異形

吾妻志記

 天明三年 師走の十日。雪が薄っすらと降る夜に生まれた妹は、山に捨てられた。雑巾のようなボロ布に包まれて、村の外れの山の奥地に置き去りにされたという。

 清介が起きた時には、もう妹は家から消えていた。

「おっ父、昨日生まれた赤子は……。」

 戸惑う清介に父が返した言葉は

「捨てた。」

 の一言だった。肩をすぼめ、背を向けたまま発したその言葉は父の言葉かと疑うほどに弱々しかった。が、清介に殴られる以上の衝撃を与えるには十分だった。

「この飢饉だ。儂らの畑だって一粒の米すらも実らねえ。お前えや、澪を食わせるだけで精一杯さ。仕方ねえよ。」

 父は吐き捨てるように言うと、それっきり黙った。

「名前は?」

 いつの間にか起きていた姉が問う。父は静かに首を振った。母のすすり泣きが聞こえてくる。

 清介と同様に言葉を失った姉は俯いた。

 妹は名前すらも貰えなかった。こうして元々いなかった者とされた。

 間引きなど、最近はよく聞く話だ。生まれたての赤子や病弱な者、働けなくなった老人を捨てる。

 道を歩けば死にかけの者につまづき、山に入ればそこかしこに老人や赤子の死体や骨が転がっている。

 しかし、清介の家は今まで間引きをしたことはなかった。両親が早くに親を両方なくしている事もあって、なんとか保てていたのだ。それだけに清介の衝撃は大きかった。

 きよ助はぼろぼろの衣の上から異様に出た腹をさする。

 筋の硬い雑草や木の皮で飢えを凌いで一年が経とうとしている。味のある食事の記憶など、とっくに消えてしまった。感覚が麻痺して寒さや空腹すらも忘れかけていた。

 壁に寄りかかって、清介は狭い家の所々に穴の開いた壁を見つめた。

 もし、妹が捨てられずに家にいたらどうなっていただろう。

 ふと頭に浮かぶ。

 可愛い幼子の自分を慕って追いかけてくる姿よりも先に、頭によぎるものがあった。

「食う分が減る。兄さは我慢するものだしな。」

 耳奥にその声が反響する。自分が発したものではない。しかし、確かに清介の声だった。

「結果的には良かったじゃねえか。」

 嘲笑するような、冷たい男の声へと変わっていく。耳にこびりついて離れない。

 清介は震えた。声は体の内側から響いてくる。ぽろりと出た自分の本音が恐ろしかった。

「清介、どうしたの?」

 涙目になっている清介の顔を、澪は覗き込む。清介は姉に泣きついた。肉などまるで感じられない、細い胴に顔を埋めた。

「どうしたの、本当に。あんた、十五にもなってみっともないよ、まったく。」

 姉は笑いながら、清介の頭を軽く叩いた。清介がしゃくりを上げつつ姉から離れると、澪は呟いた。

「優しいね。」

 清介はただ俯くしかなかった。

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