大して少ない怪我で人の涙を奪うんじゃねぇ!!…大した怪我だった。ごめん、謝る気は毛頭無いけど一応謝っとく。テヘッ!

「……頑張ってますねぇ、沖田さん」


伊吹の口から馬鹿にする言葉が投げられる。


それは数時間前に遡る……。


数日前、夜顔に沖田の現状を聞き、遂に屯所へと


来れたのだが問題は大有りだった。沖田が雑巾で


床を掃除されられており、その横には藤堂もいた。


瞬間、伊吹は吹き出した。笑いが止まらない。


間抜けな姿を見れて良かったからだ。彼らに対して


の鬱憤と心労が溜まっていたのでそれはそれで鬱憤


が晴らせた。そして、冒頭に戻る。





沖田は勿論だが取り敢えず近くにいた藤堂も抗議


した。


「待ってくれよ、俺はちょっとばかし久しぶりの


戦だったから興奮しちまって鼻血が出て、それを


どっかの隊士が誤解したんだよ! で、土方さんに


正直に伝えたら理不尽にも一週間稽古抜き、掃除


ばっかだぞ、俺、可哀想だろうが!」


沖田は伊吹に怒涛なる抗議をし続けていた。


勿論、藤堂もだ。


「いや、自分で可哀想とか気持ち悪っ!


自惚れ過ぎだろ…」


「俺はただ少し室内が暑くて汗が邪魔で針金を


取って拭こうとしたら潜んでいた浪士に額を斬り


つけられただけで……」


そういう藤堂の頭は包帯が巻かれている。


生死を彷徨う程の怪我だったという。


「まぁ悪くは無いと思うけども……問題はあんた等


のその先でしょ」


「俺達?」


「はい。池田屋で、尊王攘夷派の人達を倒したと


しても、多分…」


日の本は、開国せざる終えなくなる。伊吹には僅か


ながらに悟っていた。日本は異国の勢力に、圧倒


され、負ける。と、その先は言えるわけ無かった。


言ってしまえば、彼等の存在意義は消えてしまう。


いつかは消えてしまうけれど、今は言うつもりは


無い。


「多分?」


「いえ、杞憂の様だったみたいです」


どうか、彼等の未来が安泰になりますように。




「…お前、治す方法はあんのかよ」


伊吹が、土方の部屋に向かった後、永倉がやって


来た。藤堂は、原田の元へ行った。永倉に問われ、


沖田は首をゆっくり横に振る。


「この国の…多分異国の医療技術でも無理だと


言われました。残された時間を有効に使えと、ただ


それだけでした。なら、最後の時まで武士として


生き続けて大事な友人と、仲間と笑っていたいん

です」


眩しいな、と。永倉は目を細めた。太陽も眩しい。


けれど、一番は沖田だった。羨ましいのかもしれ


ない。友人にも、仲間にも、容姿にも恵まれて…


唯一の欠点が病を抱えている。女には儚く見える


かもしれないが。土方や、近藤と揃って容姿にも


優れているのだから妬まないなんて選択肢は無い。


なのに、そんな年相応の眩しい表情を向けて


くるのだから……妬みなんて消し去った。


ならば己は弟分の為に協力してあげよう。


またいつか盃を交わせる日が来るまで。


「彼奴にもとっておきの嘘を吐いてもらわな


きゃな」


沖田のそばに腰掛けた永倉は目線を下に向けた。


すると、横から笑い声が聞こえ、隣を見ると沖田は


笑っていた。それも少年のように。


「まさか永倉さんも共犯者になってくれるなんて


思わなくて。なら、彼奴を、伊吹を悲しませない


ように。その為に力を貸してくれますか?」


小指を差し出してくる沖田に自身の小指を


絡ませた。とっくに決めた。ただでさえ、妖護屋と


いう手放しで失うものも、多い職柄だというのに


何度も悲しみにくれた顔はさせたく無い。それは


彼の過去を知っている者達は同じ心であった。


「遺言は書け残しとけよ。もしもの時に必要


だからな」


「遺産相続の時にですか? 良くある祖父や


父の遺言書の文章を読んで兄弟とか、婚約者が遺産


巡って争う奴?」


何故目を輝かせている。この男は家族同士の争い


や、男女の泥泥とした物語などを好んでいる


のだろうか。だとしたら余程根っこから黒いと


分かる。


「お前、煩いから黙れ」


根っからうざい奴だった。

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