27話 邪龍教団について聞きました
一瞬、耳を疑った。
だが、彼女が偽の情報を摑まされるわけがない。どれだけ非現実なものであろうと、彼女がそう言ったのなら、それは現実になる。
そのことを俺はとても理解している。
しかし、それはミストとの親交が深い俺だからこそ、素直に受け入れられるだけ。
もし彼女のことを知らない者からすれば、ただの戯言。
虚言でしかない。
それでもミストのことを前情報と教えておいたがゆえ、彼女たちは反応した。
「なあ、アルト。彼女は今なんと言った? 私には王都が壊滅すると聞こえたのだが?」
俺の名前を呼び、内容を確認してきたのはアナベルだ。
後ろに振り返ると、ほかのみんなもいた。
どうやら俺たちは入れ違いになっていたようだな。
恐らく、ミストがそのように仕向けたのだろう。
なぜ、そのようなことをしたのかだが、そんなこと言われなくても分かった。
ミストは俺にだけ王都壊滅の話をして、俺だけを逃そうとしてくれたのだ。
だが、運悪くアナベルたちが帰ってきてしまった。
それゆえにミストは俺の手を引いて、アナベルたちから距離を取らせた。
恐らく、それも俺を守るためだろう。
そうしてくれるのはとても嬉しく思う。
でも、結局は誰かがやらなければならないことなのだ。
それにどのみち勇者としての責務を全うできなければ、俺は反逆者として殺される。
だから、
「大丈夫だよ、ミスト。俺は死なない。だからさっきの話をアナベルたちにも話してやってくれないか?」
俺はそう優しく諭した。
しかし、ミストは首を横に振る。
「嫌だ! ボクはもう君がいない日々を送りたくないんだ! ボクはアルトきゅんとずっと一緒にいたい……」
「ミスト……」
まさか、ここまで好かれているとは思わなかった。
もし俺が勇者でなければミストとずっと過ごすのも悪くない。
だけど、それじゃあダメなんだ。
たしかに勇者としての責務から逃げて、ここではないどこかでミストと慎ましく暮らすのは楽しいと思う。
でも、その世界線にアナベルたちはいない。
そんな世界で俺は本当に幸せになれるのか。きっと、なれない。
だから、俺は俺の幸せのために戦う。
そして、勝つ。
どんな困難が待ち受けていても、俺が死ぬことはない。
そう俺は誓い、ミストの手を優しく解いた。
「アルトきゅん……?」
「ごめんな、ミスト」
「え……?」
「俺は俺のために戦いたい。誰かを犠牲にして幸せになるぐらいなら、全部を救って幸せになりたいんだ。お前を不幸にはさせないよ」
俺は彼女を心配させまいと不器用ながらに微笑んだ。
「だから、俺をお前の持つ情報で助けてくれ」
しかし、返ってきたのは……
「無理なんだ……。ボクの情報があっても……」
ミストの今にも消え入りそうな、か細い声だった。
……どうやらガチでヤバいらしい。
薄々そうなんだろうなとは思ってはいたが……
しかし、ミストはSランクの冒険者だ。実力のある彼女がこうも引き下がるとは……
とはいえ、ここで何もしないという選択肢はない。
王都ベルゼルグには十万以上の民が暮らしているという。
俺たちがしっかりと情報を持って帰って、準備を進めることができれば、人的被害は抑えられるはず。
俺はミストの肩に手を乗せて、
「お前が知ること全部、俺に話してくれ」
彼女に話をするのを促した。
すると、ミストは観念したのか、ボソボソと元気のない声で話し始める。
「アルトきゅんは魔物大量発生の真実を知っているかい?」
「いや、知らないな。俺が知っているのは魔法陣が関係しているってことぐらいだ」
「実はその魔法陣を設置したのは、邪龍ティアマトを崇拝している邪龍教団なんだ」
そうミストが言った途端、アナベルが話に割り込んできた。
「邪龍教だと!? それは本当なのか? いや、奴らならやりかねないか……」
どうやら、アナベルはその邪龍教団とやらを知っているらしい。
俺は何も知らないけど、有名なのかな。
「なあ、ノエル。その邪龍教団ってのは何なんだ? アナベルの反応を見る限り、悪い奴らなのは分かったけど」
「邪龍教団はミストさんが言った通り、邪龍ティアマトを信仰している宗教団体です。しかし、それは形式上そのようになっているだけで、彼らは大量虐殺を繰り返す犯罪者組織……だと私は教わりました」
なるほど。
しかし、何のために大量に人を殺す必要があるのだろう。
ただの愉快犯ってわけでもないはずだ。
俺はミストに視線を戻し、
「その邪龍教団と王都壊滅、何の関係があるんだ?」
と、聞いた。
ミストは質問を質問で返してくる。
「アルトきゅんは今まで何の目的で魔物を大量に発生させていたか分かるかい?」
「……何の目的だろう? 村の近辺に大量発生していて実際に被害が出ているってことは、人を殺すという行為が邪龍教団にとって重要なはず……。それ以上は分からないな」
「流石はアルトきゅんだね。惜しいところまでは行ってるよ。そう……邪龍教団にとって人を殺すというのは、邪龍を崇拝する上で避けては通れない道なんだ」
「じゃあ、やっぱりその先があるってことか?」
ミストに問うと、彼女は首を縦に振った。
しかし、俺にはその先というのが皆目見当もつかない。
それもそのはずだ。
相手は大量虐殺を繰り返す犯罪者組織。真っ当な人間である俺が、そいつらの思考回路を理解できるはずもない。
「邪龍教団の目的は邪龍ティアマトを復活させること。人間を殺していたのはそれを贄とするため」
「それじゃあ王都が壊滅するっていうのは……」
俺は何となく分かってきたような気がする。
今まで村の人を殺してきていたのに、どうしていきなり人の多い王都を狙うのか。
それは、ティアマト復活の最終段階に来ているから。
「アルトきゅんが思ってる通りだよ。もし王都が壊滅したら、ティアマトは復活する。だから、ボクは君と逃げようとした……だけど、無理なんだろう?」
「ああ。この話を聞いて、より背を向けられなくなった。ティアマトが復活したら、逃げても生きていられるか分からないし」
「分かったよ、アルトきゅん。君は昔から一度決めたことは最後までやり通す人だった。だから、ボクは……」
「どうした?」
「ううん、何でもない。今はまだ……取っておく」
ミストは俺に背を向けて、アナベルたちに視線を向けた。
どうやら、ミストも覚悟を決めたらしい。
ああやって、俺を必死に戦場から遠ざけようとするミストも可愛かったけど、彼女はこうでなくちゃな。
今までもこうやって俺に背中を向けては、何度も頼もしいと思わせてくれた。
これで俺たちが負けることはない。
俺はそう信じている。
「君たち、すまなかった。不甲斐ない姿を見せてしまって。でも、もう大丈夫。君たちとともにボクも戦うよ」
「いいのか? キミはアルトのことを……」
「アルトきゅんは死なないと言ってくれた。ボクはその言葉を信じることにする」
「そうか。罪な男だな、アルトは」
「でも、あれがアルトきゅんという男なんだよ……」
「そうだな」
……あれ? 何で俺のことを話してるの?
しかも、意気投合してない? こういうものなのかな?
友達がいない俺には分からない……
置いてけぼりにされたのは一瞬のこと。
ミストが本題について話し始める。
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