061:悪食

 11階層から13階層までは、スムーズに階層を降ることができた。

 魔獣の強さも大したことがなかったので、基本的に俺が最前線で戦って、瀬那には不意打ちで側面などから来る魔獣を倒してもらっている。

 その後方には黒衣がいるのだが、役割としては瀬那がサポートのような感じになっている気がする。

 だけど、もうちょっと深くまで潜ればちゃんとパーティとして戦うことができるだろう。


 14階層について下の階層に続く階段を探し始めてから20分くらい歩くと、大勢の激しい声が聞こえてきた。

 どうやら誰かが魔獣と戦っているところらしい。

 許可なく別のクランが戦っているところを映してしまうのはマナー違反になるため、俺は慌ててドローンの録画を止める。



「おい、大丈夫か!?」


「あぁ、まだいける」


「最悪だよぉ。お腹空いたし、もう動きたくないよぉ!」


「あともうちょっとで飯だから! 頑張れ!」



 魔獣と戦っているのは、総勢20人くらいのハンターたちだった。



「凄い人数ですね」


「多分あそこにいるのは戦闘部隊で、予備隊みたいなのも別のところにいると思う」


「ここにいるってことは、Sランクのクランなのかしら?」



 瀬那の疑問を聞いた凛音からコネクトで『あそこで戦ってるのは『悪食あくじき』みたいよ』と教えてくれた。

 映像は流さなかったのだが、凛音がチャットで【他のクランと遭遇したので、一度配信を止めています】とアナウンスをしたら、『悪食』の公式サイトを見て情報を知ってた人たちが教えてくれたらしい。


『悪食』とはグルメ系クランとして名を馳せている、Sランククランだ。

 食に対するこだわりが強く、美味しい魔獣を探すためにダンジョンに潜り続けているらしい。



「みんな強いね」


「連携はもちろんですが、全員が物凄い手練れです。特にあの小さな女性は圧倒的ですね」



 黒衣が指を刺した先には、殺伐とした戦場にいることが不思議なくらい小さくて可愛らしい女の子がいた。

 しかし、彼女の動きは他のハンターよりも頭が一つも二つも抜きん出ている。



「恐らく、あの人が『悪食』のリーダーのハムハムさんだろうな」



 グルメハンターとして地位を確立させている『悪食』は、テレビをはじめとするメディアに引っ張りだこなのだが、リーダーのハムハムさんは一度もメディアの前に出たことがないことで有名だった。

 ハンターギルドの掲示板では、メディアに出てこないハムハムさんを超絶美人と称えている人もいれば、太り過ぎて人前に出たくないんだと失礼なことを言う人までいるのだが、まさかあんな小さな女の子だとは誰も思わないだろう。

 俺だって、戦っているところを見なければ、自己紹介されても信じられないと思う。



「あっ、終わりましたね」



 黒衣がそう言うと同時に、ハムハムさん(だと思われる人)が魔獣の首を刀で斬り落としていた。

 さすが黒衣だな。

 一瞬先を見ている。



「じゃあ、挨拶でも行くか」



 同じSランクとはいえ、俺たちはまだまだなりたての新人である。

 別に無視をしても良いのだが、せっかくSランクのクランに出会うことができたのだから挨拶に行くことに決めたのだ。


 戦いを終えた『悪食』のメンバーは、約半数のメンバーを見張りにつけて、せっせこと魔獣の回収を行なっていた。



「ん? 貴方たちはどこのパーティですか?」



 近付いて行った俺たちに気付いた『悪食』のメンバーが俺たちに声を掛けてくる。



「俺は『清澄の波紋』というクランでリーダーをしている詩庵です」


「『清澄の波紋』? あぁ、つい最近Sランクになったっていうクランですね。貴方たちも『嚥獄』にダイブしたんですね」


「はい。やっぱりSランクになったら、最初にダイブしたいダンジョンは『嚥獄』だったので」


「ですね。それで、私たちを見つけたってことですか。――おっと。私の自己紹介が遅れて悪かったですね。私は『悪食』のトップパーティで副リーダーをしてるショウと申します。それで、私たちに何か用事でもあるのですか?」



 『悪食』のような大きなクランの中には、たくさんのパーティが存在している。

 クラン内のパーティはほぼ固定なのだが、ダイブするダンジョンの特性や規模によって編成が変わることがあるらしい。

 現在Sランクに認定されているクランやパーティは俺たちを含めて5つあるのだが、そのうちの3つは『悪食』のような大所帯だ。



「せっかくお見掛けしたので、ご挨拶と思いまして。――もし可能でしたら、リーダーのハムハムさんにお会いすることは可能でしょうか?」


「あっ、そう言うことですか。わざわざありがとございます。ですが、少しだけ待って頂けますか? あの方は今お腹を空かせててそれどころじゃないんですよ」



 ショウさんはそう言うと、親指でちょんちょんとある方向を指差した。

 その先には、一人だけ動きが圧倒的に違っていた小さな女の子が、指を口に咥えながらジッと魔獣を見つめていた。

 やっぱりあの子がハムハムさんだったのか。



「あっ、そうですね。貴方たちも私たちと一緒にランチでもしませんか?」


「え? いきなりいいんですか?」


「気にしないでください。私たちは大所帯ですからね。貴方たち3人が増えたってものの数に入らりませんし。――って、ちょっと待てください。貴方たちひょっとして3人で嚥獄にダイブしてるんですか?」


「あっ、はい。そうです」


「そ、そうですか。そんな少人数で13階層まで来たっていうことですか。ちなみにここまで何日で来たんですか?」


「今日が二日目です。嚥獄って広いですよね。かなり手こずりましたよ……」



 俺がそう言うとショウさんは眉間を右手の親指と人差し指で挟んで、「う〜ん」と何やら唸り始めてしまった。



「ど、どうかしましたか?」


「いや、ちょっと信じられなくて……。まぁ、いいです。とりあえずランチでもしながら色々と話を聞かせてください。――おや、そろそろ終わりそうですね」



 俺たちは魔獣回収をしている方を向くと、ロックアップに最後の魔獣を入れるところだった。



「やったぁ! ご飯タイムゴムゴムゴ……」



 ずっと魔獣回収を指を咥えて見ていたハムハムさんが、両手を天に突き上げて高らかに叫び声を上げたので、焦った周りのメンバーが急いで口を塞いでいた。



「ふふっ。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。ハムハムは、お腹が空くといつもああなってしまうんです。あの大声のせいで何度魔獣と追加で戦うことになったことか……」



 はぁ、と大きなため息を吐いてはいたが、ハムハムさんを見るショウさんの表情はとても柔らかかった。



「ねぇ、なんか『悪食』って名前は怖いけど、良い感じのクランだね」


「あぁ。怖い人たちじゃなくて、本当に良かったわ。あと、『悪食』のランチが食べれるって言うのも最高だよな」


「そうね。グルメ系の、しかもSランクのクランが作るランチですものね。楽しみだわ」



 俺と瀬那が『悪食』ランチを楽しみにしていると、黒衣が「うぅ〜」と唸って「わ、私だってもっと美味しい料理を作れますもん」と頬を膨らませている。

 慌てた俺たちは、黒衣にいつもの感謝を思いっきり伝えて、なんとか機嫌を戻してもらった。


 その後俺たちは、『悪食』の皆さんと一緒に10分ほど歩くと巨大なベースに到着した。



「『悪食』へようこそ」



 ショウさんはニヤリと笑って、俺たちを歓迎してくれた。

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