004:パーティ

 桜の絨毯が敷かれて美しかった歩道も、昨日の雨でぐちゃぐちゃになって汚れている。

 しかし、俺の心はそんな歩道に反して、とても美しく輝いていた。

 今ならどんな理不尽なことをされても、笑顔で許してあげられるくらいの余裕が俺にはある。


 だって、俺は今ハンター協会の本部に向かっているのだから!

 ハンター協会本部の1、2階は博物館みたいになっているので、何度も入ったことはあるんだけど、今日はハンター登録している人しか入れない3階と4階に初めて足を踏み入れるのだ。


 これで興奮しないなんて嘘だろ!


 日国の首都杜京の中心部にあるハンター協会本部の建物は、周囲の高層ビルと比べても一際立派である。


 俺はハンター専用の入口から中に入って、直接3階に繋がるエスカレーターに乗った。

 ちなみにハンター専用の入口の前は、ハンター登録をしていない人が立ってもセンサーが反応せず、ドアが開くことはない。




 ―




 ハンター協会の3階はとにかく広かった。

 無人の受付機が何台も並んでおり、そこの端末ではハンターギルドとほぼ同様のことが行えるらしい。

 とはいえ、ほぼ全員がハンターギルドを使っているので、この受付機を使用する人はチップを使いこなせない人がほとんどで、係の方に教えて貰いながら操作をしている。


 その隣には、ハンターの受付をしてくれる女性が沢山並んで座っていた。

 ハンター協会の受付をされている女性は、美しさと強さが合わさった方が多いと評判で、アイドル的な人気を誇っている。

 実際にテレビなどに出演して、タレント活動もしてる方も多いみたいだし。


 まぁ、俺みたいにハンターガチ勢にとっては、受付の方々は縁の下の力持ちではあるが、異性云々の感情など持ち合わせていないのだがな。



 あっ!

 あのお方は、協会本部の受付チーフをされてる、本条幸琉ほんじょうさちるさんだ!

 うわー、可愛いな。美しいな。輝いてるな。


 え?

 その隣には、Sランククランの『青龍せいりゅう青龍』を担当している、山根雪やまねゆきさんじゃないか!

 なんだよ、ここ。

 実は芸能事務所とかなんじゃないの!



 うわーうわーと言いながら、ハンター協会デビュー丸出し且つただのオタク男子高生の姿がそこにはあった。ていうか、俺だった。




 ―




 さてっと。

 少々取り乱してしまったが、今日の俺の目的は4階にある商業エリアだ。


 商業エリアでは、武器や防具、ポーションなどのアイテムはもちろん、パーティやクランの拠点を専門に取り扱っている不動産もあったりする。

 他には飲食店が何店舗か並んでいる感じだ。


 ランクを上げると、4階よりも遥かに性能が良い武器や防具も購入できるらしい。さらには、査定などが終わった魔獣を、鮮度最高の状態で安く提供してくれる食堂まで併設しているらしいのだ。


 魔獣の肉はとても美味しいらしく、高級レストランでも魔獣のお肉は食材として使用されていた。ハンターの中には、グルメを専門にして活動しているクランもあるくらいなので、その需要は確かに大きいのだろう。

 しかし、如何せん魔獣は豚や牛などのように家畜にすることはできないので、一般庶民が気軽に食べれる食材ではなかった。


 もちろん俺だって食べたことはない。

 ランクが上がったらぜひ食してみたいものだ。


 とりあえず4階をぐるりと一周した俺は、目星をつけていた武器を販売するショップに足を運んだ。



「いらっしゃい! 今日はどんな武器や防具をお探しで?」



 店長さんだろうか?

 筋骨隆々でハゲマッチョなおじさんが、良い笑顔で接客をしてくれる。



「ずっと剣術をしていたので、刀を探しに来たました。あと、それに合う防具も欲しいなって」


「お兄ちゃんひょっとしてハンター登録したてかな?」


「はい、この間登録したばかりなんです」


「じゃあ、まだ簡単なクエストしか出来ないよな。それで刀を御所望と。――だったら、これなんてどうだい? 刀ではないんだけど、片手で扱えるくらい軽いロングソードってやつだ。刀は高級武具だから、お兄ちゃんが持つにはまだ早いと思うんだよな」



 そう言われて俺は、店員のおじさんからロングソードを受け取る。

 おぉ、確かに軽いし扱いやすいかも。

 軽く素振りをすると、俺はロングソードが手に馴染むのが分かった。



「おぉ、さすが剣術やってただけあって様になってるな」


「ありがとうございます。このロングソード良いですね! 武器はこれにするとして、防具は何かオススメはありますか?」


「お兄ちゃんはスピードで勝負するタイプだよな? だったら、兜と籠手、鎧を一式デスベアーの皮で作った防具がいいかな。軽いしそこそこ防御力もあるから初心者にオススメだぞ」



 一旦試着させてもらった俺は、鏡に映る自分を見て感動してしまった。

 つ、ついにハンターに俺はなるんだ!

 そう思うとめちゃくちゃ興奮してしまって、先程のロングソードを持ってそれっぽく構えなんて取ってしまう。

 すると、店員のおっちゃんに「写真でも取ってやろうか?」なんて言われてしまい、急に恥ずかしい気分になってしまったので、俺はお会計を済ませてさっさとお店を出てしまった。



 ふぅ、ちょっと恥ずかしい思いをしたけど、親切で良い店員さんだったな。

 見た目はアレだけど、ランクが低いうちはあのお店で色々と買わせてもらおう。


 そんなことを思いながら、4階にあるカフェでひと休みをしていると「ひょっとして、神楽くんじゃない?」と声を掛けられた。


 俺は声をした方を見てみると、どこかで見たことがある男女4人組が俺の前に立っている。



「はい、神楽ですけど……」



 俺が訝しげに答えると、声を掛けてきてくれた男の子が「なんだよ、まだ覚えてないのか?」って笑いかけてくる。



「俺は英明のクラスメイトの坂本優吾さかもとゆうごだよ。俺の隣にいる紫もクラスメイトだけど、残りの2人は別の高校なんだけど、同中だった友達なんだ」


「あっ、ごめん。まだ全員を覚えられてないんだ」


「別にいいよ。それにしても神楽くんもハンター志望だったんだね! 俺たちは4人でパーティを組もうとしてるんだけど、もう一人メンバーが欲しいって思ってたところなんだよ。もし神楽くんが良ければ、俺たちのパーティに入ってくれないかな?」



 まさかのお誘いに俺は吃驚してしまう。

 ソロでやるなんて最初から考えていなかったし、これからパーティを探そうとしていた俺には正直願ってもないお誘いだった。

 クラスメイトがいるなら、ハンターギルド以外でも学校で顔を合わせられるし、その分結束力も強く出来そうだからメリットしかないだろうな。



「みんなが良いなら、パーティに入れさせてもらえると嬉しいな」


「もちろん大丈夫だよ。な、みんな?」



 優吾が全員の顔を見回すと、全員が頷いて同意をしてくれた。

 こうして俺は、めちゃくちゃ幸先の良いスタートを切ることができたのだ。




 ―




 優吾たちも座れるように、テーブル席に俺たちは移動した。

 そして、優吾は俺の顔を見て「とりあえず自己紹介をしようか」と言ってきた。



「じゃあ、最初は俺からだね。俺の武器は両手剣のロングソードだよ。根性だけは誰にも負けないと思うから、ガッツリと前に出て魔獣をぶっ潰すのが役目かな。まぁ、俺のことは気軽に優吾って呼んでくれよな」



 身長は175cmくらいで、髪の毛を短く清潔にカットした優吾は、希望に溢れる少年って感じの男子だった。これが、陽キャのキラキラオーラってやつなのか……。



「私は花咲紫はなさきゆかりよ。武器は槍を選んだわ。後方から援護するからよろしくね」



 ポニーテールが似合うキリッとした印象の花咲さんは、どうやら優吾とは小学生の頃からの幼馴染らしい。学校もパーティも一緒ってどんだけ仲良しなんだよ。つか、俺も美湖とパーティ組みたかった……。――なんてことは思ってないんだからね!



「ガハハハ。俺は岸学きしまなぶだ。学って呼んでくれていいぞ。俺は大楯を持ってみんなを守る、所謂タンクってやつだな。ラグビーをやっていたから、身体の強さには自信があるぞ」



 豪快な笑い方をしている学は、180cm以上はある大柄の男子だ。見た目と性格がここまで一致している人も珍しいだろう。



「さ、最後は私ですね。わ、私は雪宮小鳥ゆきみやことりって言います。弓道をやっていたので、弓矢を武器にしています」



 ガタリと立ち上がり、丁寧にお辞儀をしてくる雪宮さんは、ショートボブヘアが可愛らしい女の子だった。よく話を聞いてみると、弓道で全国大会にも出場したことがある凄腕だったから驚いた。


 そして、最後に俺の自己紹介をする。

 俺はスピード重視の片手剣なので、バランスはとても良いパーティになったのではないだろうか。



「そういえば、このパーティの名前って何か決まってるの?」



 俺が聞くと、優吾たちはみんな顔を見合わせて、ニヤリと笑い合うと、代表して優吾がパーティ名を口にする



「龍の灯火だよ。これからよろしくな、詩庵!」



 俺はこの日にハンター協会に来て、本当によかったと思った。

 そして、俺に声を掛けてくれた優吾に、心からの感謝を込めて「こちらこそ、よろしく。そして、ありがとう」と伝えた。

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