遅刻どころじゃない時計ウサギ
ありすって可愛らしい名前だね。
でも、○○って見た目全然ありすっぽくないよね。
お前なんか、誰も好きじゃないよ。
生まれてきたことが、間違いだ。
お、ま、え、な、ん、か。
——何かが視えた。
それは彼女の脳裏に浮かんだ景色の中に、誤って踏み込んでしまったかのような感覚。
即座に頭を振れば、すぐに目の前の景色は戻ってきた。
「ナンだ……今の」
恐怖と、気の狂いそうな悲しみが一挙動に襲ってきた。
今しがた目の前で経験したような、だけどもそれはラビのものではない体験。
ハッしてもう一度目の前に立ちすくむ彼女の姿に視線を戻せば、今にも吐きそうな表情のまま、そのブギーマンにそっくりな彼女は深く呼吸をしてから口を開いた。
「ねぇちょっと、どう見たってボクとウェンディは別人でしょ。いい加減にしなよ」
比較的冷静な、角の無い言葉をえらんだつもりだろう。しかしそれに対してピーターパンは声を荒げ答える。
「どうして? どうしてそんなこと言うの? ねぇウエンディ、ずっとここにいて僕らと話をしていてくれたらいいんだ。キミは僕よりちょっと年上でしょう、女の子でしょう? だからキミはウェンディなんだ、僕の世話をなんでもしてくれたらいいんだよ。どうしてそれが嬉しくないの?」
フック船長がピーターパンを離す為か、その肩を掴もうとした。
その手がかかる前に、少年のものとは思えないような醜い表情で、ピーターパンはフック船長を見据える。
「くっ……」
……ねえ、ウェンディ。
そう囁くように、気持ち悪いほどに熱っぽい目で彼女を見つめながらピーターは口を開く。
「キミを今度こそ、僕のお母さんにしようと思うんだ、ううん、お母さんにしてあげる」
ナニ言ってんだ、あいつ?
……その言葉に、カチンときたのは彼女だけではなくラビも同じだった。
してあげる、だと? 何を、なにを偉そうに。
唐突に感情の激流が、嘆きが、心臓の早鐘が。その全ての音がラビの耳を襲うように飛び込んできて。ラビは歯を食いしばってその耳を抑えうずくまる。
彼女は堪えようのできない黒い感情をさらけ出す。
そうして、その身の内に滞っていた嘆きと怒りをその口から迸らせるかのように叫んだ。
「女なら、誰でもいいのか? お前がやっているのは、
ああそうだ、子供の精神、子供のナリをしているけど。目の前のこの少年は。
何回、何百年、同じことを繰り返している……?
(精一杯、抗え。何のためにボクは強くあろうとした?)
(もう二度と、男になんか虐げられないために。そうして生きてきた)
(ボクはもう、無抵抗に泣く5歳のガキじゃない——。ボクを……)
「ボクを……女扱いするなァっ!」
ばちィィィィんっ――。
彼女——ありすは、抱きついている少年の腕を力いっぱい振りほどき、思いっきり拳をその頬に叩き込んだ。
時の狭間、世界の狭間。
所狭しと扉が並ぶ、ただただ純粋な闇がそこにある。
世界の影は嗤う。悲しそうに、楽しそうに、驚いたかのように、だけどもこれも予想通りとでもいうかのように。
「おはよう、ラビ」
暗闇が白み、そしてまた何事もなかったかのように暗闇へ。
時が混じり始めた、世界も時代もこんがらがった。
どうやら歴史の予定より十年は早い邂逅のようだ。
だけども、でもね、それでも——。
「さぁ、ラビ。今のきみは、キミのありすを救い出せるかい?」
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