、出産、スキルアップ、昇進、転勤、マイホーム購入……色々な事情で、人は人生のステップアップを図る。そうなると、人の話を聞いていられる余裕なんてなくなる。
もし、そういう事情を「あらかじめ」知っていたとしたら、自分の抱えている鬱憤をそのままぶつけることができるだろうか。聞いてもらうことができるだろうか。
少なくとも、自分にはできない。
だから今日も、一人の夜を過ごす。誰かに相談もできないまま。
寂しい、悲しいというよりも、「怖い」と感じるようになった。一人きりで過ごす夜が「怖い」のだ。
朝になってようやく安心する。陽光を浴びるだけで、やっと息を吹き返したような気持ちになる。タバコを吹かし、コーヒーを飲み、SNSをチェックして、そうやって一日は始まる。
だが、また夜は来る。必ず来るものだ。
夕方に差しかかる頃になると、気持ちが落ち込んでくる。風呂、食事の用意などをしなければいけないという義務感も、重くしている。一人に慣れてくると、家事などが生きる上でのノルマみたいに感じてくるのだ。食事さえも。
入浴し、食事を済ませ、ホッとした後で——また、気持ちが落ち込んでくる。今度はもっとひどい。やらなくちゃいけないことはともかく、やりたいことが思い浮かばない。読書、ゲーム、プラモ、動画……楽しみたいと思っているものはいくらでもあるはずなのに。
時間ができたのに、無為にSNSをチェックしたりする。名前も顔も知らない人たちが、楽しそうにしている。センスのあるつぶやきをしている。面白い画像を貼り付けている。自分には真似できそうもない。
やがて——不意に、アプリ内の連絡帳を見る。
「この人、今話せるかなぁ」と思ってしまう。
なんてことはない、ただ話したいだけ。一人暮らしする上で愚痴りたいことはもちろんあるけれど、それ以上に——話したい。人とつながっている実感が欲しい。自分のことを気にかけてくれている、という実感が。
連絡帳をひと通り眺めて——閉じる。
「今、忙しくてなかなか返せなくてごめんね」
「今、友達と会うのも自粛してるから……」
「話を聞いてもらいたいだけなら、最初から言って」
上は、実際に言われた言葉。こういう言葉を何度も言われれば、人に連絡をするのをためらうのも当然だろう。もしかしたら自分の言い方、切り出し方が悪かったのかもしれない……そんな風に思い悩む。
そして今日も、また一人きりの夜を過ごす。
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