4.その感情の名は
あの
目も当てられないような姿だった俺を拾い、助けてくれた彼女はまるで
「ルーク、おいで」
最初は
「サラはどうして、こんなに良くしてくれるんですか」
「ルークのことが好きで、
俺だって、サラのことが好きだった。誰よりも大好きだった。
働いてばかりの彼女を見ていると、幼い無力な自分がもどかしくて仕方なくて、早く大人になって彼女の力になりたいと常に思っていた。
彼女が
確かにサラの
だからこそなんの
そしてある日
デートの日、花束を手に待ち合わせ場所にいた俺の元に、彼女がいつまでも現れることはなくて。一時間ほど待った後、心配になった俺は急いでアパートへと
けれどどこにも、彼女の姿はない。モニカのところにも来ていないようで、事故にでも
サラは何も言わず約束を破るような人ではないことだって、分かっている。
ひどく、
「……サラは元の世界に、帰ったのかもしれないね」
サラがいなくなって三日が
――もう、サラに会えない?
信じられない、信じたくもない事実を
「サラからいなくなった後に読んで欲しいと、手紙を預かっていたんだ」
そうしてモニカと共にサラの残した手紙を読んだ俺は、彼女がどれほど自分を
彼女はテレシア魔法学院の学費やこの先の生活費まで、全て用意してくれていた。
サラと一緒にいたのは、たった五ヶ月。そんな短い期間を一緒に過ごしただけの俺のためになぜそこまでしてくれるのか、理解できなかった。
「どう、して……」
「ルークの魔法はいつかルーク自身と、大切な人を守れる力になるから、と書いてあるよ」
そんな言葉に、涙が止まらなかった。
それでも、彼女のために強くなろうと思った。
俺を救ってくれた彼女に
***
―― サラがいなくなってから、あっという間に六年が経った。
俺はモニカの養子となり、エイジャー男爵家とは完全に縁を切った。
テレシア学院の最終学年になった俺は、少しの時間も
サラが俺のために用意してくれた機会を、
「おはよ、ルーク。うわ、お前朝から勉強なんてしてんの? よくやるねえ」
友人であるレイヴァンは、授業が始まるまでの時間にも勉強している俺を見て、
「ふふ、お二人は本当に仲がいいんですね」
「そ、俺達は親友だからな。リディア
そんなやり取りを聞いていたらしい
のいいレイヴァンの様子に
「またルーク・ハワードが一番だって」
「化け物かよ」
「
そんな声が聞こえてくるのも、いつものことだ。けれど俺はそんなことを言う
もちろん、
「あの、ルーク様。良かったら、これ……」
「悪いけど、誰からも受け取らないことにしているんだ」
ある日の昼休み、いつものように女子生徒から差し出された手紙を受け取らずにいると、側で見ていたレイヴァンは「うわ、もったいな」と
「あの子、リディア嬢の次に美人って言われている子だぞ」
「だからなんだ」
いつの間にか俺の背はかなり
「リディア嬢も絶対、ルークに気があるよな」
「…………」
彼女の気持ちには、なんとなく気がついていた。
とは言え、
「ルークってさ、女に興味ねえの?」
「ないわけじゃない」
「は? 本当に?」
あまりにも俺が女性に興味を持たないことで、勝手に心配していたらしいレイヴァンは、
「好きな女性がいるんだ。彼女以外は、どうだっていい」
俺の中には、いつだってサラがいる。彼女以外に心が動くことなど、ただの一度もなかった。きっとこれから先も、ずっと。
毎日のように俺は、サラと過ごした街へ足を運んでいた。サラにもう一度、会いたかった。同じ渡り人が二度やってきたという記録はないし、無駄だとは分かっている。
それでも、止められなかった。
「へえ、そっか。なんか俺、ルークのこともっと好きになりそう」
「お前に好かれても
「冷たいなあ。ルークがそんなに好きになる相手って、どんな人なんだろ」
誰かにサラへの好意を話すのは初めてだったものの、こうして口に出してみると、彼女への想いは
十八歳になった俺は、王国
もっと強くなりたくて、ひたすらに戦い続けた。危険度が高い任務も、
何より彼女は、金持ちの男がいいとも言っていた。
「ルーク様、お願いですから、もっとご自分を大切になさってください」
同じ隊にヒーラーとして配属されたリディアは泣きそうな顔で、
「そろそろ、
もう結婚していてもおかしくない
一度だけ女性と付き合ってみたものの、何も感じなかった。
上司の
「俺は一生、サラしか好きになれないと思います」
そう告げれば、モニカは
つい先日、友人の孫の
「サラは、特別だからね」
「……はい」
俺はきっとモニカに、孫を見せてあげられない。
それ以外のことで、
二十六歳になった。
―― サラは、俺の
あれから十五年も経っているのだ。いつしか彼女への想いにそんな名をつけ、過去形にできるようになっていた。
それでも、サラが今も俺にとって一番の存在であることに変わりはなかった。
これから先も、ずっとずっと変わらない。
そう、思っていたのに。
***
彼女はあの日と変わらない姿のまま、再び俺の前に現れた。
「……もしかして、ルーク?」
十五年ぶりに彼女に名前を呼ばれた
子どもみたいに、その細い
今でも毎日この街に来ていたのは、もう一度だけでいいから会いたかったからだ。
あの日俺を助けてくれてありがとう、俺の人生は貴女がいたからこんなにも
サラのお
それだけ、だったのに。
「私も、ルークにもう一度会えて嬉しい」
可愛らしくて優しい声も、
全てが俺の大好きだったサラそのもので、泣きたくなるくらいに胸が高鳴っていく。
思い出が、あの頃の想いが、
この十五年の間ずっと、何に対しても心が動くことなんてなかった。
それなのに今は、サラの
彼女への想いを過去形にしたなんて
――今、この胸の中にあるものは
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