第六章

073:登校

 今日は嚥獄ダイブを終えてから初めての登校日なのだが、俺はちょっとビビリながら学校へと向かっている。

 その理由は俺たちがダイブをしているときに、多くのマスコミが学校に集まっているというのを、炎夏さんや駒澤さんから事前に聞いていたからだ。

 俺たちの専属受付をしてくれている百合さんからは「マスコミ対策は我々がやりますので、安心して登校してくださいね」と言われているのだが、数字のためなら傷の癒えない被害者家族の家の前で張っているような行為もするような職業の人たちだ。

 ハンター協会が対策してくれていても、どこまで効果があるのか分からない。


 俺はなんとかなると思うが、凛音がマスコミに囲まれてしまったら怖い思いをさせてしまうだろう。

 なので黒衣に頼んで霊扉れいひで凛音を迎えに行ってもらって、一緒に登校することにしたのだ。



「学校の前とかマスコミの人たち結構いるのかな?」


「どうだろな? ハンター協会を敵に回すと思わないけど万が一ってこともあるしな。だけど、隠し撮りだけは気をつけないとな……」



 現在の日国では、マスコミだろうと許可なく撮影した写真を、勝手に使用して記事にすることは出来ないことになっている。

 もちろん法律に違反している犯罪行為は例外とされているが、例えば有名人の不倫の写真などは本人の許可がないと掲載することが出来ない。もしこれを破ると違法行為となり、出版社はもちろん記事を書いたライターやカメラマンにもペナルティが課せられる。

 もちろん個人がSNSに撮影した写真をアップするのも同様に違法だ。

 とはいえ、写真をSNSにアップするのが全面的に違法ということではなく、アップをしてもし相手側から訴えられたら違法行為ということになる。まぁ、もっと細かい決め事はたくさんあるのだが、現在の日国では個人を守る法律は昔よりも厳しくなっているのだ。

 しかも俺たちはまだ未成年だ。俺たちの写真を勝手に撮影して、公開するリスクはかなり高いだろう。

 そのため、隠し撮りをされたとしても公開されるリスクは少ないとは思うが、それでも法律の隙間を掻い潜って何かしらの手段を使われる可能性もゼロではない。



(凛音に怖い思いは絶対にさせない!)



 俺は凛音を守るように、四方に神経を研ぎ澄まして警戒するのだった。




 ―




「何もなかったね」


「あぁ」



 校門を潜り抜けた俺たちは、思った以上にあっさりと登校できたことに拍子抜けしてしまった。

 ハンター協会の対策はそれだけ徹底されていたということだろう。

 百合さんには今度改めてお礼を伝えに行かないとな。


 とはいえ、依然と全く変わらなかったのかというとそうではない。

 登校時間が被った学園の生徒たちからは、好奇の目で見られていた。

 その視線がはっきり言って気持ち悪い。

 もちろん彼らには悪意などはないだろう。

 しかし、いきなり注目されることに違和感を覚えてしまうのだ。



「こればかりは仕方ないよ。同じ学校にいきなりハンターの歴史を塗り替えたスターが現れたんだもん」



 凛音の言う通りだろう。

 俺が彼らの立場だったとしたら、絶対に目をキラキラさせて見ていたことだろう。

 いや、もしくは嫉妬していたかもな。

 まぁ、こういう目にも慣れていかないとダメだろう。

 だって俺たちは今回の嚥獄ダイブで、名実ともにSランクハンターを背負うに相応しいと認められたのだから。

 これからも有る事無い事言われるだろうし、それに都度反応してたら精神が参ってしまう。



「凛音は大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ! だって絶対に全世界の人がしぃくんに注目するって知ってたし。私はそんなしぃくんに着いていくって決めたときからこうなることを覚悟してたんだから」



 ずっと俺のことを信頼してくれていた凛音の言葉に俺は嬉しくなってしまい「ありがとな」と言いながら頭を撫でる。



「ちょっ! が、学校だとちょっと恥ずかしい……かな?」と凛音は頬を赤くしながら上目遣いで俺のことを見てくる。



 冷静になってみると、ここは校庭のど真ん中だった。

 慌てて周りを見渡すと、「えっ? あの子詩庵さんの彼女さんなの?」「Sランクハンターになるとあんなに可愛い彼女ができるのかよ」などという声が聞こえてくる。


 凛音に「わ、悪い」と言うとちょっと顔を赤らめながら「別にいいよ。だけど、次は人があまりいないところでね?」と言われてしまい、俺の顔も真っ赤になってしまったのを自覚してしまう。

 俺は動揺してることを凛音に悟られないように「と、とりあえず教室に急ごうぜ」と歩く速度を早めた。


 恐らく凛音は俺に好意を持ってくれているだろう。

 これは凛音だけではない。

 黒衣や瀬那も俺に対して好意を抱いてくれているのは感じる。

 それぞれ好意の形は違うとは思うが……。


 しかし、『清澄の波紋』はクラン内で特定の人物との恋愛を今は禁止にしている。

 この決まりを最初に口にしたのは凛音だ。

 正直この決まりは俺にとって歓迎するべきものだった。

 だって俺は誰かと付き合うということなんて今は考えられないのだから……。




 ―




「あっ! 神楽くんが来たぞ!」



 俺が教室に入ると、誰かの声に反応してクラスメイトたちが俺の方に駆け寄ってきた。



「神楽くん本当に凄かったんだな!」


「私ダンプレ見て感動しちゃったよ!」


「なんで急にあんなに強くなったんだ? もっと早く言ってくれたって良いじゃないかよ」


「そうだぜ? 俺たちクラスメイトなのに水臭いじゃねぇかよ」


「うんうん。嚥獄の話をたくさん聞かせてよ」



 こ、こいつら一体なんだっていうんだ?

 インタビューを受けているこいつらの映像は昨日見ていたが、まさか本人を前にしてこんなにグイグイ来るとは思いもしなかった。

 先週まで俺のことをパラサイトだとか言ってたことを忘れてるのか?

 こいつら揃いも揃って記憶障害なのか?



「席に行けないから退いてくれ」



 自分でも驚くくらい感情の篭っていない声が口から漏れていた。

 その重く冷たく言葉に驚いたのか、クラスメイトたちは口を摘むんで後退りする。



「お、怒ってるのか? い、今までのことは悪かったと思ってるよ」



 こいつは以前俺のことを無能って言ってきたやつだったか。

 名前は……確か山岸だったか?

 山岸は慌てたように悪かったと言い、そして「なぁ、みんな?」と俺を囲んでるクラスメイトに同意を求める。

 そんな山岸の言葉に首肯したクラスメイトたちは、口を揃えて「本心ではなかった」「頑張る姿が凄いと思っていた」と言ってくる。



「いや、今更お前たちに何言われても嬉しくないから。――あと山岸、俺は無能なんだろ? そんな無能な俺と話してると、あそこで睨んでる奴らとの関係に支障をきたすかも知れないぞ?」



 俺が山岸にそう言ってやると、「え? お、俺? 俺は山崎……だけど」と自分を指差して狼狽えている。

 どうやらニアミスをしたようだが、別にどちらでも構わない。



「あぁ、すまんな、山崎。お前の名前とか何でも良いんだが、とにかくお前たちから今更何言われても何とも思わないんだわ。だからさ――――もう口を開かないでくれや、口が臭えからよ」



 声のトーンを落として睨みを効かせると、山崎は腰を抜かしてその場に尻餅をついてしまった。

 そして周りにもひと睨み効かせると、彼らは慌ててその場から離れて自分たちの席に向かっていく。



「今日のしぃくんはいつもと違って尖ってる感じだね! だけど、そんなしぃくんもかっこいいと思うよ?」と凛音は悪戯な笑顔を見せてきた。



 朝のやり取りがあったお陰なのか、学校で俺に話し掛けてくるクラスメイトはいなくなっていた。

 ただ、別のクラスや学年の生徒たちが俺たちのクラスまでやってきて、俺のことを見てくるのには少し辟易としてしまう。

 まぁ、彼らからは別に何もされたことがないし、俺のことを無能と蔑んだことのない人もいるだろう。それにこんなのはすぐに飽きてしまうだろうと思い放置をした。


 どうせ今更俺たちと関わりを持ちたいってやつは、『清澄の波紋』に入りたい、もしくは別のSランククランと繋がりを得たいっていう下心があるだけだろう。そんな奴らと関わるだけ時間の無駄だしな。

 ――つか、Sランククランのリーダーになったし、正直学校に在籍し続けなくても良いのではと思ってしまった。凛音は将来どうするか確認したわけではないが、このまま俺たちと一緒に『清澄の波紋』に居続けてほしいと思っている。将来についても凛音と話し合う必要があるだろう。


 とりあえずこうして俺と凛音は基本的に平穏な学校生活を守ることができた。

 それにしても、秋篠たちたちが絡んでくると思ったがそんなことはなかったな。優吾たちに関しては姿も見えなかったし。

 まぁ、正直何言われたとしても気持ち良く話せるわけがないのだから、俺としてはありがたい限りなんだけどな。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆


クラスメイトたちとの絡みはこれが最後……かな?

ざまぁ作品ではないので、これくらいでごめんなさいです。

秋篠や優吾たちはまだ登場します。

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