026:凛音の提案

 黒衣からの霊装講座が終わってから、俺たちは我が家で黒衣の手作りご飯を食べることになった。



「うぅ〜ん。やっぱり黒衣ちゃんの作るご飯は、どこのお店で食べる料理よりも美味しいよ」



 凛音は初めて黒衣の手作り料理を食べてから、すっかり虜になっていたのだった。

 うん。その気持ちとてもわかるよ。

 俺も黒衣の料理なしで今後生きていける自信なんて、もうすでにないのだから。



「ところでしぃくんってもうハンターの活動はしないの?」


「ん? ハンターランク上げたいとは思ってるんだけど、時間があまり取れないんだよな」


「そっか。実は私もハンター登録しようと思ってるの」


「いいじゃん! けど、凛音は戦えないって言ってたけど、どうやって活動するの?」


「そのことで相談があるんだけど、クラン作らないかな?」



 ハンター活動するときに、ソロとパーティ、そしてクランの3パターンがある。

 ソロは一人で活動をして、パーティとクランは2人以上の人が集まって形成されている。


 パーティとクランだが、複数の人が集まるところは一緒だが、簡単に違いを挙げるとすると、パーティが家族経営の個人商店で、クランは一般企業って感じだろうか。


 基本的にパーティは少数の固定メンバーで結成されるので、メンバーが頻繁に変わることはない。

 しかし、クランに所属するメンバーはソロで活動することもあるし、ダンジョンによってメンバーを流動的に変更して、最適化した状態で挑むのが一般的となっている。


 収入面では、パーティの方が良いこともあるが、それは高ランクのハンターに限る話だった。

 低ランクのハンターの場合だと、高額のクエストも受けられないし、直接クライアントから依頼が来るオーダーが来ることもほぼない。

 ダンジョンに潜ったとしても低ランク向けにしか入れないので、狩った魔獣も金銭面で大して評価されないので、ほとんどの低ランクハンターは、副業だったり学生の場合が多かった。


 ハンター1本で生きていくのは本当に限られた人しかいないというのが現実なのだ。


 しかし、低ランクのハンターでも、ハンターのみで生活する術は残っている。それは、クランに所属することだ。


 先程クランは企業のようだと説明したが、実際にその通りで、クランを結成するには法人登記をする必要がある。

 優秀な人材を集めるために、クランはビジョンやミッションを設定するし、組織図だってちゃんと作ってる。


 クランに所属できるのは、ハンター登録した人だけだが、全員が最前線で戦えるかといったらそうではない。

 組織作りが得意な人もいたら、広報が得意な人もいるし、武器を作るのが得意な人もいるのだ。


 そのためもし前線で戦う力がなかったとしても、バックアップするという形で貢献することが出来る仕組みになっていた。


 とはいえ、有名クランに入るのも大変なので、結局は誰だってハンターとして暮らせるというものではないのだ。


 ――なんか、言語化するとハンターという夢のある仕事が、一気に色褪せてしまうのがなんか悲しいな。


 そして、凛音の提案のクラン作りなのだが、1人でも2人でも実は組織すること自体は可能だ。

 しかし、クランを作るための手続きが面倒だし、法人税やらを支払わないとダメだしってことで、少人数で結成することはほとんどない。


 そのことは凛音も承知の上での提案なのだろう。だからこそ、凛音がなぜそういう提案をするのか不思議でならない。



「なんでクラン作りたいんだ? Jランクでのクラン結成なんて多分前代未聞だぞ?」


「しぃくんが本気でハンター活動したらランクなんてすぐに上がるから問題ないと思うの。あと、私はクランの結成をして欲しいと思った最大の理由は、情報閲覧の権限貸与なんだ」



 ハンターランクによって、チップアプリの『ハンターギルド』内で閲覧出来る情報が変わってくる。

 しかも、パーティのAランカーとクランのAランカーでも閲覧できる情報は変わるのだ。

 これは国からの『信用』による違いだ。


 パーティは言ってしまえば個人事業主で、国からの信用がそこまで高くはない。しかし、税金を除いた報酬の全てを、自分たちだけで享受することが出来るというメリットがあった。


 その点クランは法人登記をするし、個人よりも細かな情報を国に提出することが義務付けられている分、閲覧権限の範囲がかなり広がるのだ。

 その閲覧範囲はSランククラン程になると、ハンター協会が抱える情報と同様レベルになるのではないかと噂されている。


 しかし、その情報をクランに所属している全ての人が閲覧出来るという訳では無い。

 基本的にはそのクランのリーダーしか情報の閲覧権限がないのだ。

 しかし、リーダーが得られた情報の全てを活かせているかというと、そうではない場合がほとんどだった。


 そのため本来はリーダーしか見ることが出来ないの権限を、1人に限り貸与することができることが法律で決まっていた。

 それが、情報閲覧の権限貸与というわけだ。



「そういうことか。つまり、凛音は俺が閲覧出来る情報を見れるようになりたいってことだな」


「うん。実はハンター協会に何度も侵入しようとしてるんだけど、セキュリティが強固すぎていつも失敗しちゃうんだ。だから、トップクランのリーダーのみが閲覧出来るところから内部を解析できたらなって」



 凛音の提案は悪い話ではなかった。

 確かにJランクでクランを結成するのは、無謀と言われても仕方ないことだろう。

 しかも、ハンターギルド内のクラン一覧に、クラン名や登録住所とリーダーの名前(またはハンターネーム)、そしてランクが表示されてしまうので、掲示板などでネタにされることは間違いがない。


 まぁ、それは俺が我慢すれば良いだけなので目を瞑るとして、今後の活動見直しも必要になってくるので俺は即答せずに黒衣の方をチラリと見る。

 俺の意図を察したのか、俺が口に出さなくても黒衣は「宜しいかと思います」とすぐに凛音の提案に同意した。



「よし、分かった! じゃあ、クランの結成手続きだけはやっておいて、設立できるまでは今の活動をやることにするか」



 凛音は提案が通って嬉しかったのか、「はい!」と言いながらとても魅力的な笑顔を俺に向けてきた。




 ―




 翌日の放課後に、俺と凛音は学校の図書館へ行ってクラン名や事業内容などを決めていた。


 クランと一括りに言っても、事業内容は意外と異なっていて、ダンジョン攻略を目的にしているのか、美味しい魔獣を狩ることを専門にして販売すること目的にしているのかなどなど色々とある。

 一般的にはハンターは魔獣を倒したり、ダンジョンに潜るものなのだが、クランによってはそういうことをほとんどせずに、魔獣を取り扱う飲食店経営や、武器を販売するメーカーみたいなクランもあったりするのだ。


 とはいえ、何か事業内容を一つに絞らなくてはいけないとか、書いた内容は必ずやらないといけないという義務は無いので、ハンターが出来そうな事業は思いつくだけ書いておいた方が、後々更新するなどの手間がなくなる。


 他にも登録住所をどうするかなどの問題もある。会社でいう本社所在地になるのだが、クランの場合は拠点を登録するのが一般的だ。

 しかし、俺たちはまだ拠点がないので、バーチャルオフィスを契約する必要がある。そうじゃないと、ハンターギルドに掲載されるクラン一覧に我が家の住所が大っぴらに掲載されてしまう。

 さすがにこれは避けたいところだ。


 俺たちは図書館であーでもない、こーでもないと話し合っていたが、気付いたら2時間も経っていたのでそろそろ帰宅しようと荷物をまとめ始めた。


 はぁ。それにしても、クランの設立面倒臭すぎでしょ。


 クランを登録するのも面倒だし、その後は運営までするなんて正直辛すぎだよね。

 そう考えると自由に活動できるパーティの方が人気があるのは頷けるな。


 俺は凛音と一緒に下駄箱に歩きながら、内心これからの事務作業に辟易としていると、奥から見知った顔の4人がこちらに向かって歩いてきた。


 俺のことに気付いた美湖は、眉間に皺を寄せて冷たい視線を向けてくる。

 その目を正面から見ることが出来ずに、俺は視線を逸らしてしまった。


 くそっ。

 ヘタレすぎるだろ……。


 俺はそのまま横を通り過ぎようとしたのだが、「最近はダンジョンに潜ってないんだってね」って秋篠から声を掛けられてしまった。

 無視することも出来たが、より惨めな気持ちになりそうだったので、「あぁ」と一言だけ返す。



「まっ、それが正解なんじゃないかな。ハンターとしては無能だったけど、勉強は出来るんだからさ、まぁ頑張ってよ」


「ご忠告ありがとな」


「あとさ、君と弓削さんは付き合ってるのか? 弓削さんも、もうちょっと人は選んだ方がいいかもね。神楽くんは協調性もないし、元不良だったみたいだしさ。そのせいで今弓削さんも孤立してしまってるじゃないか。それとも弱みを握られて脅されてるのかな?」



 はぁ?

 なに言ってんだ、こいつ?


 俺はブチ切れそうになったので、その場から離れようとすると「何を言ってるのかな?」と凛音が口を開いた。



「秋篠くんは何を勘違いしてるか分からないけど、私は自分の意思でしぃくんと一緒にいるんだよ? それにしぃくんは無能なんかじゃ全然ないから。そういう風に見えてるなら、その人たちの目が節穴なのか、その人自身が無能なのかもね」



 まさか、凛音がそんなことを言ってくれるとは思わずに、俺は目を見開いて驚いてしまった。

 それは秋篠たちも同じだったらしく、凛音の言葉に誰も反応することが出来ずに口をポカンと開いて間抜けな顔をしている。


 そのなんとも言えない空気を破ったのは、美湖の「もう行こうよ」という一言だった。

 そう言った美湖の顔はとても苦しそうだった。


 お前、なんて顔してんだよ……。


 美湖の表情に気付いていないのか、秋篠たちは「あ、あぁ……」と言いながら美湖の後を追って去っていった。


 俺は4人の姿が見えなくなってから「ありがとな」と凛音に伝えると、「ううん。本当のことを言っただけだなら」と笑顔を向けてくれた。

 しかし、それからの凛音は何かを考えているのか、話し掛けても上の空だった。




☆★☆★☆★☆★


第二章はこちらで終わります。

明日からは第三章がスタートします!

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