062:ハムハム

「皆さん午前の戦いもお疲れ様です! 13階層で狩りを始めて今日で5日が経ちましたが、本日はなんとお客さんがこんなところまで来てくれました! 『嚥獄』なんかで出会うのも何かの縁です。グルメクランのトップの実力を、このランチで見せつけてやりましょう!」



 クランメンバーの前で挨拶をしているのは、『悪食』トップパーティのショウさんだ。

 この人めちゃくちゃリーダーしてるんだけど、実は副リーダーなんだよな……。

 ではリーダーのハムハムさんが何をしているかと言うと、すでに一人でランチをスタートをしているのだった。

 クランメンバーはもう慣れっ子なのだろう。

 誰一人としてハムハムさんを気にしている人はいなかった。



「ランチにする前に――詩庵君。前に来て挨拶をしてくれませんか?」



 呼ばれた俺たちは、立ち上がってショウさんの隣に向かう。



「皆さん初めまして。先日Sランクに昇格した『清澄の波紋』でリーダーをしている詩庵と言います。そして、俺の隣にいるのがメンバーの黒衣で、その隣が瀬那です。あと一人いますが、戦うことは出来ないので拠点で待機しています」



 俺たちが4人しかいないクランだと言うと、『悪食』の皆さんがザワザワとしたのだが、ショウさんが「貴方たち静かに聞きなさい」と言ってくれたお陰で話を続けることができた。



「『悪食』の皆さんに会えるだけじゃなく、ランチまでご一緒できるとのことで、とても嬉しく思っています。まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いします」


「「お願いします」」



 俺が頭を下げると、瀬那と黒衣も一緒にペコリと頭を下げる。

 その姿を見たショウさんは、満足気に頷いて『悪食』のメンバーに顔を向ける。



「では。ランチを始めましょう! 残すことは許しませんからね!」



 するとさっきまで俺たちを歓迎してくれていた『悪食』のメンバーが、「ヒャッホーイ」とはしゃぎながら大量の料理が山のように盛られている皿の方へ走っていった。

 嚥獄に挑んでいるメンバーが多いからか、ビュッフェスタイルを採用しているらしい。



「驚いたでしょう? うちのクランはリーダーを筆頭に、食事が大好きな奴らの集まりなのでね。とりあえず詩庵君たちも私たちの料理を楽しんでいってください。リーダーへの紹介はその後ちゃんと時間を取りますから」


「はい。ありがとうございます!」



 俺たちも『悪食』のメンバーと一緒に料理を取って、ショウさんが用意してくれた席に座って料理を食べ始めた。



「うぅ〜ん! とっても美味しいわね」


「本当に美味しいです。私もまだまだですね……」


「いや、黒衣の料理も負けてないと思うぞ。――だけど、『悪食』の料理も本当に美味いな!」



 一心不乱に料理を食べて、あっという間に平らげた俺たちを見たショウさんは「あはは。気に入ってくれたみたいで何よりです」と笑顔で声を掛けてきた。



「本当に美味しかったです。さすが『悪食』の料理ですね!」


「そう言ってもらえると嬉しいですね。ですが……」



 そう言って間を開けると、ショウさんは黒衣の方を見てニヤリと笑う。



「先ほど詩庵君は、黒衣さんの料理が我々にも劣らないとおっしゃいましたよね?」


「え? いや、それは……」


「いいのです。ですが、黒衣さんの作る料理をぜひ食べてみたいものですね」



 俺と会話をしながらも、ショウさんは黒衣から目線を離すことはなかった。

 その目はまるで獲物を見つけた鷹のように鋭い。

 この変な空気をどうにか出来ないものかと思案していると、「ショーーーウ! お前女の子をイヤらしい目で見つめてるんじゃないよー!」と、突然大きな声が聞こえてきたと思ったら、小さな女の子がショウさん目掛けて思いっきりタックルをぶちかました。


 タックルをモロに食らったショウさんは、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロと転がり続ける。



「ハ、ハムハムさん。急に何するんですか……」



 ギリギリ結界石の外に出なかったが、5mほど吹き飛ばされたショウさんはフラフラとしながら立ち上がって、俺たちが座るテーブルまで戻ってきた。

 俺たちは突然の出来事すぎてリアクションができずに、その光景をボーッと見ていることしか出来ない。



「それはこっちのセリフだよ! お前みたいに神経質っぽい男に睨まれた女の子の方が可哀想じゃないか!」


「ま、まぁ、いいです。確かに失礼なことをしましたね……。黒衣さん、ジロジロと見つめてしまい申し訳ありません」



 ショウさんは黒衣の方を向き、頭を下げながら謝罪をする。



「大丈夫です。あまり気にしていないので」


「このキモ男のことを許してくれてありがとな! ところで、お前たちは誰なんだ?」


「Sランククランの『清澄の波紋』ですよ。3人で嚥獄にダイブしてるみたいですよ」


「あぁ! あのバジリスクを倒したっていうクランか! 凄いよな、お前たち!」


「あっ、ありがとうございます。ハムハムさんに褒められて嬉しいです」



 ハムハムさんの勢いに押されながらも、なんとかお礼を言うことができた。



「おっ、私のこと知ってくれてるのか? えへへぇ〜。なんか照れちゃうなぁ」



 なんだこの可愛い生き物は?

 見た目が完全に小学生じゃないか……。

 ついつい、飴をあげたくなってしまう。

 だけど、こんな見た目なのに20歳超えてるんだもんな。

 ハムハムさん年齢不詳すぎでしょ……。


 俺がハムハムさんに見惚れていると、「詩庵!」と棘のある声が聞こえてきた。

 恐る恐る声がした方を見てみると、黒衣と瀬那がジト目で俺のことを睨んでいる。

 今この2人に何か言っても藪蛇になると思った俺は、ハムハムさんとの会話を続けるために慌てて口を開いた。



「も、もちろん知ってますよ! さっきの戦いを見て、圧倒的に強かったのでハムハムさんだと一目見て分かりました!」


「ほほぉ〜! 見どころしかないね、君は! ところで何ていう名前なんだい?」



 俺たちは自己紹介をした後に、今回のダイブの目的などを話し合った。

 今回の『悪食』の目的は、どうやら13階層にいるカトプレパスと、15階層にいるグリフォンを狩ることらしい。

 どちらも高級食材として知名度が高く、卸す用と『悪食』が経営しているレストランで提供するとのことだった。



「はぁ? 30階層のバジリスク討伐する!?」



 俺たちがバジリスク討伐を目的にしていることを告げると、ハムハムさんは目を向いて驚愕の表情を浮かべる。

 隣に座っていたショウさんも同様だった。



「はい。Sランクハンターで大先輩である『悪食』のリーダーと副リーダーを前に言うのも烏滸がましいかもですが、俺たちは日国で最強のクランを目指しています。その一歩目として『嚥獄』の人類到達地点の更新を目的としています」


「詩庵君。貴方たちはここまで3人で来たんです。それだけでもかなりの実力者と言うことは分かります。――ですが、嚥獄は21階層目からが本番です。20階層目までならパーティ単位でも行けるでしょう。ですが、そこから先も3人で行くのは自殺行為ですよ」


「でも、『覇道』も5人で30階層目まで行ったんですよね?」



 そう。

 ハンター協会の駒澤本部長がかつて率いていた『覇道』は、5人パーティだったにも関わらず30階層目まで攻略することができたのだ。

 それを引き合いに出すと「それは違うぞ」と、ハムハムさんが否定をする。



「『覇道』は確かにメインで戦っていたが、実は他にもサポートパーティを入れて数十人単位でダイブしてたんだぞ」


「え? そうだったんですか?」


「あと、私たちと仲が良い天上天下っていうSランクパーティがいるんだけどな、6人パーティで21階層目が限界だったんだ。それだけ嚥獄は厳しいダンジョンなんだよ」



 そうだったのか。

 俺は勝手に『覇道』はパーティメンバーのみで潜っているものだと思っていた。

 だけど実際はサポートメンバーが多く入っていたらしい。

 やはり嚥獄はハンターにとってずっと鬼門のようなダンジョンなんだな……。



「だけど、ここで私たちが辞めろと言っても聞くわけがないよな。――なりたてとはいえ、詩庵たちもSランクなんだし行けるところまで頑張りたいっていうのが本音だろうし」


「そうですね。今から引くという選択肢は俺たちの中にはありません」


「だよな。――うん、分かった。私たちは『清澄の波紋』の挑戦を応援するよ! だけど一つだけ約束してくれ。無理だけはしないようにしてくれ。今回がダメでも次で達成すれば良いんだから」



 ハムハムさんの目は真剣そのものだった。

 今まで数多くの修羅場を潜ってきた先輩の言葉だ、無碍にすることなんて俺にはできない。



「ありがとうございます。ハムハムさんの言うように無理だけはしないようにします」



 するとハムハムさんは、突然ニヤリと悪い笑みを浮かべて「それにしても、こんなに可愛い女の子と嚥獄デートなんて、詩庵はモテモテなんだなぁ」などと言って俺のことを揶揄ってきた。

 俺は慌てて「デ、デート!? そ、そんなんじゃないですよ、俺たちの関係は!」とアワアワしながら黒衣と瀬那に顔を向けて「な?」と同意を求めると2人は頬をほんのりと赤く染めながら、「詩庵とデート……」「デート……。詩庵様と……」とブツブツと呟いている。


 その光景を見たハムハムさんは「あまり浮かれて自爆しないようにな」とドヤ顔で言ってくるが、この状況を作ったのどう考えてもあんたでしょって突っ込みたいのを必死に堪えていると、ショウさんが俺の肩をポンと叩いて「頑張れ」と一言呟いたのだった。

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