005:初クエスト
龍の灯火に加入させてもらったその日に、パーティの目的や目標、手段をどうするかを教えてもらった。
簡単に要約すると、目的は未到達ダンジョンの攻略で、目標がSランクパーティになること。そして当面の手段はレベルを上げるために、クエストをこなして数多くの魔獣を倒すことにしているとのことだった。
パーティを組んでハンターをやろうとしてるだけあって、ガチでかなり色々なことを考えていた。
「それで、早速なんだけど、明日の朝から低ランク向けのダンジョンに行って、デビュー戦とレベル上げをしようと思ってるんだけど、詩庵も行けそうかな?」
「あぁ、もちろんだよ。やっとダンジョンに潜れるんだな。めちゃくちゃ楽しみだ」
「よし、決まりだ! ハンターギルドによると、そこのダンジョンは状態異常の攻撃をしてくる魔獣はいないみたいだから、ポーションだけ買って明日の戦いに挑もう!」
「「「「おーー!!!」」」」
明るくて元気、しかも頭が良い優吾は、パーティのリーダーになるために産まれてきたんじゃないかっていうくらい輝いていた。
恐らくパーティ全員が、優吾なら龍の灯火をSランクパーティに引っ張り上げてくれると信じていた。優吾には、そう思わせるくらいのカリスマ性があったのだ。
―
翌日俺はワクワクしすぎてあまり眠れなかったので、集合時間より1時間も早く集合場所に来ていた。
しかし、こんな浮ついた状態では、パーティに迷惑をかけてしまうかも知れない。なので俺は坐禅を組んで精神の統一を図る。
剣術で学んだのは、武術だけではない。心を落ち着かせて、平常心を保つ術も学んでいたのだ。
っていうか、集合場所に1時間前に来てる俺が、外で坐禅を組みながら今更ドヤっても、ただの間抜けでしかない。次からはちゃんと家で坐禅を組んでから、外に出ることを誓ったのである。
―
坐禅を組んでから、30分くらいの時が流れると、2つの足音が近付いてきた。
「おっす。早いな、詩庵」
「ちょっと気負いすぎて、失敗とかシャレにならないからね。頼むわよ、神楽くん」
声を掛けてきたのは、優吾と花咲さんの2人だった。俺たちは、今日のプランを話し合っていると、雪宮さんと学も少し遅れてやってきた。
「よし、みんな集まったな。じゃあ早速目的地のダンジョンに行こう。ダンジョンまでも魔獣が出るらしいから油断せずにな」
俺たちは、学を先頭にして、優吾、花咲さん、雪宮さん、俺の順番で、森の中に入っていく。この辺りの魔獣は弱いので、初めてハンターになった人の多くは、俺たちのようにレベル上げ目的でやってくることが多く、辺りを見渡すとチラホラとハンターの姿が目に入ってくる。
慎重に森の中を進んで行ったが、結局一度も魔獣と遭遇することなくダンジョンへ到着した。
「よし。これからダンジョンに入るけど、みんな改めて装備のチェックを頼む。絶対に初ダンジョンを成功させような!」
優吾の号令と同時に、俺たちは装備の最終チェックを始めた。全員が問題なかったようだったので、俺たちは大きく口を開いて待っているダンジョンに足を踏み入れた。
(うぉぉ……! これがダンジョンなのか!)
俺はみんなに悟られないように、心の中で大声を上げたのだが、みんなの顔を見る限り興奮しているのは俺だけではなさそうだった。
「ガハハハハ! ダンジョンの中は魔素が充満してるから、結構圧迫感を感じるって聞いたことがあるが、あんまり大したことないんだな!」
「た、確かに、地上よりは苦しいのかな? って感じですね」
学と雪宮さんが、ダンジョンの中に入った感想を言い合っているが、確かに俺もそこまで圧迫感を感じなかったなと思っていたのだ。そう感じたのはやはり俺だけじゃなかったんだな。
「ほら、2人とも。油断とかしたらダメだからね。いつ魔獣が襲ってくるか分からないんだから!」
「あっ、ごめんなさい、紫ちゃん」
「おい! 話は終わりだ! 魔獣がいるぞ」
前を直視している優吾の目線の先を見ると、狼のような姿をした3体の魔獣が座っているのを確認した。
「あれは、デモンウルフだな」
俺がそういうと、「お、狼なの、あれ?」と雪宮さんが驚いた声を出した。それはそうだろう、狼と呼ぶにはあまりにもサイズが大きかった。しかも、魔素に犯される前は犬だったというのだからもっと驚きだ。
「よし、まずは俺と詩庵であいつらを攻撃しよう。学は俺たちが危なくなったら、すぐに盾で防いでくれ。そして、その後ろからすぐに紫が槍で攻撃するようにしよう。小鳥は後方にいる魔獣に対して、弓矢で攻撃をしてくれるか?」
全員が優吾の指示に同意する。
ついに魔獣との初対決か。
ちょっと緊張しているのが分かるが、ガチガチになっているわけではない。
剣術の試合直前みたいな、程よい緊張感に包まれていた。
これなら大丈夫だ。
俺は隣にいる優吾にアイコンタクトで、『行けるぞ』という合図を送る。
それを見た優吾はコクリと小さく頷いて、一気に駆け出した。
俺も優吾とほぼ同時に動き出したが、装備を身軽にして素早さを重視していることもあり、誰よりも早くデモンウルフの元へ辿り着く。
俺はスピードを落とすことなく、そのままの勢いでデモンウルフ目がけてロングソードを振るった。
「うおおおおお!!!!」
デモンウルフにロングソードが触れた瞬間、腕に強い抵抗を感じたが、俺は柄を両手に持ち替えて力一杯振り切った。
「ぎゅおぉぉぉん」
体を両断されたデモンウルフは、断末魔の叫びを上げてその場に崩れ落ちた。
俺はスピードを緩めることなく、そのままの勢いで奥にいるデモンウルフに向かって駆け抜ける。
柄を左手で腰くらいの高さで持ち、右手で
ビクンビクンと身体を大きく震わせた後に、力なく倒れ込むデモンウルフを見て、どうやら一撃で倒すことができたようだと安堵する。
俺が2体目を倒したのと同時くらいに、俺の背後からもデモンウルフの大きな叫び声が聞こえてきた。どうやら無事に魔獣を倒すことができたらしい。
俺は後ろを振り向くと、優吾が親指を立てて俺の方をめちゃくちゃ良い笑顔をして見ていた。俺も負けじと笑顔を作り、優吾たちに向かってサムズアップをする。
俺たちの初陣は、危なげなく勝利を収めることができたのだ。
―
「詩庵って凄いのな! あんな一瞬でデモンウルフを2体も倒しちゃうんだもんな」
「片手だと押し負けちゃってたから、正直力不足を痛感したわ」
「それでも、凄かったと思うわよ」
「う、うん。私も凄いと思った! 私も頑張らないと」
「ガハハ。俺が守る必要もなかったな」
パーティ全員が俺の戦い方を褒めてくれた。
力不足を痛感したのは本当の話だが、それでもみんなに認めてもらえたみたいでとても嬉しくなったのだ。
そして、その後も1階フロアで戦い続けた俺たちは、お昼休憩を取るために辺りが見渡せる場所に腰を下ろした。
「だけどよぉ。ダンジョンって本当に不思議だよな。だって、同じフロアには絶対に一種類の魔獣しか出てこないんだぜ? しかも、何体倒しても全滅させることができないし」
「確かねに。魔獣って動物が魔素に犯されて変態したって聞いたことがあるけど、ダンジョンの中に動物なんていたとは思えないしね」
そう。優吾と花咲さんの疑問はもっともで、ダンジョンにいる魔獣たちがどうやって生まれるのか、なぜ一つのフロアに二種類以上の魔獣が存在しないのかなど謎に包まれていることがとても多いのだ。
「ガハハハハ。そんなことを気にしても意味はないと思うぞ。俺たちは、魔獣を倒して強くなることを考えるだけで良いのだ」
「はぁ、学はシンプルでいいよな。だけど、それが正解だよな。別に俺たちは、ダンジョンの秘密を暴こうとする学者じゃないんだからさ」
「つ、強くなったといえば、わ、私さっきレベルが一つ上がったみたいなの」
「え? マジで? 俺も上がってるか見てみよ」
雪宮さんの言葉を聞いた優吾は、すぐにアプレイザルをチェックしたらしく、「俺はまだだったわぁ」と口にしていた。
「あっ、私も上がってたみたい。やっぱりあの時なのかな。なんか急にオーラの力が強くなったのを感じたのよね」
「えぇ? だって紫ってまだそんなに魔獣倒してないだろ? それでなんでレベルが上がるんだよ」
「それは魔獣を倒した人だけが、レベルアップの条件を満たすわけじゃないからだよ」
俺は花咲さんの代わりに、優吾の疑問に答えることにした。
「ん? どういうことなんだ?」
「魔獣を倒すと、魔素が飛び散るらしいんだけどさ、その魔獣の周辺にいた人全員に影響を与えるみたいなんだよ。例えば、ソロで魔獣を倒した場合は、その倒した魔獣の魔素を独占することができるんだけど、パーティの場合は、倒した魔獣の近くにいた人たち全員に分配される感じになるんだってさ」
「じゃあ、つまり私は優吾の近くにいたから、魔獣の魔素が私の中にも入ってきたってことなのかな?」
「うん、そういうことになるね」
「つまり、紫は俺の倒した魔獣の魔素を横から掠め取ったってことだな!」
「何よその言い方は! 別にいいじゃないのよ、私が強くなればその分このパーティだって強くなるんだから」
赤い顔をして優吾のことをバシバシと叩き始めた。
俺は本気で怒ってるのかと思ってちょっと慌ててしまったが、学と雪宮さんは『やれやれ、またか』という感じで2人を見ているので、こういうことは恐らく良くあることなのだろう。
その後十分な休憩を取った俺たちは、1階フロアでひたすらデモンウルフを倒しまくった。みんなも慣れてきたのか、デモンウルフが複数体現れても冷静に対処して、危なげなく倒すことができるようになる。
戦いは危なげなくても体は疲れてくるので、ポーションを飲んで体力回復は必ずするようにした。そんな感じで戦っていると、気が付いたらお昼休憩から4時間が経過していた。
まだ体力的にも、ポーションの数的にも問題なさそうだったが、夜になると外にいる魔獣も活性化してくるので、無理はしないように早めに撤収することに決まった。
「レベルがどれくらい上がったかみんなで確認しようぜ」
ダンジョンがある森を抜けて、比較的安全な場所に着くと優吾がレベルを共有しようと提案してきた。
「私はレベル3になったわよ」
「わ、私もです」
「ガハハハ。俺もレベル3になってるわ」
「いいな、みんな。俺なんてまだレベル2だよ」
「まぁ、レベルの上がるタイミングって人それぞれらしいからね。次のダンジョンはもう一階層下に行くんだし、そこでレベル上がるでしょ」
「まぁ、次頑張るしかないよな。ところで詩庵はどうだったんだ? なんか浮かない顔してるけどさ」
ずっと黙っている俺を見て、優吾が心配そうに声を掛けてきた。
「いや。俺だけレベルが1のままだったんだよな。なんかいきなり置いてかれた感じがするわ……」
「そんなことくらいで落ち込むなよ。どう考えたって、このパーティで一番活躍してたのはお前じゃんかよ。次にダンジョン潜れば、レベルなんて簡単に上がるって」
「それ私がさっき優吾に言ったセリフじゃない!」
今日何度目かの優吾と花咲さんのバトルを見ながら俺は、確かに考えすぎだったかもな、と思い直して次も頑張ろうと心に誓うのであった。
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