051:芽姫
「ところでさ、質問があるんだけど教えてくれるかな? えっとぉ、怪の国で暴れ回ってる人間ってあなたたち?」
そういうなり、少女の姿をした怪は隠世を展開して、俺を含めた滅怪を包み込んだ。
その中には美湖や真田さんたちも含まれており、彼らの視線は全て怪に注がれていた。
「総員隊列を組め! ここは各隊主要隊士が中心となって、その他隊士は援護をしろ! 分かったか!?」
「「「「「はい!!!」」」」」
柚羽の号令により、滅怪が素早く隊列を組んで目の前にいる怪と対峙をする。
「まさかこのタイミングで2等級の怪が現れるとはな……」
夏樹は額に汗を滲ませながら怪の様子を伺うが、こちらを舐めているのか、すぐに襲ってくる気配はなかった。
滅怪の2隊はその隙に素早く配置に着いて、芽姫の動きに警戒をしている。
「ドタバタ動き回るの終わった? あっ、そういえば自己紹介がまだだったね! 私の名前は、
芽姫と名乗った少女の怪は、赤黒いドレスのスカートの端を摘むと恭しくカーテシーをしながら頭を下げる。
その姿や仕草は完全に人間のようだった。
実際に滅怪の中には、顔を青褪めて身体が小刻みに震えている隊士もいるようだ。
しかしそれは致し方のないことだろう。
黒衣が言うには、芽姫は2等級の中でも上位に位置するくらいの霊装を持っているらしい。
そうなると自然に発せられる霊装のプレッシャーも相当なものがあるだろう。
もしこの場にレベルの低い者がいたら、このプレッシャーを浴びるだけでも気絶してしまうだろう。
「ねぇ。なんで最初に質問したことに誰も答えてくれないの? ここにいるんだったら殺さずに怪の国へ連れて行かないとなんだからさ! 早く教えてよ!」
芽姫は苛々したように、地面をドンドンと踏み鳴らしている。
『ねぇ。これって詩庵のことだよね?』
『あぁ、間違いなくそうだろうな』
『滅怪にあの怪は倒せません。それでしたら、我々が名乗りをあげて、怪と戦うのが一番良いのではないでしょうか?』
『俺もそう思う。流石にあの怪と美湖を戦わせるわけには行かないからな……』
滅怪たちの方を見ると隊列が組み上がっていた。
美湖は隊長と横に並んで他の隊士たちよりも前に位置している。
おそらく前に位置している隊士たちが、主要戦力なのだろう。
美湖以外にも以外にも真田さんや秋篠、北条のクラスメイトたちも主要戦力に選ばれているようだった。
このままだと、あの4人が2等級の怪とやり合うことになるのだろう。
ぶっちゃけ何か秘策がない限り、10分程度で滅怪は全滅してしまうと思われる。
流石に負けが決まっている戦いに、美湖に挑ませるのは流石に心苦しい。
秋篠たちは別にどうでも良いのだが。
「俺だよ。怪の村を襲ったり奴隷を解放させてるのは俺だ」
俺が芽姫に向かって声を掛けると、「あはっ」と嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらを見てくる。
「黙ってろ! お前は我々の後ろで戦いを見守っていれば良いんだ!」
「柚羽さん申し訳ないけど、本当のことなんだよね。だからさ……柚羽さんたちが引いて黙って俺の戦いを見ててくれよ」
「くっ、そんなこと――」
「まぁ待て、柚羽。黒が殺られそうになったら俺たちが入れば良いだけだ。それに、俺たちでも2等級の怪に勝てる保証なんてないんだからな……」
「そうだよ。あなたたちは退いててくれるかな? あいつが本当に私が探してる人間なら、捕まえて怪の国に連れて行かないとダメなんだから」
芽姫は徐に腕を左右に思いっきり広げると、突風が巻き起こって滅怪の隊士が吹き飛ばされてしまう。
隊長含めた主要隊士は流石というべきか、なんとか耐えることができたようだが、それでも2等級の怪とは力の差が歴然であることが証明されてしまった。
滅怪を左右に散らした芽姫は、ゆっくりと俺の元へ歩いて来る。
その歩みを滅怪の隊士は誰一人として止めることが出来ない。
先ほどまで俺に強気の発言をしていた柚羽さんですら、体を硬直させて怪のことを睨みつけることしか出来なかった。
それは別に彼女たちが弱いからという理由だけではない。
今の芽姫からは先ほどよりも強いプレッシャーが発せられているためだ。
先ほどまで耐えることが出来ていた滅怪の隊士も、そのプレッシャーを浴びて膝をついてしまう者もいた。
このようなプレッシャーを至近距離で受けて、怪のことを睨みつけることができるだけでも柚羽さんは凄いのだ。
ちなみに、プレッシャーが増したといっても、霊装の出力が先ほどよりも強まったわけではない。
怪は常に100%の霊装を出しているので、この状態からさらに強めることは出来ないのだ。
では、何が変わったのか。
それは、芽姫のプレッシャーの中に、殺気が込められたのだ。
先ほど芽姫は生きて怪の国に連れて行くと言っていたが、この殺気からすると別に生死はあまり重要視していなそうだった。
恐らく生きてたらラッキーくらいの感じなのだろう。
「本当にお兄さんが私が探してる人間なのかな? あんまり強そうには見えないけど、戦ってみたら分るよね? 生きてたら仲間が何人いるのかとか色々と教えてくれると嬉しいな」
キャピッという効果音が空目するくらい、無邪気な感じで芽姫は俺に話し掛けてくる。
はっきり言って戦いにくい。
だって見た目は完全に小学生くらいの少女なんだよ?
しかし、この霊装の圧力や殺気は少女に出せる者ではない。
見た目に騙されずに、目の前の怪を屠ることだけを考えなくては自分が死ぬだけだ。
そして俺が死ぬと黒衣や瀬那、そして美湖まで死ぬことになるんだろう。
それは許し難いことだった。
「じゃあ、私も武器を出すね」
芽姫は「うんしょっと」と間抜けな掛け声を出しながら、自分の腹に腕を突っ込んでハルバートを取り出す。
ハルバートとは、槍のように長く、その先端に戦斧がついた武器だ。
この武器の恐ろしさは、斬ったり突いたりするのはもちろん、断つや払うなどの様々な攻撃が可能なところだろう。
しかし、その分扱いにくく、相当の手練じゃないとまともに使用することはできない。
「んふふぅ。かっこいいでしょ? じゃあ、行くよぉ! 一発で死なないようにね」
ハルバートを高々と持ち上げると、凄い勢いで振り回してきた。
前後左右と激しく振り回されるハルバートは、まるで嵐のようだった。
この嵐を掻い潜り、芽姫の懐に潜り込まない限り俺には勝ち目がない。
これが人間相手だったら持久戦に持ち込むのだが、体力低下を怪に期待することは出来ないだろう。
だとすればどうしたら良いのか。
結論はただ一つ。
真正面から撃ち合って、ハルバートを叩き落とせば良いのだ。
めちゃくちゃ脳筋な発想ではあるが、我武者羅に振り回しているだけに見せかけて、その実全然隙がないのだから仕方がない。
俺にも秋篠の兄貴の夏樹さんのような飛び道具があれば話は変わってくるんだがな。
実は黒衣と一緒に必殺技の開発をしていたのだが、それも至近距離の攻撃しかなく霊装を飛ばすような離れ業が未だにひとつもないのが現状だった。
「ほらほら! どうしたの? 逃げてばかりじゃ楽しくないよ」
無邪気な笑顔で煽ってくる芽姫のハルバートは、遠心力が加わり更に勢いを増していく。
『黒衣、瀬那。全力の霊装を防御に回してくれ』
『はい!』
『わかったよ、詩庵』
黒天と白光の刀身に先程よりも強い霊装を纏ったことを感じた俺は、ハルバートの内側に入るために正面から受けに行く。
ガギィン…ゴン…ガンゴン……
ハルバートの衝撃を正面から受けても、霊装を纏った黒天と白光は折れることなかった。
しかし、芽姫の力があまりにも強すぎて、このまま受け続けていると、腕が先にダメになってしまいそうだ。
その前に芽姫の懐まで入り込む必要があるのだが、回転があまりにも早くてなかなか入り込むことができなかった。
だが、俺がハルバートを受け続けていると、芽姫の攻撃が徐々に雑になってきたのだ。
「なんで! なんで当たらないのよ!」
今までの敵はハルバートの一振りで簡単に倒してきたのだろう。
しかし、何度打ち込んでも細い刀で弾き飛ばされてしまうことに、芽姫は明らかに苛立っているのが伝わってくる。
「もうその刀ごとへし折ってやるんだから!」
芽姫はハルバートを背負うように持ち上げると、勢いをつけて真上から振り下ろしてきた。
振り下ろしの速度は先程よりも上がっていて、掠るだけでもそこから先の部位は綺麗に切り落とされてしまうだろう。
だが、詩庵にとってはただの速いだけの斬撃だ。
動きが読みやすいうえに、初動が遅いため簡単に躱すことが出来るのだ。
「死ねぇぇぇぇえええ!!!!」
叫び声が隠世の中に響きわった。
しかし、その一撃を難なく躱して、左腕に持った白光を怪の肩口に振り下ろす。
「くっ……」
ギリギリのところで白光を躱すが、掠っていたのか苦しそうな呻き声を上げながら、たたらを踏んで後方へ下がった。
肩口を抑えながら憎々しげな目をこちらに向けて「わ、私に攻撃するなんて酷い!」と頓珍漢なことを言い出した。
「もう許さないんだから!」
芽姫が叫ぶと、再び腕を腹に突っ込んで、中から2本目となるハルバートを取り出した。
まさかそんな大物の二刀流をするとは思わなかった俺は、目の前の事実に驚いてしまう。
だが獲物が増えたとしても、やることは変わらない。
懐に潜って怪を両断する。ただそれだけだった。
しかし、2本となったハルバートの脅威を俺は読み誤っていた。
左右から別のタイミングや角度、速度で襲い掛かってくるハルバートを完全に回避するのは至難の業だのだ。
徐々に反応が遅れてきて、至る所に傷を負ってしまう。
しかも、芽姫の技は振れば振るほど遠心力が加わり、威力も速度も上がっていくのだ。
どう考えても現時点で潜り込めないのに、さらに鋭くなるハルバート掻い潜って懐に入るのは難しいだろう。
それでも天下一刀流の技を使えば、ハルバートを掻い潜り芽姫を倒すことは不可能ではなかったと思う。
しかし、その太刀筋を見せてしまうと、美湖に黒が俺のことだとバレてしまう可能性が高いため使うことは出来ない。
そうなると残る手段は葬送しかなかった。
正直滅怪の前で切り札の葬送神器をするのは避けたいところだったが、この状況でそうも言ってられないだろう。
芽姫から距離を取ると、俺が逃げたと思ったのかニヤリと笑って「もう終わりかな? じゃあ、もう死んじゃってよ!」とハルバートの勢いをさらに上げて俺にゆっくりと近付いてくる。
そこからさらに俺は後ろに飛び退いて間合いを広げた。
「芽姫。勘違いするなよ。勝負はここからだ!」
俺は一度息を大きく吐いてから、意識を白光に注いだ。
「葬送神器――――白夜光斬!!!」
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