第三章

027:見えていた女の子

【注意】

残酷な描写があります。

苦手な方は避けた方が良いかも……。



 クラン作りに関しては、基本的な書類集めなどは凛音が担当してくれることになり、俺と黒衣は日国に現れる怪と戦うことに専念することができていた。

 今も怪の元へ向かって走っていたのだが、あともうちょっとというところで、滅怪と書かれた羽織を纏った何人かが先に到着してしまう。

 そして、すぐに漆黒の球体――つまり隠世が展開されたのだ。



『今日も滅怪に先を越されちゃったな』


『こればかりは仕方がございませんね。念の為隠世が消えるまでこちらで待機しておりましょう』



 このように滅怪に遅れを取ることは結構頻繁に起きていた。

 大体10体中6体は、今回のように隠世を外から眺めているのだ。

 一応滅怪が負けた時のことを考えて、近くで待機をしているのだが彼らが負けたことは一度もなかった。


 ちなみに待機している時の俺は、黒天バージョンではなく普段の姿に戻っている。

 というのも、黒天バージョンだと霊装断絶を使わないと目立ってしまうからだ。

 霊装断絶が永遠に発動させられるならそれでも問題はないのだが、最長で1時間しか使えないしクールタイムも1時間あるため無駄に消費することはできない。


 俺と黒衣は隠世が見やすい場所に移動をすると、隠世の方を見ている女の子がいることに気付いた。



(あれ? あの子ってひょっとしてこの間も隠世を見ていた女の子じゃないのか?)



 はっきりと顔を覚えていないので、確信を持つことができなかったが、以前見かけた女の子に似ているような気がした。

 なので、俺はその子に気付かれないように、背後に回って隠世と一緒に観察することに決めた。

 結論から言うと、隠世が消えて滅怪が立ち去るまでその女の子は、その場から一歩も動くことなくずっと眺めていた。

 そして、隠世が消えると後ろを向いて歩き始めるのだった。



「あの女の子多分隠世が見えてるよな」



 隣にいる黒衣に話し掛けると、その女の子を真剣な目をして見つめていた。

 そして、「詩庵様。あの女の子に声を掛けましょう」と言って、ちょっと小走りで向かってしまった。

 俺は黒衣に遅れないように慌てて後を追ってから、女の子に「突然話し掛けてごめん。ちょっと話を聞かせてもらえないかな?」と声を掛けた。


 その女の子は、黒髪のパッツンロングがよく似合う、キリッとした表情をしていた。

 スタイルもモデルのようで、俺は声を掛けてから内心後悔で一杯になってしまうのだ。

 だって、俺なんかが声を掛けられるレベルじゃないくらい綺麗なんだから。


 俺はとても冷たい目であしらわれる未来を想像していたが、実際には『え? なんで?』と女の子は驚きの表情を浮かべていたのだ。



「急にごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだ。――ひょっとしてなんだけど、キミはさっきまであっちの空に浮かんでた黒い球体みたいなの見てなかったかな?」



 その質問を聞いた女の子は今度こそ目を見開いて、驚愕の表情を浮かべて俺の顔を見てきた。

 このリアクションがすべての答えだろう。

 だって、見えていない人にしたら意味の分からない質問だったのだから。



『あ、なたも……あの黒いのが見えるんですね。ひょっとしてあれが何なのかも知ってますか?』



 俺はどこまで話すかは一先ず置いといて、彼女から色々と話を聞かないとと思って「あぁ、知ってるよ。教えてあげる条件として、ちょっとお話をさせてもらえないかな?」と言って、公園まで一緒に行ってもらうことに成功した。

 公園に到着した俺たちは、周りに人がいなことを確認してベンチに座る。



「それじゃあ、キミの話を――」


「申し訳ありません、詩庵様。お話の前に私から彼女に質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」



 黒衣が俺の言葉を遮って、自分が質問をしたいと言うことは滅多にないことだったので、俺は驚きながらも了承をした。

 許可をもらった黒衣は、俺に「ありがとうございます」と伝えると、ベンチから立ち上がって彼女の前に向かう。



「失礼ですが、あなたは既にお亡くなりになっているのではないでしょうか?」


「ちょ、ちょっと待って黒衣! 何を急に言ってるんだよ!」



 俺は黒衣が人を傷つけるような冗談を言わないと言うことを知っている。

 知っているが、目の前にいる女の子が死んでいるなんて信じることができなかった。

 しかし、黒衣から「亡くなってるのでは?」と聞かれた当の本人はと、身体を小さく震わせながら俯いて固まっている。



「――え? ガチなのか?」


「私たちのことを信用しろなんて言いません。ですが、あなたの力になれるかも知れません。もし良かったらお話を聞かせてもらえないでしょうか?」



 女の子は顔を上げて黒衣の目を見ると、小さく頷いて小さな声で話し始めた。




 ―




『私には歳の離れた弟と、優しいママとパパがいたわ。家族の仲はとても良くて、毎日が幸せだったの。当時の私は、この幸せな日々が崩れることがあるなんて考えても見なかったの――』



 女の子はスカートを強く握りして固まってしまい、その先をすぐに続けることができずにいた。

 俺と黒衣は先を急がせることはせずに、静かに続きを待っている。



『あ、あれは、弟の誕生日だったわ――』



 その日は私と家族は、弟の誕生日パーティーがあって外食をしていた。

 私たちの誕生日は、近所にある少し高級な洋食屋さんに行くのが定例になっていたので、この日も美味しい料理に舌鼓を打った後に家族揃って家路に向かっていた。

 弟は、家に帰ると誕生日プレゼントをもらえることを知っていたので、私の手を握って「早く早く」と言いながらグイグイと引いてくる。

 そんな弟に私は苦笑いしながらも、とても幸せを感じていた。


 しかし、そんな私たちに突然異変が起きる。

 何度も通っているいつもの道を歩いていたはずなのに、突然森の中に入ってしまったのだ。



 突然真っ暗闇の森の中に閉じ込められた私たちは、大いに混乱をして全員で擦り寄って抱き締めあった。

 しかし、そのまま抱き合っていても事態が改善するわけではない。

 それに、魔獣がいつ襲い掛かってくるかも分からないのだ。


 なのでパパが取り敢えず朝になって明るくなったら辺りを歩いて家に帰ること、そして突然魔獣に襲われないように周りを警戒することに決めた。

 弟は最初はとても怯えていたけど、私とママが抱き締めながら「大丈夫だよ」と声をかけると、落ち着いたらしく少しすると寝てしまう。


 私たちも有り得ない状況に神経を疲弊させていただので、弟が寝てしまってから少しすると徐々に眠気が襲ってきた。

 しかし、その眠気を打ち消すかのように遠くから、ガサガサと木が擦れる音が聞こえてきたのだ。



「どうしたの、お母さん?」



 どうやら、音に驚いた私たちが強く抱き締めたことで、弟は起きてしまったらしい。

 弟を怖がらせないように、ママと私は「大丈夫だから」と小さな声を励ますも、木々が擦れる音は徐々に大きくなってくる。

 パパは地面に落ちていた、少し細身の丸太を両手で持って、音が聞こえる方に向かって構を取っていたが、丸太の先は小刻みに震えていた。


 どんどんと音は近付いてきて、自分の目でも木々が揺れているのを確認することができた。

 ママは弟を抱き締めながらギュッと目を瞑っている。

 私は「ダメだ。もう来る」と思ったが、不思議なことに音も木々の揺れもピタリ止まって、辺りは再び静けさを取り戻していた。



「ま、魔獣とかじゃなかったのかな……」



 何事もなかったことに安心していると、パパの「ヒッ……」と恐怖で引き攣ったような声が聞こえてきた。

 私は急いで父親の方に目線を向けると、人間のような体型をしているのに、人間ではないと一眼で分かる異形のナニカがパパの目の前に立っていた。


 私は「キャア」と悲鳴を上げて後ずさって、ママたちから離れてしまう。

 娘の悲鳴を聞いたママも目を開いて、私の目線の先を見ると「ヒィ」と声を漏らしてガタガタと震え出した。


 パパの目の前に急に現れたナニカは、耳をつん裂くような笑い声を上げてパパのお腹を何度も何度も先の尖った腕のようなモノを突き刺し始めた。

 お腹に腕が突き刺さる度にパパの口からは「ゴビュ……ギャッ……ビュッ」と声とは言えない何かが大量の血と共に漏れている。

 それを目の当たりにした、私たちは大きな声を上げて叫んでしまう。

 その声を聞いたナニカは、裂けた口をさらに歪ませて睨めるように私たちのことを見てきた。


 パパの身体から力が完全に抜けると、ナニカは何かを食べているのか、クッチャクッチャと咀嚼をしている。

 そして、ママと弟の方に近付いていき、先ほどまで父親のお腹を何度も刺していた腕を振り上げた。

 次の瞬間、ママと弟の体はナニカの腕に貫かれて串刺しにされてしまった。


 私は恐怖で震えて身体を動かすことができない。

 それどころか、目からは涙が溢れて口からは「アハハハ」と笑みのような声が漏れている。

 恐らく有り得ない状況に私は壊れてしまったのだろう。


 母親と弟を串刺しにしたナニカは、残った腕を使って父親のときと同じように何度も突き刺している。

 そして、2人がグッタリとするとゴミを放るように投げ捨てて、彼女に近付いてくる。

 ナニカはまた何かを咀嚼していた。


 もはや抵抗すらできなくなった彼女は、家族と同様にお腹を何度も突き刺されてしまう。



(私は、家族と一緒にこのまま死んでしまうんだ)



 そう思ったときに、大勢の刀を持った人間がどこからか現れて、目の前にいるナニカと戦いを始めた。


 誰かが彼女のことを抱き上げて何かを言っていたが、私の耳にはもう何も届かなかった。




 ―




 私は気付いたら元の道に戻っていた。

 しかし、パパとママ、そして可愛い弟の姿はなかった。


 ひょっとしたら全て悪い夢だったのかもしれない。

 そう思った私は、大急ぎで家に向かって走っていった。


 しかし、家の前に到着した私はあまりの驚きで固まってしまう。

 私たちの家があった場所に、見慣れない家が建っていたからだ。

 しかも、表札を見ると全然知らない人の名前が書いてある。


 私は呆然と立ち尽くしてしまった。

 すると、恐らくこの家に住んでいると思われる、小さい子ども連れの女性が家の中に入ろうとしていた。

 事情を聞きたいと思った私は、その人に「すみません。ここにあった家で暮らしていた者なんですけど」と声を掛けたが、私の姿が目に入らないのかそのまま家の中に入ってしまった。

 それから数時間後には、仕事帰りの父親らしき人にも話しかけたのだが、同様の結果になってしまう。


 私は意を決して直接話を聞こうと、インターホンを鳴らす決意をする。

 しかし、ここで不思議なことが起きた。

 インターホンを鳴らそうとした指が、壁の中に一切の抵抗もなく入ってしまったのだ。



(壁をすり抜けることができる?)



 私は怖くなって、この場から逃げることしか考えられなくなってしまった。

 そして、近くで暮らしている、おじいちゃんとおばあちゃんの家に気付いたら向かっていた。


 10分ほど走っておじいちゃんたちの家まで着いた私は、再びインターホンを押すが先ほどと同様に壁の中をすり抜けてしまった。

 もう意味が分からなかった私は、どうにでもなれと思って玄関ドアに向かって、そのままの勢いで先に進んだ。

 するとインターホンの時と同様に、一切の抵抗を感じることなく家の中に入ることができてしまう。


 混乱しながらも、『おじいちゃん! おばあちゃん!』と大きな声で呼んだけど、誰からも返事は返ってこない。

 私はリビングまで歩いて行くと、2人が大きな仏壇に向かって手を合わせていた。


 こんな仏壇おじいちゃんの家にはなかったと思うんだけど。

 私は2人のことを何度も呼びながら仏壇の方まで歩いていくが、2人は一度も私の方を振り向いてくれることはない。

 仏壇を見ていると嫌な予感がとてもしてくる。

 この中を見てはいけないと、私の中で警戒音が鳴り響いたけど、今更見たいということが私には出来なかった。



『嘘。嘘だよ……』



 仏壇の中には、パパとママと弟、そして私の写真が飾ってあった。


 そして、ようやく私は自分に起きた異変を正しく理解した。

 私は死んでいるから誰にも声が届かないし、私のことを見向きもしないということに。


 私はそのまま何もする気力もなく、おじいちゃんたちの側にいたいという思いから、そのまま家に居座ることにした。

 お化けと同居なんて申し訳ないって思ったけど、私は一人になりたくなかったのだ。

 おじいちゃんの家に来て分かったのは、私たちが死んですでに5年ほど経過をしていたということだった。


 それから3年ほど経ったある日、私は私たちを殺した化け物と同じような気配を感じた。

 最初は気のせいかと思ったのだが、日を増すにつれてその気配を強く感じるようになってきたのだ。

 私は、あの化け物のことを許せなかった。

 家族と同じ目に合わせてやりたい。

 あの化け物を殺してしまいたい。

 気配を感じる度に私はあの化け物への憎悪を滾らせていった。


 そして、ついに私は気配がする方へ行ってみる決心をする。

 しかし、私が気配がした場所へ行っても、化け物の姿なんてどのにも見当たらなかった。

 私は勘違いしたのかと思い、その場から離れようとしたら、突然空が歪んで化け物が姿を現したのだ。



(あいつだ!)



 私はそう思ったが、よく見るとあの時の化け物とは少し気配が違うような気がする。

 私は気付かれないように物陰に隠れて見張っていると、羽織を羽織った人たちがどこからともなく現れて化け物に近付いていく。

 すると、化け物がいた場所から、黒い球体が急に現れて様子を見ることが出来なくなってしまった。


 中がどうなっているのか気になったが、私にはどうすることも出来ずにただ立ち尽くしていると、黒い球体が徐々に崩れていくのが見えた。

 そして、先ほどの人たちが黒い球体から飛び出してきて、またどこかへ向かって行ってしまう。


 私は黒い球体があった場所へ行ってみたが、そこにはもう何も変哲もない静かな住宅街のままだった。

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