嘘はいけないかったんだよ。うん…結局未来の自分を追い詰める事になる。
伊吹等は、夜濟からのご厚意で風呂に入らせて
もらった。風呂から上がった伊吹の肩を夜濟が
注視していた。
「その包帯は…」
「見る? あまりいいもんじゃないけど」
と、笑って包帯を取る。夜濟は喉を鳴らした。
そこには、皮膚が爛れ落ち、こちらが見ていられ
ない程の傷があった。
「な…っ」
「まぁ、過去にいろいろあって火傷した痕なん
だけどさ。もうそこまで痛くもないし、気負っても
ないから平気」
「で、でもその傷で周りから」
目を丸くし、言葉に詰まりながらも必死に声を
出している夜濟の言葉を伊吹は肯定した。
「白い目で見られたよ。だから、包帯で隠した。
すると、ほら見た。みんな、気にしなくなる。
目の色が変わるわ、手のひら返し。人間って
そういうもんなんだよ、結局は。十分、身に
染みたから、平気だよ」
伊吹は感謝していた。伊吹を案じながらも、
何も理由を聞かないでいてくれる夜濟の気遣いに。
「…お強いんですね」
「強くないよ、馬鹿みたいに弱い。それを必死に
抑え込んで隠してるだけ。その分、馬鹿さが
目立ってるからその部分を馬鹿さで補ってる
けどな」
笑いながら自身を貶している伊吹に夜濟は頷く。
「まぁ、そうですね。第一印象が、なんで
この人こんな馬鹿なのかと思いましたけど。
あと、嘘が下手ですね」
「そこまで?!」
「はい、直ぐに嘘見抜けましたよ」
「マジかぁ…」
がくりと、肩を落とす伊吹を無視して、先程の話を
続ける。
「それでどんな仕事内容でここへ?」
夜濟は茶菓子を口に入れる。丁寧で洗練された
その仕草に魅入られる。当の伊吹は頭を掻き、
口籠った。
「あー、何と言うかな……」
「はっきり言って下さい。だから、女性達に
振られるんですよ」
「なんで知ってるわけ?!」
「あら、御正解だったようで」
夜濟の憶測だが、結果、事実だったようだ。
振られてはいない。ただ童貞で、未経験で、奥手な
だけ。踏み込めないだけだ。
「何、生娘の様な反応をしているんですか、
今頃の女性、私でもそんな反応しませんよ」
「経験してんの?!」
有り得ない発言に伊吹は、目を丸くする。
夜濟は指で数を数えた。
「……まぁ、ざっと五、六人ですかね」
「はぁ!? 嘘!」
「嘘ですけど」
「やめてよ、嘘つくの!てか、君元服したの?」
「しましたけど、とうの昔に。私、齢十六
ですが?」
伊吹は開いた口が閉じなかった。見えなかった
からだ。失礼だが。話が脱線したようだ。咳払いを
する。
「まぁ本当は企業秘密なんだけど、あんたが
そう言うなら言ってもいい気がする」
言明した伊吹に夜濟は諫言する。
「そこまで信用して大丈夫ですか? まだ
会って数十分しか経っていない相手に」
又もや伊吹は断言した。
「うん、信用できるよ。話したら分かる。
あんたは優しいから」
違う、優しくは何とも無い。それはただの偽善だ。
自分を守る為の。満たされていた。偽りの優しさを
振りかざすことで。だから、思わず聞いて
しまった。自分とはまるで違うこの青年に。
「貴方のそれは、偽善ですか」
「…誰かから見れば偽善かもしれないし、
善かもしれない。自分から見れば善だと思って
いてもそれは他人からは、偽善と思われている。
結局自分ではどちらかは定められない。あんたが
そう言うならそうなんだろう」
伊吹は遠い目をした。まるで誰かを見つめて
いるような……そんな気がした。
「だけど、俺は偽善と言われても誰かの為に
行動することはやめないし、やめたくも
無い。誰かに言われてやめることが一番
それは偽善だと認める事だ。自分で選択
して、自分で行動しなきゃ」
伊吹は郝吏さんと、彼女に言った。
「あんたがそれを、自分の優しさを偽善と
いうのならそれでも良い。けど、他人が
自分の為に伝えてくれたこと、行動を
善、偽善で決めつけちゃいけない。あんたの
為に、あんたを思ってしたことなんだから
そんなの関係無い。例えそれを世間が善と
判断してもね」
伊吹は長年、妖護屋を続けて来て知った
のだ。妖にとっての善、悪。人間にとっての
善、悪。そして、その考え方にに囚われては
いけないということも。考えれば考える程
頭が痛くなる。善として行動していても
気付けば悪となっていた。そんな妖も多数
見かけて来た。やり方が汚くても、それは
正しいことなのだ。世の中の誰もが綺麗事を
言っている。心は汚いのに。お前達も、
汚い行いばかりしている癖に。そう糾弾した
妖達も見て来た。故に伊吹は善と悪、偽善に
囚われることは無く、冷静に、平等に
判断して来たのだ。
「貴方が言うと、信憑性が有りますね。
それに……何故だが知らないけれど、これ
からそうしたくなって来ました」
「なら、良かった……話を元に戻すけど、
ある夜に俺が酒を飲んでめちゃくちゃに
酔って夜道を歩いてた時に現れたんだ」
「酒癖悪いですね」
冷めた、呆れた目で夜濟は伊吹を黙視する。
「黙らっしゃい!」
伊吹は咳払いをし、話を続けた。
「えっと、まぁそれは良いから。
……んで、現れたのが何か怪しい餓鬼で、
後ろに髑髏を現せていて正直夢に見た
んだよ。……あー、怖かったわ、本当に。
てか、本当に何であの生意気な餓鬼の依頼
受けたんだろう」
烏天狗は伊吹の頭に勢い良く拳をぶつけた。
「お前が金に目が眩んだからだろうが」
頭に出来た痰瘤(たんこぶ)を抑えた彼の
目尻には涙が滲んでいる。痛かったようだ。
「いやいや、妖護屋って貧乏だからね?
どんな依頼でも引き受けなきゃ、生活
出来ないんだよ! んで、あと各地から依頼
来るから宿代とか、あってそれで直ぐ無く
なるんだよ」
「嘘付け、お前まだ何かに金を注ぎ込ん
でるだろ」
「……ちょっと菓子に注ぎ込みまして」
「やっぱり下らない事に使ってんじゃ
ねぇか!」
烏天狗が伊吹の胸倉を掴み、怒鳴る。
「下らなくねぇよ! 俺にとっちゃぁ菓子は
命なんだ!」
「誇張し過ぎだ! 大体何だよ、菓子が
命って。栄養失調で死ぬぞ?」
「菓子で死ねたら一番幸せだわ、こんちく
しょう」
話が段々逸れて違う話をしている彼等を
眺めて夜濟は思った。
_こいつらやはり馬鹿だ、と。
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