20話 みんなを守れる騎士になりたい

 シャロと楽しく話したその翌朝、俺たちは今日も今日とて訓練場にやってきていた。

 もはやこれは日課となっていて、引きこもっていたときの俺からは考えられない。


 だが、俺は別に訓練が楽しくてこんなにも朝早くに集まっているわけじゃない。

 新しい必殺技を早く完成させるためだけに集まっている。


 正直、戦力増強とかどうでもいい。

 それぐらい必殺技には男のロマンが詰まっていた。


 とはいっても、そろそろ体も鍛えていかないとなと思い始めているのも事実。

 魔力制御も上手くできるようになってきたし、これからは魔力制御に使っていた時間を割いて、筋トレでも始めようかな。


 ……せっかくだしノエルも一緒に。


 あいつはいろいろと伸び悩んでいるからな。それに少し思うところがある。

 俺はノエルがいる方向に目を向けた。


 そして、そこで初めて違和感に気づいた。


「なあノエル。アナベルの姿が見えないけど何かあったのか?」


 と近づきながら聞いた。


 もしいないのがカレンならば寝坊か……


 ぐらいで済む。


 だけど、時間にはとにかくうるさいアナベルが遅れてくるのは珍しい。

 それにアナベルは病気とは無縁そうだから、体調不良で来られないというわけでもないだろう。


 だから何か大事な用事でもあるのかなと思い、ノエルに聞いたってわけだ。


「アナベルさんならシャルロッテ様に呼び出されたみたいで、王城に向かいましたよ」

「……そうなのか。呼び出された理由に目星はついてたりする?」

「そうですね。考えられるのは任務の概要を聞きに行った、ぐらいでしょうか」

「任務? そんなものがあるのか?」

「当たり前じゃないですか。私たちは騎士ですよ? まあ他の部隊と比べて任務の量は少ないですけどね」


 ノエルは少し苦笑いしながら言った。


 しかし、実際にそうなのだから否定のしようがない。


 俺がアナベルたちと行動をともにするようになって一週間以上経過しているけど、いつも訓練ばかりだし。


 もしかしたらアルトリア騎士団・第十二部隊はあまり信用されていないのかも……

 だから他と比べても受けた任務の数が少ないのだろう。


 まあ、他の部隊がどれぐらい任務をこなしているのかまったく知らないんだけど。


「それじゃあ、アナベルは遅れて来るのか?」

「はい。そのように聞いています」

「ということはアナベルが来るまで各自で訓練ということか」

「……はい。そういうことになりますね」


 一瞬、ノエルの表情に陰りが見えた。


 俺にはそれがどういう感情から来るものなのかは分からない。

 だけど、放っておいてはいけないような気がした。


 だから、俺はノエルと話し合わなければならない。


 それにはまず。


「カレン、シノア、テレシア。スライムは置いていくから各々で訓練していてくれ。オルガには申し訳ないが、そのサポートを頼む」


 二人きりになれる環境を作る必要がある。


「いいか?」

「……アルトの頼みだ。頼まれてやる。だがアナベルが来たら、また二人でやるぞ」

「そのつもりだ。そういうことだから残りの三人は……死なないように頑張ってね」

「覚悟しろよお前ら……。アナベルがやって来るまで、ビシバシ鍛えてやるからよぉ……ッッッ!」


 おいおい。脅してどうする脅して……


 三人とも訳の分からない悲鳴をあげちゃってるじゃないか。

 でもオルガの指導は無駄なものがないから彼女たちにとって、いい訓練になるだろう。


 さて。


「あの……私は?」

「ノエル。少し静かな場所で話をしよう。訓練はそれからだな」

「お話ですか?」

「あぁ。お前にとって、とても大事なお話だ」


 こうして俺とノエルは訓練場から少し離れた場所に移動した。

 ここでならどれだけ大声を出しても、オルガたちには聞こえないだろう……。




「――それでアルトさん。私にとって大事なお話というのは、何なのでしょうか?」


 ノエルがそのように聞いてくる。


 そりゃあ気になるだろう。

 いきなり大事なお話だと言われて、人気のないところに連れて来られたら。


 しかしだな、ノエル。決してこれはお前にとって良い話ではない。

 むしろ、悪い話の部類に入るだろう。


 だが、それをノエルが知る由もない。知ったところで何がどうなるわけでもないしな。

 それに、ノエルはどのみちこの悪い話というのを乗り越える必要がある。


 どれだけ辛くてもな。

 だからこそ謝っておこう。


 ――ごめん。


 俺はこれからノエルにとって、感じの悪い奴になる。


「……ノエルはもう訓練するのを辞めよう」

「え……?」

「だから、訓練を辞めよう」

「でも私は凡人だから、みんなよりもっと努力しないといけないんです!」


 俺の言葉に対して、ノエルは必死に訴えかけて来る。

 そしてそれが本心であることも分かった。というより分からざるを得なかった。


 ノエルは人一倍、努力を重ね続けている。

 誰よりも遅くまで訓練場に残り、訓練していたのを見たからそう断言できる。


 それも一度だけじゃない。


 ――毎日だ。


 どれだけツラくても訓練に打ち込む彼女の姿は鮮明に映った。


 だが。


「……はいはい。そういうの、もういいから」


 俺は軽くいなした。


 すると、ノエルは今まで見たことがないような表情で俺を見てくる。

 きっと、今までの努力を否定されていると思ったからだろう。


 でも俺はノエルの努力を否定するどころか肯定も尊敬もしている。

 今まで頑張ってこなかった奴に否定できるわけがなかった。よくここまで頑張ってきたと褒めたいぐらいだ。


 だが。


「ノエル。ハッキリ言うぞ。お前はこれ以上、努力を続けたところで強くはなれない」


 俺はノエルに現実を突きつけた。


「どうしてっ、そんなこと……」

「お前自身も理解しているはずだ。自分に伸び代がないことぐらい」

「違います! まだ私は強くなれます! みんなより成長する速度は遅いですけど、まだ私は強くなれるんです! だからそんなことを言わないでください……っ」


 ノエルの瞳がじんわりと潤い始めた。


 きっと悲しいのだろう。悔しいのだろう。


 彼女のすべてを知ることはできないが、それぐらいのことは理解できる。


 それでも俺は悪い奴を演じよう。


「いつまでそんな妄想を抱いている? もう限界値に達したんだ、お前は。もう他のみんなに追いつくことはできない。無理なんだよ。それを理解しろ」

「妄想なんかじゃありません! 私はもっと強くなれます! まだ限界なんて迎えていません! たしかにカレンさんたちに追いつくのは難しいかもしれませんけど、いつかは私だって……、私だって…………っ」


 ノエルは言葉に詰まった。


 何を言いたかったのかは分からないが、言い切ることができなかった。

 それは、ノエルが信じたくなくても理解しているからだ。


 もう強くなれないことを。

 限界値に達してしまっていることを。

 カレンたちには二度と追いつけないことを……


 でも、理解しているだけじゃダメなんだ。

 それを乗り越えなくちゃならない。


 だから俺はさらにノエルを傷つける。


「いつかはって何だ? 長い時間をかければカレンたちに追いつけるって言いたいのか?」

「…………」

「お前にそのいつかなんてやってくるわけないだろうが! つーかさ、いつかはって思ってる時点でそうなりたいと願ってしまってることになぜ気づけない! 自分の力で追いつこうと――追い抜こうとしろよ!」


 その瞬間、俺の頬に鋭い痛みが走った。

 俺はノエルに叩かれたらしい。

 

 だが、俺は動揺しない。こうなるかもしれないと覚悟はしてきている。


「あ?」

「何なんですか、さっきからっ! 強くなれないとかカレンさんやシノアさんには追いつけないって言っているくせに、追いつこうとしろって何なんですかっ! 意味が分からないんですよっ!」


 遂にノエルの感情が爆発した。


 だが、それでいい。自分の思っていることを吐け。

 ノエルは今まで自分一人でよく頑張ってきた。弱音も吐かず、ただ一人で耐えてきた。


 でもそれだと息が詰まる。

 だから余計に焦って、動きが悪くなってしまう。


 この際だ。思ってること全部、吐いてしまえ。

 そうすれば、少しは気持ちも楽になる。


 そして、自分がすべきこと――したいことが見えてくるはずだから。


「私だって頑張っています。頑張っているんです。一生懸命寝る間も惜しんで訓練して……。でも、一向に強くなれないんです! だから少しぐらい願ってもいいじゃないですか! アルトさんのようにボロボロになってでも勝利を勝ち取る貪欲さが欲しいって……。アナベルさんのようにみんなを引っ張っていけるリーダーシップが欲しいって……。オルガさんのように気高く真っ直ぐ前だけを向ける自信が欲しいって……。私だって……みんなを守れるようになりたいんです! 守られるだけじゃ嫌なんです。困っている人がいたら手を差し伸べられるような騎士になりたい。泣いている子どもに安心してもらえる強い騎士になりたい……。なのに私はこのざまです。何もできません。もう……何をどうしたらいいのか分からないんです……」


 ノエルは涙を流しながら、必死に語った。


 まさか俺の名前が出てくるとは思わなかったが、これは彼女の嘘偽りない本音だろう。


 それに、やっぱり見えてるじゃないか。


 自分のしたいことが。


 なら、それに向かって進めばいい。

 どうすれば自分のなりたい姿に近づくことができるのかを考えながら。


 でも、独りでがむしゃらに頑張っているだけじゃダメなんだ。

 それだと視野が狭くなる。


 だから、今のようなノエルができあがってしまった。


 そう……ノエルの訓練をいつも見ていて思ったけど、ノエルは基本的にいつも独りだったのだ。


 周りに仲間がいるのに、孤独だった。


 それじゃあ何も解決しないのは当たり前だ。


 俺だってオルガがいなかったら、今も新必殺技の構想を何も思いつけていないかもしれない。


 だから、何が言いたいのかって言うと。


「……俺たちを頼ればいいだろ」

「え……?」


 ノエルは呆気に取られたような表情を浮かべた。


 そりゃあそうだろう。今まで言い合ってた相手が急に態度を変えてきたわけだしな。

 誰だって驚く。でも伝えたいことはまだまだある。


 だから話を続ける。今はどんな顔をしていたっていいだろう。


 俺しかいないんだから。


「もう一度言うぞ? 俺たちを頼れ。仲間だろ?」

「でも、自分一人で強くならないと、意味が……」

「何言ってんだ。意味はある。誰がそんなこと言ったのか知らないけどさ、周りをもっと見ようぜ。少し周りを見るだけで視野が広がる。視野が広がればお前の悩みなんて一瞬で解決できるよ」


 そう……俺はこのことを騎士団に来てから学んだ。

 一人じゃ出来ないことでもみんなとなら、俺は何でもできると思ったね。


「だからさノエル。前を見よう。自分の殻に閉じこもってたら、なれるものにもなれないぞ。……なりたいんだろ? みんなを守れる騎士に」

「……はい」

「それならやることは一つじゃないか。――さて問題です。どうすればいいのか自分だけで答えを出せない場合、どうするのが正解でしょうか?」

「仲間に頼る?」

「何で疑問形なのか分からないけど正解だ。なら早速、悩みを打ち明けに行こう!」

「で、でも今みんなは……」


 そう言って、ノエルは顔を俯かせた。

 まったく、まだ理解できていないようだな。


「俺たちは仲間だって言ったはずだろ? お前の悩みは俺たちの悩みになる。だから訓練の邪魔をしちゃ悪いとか考えるな。もっと周りに頼ろうぜ、なっ?」

「……はい」

「ああ、それでいい。なら、行こうか!」

「――はい!」


 こうして俺とノエルは悩みを打ち明けに、オルガたちの下へ戻るのだった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る