052:消失

「な、なんだこの霊装は!? なぜあいつが神器を持っているんだ! しかも光輪眼、だと……」



 芽姫の後方で俺たちの戦いを見守っていた滅怪の誰かが、俺が葬送神器をしたことに驚いていたようだった。

 そして、光輪眼という聞きなれない言葉まで聞こえてくる。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 今は目の前にいる芽姫を叩っ斬ることだけに意識を集中させるんだ。


 葬送神器を行ったことで今の俺の霊装は140%の出力になっている。

 俺の霊圧を間近で受けた芽姫は、顔を顰めながら苦しそうにしていた。



「な、なんなのよ! なんで人間のクセにそんな力があるのよ!」



 芽姫は恐怖と怒りが籠った目を向けて叫んで来たが、ハルバートの勢いは逆に増していった。

 先ほどまでは不規則に動くハルバートに困惑していたが、白夜光斬の前では意味をなさない。


 白夜光斬……というよりも、瀬那自身の能力に寄るところが大きいと思われるのだが、葬送をすることで1秒先の未来を視ることができるのだ。

 これは白夜光斬を使った状態で、黒衣と何度も立ち会いをしている際に気付いたことだった。


 最初は黒衣の打ち込みがブレて見えて、自分の目がおかしくなったのかと思った。

 しかし、徐々にブレと実際の動きが、時間差で全く同じ動きをしていることに気付いて、未来視は白夜光斬の力だと確信をしたのだ。


 ただ、白夜光斬にもデメリットはある。

 それは相手に与えるダメージが、白光の状態よりも軽減してしまうのだ。

 未来視はかなりの霊装を消費するために、その分攻撃力や防御力を犠牲にしなくてはならない。

 そのため葬送を唱えた段階では140%くらいの霊装を攻撃などに回せた霊装も、未来視を使用することで80%ほどしか攻撃に回すことが出来ない。


 恐らくこの程度では芽姫のことを倒すことは叶わないだろう。

 そのため懐に入ったらすぐに未来視を切って、攻撃する必要があった。

 たとえ一撃で倒せることができなくても、間合いを取らせずに屠るまで全力で斬りつければ問題ない。



「当たらない……。私の攻撃が当たらないよぉ!」



 芽姫は涙目になりながら、我武者羅にハルバートを振り切ってくるが、未来視を持つ俺には通用しない。

 嵐のように襲い掛かってくるハルバートを、1分ほど躱し続けるとある程度のパターンが見えてきた。

 そして、未来視と予測が合致した隙をついて、ついに芽姫の懐に入り込むことに成功した。

 その瞬間俺は未来視を解いて、全ての霊装を白夜光斬と黒天に注いで、芽姫に向かって刀を振り下ろす。

 それを必死に芽姫が受けることになり、完全に攻守交代した形になったのだ。


 芽姫は最初こそなんとか攻撃を防ぐことが出来ていたが、徐々に対応が追いつかなくなってきて身体を何箇所も傷付けることになった。

 怪には痛覚がないので、痛みを感じることはないが、傷を負うたびに霊装が弱まり自身の弱体化へと繋がってしまう。

 そのため攻撃を受ける度に反応が遅れてくるのだ。


 よし、この一振りで決める!

 そう思って刀を振り上げると、芽姫の身体が激しく震え始めた。



「くっ……くそぉぉぉぉ!!!!!」



 叫び声を上げたそのとき、芽姫の身体から赤い霊装が噴出して俺の視界を奪った。

 俺は芽姫からの攻撃を警戒して、再び白夜光斬の未来視を発動させる。

 しかし、いつまで経っても芽姫が襲い掛かってくることはなかった。

 それから少し経つと霊装が霧散していき、徐々に視界が広がってきた。



「は? 現世に戻ってきたのか?」



 俺の目に映ったのは、慣れ親しんだ日国の風景だった。



『黒衣。芽姫って怪はもうここにはいないのか?』


『はい。ここから霊装の気配を感じません。――というよりも、現在この付近で霊装を纏っているのは、我々と滅怪以外にいなそうです』



 怪は性質上霊装を抑えるということが出来ないのだが、黒衣の霊装感知に引っかからないというのはあり得なかった。



「どういうことなんだ!?」



 少し離れたところから、滅怪の柚羽さんの声が聞こえてきた。

 そういえば、滅怪の隊士たちもいたんだよな、ということに今更ながら気がついたのだ。

 どうやらあちらも状況が掴めていないらしい。

 ここに留まっているとまた絡まれそうなので、距離が離れているこのタイミングでさっさと逃げた方が良いだろう。

 まだ葬送も解除してないし、今全力を出したら誰も追いつくことは出来ないだろうしな。


 俺は滅怪の中にいる美湖を見ると、呆けた表情でこちらを見ている。

 そんな美湖に秋篠が近寄り肩に手を置くと美湖に対して何か話し掛けていた。

 この2人の姿を見ていると、腹の底からグツグツと煮えたぎるように怒りが湧いてくる。


 俺はそんな自分に嫌悪しながらも、滅怪が混乱しているうちに、飛び立とうと後ろを向いた。

 すると背後から「黒、待て!」という声が聞こえてくる。

 だが、そんな言葉に従うほど馬鹿ではないので、聞こえないふりをしてさっさとこの場から立ち去った。


 俺の居場所を知っていたかのように現れた滅怪。

 そして、その中にいた美湖とクラスメイトたち。

 他にも消えてしまった2等級の怪の行方も気になるし、今回は後味の悪く、シコリが残る戦いとなってしまったな。




 ―




 家に帰ってきた俺たちは、早速今日の反省会を行うことにした。

 もう夜も遅いので凛音をリアルで呼ぶことが出来ないので、チップのバーチャル空間『フロンティア』にある俺の部屋にみんな集まることにした。

 フロンティアの中ではアバターを使うのが一般的になっているので、この中での俺の姿は熊の着ぐるみを着た熊の姿をしている。

 初めてこの姿を凛音に見せたとき、「意味が分からないよ」と引かれたあの日が懐かしい。



「じゃあ、今日の出来事をまとめよう」


「うん。だけど、フロンティアに集まるくらい緊急なのって珍しいね」と、カメレオンの着ぐるみを着た女の子姿の凛音のアバターが口を開いた。

 カメレオンの着ぐるみを選ぶセンスは、人のことを言えないと思っているのは俺だけじゃないはずだ。


「ちょっとね……今日は色々あったのよ」と、ウサギの着ぐるみを着た面白みのない……ゲフンゲフン。可愛い姿のアバターは瀬那だ。



 ちなみに黒衣はアバターを作る能力が著しく欠けていたので、凛音プロデュースで鮭の着ぐるみを着せられている女の子姿になっていた。



「私が簡単にまとめさせて頂きますね」



 鮭の着ぐるみ姿で真面目トーンで話されても、絵面がシュールなので頭にあまり入って来ないが、黒衣は至って真剣なので頑張って集中して話を聞く体制を取った。

 しかし、凛音と瀬那はそんな黒衣の姿を見てプルプルと肩を震わせている。



「ん〜〜〜〜! そんな風に人のことを笑うのでしたら、もう説明とかしませんからね!」


「ごめんごめん! だって黒衣ちゃんのアバターが可愛すぎて」


「そ、そうよ? 黒衣ちゃんのことを笑ったわけじゃないんだからね」



 そう言いながらも、2人の肩が小刻みに震えているのを俺は見逃さない。

 その後不貞腐れる黒衣に、リアルドーナツをあげると「まむまむ」と美味しそうに食べ始めた。

 黒衣は本当にドーナツが好きだよな。

 俺は黒衣に「食べながらでもいいから、今日のまとめを頼む」というと、口にドーナツを頬張りながら俺たちに説明をしてくれた。



「ま、まさか、久遠さんや真田さんたちが滅怪だったなんて……」



 クラスメイトとして、凛音にとってもこの情報はかなり衝撃だったのだろう。

 だが、4人の関係性は気になるところではあるが、俺たちの活動を軸に据えた場合はさして大きな問題ではない。

 それよりも、滅怪が俺たちのことを狙って来たと思われることの方が大問題である。



「多分なんだけど、私がやってたようなことを滅怪側もしてたのかも」


「どういうことだ?」


「私もさ、怪が現れてから滅怪が来るまでの大凡の時間や、どの方角から来ているかっていうのをしぃくんに聞いて、滅怪の本部があるであろう場所を割り当てたじゃない? それと同じことも多分滅怪側もやってたってことだよ」



 確かに滅怪も俺のことを認知している。

 だが、まさか俺のことを黒と名付けて、さらに包囲網を敷いてくるとは思いもしなかった。

 滅怪は俺のことは怪のついでみ見つけるくらいのモチベーションだと思っていたのだが、まさかここまで本気で探していたとは……。



「だけど、滅怪もしぃくんの行動を、完全に把握しているわけじゃないと思うよ」



 凛音が言うには、今までは一定の方角から怪の元に滅怪は来ていたのだが、ここ最近は方角がバラバラになっているとのことだった。

 そして、今日詩庵が滅怪に包囲されたことで、滅怪の目的に凛音は気付いたのだという。


 滅怪の目的。

 それは俺の確保だった。



「多分だけど、滅怪って結構大きな組織だと思うんだよね。だから、斥候みたいな役割を持つ人もたくさんいるんだと思うの。そういう人たちが杜京中に散らばって監視をして、滅怪の隊士たちは街を巡回してるって感じだと思うんだよね」


「その斥候が俺たちを見つけて、付近にいた滅怪の隊士が俺たちを包囲したってことか」


「うん。私の予想だとそんな感じだよ」


「じゃ、じゃあさ、これからは怪と戦うときどうしたらいいと思う? 今までは早く着いて怪を待ってたじゃない? それをしたら滅怪に見つかる可能性が高いってことよね?」



 瀬那は慌てながらこれからのことについて聞いてきた。

 恐らく、自分のアイデンティティの一つである、怪の予知が必要なくなるとでも思ったのだろう。

 普段はお姉さんぶっているのに、実際は一番甘えん坊で涙脆いことを全員が知っていた。



「ううん。瀬那ちゃんの予知はこのクランにとって最重要って言っても過言じゃないし、これからもみんな頼りにしてるよ」


「はぁ……。良かった。私のせいなのかもってちょっと思っちゃったから」


「瀬那のせいな訳がないだろ! もし滅怪とまた遭遇したとしても、俺が何とかしてみせるから安心しろって」


「そうですよ、瀬那さん。いつも助けられてますよ」



 みんなから優しい言葉を掛けられた瀬那は、「良かったよぉ」と言いながら俺に抱き着いて来た。

 フロンティアのアバターではなく、リアルでだ。



「せ、瀬那! きゅ、急に抱き着いてくるなよ」


「ちょっと瀬那ちゃん! それは流石にズルイと思うんだよね!」


「えぇ、とてもズルイです。――だから私も……」


「あぁ〜〜! 黒衣ちゃんまでズルいよ! ハレンチ反対だよ!!!」



 黒衣まで瀬那に便乗して抱き着いてきて、凛音は更に大きな声を上げた。

 そして凛音はそこからピタリと何も発さなくなった。


 ――うん。怖い……。


 取り合えずこのままではMTGができないので、俺が2人を剥がそうとしていると、ずっと静かにしていた凛音のアバターが動き出して「しぃくんのバカー!!!!」と言いながら華麗な右ストレートを俺に向かって繰り出してくる。

 アバターなので痛みはないが、このカオスな状況を打開する術を誰か教えてください……。



「ミ、ミーティングの続きをさせてくれぇ……」



 絞り出すように出したこの願いは、5分後に叶えられることになる。

 しかし、お怒りモードの凛音を鎮めるのにさらに10分の時間を消費するのだった。


 やっとMTGを再開できると思ったが、怒りのおさまった凛音からまさかの提案が来た。



『しぃくん! 罰として私たち1人ひとりとデートしてもらいます!』

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