15話 友達だった男を追放した冒険者
これはアルトがカインの手によって、Sランクパーティーから追放された後のこと。
カインがリーダーを務める冒険者パーティーにはアルトの後釜として、とある少女が加入した。
その少女の名はカスミという。
彼女はアルトの存在を知らされてはおらず、カインが率いるパーティーが、いかに醜いものなのかも知らない。
それゆえ役に立とうと躍起になっていた。
というのもカスミの冒険者ランクはBでそれより二つ上の冒険者ランクであるカインのパーティーに誘われたのだから、張り切ってしまうのも仕方のないないことだった。
だが、そのような想いは一瞬で砕け散る。
そう、一瞬で。
カスミはこのパーティの闇を垣間見たのである。
これはその一部始終。
――カスミがカインの冒険者パーティーに加入して一週間が経過した頃、彼女たちはとあるダンジョンに挑戦していた。ダンジョンのランクはAである。
Sランクのカインと同じくSランクである二人の魔法使い――シオンとリリアがいれば、決して難しいダンジョンではない……はずだった。
だが、その日に限って、カスミたちはありえない数の魔物と遭遇し、戦うことになってしまったのである。
これはおかしい。
カスミ以外の三人は思った。
何故ならアルトとパーティーを組んでいたときは、このようなことは一度たりとも無かったからである。
だからカインはカスミに問うた。
「カスミ。さっきから魔物と遭遇し過ぎている。まさか、手を抜いているわけではないよな?」
しかし、カスミにはカインの言っていることが理解できなかった。
そもそもダンジョンというのはそういうものなのである。
ダンジョンに多数存在している魔物と遭遇しては戦闘と逃走を選択し、ダンジョンの奥地へと向かう。
それはAランクのダンジョンならなおのことである。
それに今まで何度かAランクのダンジョンに潜ったことがあるカスミだったが、カインの言うような感覚にはなっていなかった。
むしろ、魔物と遭遇し過ぎていると思っているカインの方がおかしいのである。
だから、カスミはこう答えた。
「手を抜いているわけではありません。これでも索敵できる範囲で、最も魔物が少ないルートを選択しています」
だが、カインたちがそれを信じるはずがなかった。
今までこのようなことは一度たりともなかったのだから、信じられるわけもない。
ゆえに。
「何をバカなことを言っている。これのどこが『最も魔物が少ないルート』だ。『最も魔物が多いルート』の間違いだろうが」
「カインの言う通りよ! しかもアンタ、索敵できる範囲って、その狼一匹じゃたかが知れてるでしょ」
「テイマーならもっと多くの魔物を従えて索敵範囲を広げればいいだけだよね。どうしてそうしようとしないの?」
この人たちは一体、何を言っているのだろうか。
カスミにはやはり理解できなかった。
特にリリアが言った『もっと多くの魔物を従えて索敵範囲を広げればいい』という話。
まず多くの魔物を従えてと言うが、そもそもそれをするには多大な時間を要する。
魔物をテイムするには、魔物とコミュニケーションを試みて仲良くなる必要があるからである。
そして、『索敵範囲を広げればいい』という話だが、そう簡単な話ではない。
もちろん、じっくりと時間をかければできないこともないのだが、カインたちはその時間を与えてはくれなかった。
だから実質不可能なのである。
それを可能にするには、魔物と情報を常時共有していない限りは無理な話。
それぐらいのことSランク冒険者ならば知っていて当然のことだった。
それでは何か? カインたちは冗談を言っているのだろうか。いや、こんな冗談を言うはずがない。
ならばカインたちは本気でそう思っていて、本当にそれができると思っているのか。
もしそれが本当だとしたら、カインたちは今までどのような凄腕の索敵者と冒険してきたというのか。
その人の方がよっぽど索敵のエキスパートである。
どうして精々Bランク止まりの冒険者を索敵のエキスパートだからという理由で勧誘してきたのか。
もう、何も分からなくなってきてしまった。
だが、カインにとってその索敵のエキスパートというのはただの誘い文句でしかなく、彼の本心としてはカスミが可愛いからパーティーに引き入れたかった。
ただ、それだけである。
それだけのことでアルトを追放した。カインは見境のない女好きなのである。
そのようなことをカスミが知る由もない。
「何とか言いなさいよ! あの底辺で何もできなかったあいつでさえスライムを百匹テイムしていたんだから、アンタならそれ以上のことができるんでしょ? 早くやりなさいよ!」
「そうそう。早くやってよね。こうしているうちに、無駄な時間は流れてるし」
「まさか、出来ないとは言わないよな? Fランクのアルトにできて、Bランクのお前にできないわけがないんだからさ」
――アルト。
この人がカインたちの常識を歪めた張本人?
それもそうだろうと、カスミは思った。
何せ、どれだけ凄腕のテイマーでもテイムできる魔物の数は六匹までと決まっている。
それはスライムだろうが、ドラゴンだろうが変わらない。
仮契約という形ならば、もう少しテイムできないこともないが、百匹には程遠い。
だからそもそもの話、アルトはテイマーではないだろう。
そうカスミは結論づけた。
恐らく、テイムとは別の形でスライムとの間に友好関係を築いているのだろう。
それをカインたちはテイムと勘違いしていた。
確かに魔物を従えていたらテイマーと勘違いしてもおかしくはない。
ただ仲間ならテイマーであるか、そうでないかを把握しているのが普通である。
きっと今まで、カインたちはアルトのことを仲間として見てこなかったのだろう。
カスミはそのような感想を抱いた。アルトのことを可哀想な人だとも思った。
そして、親近感を得た。
ここまで来たらよく分かる。
カスミもカインにとっては仲間ではなくステータスなのだろう。
自分はこんなにも可愛い人を侍らせているのだと悦に浸るための……。
本当に最低な男である。
しかし、そんなことを思っても状況が良くなるわけでもない。
今カスミにできることは、カインたちに事実を伝えることだけである。
「申し訳ございませんが、私はアルトさんという方のような神がかった芸当はできません」
「何? できない? それは俺たちにそこまでする理由が無いってことか?」
「違います。勿論、できることならそうしたいのは山々なのですが、どんな凄腕のテイマーでも六匹が限度なんです。嘘だと思われるかもしれませんが、他のテイマーもそう言うと思います」
「じゃあ何よ。あの役立たずのアルトが今まで私たちの役に立っていたって言うの? 戦闘には全く参加せず棒立ちだったあいつが?」
シオンはカスミの言っていることをとてもじゃないが信じることができなかった。
それはカインもリリアも大して変わらない。
だが、カスミが言っていたことは紛れもない事実であり、アルトが役に立っていたというのも本当のこと。
むしろダンジョン内において、アルトは誰よりも役に立っていたと言える。
そして一番役に立っていなかったのはさっきアルトのことをボロクソに言っていたシオン本人である。
彼女は確かに凄い魔法使い。魔力量が非常に多く、魔法の適性も高い。
しかし、ダンジョンでは高威力の魔法を使うことはできない。崩壊してしまう可能性があるからである。
だからどちらかと言うと、シオンの方が棒立ちだった。
それはリリアにも同じことが言えるけれど。
でも、彼女はカインの攻撃力や防御力を上げる支援魔法を使っていただけマシだった。
本当、どの口がほざいているのか。っていう話である。
「はぁ……。そういう嘘が俺たちに通じるわけがないだろ。アルトがどんなに無能だったか知らないからそんなことが言えんだよ。……ったく、使えねぇ。せっかくパーティーに入れてやったのによ」
「そ、そうよ! 嘘よ! 嘘に決まってるわ! あいつは役立たず。今までそれを一番見てきたのは私たちなんだから!」
「でも、これからどうするの? もうポーションも底を尽きちゃったし、装備も壊れかかってる。一度出直した方がいいと思うんだけど」
どうやらまだまともな人間が残っていたらしい。
リリアもまたアルトを役立たずだと思っている愚かな人間ではあるが、自分たちが置かれている状況を鑑みることができているみたいである。
その点では、他のただ愚かなだけの奴らとは違っていた。
「ちっ。何の成果もあげられずに帰ることになるなんてな! まさかアルト以上の無能をパーティーに入れてしまうとは……。まあいい。どうせこいつはクビだ。成果をあげられなかったのはこいつのせいだと言えば、俺の評判が悪くなることはない」
「そんなっ、クビだなんて……」
「ああ? 文句があるなら役に立ってから言えよ。あーでもそうだな。俺はもう戦わないから精々魔物に見つからないようにしてくれ。そうすれば考えてやらないこともないぞ」
そうカスミを見下したカインの表情は、とてつもないほどに醜悪で、もはやゴブリンそのものであった。
そしてそれを聞いて嘲笑うシオンとリリアもまたゴブリンと瓜二つ。
その醜いゴブリンたちのニチャアとした嘲りを向けられたカスミは完全に心が折れてしまった。
どうして今までこのような人たちのために頑張っていたのだろうかと。
カインがクビだと言うならそれでいい。
むしろ、そうしてもらって構わない。
誰がこのように人を見下すことしかできない人たちとパーティを組みたいのだろうか。
きっと、アルトも同じ気持ちになっていたに違いないと、カスミは確信を持てた。
その後、カスミは一度も魔物と遭遇することなく、ダンジョンからの脱出に成功した。
全ては一刻も早くカインたちから解放されたいからである。
もし、一度でも魔物と遭遇したら文句を言われるだろうと思い、必死になってやり切った。
そして、カスミはたった一週間という短さで、フリーの冒険者に逆戻りするのだった。
……しばらく時間が経過して、カスミにも新しいパーティメンバーができた頃。
カスミはカインたちの姿を見かけた。
そのときの彼らの姿を彼女はこう語る。
街の人々にキーキー喚きながら襲いかかるその姿は、本当に人間なのかと疑ってしまうぐらいであり、知能指数が人よりは低いはずのお猿さんの方がマシだった。
……と。
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