第2話 クラスによる差

「なんだよ!せっかく魔法戦士になったてのに!魔法が使い物にならなくなっちまったじゃねーか!」


客探しに神殿へとやって来ると、昨日の客に絡まれてしまう。

どうやら自分の失敗に1日で気づいた様だ。


それはまあいい。

だが何故俺にそれを言う?


「転職したんだから当然でしょう。戦士になったら、魔法使いの有用なスキルは無くなるんですから」


最初からあるパッシブスキルだけでも、相当な恩恵を受けているのだ。

最初はみんなその事に感動するのだが、慣れて来るとそれが当たり前の様に自分の一部と勘違いしてしまう。

そして失ってから初めて、その重要性に気付くのだ。


――天才以外魔法戦士なんて物にはなれない、と。


「ふっざけんな!こんなんなら、魔法使いのままの方がましだ!今すぐ戻せ!」


「無理です。クラスレベルは10以上にあげないと、転職は出来ません。それと、一度転職してから同じクラスに戻ってもレベルは1からやり直しになりますよ」


転職には制限があった。

クラスのレベルを10以上に上げる事。

それが転職に必要な条件だ。


まあ10位なら、努力次第で1年もあれば上がるだろう。


「それでもいいならまた来てください。勿論その際は有料ですがね。それが嫌なら神殿に並んでください」


「はぁ!今すぐタダで元に戻せ!」


無茶苦茶言いやがる。

俺も商売だから、確かに相手には余計なアドバイスを一切していない。


だが――そもそも俺がアドバイスをしてやる謂れなどないのだ。


自分の人生を自分で見定められないアホの事など、俺が気にする必要は無い。

軽はずみな行動がどういう結果を齎すのか、危険もなくそれを学習できたのだから、今回はいい勉強になったと諦めるのが筋だ。


「無理です。諦めてください」


「ふざけんな!俺を騙しやがって!」


騙してなどいない。

俺は声こそ掛けたが、転職を勧めてなどいないのだから。

自分で決めたくせに、思った通りにならないからと詐欺扱いは心外もいい所だ。


「自己判断でしょう?言いがかりは止めてください」


ケチが付いた。

もう今日は商売はやめておこう。


蓄えはそこそこあるし、帰って訓練でも――


「がっ!?」


そう思って帰ろうとしたら、突然男が殴りかかって来た。

俺は咄嗟にそれを手で受け止めようとするが、そのまま吹き飛ばされてしまう。


相手は昨日まで魔法使いだった男だ。

戦士になる為の訓練はしていたのかもしれないが、まだ変わったばかりの相手の拳でさえ、長年訓練して来た俺には受け止める事すら出来ない。


これが神のギフト。

その恩恵による絶対的な差だった。


「がはっ!」


男の蹴りが倒れている俺を襲う。

それを腕でガードするが、再度吹っ飛ばされて俺は盛大に地面を転がる。


「ぐっ……うぅ……」


ガードした腕が猛烈に痛む。


これは……間違いなく折れてるな。


「死ねオラァ!」


相手は相当興奮している様だった。

人気のない場所だったなら、きっと俺は殺されていただろう。


だがここは神殿の前だ。

警備兵もいれば、転職のために来ている者達もいる。

当然、衆人観衆の中の公開殺人なんて通る訳もない。


「やめんか!」


男が俺に攻撃を続け様とするが、その動きを背後から誰かが制した。


それは髭もじゃの、ガタイのいい壮年の大男だった。

恐らく前衛系クラスなのだろう。

出なければ、いくら体を鍛えていても暴れる戦士を力で抑え込む事は出来ないはずだ。


「くそっ!放せ!」


「やれやれ、愚か者が」


髭の大男が男の首筋に手刀を落とし、あっさりと男を気絶させた。

パワーも凄いが、その動きから相当な腕前である事がハッキリと分かる。


「く……痛つつ。助かりました」


両腕は痛みで動かせない。

俺は何とか足だけで起き上って礼を言う。


「腕が折れてるみたいだな。見せてみろ」


そう言うと、男が俺の両手に魔法をかけた。

癒しの魔法だ。

それもかなり高度な魔法の様で、痛みがあっという間に消えてしまう。


「あなたは……まさか……」


明らかに先程の動きは前衛系の物だった。

だが今掛けられた回復魔法は、僧侶でもなければ扱えるレベルではない。


高い身体能力と、高度な癒しの魔法。

そんな事が出来る人物。

俺が思い当たるのは只一人しかいない。


――魔法剣士ダリア。


天才である彼は、攻撃魔法だけでなく回復魔法を使わせても一級品と聞く。


「今、何を考えているのか想像は付く。だが外れだ。俺はダリアではない」


「え!?違うんですか?」


「ああ、俺は武闘家だからな」


髭もじゃの男は、厳つい顔を歪ませてニヤリと笑う。

そう言えばダリアはかなりの色男と聞く。

失礼だが、野獣の様な厳つさを持つ目の前の男とは確かに一致しない。


――つまり、この男はダリアとは別の天才という事か。


「そうなんですね。高い格闘能力に強力な回復魔法まで扱えるなんて、正直羨ましいです。俺にはそんな力がないんで」


「同時には無理でも、どれか一つなら鍛え方次第でどうにでもなる。頑張るがいい」


今までも死に物狂いで頑張って来た。

その上で、戦士になったばかりの相手にこの様だ。


正直、これ以上は――


「ははは。俺は非戦闘のユニーククラスなんで、努力しても強くなれるかは怪しいもんですよ」


「そうなのか?」


「ええ、まあ。他人を転職させるだけのクラスなんで。ずっと強くなって冒険者になりたかったんですが……っと、すいません。変な事話してしまって」


思わず初対面の恩人に愚痴ってしまった。

いい年したおっさんが情けない話だ。


だが今の喧嘩で自分の無力さと、同時に、才能を持つ者の頂を嫌と言う程突き付けらてしまった。

ゲゼゼの言葉に従う訳ではないが、確かにもう、冒険者になるのは諦めた方がいいのかもしれない。


「どうやら、相当鍛えている様だな。ふむ……枯れさすには惜しい努力の跡だ」


男性が俺の体を繁々と見つめる。

どうやら、彼には俺がどの程度鍛えているのかが分かる様だった。

体躯からの判断だろうか?


「本当は、他人にアドバイスなどしないのだが……クラスレベルを上げるとといい。そうすれば道が開けるはず」


「道が開ける?俺の『転職屋』のクラスの事を知っているんですか?」


「いや、知らん。だがクラスは問題ない。重要なのはそのレベルだ。サブクラス……それがヒントだ」


「サブクラス?」


男が口にしたのは、俺の聞いた事のない言葉だ。

何かの戯言かとも思ったが、先ほどから彼の眼差しは真剣その物だった。

嘘や虚言とは思えない。


「神の試練を乗り越えた者だけが得る力。悪いが、これ以上詳しくは言えん」


それだけ言うと、大男は倒した男を神殿の警備兵に渡してその場を早々に立ち去ってしまう。


「レベル……サブクラス……それに試練……一体何だってんだ?」


分からない事だらけだ。

だが本当に道があるというのなら……


俺は夢を諦めたくはない。


見知らぬ男の言葉を鵜呑みにするのはアレではあるが、まだもう少しだけ頑張ってみようと思う。

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