7.ふたりだけの夜
この世界に
「光
エリオット様の病院で働き始めるまで、あと二日。
「……あれ?」
そろそろ
「私が届けに行ってきてもいいですか? ルークが働いているところを見てみたくて」
すぐに
「ここが、
騎士団が
「すみません、ルーク・ハワードさんに忘れ物を届けにきたんですが」
ロイドさんの地図のお
敷地内を歩いていると、騎士達が訓練をしているアニメや
「こちらになります」
そうして案内されたのは、広い
「わあ……!」
ルークは次々と向かってくる相手を、
一体彼は、どれほどの努力をしてきたのだろう。私の知っている小さくてか弱い男の子はもう、どこにもいなかった。
少し
「第五師団に何か
思わず
「すみません、これをルーク・ハワードさんに渡していただきたくて」
「ルーク、師団長に?」
すると
「よろしくお願いします」
だんだんと周りからも視線が集まってくるのを感じた私は、
当初の目的である忘れ物を届けるというミッションを無事達成し、ルークの働く姿も見られた私は、一仕事終えた気分で来た道を戻っていく。
「……ルーク、本当に格好良かったな」
すっかり
「あれ、サラちゃん、だよね? どうしたの? こんなところで」
「カーティスさ、さま。ええと、知り合いに用事がありまして」
「様なんてやめて欲しいな、友達なんだし」
「いいんですか?」
「もちろん。あ、この子が前に話した転移
「この前、カフェで
「そうそう! ほら、ティンカ。彼女が例のヒーラーの子だよ」
カーティスさんがそう言うと、「ああ!」という顔をした彼女は手を差し出してくれた。
「初めまして、ティンカです。よろしくね!」
「サラです。こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出された手のひらをすぐに
「よかったら、
「ぜひ! 行きたいです」
「いいね、俺も混ぜて欲しいな」
「カーティス師団長はぜーったいにダメですよ、可愛い女子の会ですから」
「
二人のそんなやり取りに、くすりと笑ってしまった時だった。
「サラ!」
聞き覚えのある声がした方へと視線を向ければ、ルークが走ってくるのが見えた。稽古中のはずでは、と思っているうちに、あっという間に彼は目の前まで来ていて。
やがてルークは、
「どうして声をかけてくれなかったんですか」
「仕事中だし、
「サラより優先することなんてありません」
「こら、そんなことを言ったらだめでしょ」
今も出てきて
そんな彼はキラキラと
「書類、ありがとうございました。サラに会えるのはもちろん嬉しいですが、こういうことは使用人に任せていいんですよ」
「ううん、仕事中のルークの姿を見てみたくて私が言い出したんだ。それにしてもルーク、すっごく強いんだね! 格好良かったよ。思わず見惚れちゃった」
「ありがとう、ございます。嬉しいです。本当に、嬉しい」
思ったことをそのまま伝えれば、ルークの顔は
「……驚いたな、サラちゃんの知り合いってルークだったんだ」
そんな中、
「……カーティス師団長、お
「うん、お疲れ。って、なんでそんなに
私とにこにこ
「とにかく、三人はダメらしいから二人きりで食事にでも行こっか。俺達、友達だし」
「あ、はい。ぜひ」
「カーティス師団長、話が長いです」
「いや俺、ルークが来てから三言しか
苦笑いを浮かべるカーティスさんに、ルークはやはり冷ややかな
「サラから遠征の話は聞きました。仕方ないので一度だけは許可しますから、それきりにしてください。もし彼女に何かあったら、絶対に許さない」
「ちょ、ちょっと、ルーク!」
「後は全員、必要最低限の会話でお願いしますね。サラにあまり関わらないでください」
「もう! 勝手なことばかり言わないで!」
いきなり
そもそも私が受けた話であって、
「常にティンカと行動させるから、もちろん
カーティスさんはそう言うと、私に「ね?」と
その一方で、ルークは
「それより、二人はどういう関係なの?」
「なんでもいいでしょう。サラ、門まで送ります。行きましょう」
「ちょっと、ルークってば! お二人ともすみません! また!」
まだ話は終わっていないのにルークは私の
そんな私達を二人は最後まで驚いた表情を浮かべたまま、見つめていたのだった。
***
その日の夜、私はお
仕事を終えて
「ルークは今度、カーティスさん達に会ったら謝ってね! 本当に失礼すぎるもの」
「絶対に
「もう、ルークはまだまだ子どもだね」
「俺はもう大人です。しかも、サラよりも年上ですからね」
昼間の失礼を
「お、サラちゃんいけるねえ。もう一
一気飲みしたせいで空になったグラスに、レイヴァン様はすかさず白ワインをついでくれる。彼のお気に入りだというそれはフルーティで甘くて飲みやすくて、とても
「本当にこれ、美味しいですね」
「美形二人に囲まれてるのもあるよ、きっと」
「た、確かに……」
ルークはかなりお酒が強いらしく、
彼は今も、強めのウイスキーをロックで飲んでいるのだ。大人すぎて少し
「それにしてもルーク、お前も余裕ないんだな」
「うるさい」
「俺は必死なお前が見られて嬉しいよ」
二人のそんな会話を、私はここの名物だという鳥のハーブ焼きを食べながら聞いていた。彼らがいつもよく来るというこの店は、料理もとても美味しい。
「ねえねえ、サラちゃん。サラちゃんの好きな男のタイプ、教えてよ」
「好きな男性のタイプ、ですか?」
「サラが好きなのは、
「あはは、サラちゃん意外と
私の代わりに答えたルークを見て、レイヴァン様は
「まあ、そんな人なんていないんですけどね」
「俺がいます。サラも先日、理想の男性像だと言ってくれたじゃないですか」
「確かにルークは条件を満たしてるけど……」
ルークは私にとって異性というよりも家族のようなものだから、また
追加のお酒を頼んだレイヴァン様は、ルークの肩に腕を回した。
「それじゃあ今は、
「ありますよ。あるんですけど……」
──私は
とは言え、別に男性が
彼の優しいところは尊敬していたし、好意を持ってもらえたのは嬉しかった。
「結局、
その結果、うまくいかずに終わってしまった。
「そうなんだ。ちょっと分かるかも」
「本当ですか? ルークと一緒にいるのは楽しいし、気も遣わないのになあ」
「やはり、サラには俺しかいませんね」
「もう」
今日のルークの
「……ほんと、先が思いやられるね」
レイヴァン様はそう言って笑うと、ルークの背中をばしんと叩いた。
そうしているうちにルークの上司だという人が来店し、彼は一杯だけ付き合ってくることになった。何度もレイヴァン様に「サラに余計なことは言うな」と念を押し、席を立つ。
レイヴァン様は二人きりになった途端、こつんとグラスを合わせた。
「あー、今日は楽しいな」
「私もです。そう言えば、レイヴァン様は今、恋人とかいないんですか?」
「うん、最近はいないよ。女の子は好きだけど、色々と疲れるんだよね。俺、
「な、なるほど……モテるのも大変ですね」
彼ほどの人には、私のような下々の人間には分からない
「サラちゃんもモテてるじゃん、ルークに」
「もう、レイヴァン様までそんなこと言うんですか?」
「ルーク、いい男じゃん。だめ?」
「ダメも何もルークのことは好きですけど、子どもの
「……なるほど、根は深そうだ」
レイヴァン様は可笑しそうに笑うと、グラスを手に取った。
「よし、サラちゃん。飲もうか」
「もう十分飲んでますし、そろそろお水を」
「君が飲んだら飲んだ分だけ、ルークの話をしてあげる」
「さて、飲みましょうか。ルークにやり返すためにも、何か弱みを聞いておかないと」
「あはは、さすがだね。すみませーん! もう一本追加で」
そんなレイヴァン様の言葉についつい乗ってしまったせいで、それから一時間も経たないうちに私の
***
「大丈夫ですか? サラ」
「うん、いますぐなおすから、待ってて」
「……大丈夫ではなさそうですね」
上司に付き合って席を外しているうちに、レイヴァンがサラを
彼女はヒビの入ったグラスに手をかざし、「なおれ!」なんて言っていて、レイヴァンは腹を
戻ってきた俺を見るなり、サラは嬉しそうにふにゃりと笑った。
その可愛らしい姿に、悔しいくらいに心臓が高鳴ってしまう。
「サラちゃん、本当に
「お前は飲ませすぎだ」
「ルークがいるから、安心して飲ませられるんだよ」
そんなことを言うレイヴァンと店の前で別れ、ぐったりとしているサラを背負うと俺は帰路についた。屋敷までは歩いて二十分くらいの
少し歩けば建物も人も減り、静かな時間が
「ルーク、あったかい」
「サラも温かいですよ」
そう
「あれ、レイヴァン様は? いなくなっちゃったね」
「さっき別れましたよ。サラは飲みすぎです」
「大人だからいいの! ルークはまだ十一歳だからだめです」
「いつの話をしているんですか。今の俺は二十六歳です」
「あれ? そっか、そうだっけね。ちっちゃいルーク、かわいかったなあ。ひよこみたいにいつも私の後をついてきて……おぼえてる?」
「はい。サラとのことは、全て覚えていますよ」
今はサラが小さい子どものようで、昔は大人びて見えていた彼女の可愛らしい一面に、思わず
「……あ、あたま痛くなってきた……にんげんやめる」
「やめないでください。大丈夫ですか? 何か俺にして欲しいことはありますか?」
「なんでも、いいの?」
「はい。どんなお願いでも聞きますよ」
水を買ってきて欲しいとか、その程度のお願いだろうと思っていたけれど、やがて彼女から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「しあわせに」
「サラ?」
「ルークに、しあわせになってほしいな。むかしからずっと、それだけなんだ」
思わず、足が止まった。
ひどく優しい彼女の声に、言葉に。視界が
「……本当にそれが、サラの一番の願いなんですか」
「うん、おねがいね」
そう言うと、サラは俺の首元にぎゅっと腕を回した。
──サラはいつだって、俺のことばかりだ。
自分よりも俺のことばかりを優先して、俺のことを何よりも大切に思ってくれている。
「お願いですから、これ以上好きにさせないでください」
「んー?」
「サラは本当に、ずるいですね」
好きにさせるだけ、好きにさせて。いつだって、俺の気持ちには気づいてくれない。
それでも俺は、そんなサラが好きなのだ。
きっと今の俺はまだ彼女にとって家族であり、弟のような存在でしかない。
たとえ好きだと伝えたところで、いつもの笑顔で「私も好きだよ」と、俺とは違う「好き」が返ってくるのだろう。
けれど俺はもう、彼女に守られているだけの無力な子どもではない。
小さな子どもでも家族でもない、一人の大人の男だとサラに意識してもらえるその日まで、この気持ちは伝えないでいようと思う。
「──サラがいてくれるだけで、俺は幸せですよ」
そんな言葉は、静かに
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