043:優吾の実力と天斬の価値
ついに虚無の再調査当日がやってきた。
俺たちは約1ヵ月ぶりに虚無の入り口に立っている。
「よし、みんな揃ってるな。では、これから暫定Aランクダンジョンの虚無の調査を始める。第一階層は、『龍の灯火』から要望があった通り彼ら中心に戦ってもらうことにする。もし次も大丈夫だと判断したら、行けるところまでやってもらうからそのつもりで頼むな」
「はい! ありがとうございます!」
「よし、では先導として『マッド』が先頭で、次に『龍の灯火』が続いてもらう。戦闘になったときは、位置を変えてして優吾たちが戦ってくれ」
「分かりました」
「うん、了解だよ」
優吾と『マッド』のリーダーアリスさんが、炎夏さんの言葉に首肯する。
「よし、その次は俺たちでその後ろに『清澄の波紋』。そして、殿は『猪突猛進』に頼むな」
配置も決まったので、アリスさんを先頭にして俺たちはダンジョンの中に入っていく。
俺は優吾の後ろ姿を見ながら、俺がいた頃よりも遥かに強くなっていると思った。
それはもちろん花咲さんと学も同様だ。
残り2人いるのだが、優吾の隣を歩いている剣士みたいな奴が、俺の代わりに入った男で、そのすぐ後ろにいる女性が雪宮さんの代わりってところか。
彼らの名前は音也と聡美ということを自己紹介の時に聞いていた。
彼らも優吾に負けじと劣らず強そうな雰囲気をしている。
正直俺たちに対する態度から思うところがあるのだが、彼らはSランクパーティになるために必死なのだろう。
そうじゃなければ、高校に通いながらFランクまで上がるなんてなかなか出来ないことなのだから。
そんなことをぼんやりと考えていると、アリスさんが奥にコカトリスが3体いるのを確認した。
その知らせを聞いた炎夏さんは、優吾の肩をポンと叩いて「お前たちの実力を見せてみろ」と声を掛ける。
優吾は「任せてください」と言うと、誰よりも早くコカトリスの元へ向かって走り出した。
優吾の武器は当時と変わらない、両手持ちのロングソードだった。
しかし、武器の性能は段違いだろう。
優吾はオーラを纏っているからか、普通の人に比べてかなりの速さでコカトリスの元へ辿り着いた。
途中で優吾の存在に気付いたコカトリスだったが、迎撃体制が整わないうちにロングソードで両断されてしまう。
そして、優吾に次いでコカトリスの元に着いた音也が、鋭い太刀筋でコカトリスの首を斬り落とす。
2体連続で倒されたコカトリスだったが、残った1体がロングソードを振り下ろした優吾に向かって鋭い爪を持つ足で襲い掛かろうとしたが、学が盾でその攻撃を防ぐ。
そしてバランスを崩したコカトリスの首元を花咲さんが槍で体を突き、聡美さんが頭蓋骨を肘で砕いた。
俺は流れるような連携に正直驚きを隠せなかった。
それは上位ランクの炎夏さんたちも同様だったらしく、「おぉ」と感嘆の声を漏らしている。
優吾たちが『これくらい余裕ですよ』という感じの表情で戻ってくると、炎夏さんたちが「お前たちやるな。この感じだと次の階層も任せられそうだな」と肩をバンバン叩きながら褒め始めた。
俺が少し離れたところでその光景を眺めていると、優吾がこちらを見ながらドヤ顔してきた。
「ぐぬぬぬ。なんか苛々してしまうのは、私の未熟さ故なのでしょうか?」
「ううん。大丈夫よ、黒衣ちゃん。私もかなりイラッとしてるから」
2人がイラッとする気持ちは分かるが、ダンジョンに入ってまだ30分である。
下手したら何日も一緒にいることになるのに、こんなにも苛々してたら気疲れするだろうに……。
「まぁ、落ち着けって。優吾たちの動きを見て、確かに以前より強くなってるけど、正直俺たちとは比べるまでもない実力だっていうのが分かったんだし、大きな気持ちでいようぜ。それより、あいつらの連携は凄かったから、しっかりと吸収してパーティとしても強くなっていこうな」
「さすが詩庵様ですね。その通りです!」
「なんかいつも詩庵に諌められてなんだか悔しいわ。私の方がお姉さんのはずなのに……」
再び『マッド』を先頭にして、第二階層目を目指して歩き始める。
すると、『龍の灯火』メンバーの音也が俺のところに来た。
「なぁ、お前が腰に下げてる刀って天斬って本当なのか?」
まさか音也が天斬のことを知っているとは思わなかったので、普通に驚いてしまった。
「よく知ってるな。俺だけじゃなく、うちのメンバーが持ってる武器は全て天斬に打ってもらったんだ」
「滅茶苦茶な難題を吹っ掛けてきて刀を打たせてくれないって評判の天斬にどうやって取り入ったんだ?」
「いや、その滅茶苦茶な難題をクリアしただけなんだが」
「ははっ、嘘付くなよ。優吾から聞いてるんだが、お前レベル1から上がってないんだろ? 上がったとしても俺たちほどではないだろうし。そんなお前がどうやったら難題をクリアできるんだよ?」
音也は最初から俺を見下して話し掛けて来ていたのは話し方で気付いていたが、まさかここまでストレートに言ってくるとは思わなくてさっきとは違う意味で驚いてしまう。
「俺とほぼ初対面なのになんでそんな酷いこと言えるんだ? 大丈夫か、お前? そんなに歪んだ思考してたらご両親が心配するぞ」
「う、うるせぇ! 親は関係ないだろうが!」
顔を真っ赤にさせて音也は怒鳴ってくる。
その反応を見た黒衣と瀬那が「プフッ」と噴き出すものだから、音也はさらに顔を真っ赤にさせて怒ってしまった。
すると俺たちの様子を見かねたのか、『猪突猛進』の猪新さんが俺たちの方にやってくる。
「恐らくだが、詩庵が言ってることは正しいと思うぞ」
「いや、だってこいつ今は分からないっすけど、つい最近までレベル1だったんですよ? そんな奴が天斬に刀を打ってもらえるなんて信じられないですよ」
「そうは言ってもな……。実は俺も以前天斬に刀を打ってもらえないかとお願いをしたことがあるんだ」
「え? そうだったんですか?」
俺はまさかここに天斬のところに行った人がいたことに驚いてしまった。
っていうか、天斬って相当有名な刀工だったのでは……。
全然知らなかったよ、俺……。
「あぁ、だけど全然ダメだったな。幹周が15mはあろう巨木を一太刀で斬れって言うんだぜ? オーラ全開で振ったけど全然だったわ。しかもその時愛用してた刀は刃毀れさせちまったし散々だったな……」
確かにあの巨木を一太刀で斬れる人などそうはいないだろう。
俺だって霊装を纏ってなかったら、天下一刀流を使ったとしても正直微妙だっただろう。
「い、猪新さんがダメだったら、こいつが斬れる訳がないじゃないですか! やっぱり天斬に何か賄賂とか送ったんですよ」
「あの人がそんなことで刀を打つ訳がないだろ。良い加減天斬の、貞治さんのことを悪く言うのはやめてもらおうか?」
「まぁ、落ち着け詩庵。だがな、音也。詩庵の言う通りだ。天斬は金とかで動く人じゃねぇよ。あの人が一本打つだけで、何千万って金が動くって言われてるくらいだからな。賄賂なんかで動くわけがないんだよ」
え?
あの人が打った刀ってそんなに高かったの?
俺の刀は無料だし、瀬那だって15万で颯を譲ってもらって、黒衣はオーダーメイドなのに鉄扇作るのが初めてだからって、1本10万で作ってくれたんだよ?
やべぇな。
本気で貞治さんに借りを返さなくては……。
猪新さんに論破された音也は、「ぐぅぅ……」と唸りながら俺のことを睨みつけてくる。
いや、俺だってまさか天斬がそんなに凄いって知らなかったから。
豪華絢爛な刀を打っても数百万レベルだと思ってたんだって。
――まぁ、それでも高額なのは間違い無いんだけどさ。
しばらく俺のことを睨んでいた音也は、「チッ」と舌打ちをしてパーティメンバーの元へ戻っていった。
「猪新さんありがとうございました」
「いや、気にすんなよ。だけど、天斬の刀を持ってるなんて本当に羨ましいな。いつか俺も打ってもらいたいぜ」
猪新さんは、「ワハハハ」と笑いながら元に戻っていった。
「し、詩庵。わ、私の刀ってじゅうごま――」
「瀬那、それ以上言うんじゃない。俺も絶賛混乱中だ」
天斬の衝撃の事実を聞いてしまった俺と瀬那は、頭が混乱してしまったが黒衣だけが「詩庵様の持つ刀です。それぐらいの価値があって当然です」と平常運行だった。
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