7.ふたりだけの夜



 この世界にもどってきてから、一週間がった。

「光ほうついになるのがやみ魔法で、かくにんされている使用者は、わたびとのみ……」

 エリオット様の病院で働き始めるまで、あと二日。ひまな私はルークが買ってきてくれた本で勉強をしつつ、のんびりと過ごしている。

「……あれ?」

 そろそろきゅうけいしようと本をテーブルに置いたところ、ふと足元に見慣れないふうとうがあることに気がついた。どうやらルークの忘れ物らしい。

「私が届けに行ってきてもいいですか? ルークが働いているところを見てみたくて」

 すぐにしつであるロイドさんに確認を取り、王城までの地図をいてもらった私は、授業参観に参加する保護者の気持ちで出かけるたくを始めた。


「ここが、団本部……」

 騎士団がごろ活動している本部は、王城のしき内にある。

「すみません、ルーク・ハワードさんに忘れ物を届けにきたんですが」

 ロイドさんの地図のおかげですんなり王城へとうちゃくすることができた私は、門の近くにいた人に声をかけた。ルークがいるのは第五師団というところらしく、案内してくれるそうだ。

 敷地内を歩いていると、騎士達が訓練をしているアニメやまんで見るような光景が広がっていて、ワクワクしてしまう。

「こちらになります」

 そうして案内されたのは、広いけい場だった。中には大勢の人がおり、その中心にルークはいた。どうやら、彼がみんなに稽古をつけているらしい。

「わあ……!」

 ルークは次々と向かってくる相手を、ぼっけんたたせていく。

 素人しろうとの私でもはっきりと分かるくらい、周りとはけたちがいな強さで。氷魔法が得意だと聞いていたけれど、まさかけんじゅつもこれほど強いとは思っていなかった。

 一体彼は、どれほどの努力をしてきたのだろう。私の知っている小さくてか弱い男の子はもう、どこにもいなかった。

 少しさびしいけれど、立派な大人になったルークを見ることができてうれしい。

「第五師団に何かようですか?」

 思わずれてしまいぼうっと立っていると、近くにいた男性に声をかけられた。

「すみません、これをルーク・ハワードさんに渡していただきたくて」

「ルーク、師団長に?」

 するとわいらしい顔をしたその男性は、おどろいたような顔で私と封筒を見比べていたけれど、数秒の後、あわてて封筒を受け取ってくれた。

「よろしくお願いします」

 だんだんと周りからも視線が集まってくるのを感じた私は、じゃをしてはいけないと思い「失礼しました」と一礼すると、この場を後にした。

 当初の目的である忘れ物を届けるというミッションを無事達成し、ルークの働く姿も見られた私は、一仕事終えた気分で来た道を戻っていく。

「……ルーク、本当に格好良かったな」

 すっかりたのもしい男性になった彼の姿を思い出しながらいんひたっていると、不意に背中しに声をかけられた。

「あれ、サラちゃん、だよね? どうしたの? こんなところで」

「カーティスさ、さま。ええと、知り合いに用事がありまして」

 かえった先にいたのは、なんとカーティスさんだった。そのとなりにはちゃぱつのボブヘアーの女の子の姿もある。としは私と同じくらいだろうか、快活なふんの可愛らしい子だった。

「様なんてやめて欲しいな、友達なんだし」

「いいんですか?」

「もちろん。あ、この子が前に話した転移ほう使つかいなんだ」

「この前、カフェでしょうかいしてくれるって言ってた方ですか?」

「そうそう! ほら、ティンカ。彼女が例のヒーラーの子だよ」

 カーティスさんがそう言うと、「ああ!」という顔をした彼女は手を差し出してくれた。

「初めまして、ティンカです。よろしくね!」

「サラです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 差し出された手のひらをすぐににぎり返せば、にっこりとほほんでくれる。少し話してみると彼女は私と同じく料理や読書がしゅのようで、なんだか仲良くなれるような気がした。

「よかったら、えんせいに行く前にお茶でもしましょう」

「ぜひ! 行きたいです」

「いいね、俺も混ぜて欲しいな」

「カーティス師団長はぜーったいにダメですよ、可愛い女子の会ですから」

ひどいなあ、紹介したのは俺なんだけど?」

 二人のそんなやり取りに、くすりと笑ってしまった時だった。

「サラ!」

 聞き覚えのある声がした方へと視線を向ければ、ルークが走ってくるのが見えた。稽古中のはずでは、と思っているうちに、あっという間に彼は目の前まで来ていて。

 やがてルークは、ねたような表情をかべた。

「どうして声をかけてくれなかったんですか」

「仕事中だし、いそがしそうだったから」

「サラより優先することなんてありません」

「こら、そんなことを言ったらだめでしょ」

 今も出てきてだいじょうなのかと心配になったけれど、どうやら休憩時間らしい。休憩時間にした、というのが正しいのかもしれない。

 そんな彼はキラキラとかがやあせまで、驚くほどにまぶしかった。

「書類、ありがとうございました。サラに会えるのはもちろん嬉しいですが、こういうことは使用人に任せていいんですよ」

「ううん、仕事中のルークの姿を見てみたくて私が言い出したんだ。それにしてもルーク、すっごく強いんだね! 格好良かったよ。思わず見惚れちゃった」

「ありがとう、ございます。嬉しいです。本当に、嬉しい」

 思ったことをそのまま伝えれば、ルークの顔はいっしゅんにして赤く染まる。

「……驚いたな、サラちゃんの知り合いってルークだったんだ」

 そんな中、まどったようにカーティスさんは口を開いた。カーティスさんもティンカちゃんも、ひどく驚いた顔で私達を見比べている。

「……カーティス師団長、おつかさまです」

「うん、お疲れ。って、なんでそんなにこわい顔してんの?」

 私とにこにこがおで会話していたルークは、カーティスさんへ視線を移したたん、なぜかとつぜんむすっとした真顔になった。一体、どうしたのだろう。

「とにかく、三人はダメらしいから二人きりで食事にでも行こっか。俺達、友達だし」

「あ、はい。ぜひ」

 さわやかな笑顔に思わずどきりとした途端、ルークによってかたを引き寄せられた。

「カーティス師団長、話が長いです」

「いや俺、ルークが来てから三言しかしゃべってないんだけど」

 苦笑いを浮かべるカーティスさんに、ルークはやはり冷ややかなまなしを向けている。

「サラから遠征の話は聞きました。仕方ないので一度だけは許可しますから、それきりにしてください。もし彼女に何かあったら、絶対に許さない」

「ちょ、ちょっと、ルーク!」

「後は全員、必要最低限の会話でお願いしますね。サラにあまり関わらないでください」

「もう! 勝手なことばかり言わないで!」

 いきなりけんごしでカーティスさんにそう言ってのけたルークを、慌てて止める。

 そもそも私が受けた話であって、さそってくれただけのカーティスさんに非はない。失礼にもほどがある上に、必要最低限の会話というのも無理がありすぎる。

「常にティンカと行動させるから、もちろんはさせないよ。けれど今後については、サラちゃんが決めることじゃないかな」

 カーティスさんはそう言うと、私に「ね?」とゆうたっぷりな笑顔を向けた。

 その一方で、ルークはげんさをかくそうともしていない。

「それより、二人はどういう関係なの?」

「なんでもいいでしょう。サラ、門まで送ります。行きましょう」

「ちょっと、ルークってば! お二人ともすみません! また!」

 まだ話は終わっていないのにルークは私のうでを引き、どんどん歩いていく。

 そんな私達を二人は最後まで驚いた表情を浮かべたまま、見つめていたのだった。




***




 その日の夜、私はおしゃな酒場にて、ルークとレイヴァン様とテーブルを囲んでいた。

 仕事を終えてしきへ帰ってきたルークのそばにはレイヴァン様の姿があり、「こないだの約束通り、三人で飲みに行こう」とそのまま連れ出されたのだ。

「ルークは今度、カーティスさん達に会ったら謝ってね! 本当に失礼すぎるもの」

「絶対にいやです。謝りません」

「もう、ルークはまだまだ子どもだね」

「俺はもう大人です。しかも、サラよりも年上ですからね」

 昼間の失礼をとがめても、ルークに反省する様子はない。いつからこんな意地っ張りになってしまったんだろうといきくと、私はワイングラスに口をつけた。

「お、サラちゃんいけるねえ。もう一ぱい

 一気飲みしたせいで空になったグラスに、レイヴァン様はすかさず白ワインをついでくれる。彼のお気に入りだというそれはフルーティで甘くて飲みやすくて、とても美味おいしい。

「本当にこれ、美味しいですね」

「美形二人に囲まれてるのもあるよ、きっと」

「た、確かに……」

 ルークはかなりお酒が強いらしく、っているところはほとんど見たことがない、つまらないとレイヴァン様は先程をこぼしていた。

 彼は今も、強めのウイスキーをロックで飲んでいるのだ。大人すぎて少しくやしい。

「それにしてもルーク、お前も余裕ないんだな」

「うるさい」

「俺は必死なお前が見られて嬉しいよ」

 二人のそんな会話を、私はここの名物だという鳥のハーブ焼きを食べながら聞いていた。彼らがいつもよく来るというこの店は、料理もとても美味しい。

「ねえねえ、サラちゃん。サラちゃんの好きな男のタイプ、教えてよ」

「好きな男性のタイプ、ですか?」

「サラが好きなのは、やさしくて顔が良くて背の高い、かしこくて強い金のある男です」

「あはは、サラちゃん意外とごうよくだね」

 私の代わりに答えたルークを見て、レイヴァン様は可笑おかしそうに笑っている。

「まあ、そんな人なんていないんですけどね」

「俺がいます。サラも先日、理想の男性像だと言ってくれたじゃないですか」

「確かにルークは条件を満たしてるけど……」

 ルークは私にとって異性というよりも家族のようなものだから、またちがう話な気がする。

 追加のお酒を頼んだレイヴァン様は、ルークの肩に腕を回した。

「それじゃあ今は、こいびととかしくないの? 今までいたことは?」

「ありますよ。あるんですけど……」

 ──私はいまだに、れんあい感情というものがよく分かっていない。二十三年間生きてきて、だれかに「こい」というものをしたことがなかった。

 とは言え、別に男性がきらいなわけではないし、一度、職場の親しかった男性に告白されて、付き合ってみたこともある。

 彼の優しいところは尊敬していたし、好意を持ってもらえたのは嬉しかった。

「結局、いっしょにいても楽しくなかったり、気をつかって疲れちゃったりして」

 その結果、うまくいかずに終わってしまった。

「そうなんだ。ちょっと分かるかも」

「本当ですか? ルークと一緒にいるのは楽しいし、気も遣わないのになあ」

「やはり、サラには俺しかいませんね」

「もう」

 今日のルークのじょうだんは絶好調らしく、顔に出ていないだけで酔っているのかもしれない。

「……ほんと、先が思いやられるね」

 レイヴァン様はそう言って笑うと、ルークの背中をばしんと叩いた。

 そうしているうちにルークの上司だという人が来店し、彼は一杯だけ付き合ってくることになった。何度もレイヴァン様に「サラに余計なことは言うな」と念を押し、席を立つ。

 レイヴァン様は二人きりになった途端、こつんとグラスを合わせた。

「あー、今日は楽しいな」

「私もです。そう言えば、レイヴァン様は今、恋人とかいないんですか?」

「うん、最近はいないよ。女の子は好きだけど、色々と疲れるんだよね。俺、そくばくされたりするの嫌いだし、よくごとに巻き込まれるし、うらみを買ったりもするし」

「な、なるほど……モテるのも大変ですね」

 彼ほどの人には、私のような下々の人間には分からないなやみがあるのだろう。

「サラちゃんもモテてるじゃん、ルークに」

「もう、レイヴァン様までそんなこと言うんですか?」

「ルーク、いい男じゃん。だめ?」

「ダメも何もルークのことは好きですけど、子どものころから知っているので……それに最近のルークはうわついた冗談ばかり言うのが、保護者わくとしては心配で」

「……なるほど、根は深そうだ」

 レイヴァン様は可笑しそうに笑うと、グラスを手に取った。

「よし、サラちゃん。飲もうか」

「もう十分飲んでますし、そろそろお水を」

「君が飲んだら飲んだ分だけ、ルークの話をしてあげる」

「さて、飲みましょうか。ルークにやり返すためにも、何か弱みを聞いておかないと」

「あはは、さすがだね。すみませーん! もう一本追加で」

 そんなレイヴァン様の言葉についつい乗ってしまったせいで、それから一時間も経たないうちに私のおくれることになる。




***




「大丈夫ですか? サラ」

「うん、いますぐなおすから、待ってて」

「……大丈夫ではなさそうですね」

 上司に付き合って席を外しているうちに、レイヴァンがサラをでいすいさせてしまっていた。

 彼女はヒビの入ったグラスに手をかざし、「なおれ!」なんて言っていて、レイヴァンは腹をかかえて笑っている。意識はあるものの、ふらふらとしていて顔も身体からだも赤い。

 戻ってきた俺を見るなり、サラは嬉しそうにふにゃりと笑った。

 その可愛らしい姿に、悔しいくらいに心臓が高鳴ってしまう。

「サラちゃん、本当におもしろかったな。また誘うわ」

「お前は飲ませすぎだ」

「ルークがいるから、安心して飲ませられるんだよ」

 そんなことを言うレイヴァンと店の前で別れ、ぐったりとしているサラを背負うと俺は帰路についた。屋敷までは歩いて二十分くらいのきょのため、彼女の酔いが夜風に当たることで少しでも落ち着けばいいと思い、そのまま歩いていく。

 少し歩けば建物も人も減り、静かな時間がおとずれた。

「ルーク、あったかい」

「サラも温かいですよ」

 そうつぶやいた彼女は温かくて小さくて、軽くて。そんな彼女に自分は救われ、守られていたのだと思うと、不思議な気分だった。

「あれ、レイヴァン様は? いなくなっちゃったね」

「さっき別れましたよ。サラは飲みすぎです」

「大人だからいいの! ルークはまだ十一歳だからだめです」

「いつの話をしているんですか。今の俺は二十六歳です」

「あれ? そっか、そうだっけね。ちっちゃいルーク、かわいかったなあ。ひよこみたいにいつも私の後をついてきて……おぼえてる?」

「はい。サラとのことは、全て覚えていますよ」

 今はサラが小さい子どものようで、昔は大人びて見えていた彼女の可愛らしい一面に、思わずみがこぼれる。

「……あ、あたま痛くなってきた……にんげんやめる」

「やめないでください。大丈夫ですか? 何か俺にして欲しいことはありますか?」

「なんでも、いいの?」

「はい。どんなお願いでも聞きますよ」

 水を買ってきて欲しいとか、その程度のお願いだろうと思っていたけれど、やがて彼女から返ってきた言葉は予想外のものだった。

「しあわせに」

「サラ?」

「ルークに、しあわせになってほしいな。むかしからずっと、それだけなんだ」

 思わず、足が止まった。

 ひどく優しい彼女の声に、言葉に。視界がにじんでいく。

「……本当にそれが、サラの一番の願いなんですか」

「うん、おねがいね」

 そう言うと、サラは俺の首元にぎゅっと腕を回した。

 ──サラはいつだって、俺のことばかりだ。

 自分よりも俺のことばかりを優先して、俺のことを何よりも大切に思ってくれている。

「お願いですから、これ以上好きにさせないでください」

「んー?」

「サラは本当に、ずるいですね」


 好きにさせるだけ、好きにさせて。いつだって、俺の気持ちには気づいてくれない。

 それでも俺は、そんなサラが好きなのだ。

 きっと今の俺はまだ彼女にとって家族であり、弟のような存在でしかない。どもあつかいされているのが何よりのしょうだった。

 たとえ好きだと伝えたところで、いつもの笑顔で「私も好きだよ」と、俺とは違う「好き」が返ってくるのだろう。

 けれど俺はもう、彼女に守られているだけの無力な子どもではない。

 小さな子どもでも家族でもない、一人の大人の男だとサラに意識してもらえるその日まで、この気持ちは伝えないでいようと思う。


「──サラがいてくれるだけで、俺は幸せですよ」

 そんな言葉は、静かにいきを立てている彼女に届くことはないまま、夜にけていった。

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