099:1200年前(中編)
「結果からお伝えすると、
なぜ無名に知られることなく、伽沙羅が二国を属国に出来たのかは黒衣にも分からないとのことだった。
しかし、今まで黙って聞いていた
「実はその話、伽沙羅では有名な物語になってるんだ。ってことで伽沙羅出身の芽姫ちゃんが教えてあげるよ」
いつも落ち着いたお姉さんの美優さんの顔で、芽姫のポップな話し方はいつ聞いても違和感がある。しかし、今はそれを突っ込んでいる場合ではないので、空気を読んで大人しく芽姫を見ていると満足そうな表情で語り始めた。
「伽沙羅を統治してるのは、
「――は?」
「その二国の王は
呆気らかんと言うものだから大したことなさそうに聞こえるが、妙庵だけで二国を潰したってどういうことだよ。
それにそんなことが出来るなら、なぜ今まで行動することはなかったんだ?
気になった俺は芽姫に聞いてみることにした。
「あぁ、なんかそこら辺に関しては詳しくは知らないけど、妙庵様の力がある時急激に増したって聞いたよ」
「なるほどな。力をました理由は分からないのか?」
「うん、そこは知らないんだよね。知ってたら私もやってただろうし」
「まぁ、そうだよな。……それにしても、妙庵は二国に対しては大きな被害を与えずに属国にしたのに、なんで無名には宣戦布告をしたんだ?」
「それは、無名の怪たちが人間を喰わないからだよ」
そういうことか。
怪の国を統一したら日国に侵攻しようと思っている奴らにとって、人間を喰わない怪は邪魔でしかないのだろう。
だから、宣戦布告をして無名を徹底的に潰そうと考えたということか。
どうして伽沙羅が無名に気付かれずに二国を属国にしたのか分かったところで、語り手は再び黒衣に移る。
「私たちは無名と共に戦うことに決めました」
だが、非戦闘員である崩月の従姉妹である
崩月としては清にも日国へ戻って欲しいという思いがあったそうだが、ここで無名が負けたら日国が危険になる。つまり月欠の身に危険が及ぶということで、どうしてもここで戦うと言うのだ。
その思いに負けた崩月は、結局清も一緒に戦うことを認めたのだという。
そして、日国へ戻ろうと言っていた寿國も状況を理解したこともあり、無名で共に戦うことを決めた。
「しかし、誤算がありました。それは相手国の進行速度があまりにも早かったのです」
宣戦布告の報が届いてから1日しか経っていないというのに、伽沙羅は無名の国にある数多の城を落として首都無名のすぐ側まで来ているというのだ。
単衣たちはすでに日国へ送り返し、寿國も永源家に報告を終えていたので、その辺は問題がなかった。
しかし、予想以上に早い進行速度だったため、対抗手段は籠城しか無くなっていたのだ。
それから程なくして、伽沙羅は首都無名を大群で包囲した。
その数はざっと見ても10万ほどの軍勢で、どう考えても無名に勝ち目はなさそうに感じたという。
いつもは飄々としている名無も、さすがに厳しい表情を浮かべている。
「それから首都無名が陥落するのはあっという間でした」
大群によって攻め込まれたが、無名の怪たちは必死に抵抗したらしい。
しかし、ひとつの城壁が落ちると、連鎖するように立て続けにどこの城壁も陥落していった。
絶体絶命の最中、名無は黒衣たちを呼んで「危機的状況に陥ったらやって欲しいと頼んでいたことを覚えているか?」と聞いてきた。
黒衣は「もちろん覚えていました」と俺たちに言う。
名無が黒衣たちへ頼んだこと。
それは、日国と怪の国を繋ぐ
名無の仮説では、日国と怪の国が繋がっていることで、日国に魔素が充満しているのだろうということだったのだ。
だからそこを封印して、魔素の通り抜けをさせないようにすれば、日国に充満する魔素は薄まり、等級の高い怪は行けなくなるということだったのだ。
なるほど。
今は魔素がそれなりに充満しているが、30年前までの日国にはほとんどなかったという。
これは名無の言うとおりに、黒衣たちが龍穴を封印してくれたからなのだろう。
黒衣は「人間と仲良くしたいと思っている名無たちにとっても、龍穴を封印することは苦渋の選択だったのでしょう」と寂しげな表情を浮かべて言った。
しかし、このままだと日国が滅んでしまう可能性があったため、そのことを教えてくれたのでしょう、とも。
名無は「このままだと俺たちも全滅だしな。一緒に霊獣の森に逃げよう。俺たちがあいつらを引きつけるから、その隙をついてお前たちは龍穴に行って封印をしてくれ」と言うと同時に走り出たらしい。
四方を包囲されている状況で、どのようにして霊獣の森に逃げたのかと思ったが、首都無名にはいざという時のために霊獣の森に繋がる抜け道をいくつか用意していたとのことだった。
名無がその抜け道に入ると同時に、無名で戦っている仲間の怪たちも逃げる手筈になっていたのだという。
霊獣の森に出た黒衣たちは名無たちと別れて、急いで日国に続く龍穴に向かった。
名無たちが引き付けてくれたお陰なのか、途中で怪に出会うことはなく、無事に神域のある龍穴の5階層目に到着したとのことだった。
「それから名無や無名のみんながどうなったのか、私は知りません。ですが、名無は今も生きているのですね」
黒衣は名無たちに救われた恩を返すことが出来なかった後悔、そして今も生きているという安堵が言葉から滲んでいた。
「それで無事封印を施して今に至るってわけだな?」
俺がそう聞くと「いえ、そうではありませんでした」と少し怒気の孕んだ声音で返した。
俺たちがそのことに少し驚くと、黒衣はハッとした表情になり「申し訳ありませんでした」と言いながら頭を下げたが、「別に大丈夫」と伝えると安心した表情を浮かべて話を続けた。
「お兄様は、神域と6階層目を繋ぐ階段に封印術式を展開しようとしました」
このとき施そうとした封印の術式は、黒衣とその兄である崩月が一緒に開発した術式であったという。
ただ、1200年も効果を発揮するような封印術式ではなかったらしく、100年置きに封印を再度かけないといけない程度のものだったらしい。
美優さんに聞いてみたが、封印術式のことは聞いたこともないとのことだった。
「滅怪は封印の術式を知らないので、封印の維持することは不可能です」
「だって仲間には陰陽師名家の永源がいたんだろ? 彼らが受け継ぐことはできなかったのか?」
俺がそう聞くと、「寿國が……。永源寿國が我々を裏切って封印の邪魔をしたのです」黒衣は今度こそ怒りを隠すことなくそう言った。
いつも冷静だった黒衣の表情が怒りに歪み、強く握られた手からは血が滴り落ちていた。
俺は黒衣の元へと行き、拳の上に手を添えながら頭を撫でる。
「ゆっくりで大丈夫だから。少し休憩しような」そう言うと、黒衣は大粒の涙を零しながら俺の胸に飛び込んできた。
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