100:1200年前(後編)
黒衣が落ち着いたのは、それから30分後だった。
これから語られることは、黒衣にとって本当に辛いことなのだろうというのは想像に難くない。
いつも冷静な黒衣が、ここまで感情的になるのだから。
「皆様、話の途中だったのに取り乱してしまい、大変申し訳ありませんでした」
その謝罪に対して、それぞれが「気にするな」と伝え、黒衣は再び当時のことを振り返り始めた。
「今思えば
黒衣は何故寿國が裏切ったのか、未だに理由は分からないらしい。
だが、黒衣と崩月、そして清の三人が、封印術式を展開するために集中したタイミングを見計らって、神域の上の階層から陰陽師の大群に包囲されてしまった。
当然黒衣たちには、何が起きているのか分かるはずがなかった。
黒衣たちが困惑していると、寿國が「龍穴を封印させるわけにはいきません」と言いながら、崩月の手に
封具とは、結界石を使用した道具で、霊装を抑える効果がある。
これをはめられた陰陽師は、霊装が使えないただの人と同じになってしまうらしい。
「お兄様に封具をはめられて、首元に刀を突きつけられてしまったことで、私たちは反抗することも出来ませんでした」
それにしてもなぜ陰陽師の軍勢がタイミング良く現れたか。
恐らくそれは、宣戦布告が届いたその日に霊扉で日国へ行った際に、寿國が状況を報告して配置させたのだろうということだった。
「封印のことは前もって名無から頼まれていました。名無が勝てば良し、もし負けたとしても封印を妨害しようと考えていたのでしょう」
黒衣たちは封印の必要性を説いたが、寿國はもちろん永源当主を説得することが出来なかった。
「私たちは永源家の地下牢で捕らえられてしまいました。しかし、その日の夜に当主の決定に疑問を感じた陰陽師のひとりが、私たちを逃がしてくれたのです」
黒衣や崩月たちは、陰陽師の中では英雄的存在だったらしい。
そのため、今まで陰陽師たちだけではなく、日国を守るために最前線で戦ってきた黒衣たちが逆賊扱いになっていることに、助けた彼は疑問を覚えたとのことだった。
黒衣たちはその陰陽師に礼を言うと、
神域のある洞窟までは問題なく辿り着くことが出来たが、問題はここからだった。
神域へ続く洞窟の入り口は、陰陽師の屋敷が建っているのだ。
この屋敷は、これから神託の儀を受ける者や、各家の当主が会議などをするために使われている。
黒衣たちは気配を消して侵入したが、龍穴の入り口でついに見つかってしまった。
しかし、黒衣たちはこの事態も想定済みだった。
初代天斬の
今回2種類の封印術を神域への入り口と、6階層目に続く階段の入り口に施すことになっている。
一番重要なのは、神域への入り口に施す、魔素を流しこまさないようにするための封印術だ。
神域に魔素がなくなったら、今まで通り神託の儀を行うことができるか分からない。
なので、魔素を堰き止める封印術を神域の入り口に施すことにした。
それでは6階層目に施す封印術はなんなのか。
それは、6階層目以降、つまり怪の国へ人間が行けないようにする封印術だった。
いくら恭弥でも、数で勝る陰陽師を相手に長時間持ってくれる保証はなかったため、黒衣たちは急いで封印術式を展開する準備に移った。
簡単な術式の場合は、すぐに展開することが可能なのだが、大規模且つ複雑な術式を組み込む必要があるため時間がどうしてもかかってしまうのだ。
「魔素を封じる術式を私とお兄様が、そして、6階層目に行けなくする術式をお義姉様が担当することになりました」
黒衣たちは1秒でも早く展開するために、全ての意識を術式に集中させた。
そのため、悪意が背後に忍び寄っていることに気付かなかったのだ。
「私とお兄様が気付いたときには、お義姉様はもう……」
術式の展開がもう間も無くで終わりというところで、背後から清の叫び声が聞こえてきた。
何事かと思い慌てて後ろを見ると、清が誰かに胸を刺されて倒れていたのだ。
黒衣と崩月は一度術式を止めて、清の元へ向かうとそこにいたのは
すぐさま崩月は永久を斬り伏せて、清の元へ駆け寄った。
清は口から血を吐きながらも、2つのお願いを黒衣たちに伝えてきたという。
1つは、お義姉様の魂を触媒にして、より強固な封印術式を完成して欲しいということ。
そしてもう1つが、
清の最期の言葉は、2人への愛と謝罪だったという。
崩月は魂が消えた清の体を抱き締めながら、封印術式の展開を再開した。
しかし、その術式の展開速度は先ほどの比にならず、黒衣は追いつくことが出来なかったそうだ。
結果として、崩月はたった1人で2つの術式をほぼ同時に展開してしまったのだという。
そして、清の魂を触媒にしていることもあり、当初よりも遥か強固に封印することが出来たのだった。
封印術式の展開が終わると、黒衣たちは清の亡骸を神域に埋めて、急いで恭弥の元へと駆け出した。
恭弥は陰陽師の軍勢をなんとか防いでいる状況だったが、黒衣たちが参戦することで何とか無事に屋敷の外へと出ることができた。
しかし、屋敷からはまだ陰陽師たちが、黒衣の背後に迫ってきている。
そこで恭弥は再び黒衣たちに向かって、「お前たちは先に行け。恐らく俺はもう長くはない」そう言われて、黒衣たちは初めて恭弥の腹部から大量の血が流れていることに気付いた。
2人は先に進むことを逡巡していると、恭弥は「さっさと行け!」と叫んで、2人の背中を押した。
黒衣は泣きながら、崩月は歯を食いしばりながら、月欠のいる神座の屋敷へ全速力で駆けたのだった。
神座家と永源家は神域を挟んで逆方向にある。
そのため、寿國たちよりも早くに神座の屋敷に到着する見込みだった。
そして、その見込み通り神座家の周りには、陰陽師の姿はなく無事に中に入ることができた。
「崩月様、黒衣様。今の状況は一体……」
そう聞いてきたのは、崩月と黒衣の叔父で、月欠の面倒を今見てくれている
穂高たちは、黒衣たちが永源家の地下に捕らえられていたことを、下の者から既に聞いていたのだ。
それに抗議するために、永源家に向かおうと準備をしている最中だった。
黒衣たちは穂高と単衣に、神域の封印のことと、寿國たちが恐らく神座の屋敷に向かっているだろうということを。
全てを聞いた穂高は、何よりも大切なのは当主である崩月と、次期当主の月欠の命だと迷わずに言った。
だが、崩月の考え方は違ったのだ。
封印術を展開したことで日国の魔素は薄まり、今のように怪が日国に来ることは多くないと思われる。
だが、怪が日国に現れないという保証はない。
そのため、陰陽師と怪の戦いは終わることはないだろう。
しかし、神座家が今後神託の儀を行わせてくれるとは限らない。
それだとしたら、元当主である役割として月欠をはじめとする、今後生まれてくる子孫が怪による危険に晒されない対抗手段を用意しておくことが重要だと言ったのだった。
黒衣はこのとき、崩月が何を考えているのか分かったのだと言う。
そして、俺も黒衣たちがこれからどうするのか理解をした。
つまり、崩月と黒衣は自分たちの身を犠牲にして、子孫に生きる力を与えることにしたのだ。
崩月は神魂となり、黒衣は神器となることで。
黒衣は、崩月、清と一緒に様々な術式を研究し、開発をしていた。
その中のひとつに、動物の魂を霊魂化したり、普通の武器にその魂を入れて霊器化するという術を編み出していたのだ。
その説明を受けて、自身も黒衣によって神器にしてもらい、魂の消滅を逃れた
黒衣たちは自分たち亡き後は、単衣に月欠のことを守るようにとお願いをすると同時に、寿國の声が屋敷内に聞こえてきた。
穂高が「私が時間を稼ぎます。崩月様たちは術式を早く」と言って門へと駆け出した。
崩月は単衣に対して、術式展開が終わった後、数人を連れて抜け道から外に出て、東に住む遠縁を頼れと伝えた。
そして、これからは神座ではなく、
「私の魂が入った
崩月は自分の愛刀でもあり、ずっと共に旅をして来た初代天斬の恭弥に打ってもらった黒天に、黒衣の魂を
そして、その後崩月は自身の魂を月欠に封じた。
2人の解呪方法は、霊装を持つナニカに殺されたとき。
つまり、怪はもちろんのこと、陰陽師や滅怪に殺されても発動するようにしたのだ。
―
「それから私は、月欠をはじめとして、神座の子孫のことをずっと見守って来ました。そして、詩庵様と出会い、今に至りました」
黒衣の話が終わっても、誰一人として口を開くことが出来なかった。
凛音に関しては、嗚咽を零して顔を両手で覆っている。
俺も無意識に自分の胸に手を当てていることに、話が終わってようやく気付いた。
正直この話を聞いても、ご先祖様たちの復讐しようとは思わない。
当時の黒衣やご先祖様たちを追い詰めた陰陽師はもういないのだから。
だが、今の滅怪がどういう組織なのか。
美優さんは封印のことを知らないと言っていたが、どれくらいの隊士が事実を知っているのか。
そして、封印の力が弱まって来ていることを、滅怪が知っているのか、知った後にどのような行動をするのか。
場合によっては、正面から戦う必要がありそうだと思うのと同時に、滅怪の隊士である幼馴染の笑顔が脳裏を掠めてしまうのだった。
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過去編は終わりました!
葬送神器 ~クラスメイトから無能と呼ばれた俺が、母国を救う英雄になるまでの物語~ 音の中 @otononaka
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