080:遭遇

 龍二さんたちを紹介してもらってから一週間ほど経ち、裏で活動する嚥獄ダイブは現在51階層目まで進んでいた。

 通常の階層に出現する魔獣は霊装を纏ってはいなかったが、40階層と50階層に出現した魔獣に関してはバジリスクと同様に霊装を纏っていたのだ。これで、30階層以降のボスに関しては霊装を纏っているのは確実だろう。

 それと同時に、霊装を纏った魔獣の魂はとても上質だということも判明した。2体のボスと戦ったことで、俺のレベルは21から32まで上がり、瀬那は48から61まで上がったのだ。

 そして、黒衣に関しても83から84にレベルが上がったらしい。これには黒衣も「私のレベルはもう上限に達したのかと思っていました」と言って驚きの表情を浮かべていた。

 また、俺のレベルが上がったことで、黒衣の記憶も徐々に取り戻してきているようだ。しかし、まだ虫食い状態のため自分でもまだ消化しきれていないようで、俺たちへの説明はないが、ピースは徐々に埋まってきているとのことだった。いずれ全ての記憶を取り戻したら話してくれることだろう。そのためには、俺のレベルをもっと上げる必要があるのだが、嚥獄でならそれも早く達成することができそうだと感じていた。来週からは夏休み入ることだし、その間に嚥獄にダイブし続けることが出来たら完全踏破も出来るだろうし、その時俺のレベルも上がっていることだろう。


 メイドのミカたちも相変わらず一緒にダイブしている。基本的に霊装を纏っていない魔獣が出てくる階層に関しては、彼女たちに戦ってもらうようにしているのだ。

 そのため、ミカは3等級になり、他の3体は4等級まで成長していた。

 嚥獄にいる魔獣の魂は、人間ほどではないが質が高いのもあるし、取り入れる数が圧倒的に多いのも大幅な成長の起因だと言える。あとはやはり嚥獄の下層まで行くと、魔素濃度が高いので彼女たちが実力を出せるのも大きいのだろう。


 そんな俺たちは、地竜に跨って52階層目の階段を目指して風になっている。ミカたちは地竜に乗っていないのだが、等級が上がった彼女たちはシュウたちの速度に平気でついてくるようになっていた。そのため、魔獣が現れたら彼女たちが即座に反応をして戦闘を開始してくれるので、俺たちはボス以外と戦うことはほぼなくなっている。

 黒衣曰く嚥獄を踏破するくらいになったら、ミカは2等級上位に、ウリたちは2等級下位くらいの強さにはなっているのではないかとのことだった。

 もしミカたちがそこまで成長したら、嚥獄の30階層目から彼女たちだけ周回してもらおうと思っている。怪にも睡眠は必要なのだが基本的に疲れ知らずだし、食事は魔獣の魂を吸収するので問題ない。恐らくかなりの短期間で踏破することができるのではないだろうかと予想している。もちろん俺たちもボスと戦って、レベル上げをする予定だ。俺たちのレベルが上がり、ミカたちも1等級まで成長したら、そろそろ本格的に怪の国へ行って奴隷になった人たちを解放して行こうと考えていた。


 51階層目に着いて45分ほど走っていると、『探るんだ君』に反応があった。俺たちは矢印に向かって走ると、下の階層に続く階段を見つけたので、地竜に跨ったまま勢いよく駆け降りていく。

 嚥獄のように大きなダンジョンは、階層ごとで違った顔を見せてくれるのが特徴だ。51階層目は岩場だったのでまだ良かったのだが、48階層目なんて沼地で足場のコンディションは最悪と言っても過言ではなかった。正直地竜たちがいなかったら、沼地を自分たちの足で歩かなくてはいけなかったのだ。それを想像するとゾッとしてしまう。

 このように階層ごとで別世界が広がっているダンジョンは、用意する荷物などが必然的に多くなったり、装備なども複数用意しておく必要がある。それでも、事前情報があるならまだ良いだろう。その情報通りの装備を準備したら良いからだ。

 しかし、まだ誰も足を踏み入れておらず、情報が全くない未知のダンジョンはその限りではない。情報が公開されているダンジョンと、情報が一切ない未知のダンジョンでは、攻略難易度が倍以上上がると言われている。それがSランクの嚥獄だったらその難易度は推して知るべしって感じだ。


 52階層目はどんな過酷な環境になっているのか、いよいよ入り口が見えてきたところで俺たちは気を引き締める。さすがにこの勢いのまま階層に突入するには危険すぎるので、地竜から降りて階段上から52階層目を見てみると、51階層目とは打って変わってとても美しい光景が俺たちの視界に飛び込んできた。



「す、凄いわね……」


「はい。ここで皆さんと一緒にピクニックに来たいくらいです」


「確かにな。凛音にも見せてやりたいぜ」



 俺たちの目の前には美しい草花が広がっていたのだ。誰かの手が入った人工的な景色ではなく、自然に咲き誇る美しい花畑だった。

 地竜に跨って俺たちは景色を楽しみながらゆっくりと進んでいくと、どこからか「ドドドドド」と地鳴りのような音が聞こえてきた。俺たちは地竜から降りて周囲を警戒していると、地中から突然モグラのような魔獣が飛び出してきた。あまりにも突然のことだったので少々驚いてしまったが、ミカたちが瞬時に反応してモグラのような魔獣を撃退する。しかし、現れた魔獣は一体だけではなかった。次から次へと矢継ぎ早に地中から襲いかかってきた。


 さすがにこの量はミカたちだけではしんどいということで、俺たちもモグラ魔獣を撃退していく。モグラ魔獣は強さ的には俺たちの脅威とはならなかったが、休みなく何体も飛び出してくるのでなかなかしんどい戦いとなった。こうして盛大なモグラ叩きを15分ほどするとモグラ魔獣が出てくる気配がしなくなり、俺たちはようやく一息をつけたのだった。


 戦闘が終わったので、影に戻した地竜を取り出そうとすると「やはり強いな」と背後から人間の声が聞こえた。

 まさかこんなところで話し掛けられるとは思わなかった俺たちは、驚きはしたが一瞬で戦闘体制に入る。振り返ったその先にいたのは、キリッとした目つきと黒髪をポニーテールでまとめた髪の毛が凛々しい印象を与える女性だった。



「お前は何者だ? なぜ嚥獄の52階層目まで来れるんだ。――そして、何故霊装を纏っている?」



 そう。目の前にいる謎の女は強力な霊装を纏っていたのだ。恐らく滅怪の隊長クラスより上だろう。俺は他の人間がいないか周囲の気配を探る。

 彼女はそんな俺たちを見て「突然話し掛けてしまい申し訳ありません」と頭を下げてきた。



「私は貴方たちの敵ではありません。私以外に誰もいないから刀を納めてくれませんか?」



 謎の女性は顔を上げてこちらを見ると、「敵意はないんです」と言いながら手を上げる。

 彼女の表情は悲壮感に溢れていたが、さすがにそんなことで簡単に信用するわけにはいかない。それに、「やはり強いな」とは一体どういうことなんだ? そんな言葉は俺たちのことを知らないと出る言葉ではない。俺たちの配信を見たとしても、あんな感想になるとは思えなかった。公式では31階層目に到達したことになっているのだから、ここにいること自体に疑問を口にするだろう。



「――それは話を聞いてからだな」


「そうですよね……。ですが、ここで悠長に会話をしていたら、またいつモグラのような魔獣が飛び出してくるか分からないのでどうしたものか……」



 目の前にいる女性からは未だに敵意を感じることは出来ないが、警戒心を解くわけにはいかない。嚥獄の52階層目に普通の人間がソロで入れるわけがないのだから。

 しかし、彼女が言ったことも事実だった。あのモグラがまた飛び出してきたら、そのドサクサで得体の知れない女に不意をつかれて攻撃をされてしまう可能性があるのだ。



『瀬那……。ミカたちに結界石を周囲に配置させてくれないか』



 俺がコネクトを使って瀬那に伝えると、すぐさまミカたちに結界石を渡して一緒に周囲に配置していく。そして結界石の配置が完了するのを見届けると「この中で話を聞こう。――だが妙な真似はするなよ」ときっさきを突きつけながら目線で女を促す。



「分かりました」そう言うと、女は手を上げながら結界石の中に入っていく。


「それじゃあお前が何者か教えてもらおうか」



 未だに鋒を向けながらそう言うと、女性は徐に両手を下ろし、膝を曲げてその場にしゃがみ込んだ。その動作に俺たちの緊張感は一気に高まっていく。そして、女が自分の影に触れたと思ったらそのまま手が影の中に吸い込まれていった。



「……は?」



 俺はその光景を見て間抜けな声をあげてしまった。

 女は俺たちのことをチラリと見ると、少しだけ笑みを零して何かを影の中から引き出す。それは俺たちも見たことがある巨大な槍と斧が一体化したような武器だった。



「それはハルバード……か?」



 そう。

 女が取り出したのは、滅怪と遭遇した時に出くわした少女のような姿をした怪の芽姫が持っていた武器だったのだ。

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