妖護屋

雛倉弥生

いや、猫を返せ、俺の癒し返せ。てめぇの身体と心を持って詫びろ野良鬼がぁぁぁ!!

月が出で照らす夜…。


茶色の髪を一つ結びにした青年、九条伊吹は


何故か上機嫌の表情で路地裏を歩いていた。


そのわけはずばり野良猫を見つける為だ。


厄介ごとを引き受ける妖護屋を営む彼は


癒しを求めていた。昔から猫が好きだった


伊吹は路地裏にいる猫達を定期的に眺め、


撫で、餌をやり続けていた。


猫好きなら分かる。猫は癒しだ。


いるだけで需要がある。幸せになる。


と、まあそんなこんなで彼は探し求めていた


猫を見つけた筈だった。…違った。それは


猫ではなく、野良の鬼だったのだ。数秒


無言でいた。


「何、猫と同じように野良になってんだ


野良鬼!さっさと猫を返しやがれ!」


全く持って酷い文句だった。猫は鬼のせいで


居なくなったのでは無い。…多分。


鬼にも文句を言えるその度胸、見習いたい


ものだ。


「知らん、いつの間にか居なくなっていた」


鬼が声を出したかと思えば言い訳らしい


言い訳を放った。


「いや、お前のせいだろうが、ぜってぇ


その図々しい体でそこにいたから猫達が


怯えて逃げちゃったんだろうが、俺の癒しを


返せ!」


「大丈夫。俺がお前の癒しとなってやろう」


優しい表情を鬼は浮かべる。逆に鬱陶しい。


気色悪い。それ等を顔にあらわにする。


「いらねぇんだよ、そんな気遣い。てか、


普通に嫌だわ!」


鬼の折角の気遣いを伊吹は断固拒否した。


したくなる。癒しなら、猫や甘味で十分だ。


「な…そうか」


「え、なんでしょんぼりしてんの、は、俺が


悪いの?」


罪悪感がほんの少し出てくるが今のは見なかった


ことにしよう。鬼にも矜持くらいはある。


…自分は悪くない。


「んで、なんで猫達逃してまでここにいる


んだよ」


「逃がしては無いのだが。…昔、藤原頼光という


輩達から襲われて片目潰されて角折られたから


謝罪したら何故か生かしてくれた。馬鹿な人間達


だ。それで旅していて腹も減っていつの間にかここ


ら辺を彷徨っていた」


(え、あの有名な三代妖怪の一人の酒呑童子?


本当? これ、下手したら殺される…? 


ていうか何百年彷徨ってんだよ)


妖護屋であるが一人の人間として死ぬのは


嫌だった。まだ生きたい。甘味食べ続けたい。


やり残したこと沢山ある。人間、生きたい欲は


強いのだ。


「お前を殺す気は無いから安心しろ。


長年人間の食事を食べて来たからもう血は


飽きた。お前の血は比較的不味そうだから」


「食わないでくれてあ…


誰の血が不味いんだよ、比較的美味いわ!」


ところで、と伊吹の言い分を無視し、酒呑童子は


話を続けた。


「お前無職なのか?」


「俺の文句は無視かよ。んなわけ無い


だろが、どっからどう見たらそうなる」


「いろんな方面から」


「見すぎだろ、てか、見えねぇよ!」


突っ込むのは疲れた。鬼ってこんなにボケてた


っけ? 初めて会ったから知らないけれど。


どっからどう育てればこんな鬼になるんだ。


長い時を生きたら必然的にそうなるのか。


伊吹は考えることをやめた。


「ではあの妖達の間では有名な妖護屋…か?」


その単語を耳にした伊吹は路地を抜ける。


慌てて酒呑童子も追いかけると伊吹は振り返り、


月を背にそれは怪しげな、けれども、親しげな


微笑みだった。


「どんな妖の依頼でも引き受けます。命を懸けて、


依頼人に力を貸します。万の妖達の元へ、年中無休


駆け付けます。妖護屋とは俺、九条伊吹のこと


です。さて、赤鬼さんは妖護屋にどのような


依頼を?」

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