第6話 おデート!?
気が気ではない今日がやって来た。
本日のプランは何も聞かされていない。
駅前の時計の下に来るように言われただけだ。
約束の5分前、わたしは時計の下へ到着した。
後輩君の姿はまだない。
時計の針が約束の時間を差した。
すると、同じ時計の下にいた40代半ばくらいの、帽子を深くかぶった男がこちらに近づいてきた。
「あのぉ、藤島ひなこさんでいらっしゃいますか?」
「え、誰!?」
「驚かせてすみません。これ、あなたですよね?」
男はわたしにスマホの写真を見せてきた。
その写真に写っていたのは、ハヤテ君グッズに囲まれた部屋のベッドで幸せそうに眠る、酔い潰れたあの日のわたしだった。
「と、盗撮!? 流出!? 不審者!? 警察呼びますよ!」
「突然、すみません。中野辰輝のおじの中野仁志です」
彼は帽子をあげ、顔を覗かせた。
「な、中の人……!? ハ、ハヤテ君の……!!」
「まぁ、はい」
男は照れた様子だ。
これが、ハヤテ君の中の人!?
確かにその声は、ハヤテ君の声質を感じとれる。
そして……
かっ、かわいい!! 不覚にも、かわいい!!
なんてことだ、これが40代のおじさんのかわいさでいいのだろうか?
ハヤテ君そのままに、少年ではないか!!
心臓が止まりそうだ!!
それはもう、腎臓が濾過しきれないほどの情報量!!
どうしよう! 何か言わなくては!
ハヤテ君に警察を呼ぶとか言ってしまった!
わたしは三次元で出逢ってしまった! ハヤテ君の中の人に!
「す、好きです!!」
声デカっ!
待って、今告白した?
え、わたしどうした?
バグってんの?
何言ってんのよ、わたし!!
「初対面で告白?」
中の人は、クスッと笑った。
そして、口元から八重歯が見えた。
八重歯……! あなたもハヤテ君と同様に八重歯なの!?
なんてかわいいんだ!!
うわ、もう、その八重歯が、わたしの心の臓に突き刺さりそうだ!!
「今日突然、行けなくなったから、代わりにこの人に会って、おデートしてくれって、写真が送られてきて。この写真を持ってるのは自分だけだから、藤島さんは、中野仁志が本物だって分かるって」
「あの鬼後輩!! おデート!? アイツ、なんてことを!」
「勝手な奴ですよね。でも、悪い奴ではないんですよ? 今日だって、本当は僕を元気づけたかったのかな」
「え?」
「昔は辰輝とよく遊ぶこともあって、『あいまいヒーロー』の声真似してってせがまれて。似てるねって」
「いや、それ。真似じゃなくて、ご本人じゃないですか!」
「まぁ、そうですね。では、わたしはこれで失礼します」
「へ……」
「それとも、おデートしますか? なんてね」
「なっ!」
アワアワである。
ハヤテ君とおデートなんて100年早い!
「あなたは、僕に会わない方が幸せでしたか? ほら、キャラクターってイメージがあるでしょうから」
「い、いえ、かわいいと思います!」
「ん? かわいい?」
「すみません、表現を間違えました!」
ハヤテ君は声を出して笑った。その声は、愛すべきハヤテ君そのものだった。
「本当は、ここに来ない選択もあったんでしょうけど。代わりに誰かが来ないと、あなたがずっとこの場所で待つことになると思ったから」
なんでそんな、ハヤテ君みたいな優しさを……。
わたしは今、分からなくなっている。
ハヤテ君が好きなのか、目の前にいるハヤテ君の中の人が好きなのか。
こんな感情は、生まれて初めてだった。
「あ、あの! 今度の環境戦士のイベント、行きます!」
「ありがとうございます」
中の人は、会釈をすると去って行った。
なんだろう。苦しい。
わたしは忘れていた。
人は嬉しくても、苦しいことを。
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