042:ポーター
新ダンジョンの虚無が発表されてから、約3週間ほど経った水曜日の夜に清澄の波紋のメンバーは、ハンター協会の本部にある会議室に座っていた。
「し、詩庵。私たちはなんでこんなところに呼ばれたのかしら?」
「私たち悪いことまだやってないよね?」
「凛音、俺たちはまだじゃなくて、これからも悪いことやらないから!」
「で、でも私は……」
確かに凛音に関してはハッキングを始めとする行為がバレたらかなりヤバイことになるだろう。
だが、今はハンター協会にはアタックしてないだろうし、今その件で呼ばれることはないと思う。
ハンター協会にパーティやクランが呼ばれることは珍しいことではない。
しかし、それはトップランクに限る話だ。
俺たちみたいに、つい最近Gランクに上がったばかりのクランが呼ばれるなんて滅多にないことだった。
全員でソワソワしながら会議室で待っていると、40代だと思われる男性と女性が入ってきた。
「急に呼び出してすまんね。俺はハンター協会で本部長をしている
笑顔でそう語る男性が口にした名前を聞いて、俺はあまりの衝撃に体が固まってしまった。
何を隠そうこの2人は、かつてSランクパーティ『
突然パーティを解散したときはニュースにまでなったビッグネームなのだが、まさかハンター協会の本部長をしているとは思わなかった。
「どうやらその反応を見ると、俺たちのことを知ってくれていたみたいだな。まだ俺たちのことを覚えてくれている人がいて嬉しいよ」
「ハンターを志す者ならあなたたちのことを知らないはずがないですよ」
「ははは。そこまで言われると照れてしまうよ。――さて、じゃあ今日わざわざ足を運んでもらった説明をしようかな」
そう言うと、ニコニコと人好きのする笑顔は消えて、駒澤さんは真剣な顔付きで俺たちの顔を見回した。
「実はな、君たちが発見した虚無の調査を改めてすることになったのだが、その調査団の中に『清澄の波紋』にも参加してもらいたいと考えている」
「え? 虚無はAランクのダンジョンに認定されたんですよね? それなのに俺たちが参加してもいいんですか?」
「あぁ。まぁ、参加とは言っても、ポーターとして調査に帯同してもらいたいんだ」
ポーターとは戦闘をメインとせずに、主要メンバーのサポートが仕事になる。
例えば、倒した魔獣の回収負傷したメンバーの治療、それ以外にも陣地の設営などが主な仕事だ。
――なるほど。
確かに高ランクのパーティに、低ランクのパーティが帯同してポーターの役割をすることはあると耳にしたことがある。
しかし、高ランクのダンジョンに潜るというのは、それだけで高いリスクが伴ってくるので、低ランクとはいえそれなりに力のあるパーティなどが選ばれることがほとんどだった。
「分かりました。ですが、本当に俺たちで良いのですか?」
「あぁ、君たちのことは見ていたよ。一度も失敗することなく、Gランクまでなったことも知っている。そして、あと一回Gランクのダンジョンを踏破したら上に上がることもね」
「そこまで知ってくださっていたのですね。ありがとうございます」
「今回は帯同してもらうAランクパーティからの推薦だったこともあるしな。あと、君たち以外にもあともう一組のパーティも帯同してもらう予定だ」
「そうでしたか。俺はポーターとして参加させてもらうことに問題はありませんが、みんなはどうかな?」
俺はそう言うと、クランメンバーの顔を見回した。
目が合うとみんなは力強く首を縦に振って、帯同することに同意してくれた。
「俺たち『清澄の波紋』は、今回のクエストの帯同に参加させて頂きたく思います。このような機会を下さりありがとうございます」
全員で駒澤さんに向かって頭を下げる。
「うん。君たちは全員良い子たちだね」
「本部長。子供扱いしたらダメですよ」
今まで口を開かなかった明神さんが、俺たちを子供扱いした駒澤さんのことを嗜める。
「あぁ、そうだね。みんなすまなかったね」
「気にしないでください。お二人に比べたら子供なのは間違いありませんから。それより、今回我々がポーターとしてサポートするパーティはどちらなんですか?」
「今回のメインはAランクパーティの『紅蓮』と『猪突猛進』で、10階層までの案内として『マッドティーパーティー』が参加することになっている。君たち以外のポーターはまだ決定していないが、同ランクくらいのパーティだと思ってくれていいぞ」
Aランクパーティの中でも勢いがあると言われている『紅蓮』と『猪突猛進』と一緒にダンジョンに潜ることができるのはとても嬉しいことだった。
Aランクの上にはSランクがあるのだが、決して力が劣るということではない。
ハンター協会への貢献度などが足りていないだけで、力はSランクに匹敵するパーティやクランばかりなのだ。
それもあり、通常自分たちのランクと同じダンジョンにしか潜れないが、AランクのパーティやクランはSランクのダンジョンにも潜ることができる。
詳しい説明は後日全員が揃った時に行うということになり、軽く雑談した後に俺たちはハンター協会を後にした。
「しぃくん。これはチャンスだね!」
「あぁ、Aランクハンターの戦い方を見れるのは、俺たちにとってプラスになるだろうな」
「そうですね。彼らの強さを知ることで、現時点の私たちの力が日国でどれほどなのかが分かるでしょう」
「まぁ、詩庵や黒衣ちゃんより強い人がいるなんて、私には想像できないけどね」
「今回はポーターでの参加だし、俺たちは先輩たちに色々と学ばせてもらおうな。正直連携とか全然拙いしな……」
そう。俺たちはなまじ個の力が優れている分、連携して戦う術がまだほとんどないのだ。
なんせ俺たちのランクの魔獣と戦っても、一撃で倒せてしまうからな。
なので、Aランクパーティの戦い方をこの目で見ることができるのは、俺たちの今後にとって大きなプラスになることは間違いないことだった。
―
そして後日、俺たちはまたハンター協会に呼び出されて、ポーターとして帯同するクエストの詳細を聞きに向かった。
会議室のドアを開けると、そこにはすでに全てのパーティが揃っていた。
会議室を見回すと、ほとんどのパーティが俺たちに対して歓迎の目線を向けてくれているのだが、ある一角からは敵意のような鋭い視線を向けられている。
それは今回俺たちと一緒にポーターとして参加する『龍の灯火』のメンバーから向けられるものだった。
今回俺たちと一緒に帯同するパーティが『龍の灯火』だと知ったときは、流石に俺もしんどいなって思わざるを得なかった。
まぁ、あっちだって一応プロ意識はあるだろうし、ダンジョンに潜ったら変なことはしてこないとは思うが、それでもやりにくいことには間違いないだろう。
現に今だって敵意剥き出しの視線を俺たちに向けてきてるしね。
「よし。全員揃ったな」
俺たちが席に座ると、ハンター協会本部長の駒澤さんが口を開いた。
「今回君たちには、最近発見されて現在暫定でAランク指定されている虚無の調査をしてもらいたい。調査期限は特に設けていないが、君たちには行けるところまで頑張ってもらいたいと思っている。――『龍の灯火』と『清澄の波紋』のメンバーはまだ高校生だが、学校へはこちらから説明をしているので欠席扱いにはならないから安心してくれ」
駒澤さんは俺たちの帯同が決定してから、すぐに学校へ連絡して条件調整をしてくれたようだった。
「では、今回のクエストのリーダーパーティの『紅蓮』リーダーの
名前を呼ばれた炎夏さんは、席を立って駒澤さんの隣に腰を下ろした。
「『猪突猛進』以外は初めましてだな。俺は『紅蓮』のリーダーをしている炎夏だ。今週の土曜日から、前回『マッド』のみんなが調査してくれた虚無の再調査を行いたいと思う。最初に俺の方から今回のプランを説明するから、質問は最後にもらえると嬉しい」
炎夏さんは俺たちの顔を見渡すと、問題ないと判断したのかクエストのプランを説明し始めた。
まず、今回はあくまで調査であること。
もし踏破できるようならそれで問題はないが、無理をして進む必要はないとのことだった。
だが、出来る限り進まないと調査にならないので、『紅蓮』と『猪突猛進』は最初は戦わずに10階層までは『マッド』に任せたいということだ。
この要請に『マッド』は快く了承をする。
そして、今回ポーターの役割を任されている俺たちと『龍の灯火』は、戦闘には参加せずにサポートに徹してほしいということだった。
このことは事前に駒澤さんから聞いていたので、俺たちには全く問題はない。
「簡単だったが、こんな感じだ。何か質問はあるか?」
「はい。質問というよりも、お願いなんですが良いですか?」
「おう。『龍の灯火』の優吾だったな。気兼ねなく言ってみてくれ」
「ありがとうございます。――今回俺たちはポーターのみってことですが、やれるところまで俺たちにも戦わせてもらえないでしょうか? その方が『マッド』の皆さんも体力を温存することが出来ると思いますし」
「あ〜、そういうことか。戦いたい気持ちは分かるけどな……」
炎夏さんはそういうと『猪突猛進』のリーダー猪新さんに目線を送る。
目線の先にいる猪新さんは「低階層だったら俺たちもフォローできるしいいんじゃね?」と軽い感じで答えた。
「じゃあ、第一層目にいるコカトリスとの戦いを見せてもらってから判断することにする。『龍の灯火』はFランクだしコカトリスなら大丈夫だろ」
「ありがとうございます!」
「んで、『清澄の波紋』はどうする?」
「俺たちはまだGランクですし、ポーターに専念させてもらいます」
俺の答えに炎夏さんは頷くと、「じゃあ、当日に備えてしっかりと準備をしておいてくれ。ポーターの2組にはそれぞれ用意してもらいたいものがあるから、自分たちのだけじゃなく、そっち準備も頼むな。駒澤さんは何かありますか?」
「いや、特にない。だが、誰一人欠けることなく無事に
こうして虚無の調査MTGは終了をした。
俺たちは購入リストを炎夏さんから受け取って、買い物をしてから帰宅しようとすると、優吾たちから声をかけられた。
「詩庵たちも呼ばれたって聞いたときは驚いたが、どうやって媚を売ったんだ?」
「……媚なんて売ってる訳ないだろ?」
「じゃあ実力で呼ばれたって思ってるのか? まぁ、それはどうでもいいが、俺たちはこのクエストでもっと上に行ってみせる。だから俺たちの足を引っ張るようなことだけはするなよ」
「あぁ、最善を尽くすよ」
優吾たちと同じダンジョンに入るのか。
まぁ、優吾と花咲さんからしたら、役立たずの俺の姿しか見てないし、足を引っ張るなって思うのも当然といえば当然だろう。
一年経ってもレベル1から上がらなかった奴が、半年足らずで神魂が発動して霊装を纏って戦っているなんて思いもしないだろうしな。
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