074:拠点

 俺たち『清澄の波紋』は、ハンターの拠点を専門に取り扱っているベース不動産に来ていた。

 凛音が調べてくれた情報と、百合さんに数件紹介してもらった数件の不動産から良さそうなところを選んだ形だ。



「この度は弊社にお越しくださりありがとうございます。今回は『清澄の波紋』様のご要望通りの拠点を紹介させて頂きます」



 俺たちの担当になってくれたのは、ハキハキと話す元気なお姉さんのミチさんだった。

 そんなミチさんは、俺たちの要望通りの物件を提案すると言ってくれるが、まだ規模も小さいこともあり、俺たちが拠点に求める要望はそこまで多くはない。

 強いていうなら、10人くらい悠々と入れるリビングと、俺たち4人が寝泊まりできる個室と凛音の作業場は必須。そして、お客様が来たときに泊まってもらう個室を3室くらいあると嬉しいなってくらいだ。

 場所に関しては杜京中心部からは多少離れていても問題はない。

 要望としては中規模クランと同じくらいの難易度だと思われる。

 Sランククランで日国で一番の規模を誇る青龍は、ビル一棟全てが拠点だったりするのだ。



「まず一軒目です。ハンター協会からは電車で直通10分になります。間取りも問題ありませんし、高層階にあるのでプライベートも確保できますよ!」



 高層マンションのワンフロアを占有できる物件だった。

 エレベーターを降りるとすぐに自分たちだけの空間になるのか……。

 正直ブルジョワ物件すぎて、マンションのエントランスに入った時点で緊張してしまった。



「うわぁ……」


「これは凄いわね……」



 エレベーターから降りた俺たちは、その瞬間にあまりの豪勢な空間に度肝を抜かれてしまった。

 リビングはたくさんの人がゆったりと過ごせくらい広く、大きな窓からは明るい日差しが降り注いでいる。

 窓から外を見てみると、杜京の街並みが一望できて、夜景もとても美しいらしい。


 個室に足を運んでみたが、一番広い部屋で今俺が住んでいるリビングと同じくらいの広さがあった。

 家具や電化製品も備え付けのものをそのまま使用することができるので、最低限の荷物さえあればすぐにでも暮らすことができそうだ。



「――って、流石にここは俺たちには早すぎるな……」


「う、うん。ここが拠点になったら、もう何もしないでダラダラ生活を送りそうだよ……」



 あまりの立派な作りに俺たちが唖然としていると、真下さんが笑みを浮かべながら「いかがでしょうか? Sランククランの『清澄の波紋』様に負けじと劣らない物件だと自負しております」と言ってきた。

 いやいやいやいや。

 俺なんてまだ17歳にもなってない若造ですよ?

 そんな奴がこんなところを拠点なんかにしたら勘違いしちゃいますよ、色々と。



「あっ、とても素晴らしい物件なんですが、僕たちにはちょっとオシャレすぎるので出来ればもっと落ち着いた雰囲気ところを紹介してもらえないでしょうか? あと、ここを見て思ったのですが、庭があってそこで簡単な訓練ができるような戸建の方が私たちの理想に近いかも知れません」


「落ち着いた雰囲気の戸建……ですか」



 真下さんはそう言うと「うーん」と唸ると、何か思いついたのか「古い物件でも良いでしょうか? あと少々問題もございまして……」と聞いてきた。

 問題というのが何なのか聞いてみると、どうやら何かが出てくる曰く付き物件ということだった。

 そんなことを言われて行く気が起きなかったのだが、急に凛音が「そこ行ってみたいです!」と元気な声を出したので、勢いに押されて内見しに行くことになってしまった。




 ―




 案内された物件は、ハンター協会から電車で30分ほどの場所で、俺と凛音の家の中間くらいにあった。

 ここに来るまでに、車の中で家の雰囲気をVR空間で見させてもらうことにした。

 先ほどの物件は、真下さんが感動してもらいたいからと、事前に雰囲気を見ることはなかったのだが、今回の物件は曰く付きということもあり見せてくれることになったのだ。

 VR空間で大きな門を潜ると、庭というよりも庭園といった方がしっくりくるくらい広大な敷地が広がっていて、その奥には立派な洋館が建っている。



「こ、ここが予算内で収まるとは思えないんですが……」



 何かが出るかも知れない曰く付き物件だったとしても、こんな豪邸が予算内に収まるとは到底思えなかった。

 しかし、真下さんは「ご安心ください。ご予算よりもお安くなっております!」と胸を張ってドヤ顔をしている。


 何でこの人曰く付き物件を押し付けようとしてるのに、こんなに自信満々なんだよ?

 それにしても曰く付きって言っても、俺たちが提示する金額よりも安いってどんだけヤバイ物件なの、ここ?



「ここって本当に何かが出るかも知れないってだけなんですか?」



 俺がそう尋ねると、「じ、実は……」ととても言いにくそうな表情を浮かべている。



「本当に出るんです、ここ……」


「え? 本当ですか?」



 そう言って目をキラキラとさせているのは凛音だ。

 ここまで来る途中に、なぜそんなにもテンションが高いのかと聞いてみたところ、B級映画大好きな彼女の琴線に触れてしまったらしい。そして、しぃくんたちがいたら多分解決できるしね、とも言っていた。

 ぶっちゃけそんな信頼を寄せられても困ってしまう。

 だって幽霊が見れるといっても、俺たちが見える幽霊は超限定的なのだから。




 ―




「こちらです」



 車を駐車場に入れて、門の前まで行くと敷地内から不思議な気配を感じる。



(何だここは? 魔素がかなり濃いぞ。いや、それだけではなさそうだが……)



 黒衣に目線を向けると、小さく頷いて『恐らくここには結界が張られているようです』とコネクトで全員に伝えてきた。



『結界?』


『はい。この中では霊装を出しても、外から気付かれることはありません』



 そう言うと、黒衣は外壁を指差してくる。その先に視線を向けると、外壁に埋まった石が整然と並んでいた。

 俺たちは真下さんに促されるまま、敷地内に入っていく。

 VRで見た通り、とても素晴らしい庭園が俺たちを歓迎してくれている。



『あれは結界石と同じ性質を持つ鉱石だと思われます。恐らく歴代の持ち主の誰かが、この敷地内から外に漏らさない術式を組んだのでしょう』


『そんなことができるの?』


『はい。陰陽師の術式に御座いました。恐らく滅怪の誰か、またはその関係者が住んでいたのかも知れません』


『そ、そんなところに俺たちがいても問題ないのか?』


『恐らくは。この敷地を見る限り長年誰も住んでいないように思えます。滅怪がこの屋敷の存在を知っていたら回収していたでしょう』



 確かに黒衣が言う通りだろう。

 だが、この屋敷に人が住まなくなってからどれくらいの時間が経過しているのか、真下さんに聞いてみると「100年くらいですね」と返答が返ってきた。



「え? そんなにも所有者が現れてないんですか?」


「いいえ、所有者は現在もいます。しかし、60年前くらいに購入してから、数日暮らしただけですぐに引っ越しをされたようです。そしてその後何人かにお貸ししたのですが、全員が短期間で引っ越しをしてしまったため、現在の所有者――当時の所有者のお孫様が今回手放そうと我々に相談があったという感じなんです」



「はぁ、なるほど……」



 黒衣の推測が正しいのなら、恐らく最初の所有者がこの屋敷に結界を張ったのだろう。そして、その人物が何かしら滅怪と関係があったが、別の所有者の手に渡ったことで繋がりが切れたという感じだろうか。

 こんな屋敷の存在を知っていたら、滅怪が簡単に手放すとは思えないし、今は関係が切れていると考えても良いだろう。


 一通り内覧させてもらった俺たちは、まんまとこの屋敷が気に入ってしまった。

 特に凛音と黒衣がかなりお気に入りのようで、「詩庵様! こちらにしましょう!」「しぃくん。絶対に楽しいよ、ここ!」と言ってくる。

 瀬那に関してはちょっと震えながら「えぇ、本当にここにするの」と怯えた感じになっていた。



「気に入って頂けたようで何よりです。ですが、先ほどもお伝えしましたが、こちらは曰く付きの物件となります。そのため、契約前に一ヶ月間生活して頂いて、大丈夫なようでしたら本契約という形にさせて頂いております」



 なるほど。

 噂レベルだったらここまですることはないだろう。

 ということは、この屋敷には本当に何かが出る可能性が高い。

 だとしたら、解決するまでは凛音はここに泊まらない方が良いだろう。

 万が一何かがあっても戦うことができないしな。



「分かりました。仮契約をさせて頂いてから、こちらで一ヶ月生活をさせてください」



 さて、この選択が俺たちにとって吉と出るか凶と出るか……。





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 拠点のイメージは旧古河庭園でございます!

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