外伝 第3話  もう1人の晶女

私という自分が1つの塊として世界に在る。

星という宇宙の器に浸された広がる空間の中で、

それぞれ暮らしている。

または、隔たりを繋げる仲人役も存在する。

普通に考えれば有り得ない事。

ある人の説では、人間の常識は世界の1割だと云う。

しかし、自分は9割の非常識のどこかに含まれる。

街に多く住む外れに集落で暮らす少数の人の様に、

独自の文化をもって密かに形作る現実は

時に境界を越えて現れるものだろう。

決して肯定を認められず、また否定も許されず。

人目に付かない地下世界とばかし、

まさに晶らかな着定へと向かわせてゆく。



神来杜家


 ある日曜の朝。

2人が住む暮らしは一部を除いて普通。

朝食を作り終えた沙苗に起きるよう催促。

自分がまだ起きていないのを階段下から呼ぶ。


「聖夜、もう7時よ!」

「・・・・・・」

「時間よ、起きなさーい!」

「・・・・・・」











「「聖ちゃあん」」

「うわぁっ!?」


耳元でささやかれる。

姉はいつの間にか側にいた。

相当寝ぼけてたのか、音も聴こえず

なんだか変な声を出され、拍子抜けした状態で

ベッドから跳び起きてしまう。


「もう朝」

「あ、ああ」


起床して、頭を洗う。

ドアを開けた音も聴こえなかったから、

相当眠たかったんだろう。

それにしては唇がずいぶんと潤っている感じもある。

一部奇妙な光景もあったが、姉弟の間ではよくある。

他と何ら変わらないやり取りというのが毎日。


洗面所で頭を洗う弟を台所で余所見よそみ

視点は沙苗の側に切り替わる。

父親の蓮と母がいない中、自分が家事をこなしている。

別に暮らしぶりは普通。

でも、中身は他人とはまったく異なる性質、

能力をもつ別次元と言っても良いだろう。

常識というみのをかぶり続けて今という刻を送る。

聖夜ですらまだ自覚無き御子おこ

周囲から知られてはならない性質を秘匿し続けている。

そう、この家は特殊な事情を持ち続けていた。



1992年 神来杜家


 自宅の父親の部屋で自分はオレンジ色の結晶を眺める。

両手を汚し、してやったりとガラスケースに入った

サンセットファイアオパールを観ている。

でも、あまりここに居続けると気付かれるから、

もう部屋から出ようとした。でも、外が急に騒がしくなる。



ガシャン


「!?」


1階から高い音で割れる音がした。

ビックリする余りに怖くなって、

自分は急いでクローゼットの中に隠れる。

もしかしたらバレてしまったのか、

怒られると思い、震えながら声を殺して身をかがめていると

3人の男達の声だけは聴きとれた。


「「これだな、X線解析をしろ」」

「「内部に刻印を確認、ACです」」

「「寝室に赤子がいるようですが」」

「「放っておけ、我々の事など話せるはずがない。

  こちらビ・エンド、目標は回収した。帰還する」」


父親じゃなかった。

何人かいるみたいだけど、顔を見る余裕もない。

気付かれていないようで家の外に出て行った。

悪い事をした罰としてこんな目に遭ったと思っていた。

あの後、強盗に押しかけられた事だと分かり、

私も聖夜も無事で難を逃れられたものの、

周囲とは異なる一現象だと次第に思い知らされてゆく。

ここが私の転換と出発点。

自分すら世界から秘匿され続けた奇跡たる結晶、

アンジェラス・クリスタルとの始まりだ。



 今から書くのは人生の間で起きた様々な出来事。

時は聖夜が生まれる1年前。

私が他人と違うきっかけはこの時から理解し始めた。

というのは、“思い”という意味すらろくに判別できない

幼少期にあった出来事でACと自分の性質が異なると

知るきっかけはすぐそばにいた人であった。

自宅で母が装飾品を造っている。

ほとんど物分かりない当時の私は結晶を手にして

目を閉じている仕草の意味がつかめなかった。


「これ、なんてかいてあるの?」

あきらかっていうの。

 日の漢字が3つ重なっていて、私達にとって

 星、金属、心の意味合いが込められているの」

「へんなのー」


当時はそれら3つの関係がまったく理解できなかった。

後の自分の動向を決定づけるとは思いもよらず、

はたから見ればただの職人と同じ。

母が装飾品の加工をしていて、ネックレスや指輪の

デザインを施し、またそういった仕事をしていた。

子どもさながらの影響で自分も真似をして作りたかった。

しかし、母はレーザーも使わずに文字を書いていた。

念じれば中に文字を書けるのだという。

顕微鏡で見せてもらうと、本当に書き込まれていた。


「わあ、すごい! ホントにかいてある!

 どうやったの!?」

「おまじないをかけただけよ。

 頭の中で言葉を結晶に吹き込むの。

 そうすると、中にいるお星さまが聞いてくれるのよ」

「なんで石の中?」

「石はとても固いでしょ?

 とっても固いほど、遠くにいるお星さまが

 親しくしてくれて書いてもらえるのよ」

「えええ、わたしもやりたいなー」

「沙苗はまだ無理よ、御通じがまだ上手じゃないから。

 大きくなったら教えてあげるわ」


母には念写という力が備わっていた。

おつうじとは異界の従者とやりとりをする意味。

伝承だと石と石の間で通信し合い、何かしてくれる。

すごくかたくて、選ばれた語り部に寄るらしい。

父ができないどころか、他の母親もこなせない素質に

最初はさっぱり意味なんて理解していない。

私も真似をしたが、中はメチャクチャな点や線だけ。

いずれは分かるようになると、期待に胸を膨らませた。

しかし、結晶と対してもろくも崩壊。

母は聖夜の誕生と同時に息絶えてしまう。

直に教えてもらう機会を失い、

どれだけ泣いたのか思い出せず、

一時期は結晶に対する趣味をほとんどなくして

常識が闊歩かっぽする青春を送ってきた。



 時は進み、17歳を迎えた高校生活。

晃京も変わらず人が多くてデジタル社会だけは

目に見えて人どうしの連携を伝手に変化してゆく。

私自身も、あまり変わらない立ち回り。

ACと接触する機会もほとんどなく、

代わりに興味を持ち始めたのは星座。

というのは、友人の新堂しんどう千歳ちとせ

勧めての事もあるけど、普通の部活も関心が生まれず

ひっそりと過ごせそうな所を選びたかった。

場は教室に変わり、卒業後の事について話し合う。


「沙苗は進路決まった?」

「母の店を継ごうと思ってる、あんたは大学行くの?」

「頭悪いから無理っぽ。

 でも、都心のどこかで働きたいかなぁ」

「そういえば、人の噂に首を突っ込みやすい

 情報業界に興味があるとか言ってなかった?」

「メディア関係に就こうかなって思ってる。

 知り合いがいるから入社できるのよ」


毎回言ってる気もするけど、少しでも楽そうな職場で

蜜を探している風に思える。

人一倍[!?]が欲しいから、性格上放送業界が似合う。

そんな噂好きな彼女が今話題になっている

学園七不思議の1つ、壁から謎の声が聴こえるという

現象があってクラスメイト達に触れ回る。

その謎の声を録音する事に成功したらしく、

白い壁から聴こえていた。

内容をうかがうと確かに人の声だ。


「どこの言語だ?」

「・・・・・・」


日本語じゃなく、どこかの外国語と思われる。

イタズラで作ったんじゃないかと疑われるものの、

千歳は偽物じゃないと言い切った。

クラスメイトも好奇心旺盛おうせいに聴いている。

だが、自分にとっても偽物には思えなかった。

そこの言葉を習っていたわけではなく、

どこかしら、訴えみたいな融通さが効いていたのだ。


(なに・・・これ・・・言葉が理解できる?)


自分だけは声の内容を理解できていた。

スペイン語のようで、女性らしい言葉が耳に入ってきた。

何故、ヨーロッパの言語なのか分からない。

しかし、言葉は日によって聴こえる場所が違うらしく、

死体が埋まっていても直に話せるはずがないので、

亡霊うんぬんのオカルト分野も妙だろう。

訴えている内容は、中庭にある噴水の頂点にある先から

光を欲していると語った。

おそらく太陽光で、噴水頂点部からどこかに通じる所へ

通してほしいようで、念のため1人で確認しに行く。

言われた通りにほこりや汚れが付いていたので

掃除して綺麗にしておくと、声が聴こえなくなった。

もしかしてACが絡んでいるのかと予想したが、

結局理由は判明せずに事は終わった。

この事は誰にも言わず、壁の如く自身の内側に収めて

留めておいた。



 高校3年で卒業を控えた時期に1つの分岐点が

前触れもなくヒビが入るように訪れる。

父は家から離れると言った。

生活費は毎月振り込むので困る事はないものの、

もうここにはいられないと縁切りを要求した。


「突然なんで・・・どうしてよ!?」

「すまないが、私と聖夜は共に近く居られない。

 結晶の作用で事故が起こるようだ」

「ACの事? 今まで聞いた事なんて――」

「聖夜の適性は測り知れないものがある。

 先日に病院で宣告された。

 互いに近く居過ぎれば大いなる災いを招くと・・・」

「災いって何?

 結晶から直に宣告を受けたもの?

 お父さんは神来杜の力をもってないじゃない!?」

「だが、ACの適性はある。

 縦浜の時の様に予期しきれない何か。

 私と聖夜の間にとてつもなく恐ろしい現象が

 現れるというんだ」


父は容態をハッキリと言わない。

10歳以上を迎えた時には体内のACが異常を起こし、

家庭崩壊の比にならない現象を垣間見る事になる。

元から家に居る時間は少なかったけど、

本格的な用腰で自分達と共に住む気はないという。

結局、具体的な事がつかめずに父は出て行ってしまう。

私1人で弟と暮らす。

こんなに早く一家離散が訪れるとは夢にも思わなかった。

さらに、予想も付かない出来事が神来杜にやってきた。



 聖夜が記憶を失ってしまった。

路上で突然倒れだしてすぐに家に運び込み、

どうにか一度看病して様子は次第に治まった。

病院に診てもらったけど、あまり当てにはしていない。

ACの影響なのは明らかで、

医学でどうにかできる現象じゃないのは分かっていた。

父の発言の一端が現れ始めたようで、幸い間に合ったのか

命を失うような重症に至っていない。

これから何かが起こるのか、まだ安心しきれずに

不穏な顔をしないように気を付けた。

布団から起き上がった弟はうつろな目で

私に再結晶の居場所を迫ってきた。


「ねえ、母さんと父さんはどこ?」



母や蓮の事について言えなかった。

常識を超えた現象でこうなったなんて説明しきれずに、

今ここでACの事を話したって通用するはずがない。

仮に話せばいずれ父の元へ行ってしまう。

どうにか上手く噓を付き、気取られないよう説得する。


「もういないの、遠い国に行っちゃったのよ」

「そうなんだ、ぼくはこれからどうなるの?」

「大丈夫よ、今日から私があなたの面倒をみてあげる

 学校にも行かせてあげるから安心しなさい」

「ところで、あなたはだれ?」

「私は沙苗、君のお姉さんよ」


言葉はきちんとこなせている。

以前よりか少し幼くなったような気もする。

最低限の字の読み書きもできるようで、

続けて学校に通わせられそうだ。

姉の自分としては生活するにあたって問題はない。

ただ、リセットされたような関係で再び出直しな暮らし。

他人でもないのに、特別な男と一緒で胸がウズウズする。

こうして弟と微妙な隙間の2人暮らしになる。



 それからまた月日を回して時が進む。

自分は喫茶店黄昏を開いてどこも珍しくない生活を

再び送り始めていった。ここで障害や問題はないけど、

店の経営も自分が率先しなければならず、

本来なら彼氏の1人でもできる時期かもしれないが、

男と付き合う気はさらさらない。

らしい誘いはいくつかあったけど、ことごとく断ってきた。

いや、理想的に身近にいる男としてなら

実は意識する相手はいるにはいる。

私は今、超えてはならない一線の瀬戸際で悩んでゆく。

理由は誰よりも聖夜にしか目がゆかない。

どうしてか、いつの間にか気を向け始めていたのだ。



 時も数年過ぎて25歳を迎えたある日。

喫茶店、黄昏もそこそこに経営して時も進む。

そして、人間関係もこれといった特殊さもない。

どういうつもりなのか、まだ付き合いもそこそこあった

千歳から恋愛映画のチケットを2枚もらう。

彼氏なんていないのは知っているのに、

都心部のシアターへ行ってこいと言う。

肝心のもう1枚はどうするべきかは

すでに予定調和みたいに決まっている。

だから、弟と一緒に行くことにした。



 都心の映画館に着く。

どうせ2時間で終了だから、時間消費におあつらえ向き。

プラネタリウムまでの良いプランに良いと思えた。

確かにこんな経験は一度もない。

周囲の観客も2席の間が必ず男女男女男女男女男女で

スッパリと偶数に収まる状態だ。

内容がそれ系だけあり、デートのテーマとしてだろう。

が、この映画。

濡場シーンが多く盛り込まれてホットゾーンに変わる。

突然の展開で、弟も目のやり場に困ってしまう。

姉弟と観るような作品ではない。


(千歳ったら・・・)


わざとだ、わざとに違いない。

何をんだのか、盛りを増すように仕向けた。

大した意味もなく、イタズラ心で狙ったに決まってる。

だからといって、恥ずかしさで席を立つのも恥。

ここまできたら意地だ。

近親者だろうと塊のごとく引っ付いていれば問題ない。

その気になったつもりで視線をまったくらさずに

結局、エンディングまで全部観終えた。



 最後はプラネタリウムに行く。

先に溜まった雰囲気をどうにか別転換するために

熱放射しようと次は宇宙の広いロマンを観る事にした。

ここは確かにデートスポットとしても候補の一角で、

自分も天文部にいたから星の説明くらいできる。

さすがに次はまともで、お手のものだ。


「あのWがカシオペアだっけ?」

「そうよ、北の空だけに回る星で北極星を軸に

 回ってるの。別の国では城の鍵ともよばれて

 象徴として祀られていたとか」


地上から観た空は回転する様に動いて繰り返す。

離れて終わりでなく、再び巡る。

あたかも、世界そのものが塊として存在している様な

一体感をもつ気がした。

けど、話題そのものにこれといった特別さはない。

暗がりのルーム内で別に混んでいるわけでもないが、

聖夜と肩を密接する。

本人は横にズレる様子がない。

あれからずいぶんと成長して大きくなっていった。

10~20代と、どちらも若年層じゃくねんそうなものの、

性別が正反対なだけで、鼓動がどこか落ち着かずに

室内の冷気を凌ぐ温かさが湧いてくるのは何故か。

これはもはや夫婦とよべても良いだろう。


(わ、私ったら何を・・・!?)


あってはならない関係を浮かべてしまう。

どこからこんなワードがフッと湧いて出たのか、

つい己の理想を弟に当てはめてしまった。

それに、聖夜の周りにも可愛い子がたくさんいる。

いつか、他の女に取り入ってしまうのかと

ちょっと言葉が出なくなると、弟は何か言い始めた。


「星って、なんで散りばめられてるんだろうな?」

「?」


突然変わった事を言いだす。

当然、自分も星のなんたるかを聞かれても

これといって特に分からない。

理科でも宇宙があって間に星々が点々とあり、

とにかく地面に足を付けて生きているくらいだ。

そこで、母の言っていた結晶ワードの1つを連想された。

星、大きな塊に人々が住んでいる事象より、

他と寄り添い逢い、また大きな塊を生む。

人も同じ仕組みで、丸く生きるのだろう。

先の一体感か、ろくに仕組みも分かってないくせに

最もらしい事を言う。


「先生の話だと宇宙は球体みたいに丸いまま

 少しずつふくらんでいるんだって。

 でも、星や間の空は切られずに繋がりを保ってるわ。

 着かず離れず・・・みたいな」

「つかず、はなれ?」

「人だって住居があって暮らしているでしょ?

 建物の中に人がいて、全部1つの同じ部屋じゃなく

 分けられても屋根の下でずっと仲良くしてって」

「ん、屋根?」

「い、いや、なんでもない・・・なんでもないわよ!

 ほらっ、あれがカシオペア座でウンタラカンタラ」


さっきも同じ星座を話していたはずが、また繰り返す。

私は何を言ってるんだ?

ロマンチックな例え話をしたつもりが、

なぜだか星から家の内容に代えてしまう。

女は基本、半径5m思考で大抵こうなる。

母の伝承からどうして近親的な意味にすり替わったのか、

少し恥ずかしい事を言ってしまいかけた。

気付かれていない、気付かれていないからセーフ。

どうしてか、聖夜の目を見られない。

胸がタカマリ、ペンダントのカタマリが当たっただけで

肌が敏感に反応してしまう。

その後もちょっとした出来事を共に送る。

今日のデート・・・じゃなく、イベントは終わり、

気取られないよう足を合わせて、何も言わずに帰宅した。



 帰った後も雰囲気は妙な空気のままただようままだ。

実の弟を意識してしまっているのか。

食事はもう外で終えて、今日は先に風呂に入らせる。

後に入り、残り湯につかって一体感を覚えた。

今日の自分は変だ。

映画もプラネタリウムもカップルのそれで、

友人達が散々自慢していたような雰囲気を弟の代替で

“私の彼氏”をまさに味わっていたから。

ACがそうさせているのか、ただの恋愛感情なのか、

ただの姉弟の関係を超える何かを思わせてしまう。

いけない、とにかく禁忌すぎていけないものだと

ベッドの中で悶々もんもんとしたまま日は終わった。



次の日、一種の脱水症状を引き起こす。

ショーツをぐっしょりと濡らしてしまう。

生理日でなかったから、つい履くのを忘れていた。

何というか、油断した。

とてもここには書けないような夢を見てしまったが、

弟の適性は相当なもののようだ。

私をそこまでさせて何の結晶をもっているのか、

相当に女を誘引させるくらいな性質なのだろう。

いや、これが石のせいかは決めつける根拠でもないが、

とりあえずACのせいにしておく。

さすがに恥ずかしいので、気付かれないように

サッサと自分で洗濯してやり過ごした。


女は周囲の変化に気が付きやすい。

縄張り意識も否定しないものの、わずかな違いに

何が起きたのか察知する習性をもつ。特別な素質を抱えて

嘘をつきながら生きていればなおさら有り様が分かる。

そんな世界に見えにくい隙間にあるヒビも時には見つけ、

意外な現象に遭遇する事もある。

ふとしたきっかけでありえないモノとモノが結び付き、

幸せとか喜びを味わう機会が得られる。

この理由は続きで理解しやすくなるだろう。


 それから、また普通の生活を送り続ける。

聖夜との接点は姉弟さながらな感じ・・・を保ち、

どこにでもある家庭の過程を過ごしてきた。

しかし、またもや逸脱した世界は特殊な私達に

平穏を許していなかった。

ある事件が私の性質を気付かせる事になる。

話は2008年、12月、24日。

聖夜が高熱を出して寝込んでしまった。

今度は記憶喪失の類ではないようで、

最初はただの風邪だと思っていた。

氷嚢ひょうのうを頭にのせてきちんと布団を覆う。

せきをしていないので悪病ではないと思うが、

後は様子を見守るくらいだけ。

安静させようと部屋から出ようとした時だ。


「停電?」


急に部屋の明かりが消える。

それどころか闇に包まれたかの様な暗さで、

ブレーカーを上げようと一階に行こうとすると、

黒い背景から白い点滅の様なものが見えた。



「あれは・・・何?」


人をかたどった光の集合がゆっくりと近づいてくる。

距離感もどことなくつかめず、目前にあるのかすら

ハッキリと確認しきれない。

空の上から来たにしても角度からして変で、

光源がどこからもたらされたのか理解できない。

点滅の数は少しずつ増えて何かを形作る。

人型から両脇に細長い翼の様なフレームが

少しだけ伸びてゆく。

海外でいう天使は本当にいたのか。

いや違う、姿は集合体であった。


「あれは天使・・・じゃない。星!?」


星座が目前に迫ってくる様な形状をしている。

目的は自分ではなく、弟の方だった。

何のために来たのか、様子をうかがうと

何か身体の中で意味が入り込んでくる。


「vangondruxmed

 un

 dongraphvehmedgedgraph

 dontalgraph」


耳に入ってきたのではなく、胸の央に聴こえてきた。

意味は聖夜に対しての事で、

内容を再確認するとあまりにも異質な紹介文だった。


「迎えに・・・来た!?」


父の差し金と疑うも違うと察知。

ただの適性でこんな現象など起こせるわけがなく、

おそらく、まったく異なる世界から何者かが

干渉を始めたと勘ぐるしかない。

しかし、どこへ連れてゆくつもりなのか、

立ち尽くす姿勢のまま観ていたその時。

弟の体が宙に浮き始めた。

このまま本当に連れてゆくのか。

もう二度と戻ってこれないと気持ちを許せずに否定、

精一杯拒否して叫んだ。


「ここから出て行ってェ!」


叫びと同時に弟に向かって飛びつき、抱きしめる。

嫌だ、単純ながらそんな気持ちだけでしがみつき、

他にどうしようもなく聖夜に寄り添う。

この時の自分は無意識に願いながら同じ場で共に、

得体の知れないものから抵抗するしかなかった。

感覚は思念と言葉が混ざる様な、外国語ですら意味を

欠かさずに拾い上げて言い放った状態で対応したのは

覚えている。

すると、辺りの様子が変わった。

あたかも時間が止まった様なオレンジ色の空間が広がる。

色合いから、発生源はすぐ身近にあるもの。

自分の懐による効果だと発覚した。


(この結晶が・・・?)


首にかけているネックレスの中にあるモノが

反応を示していた。

すでに諦めていたはずの念写に取り組んだ。

両手で握り、聖夜の寝ているベッドに肘をつけて

例の教えてもらった言語を全て頭に入れて字を形成。

もう自分の気持ちにいつわりもなく、

願いを込めてACに念じてみた。




     聖夜とずっと一緒に暮らしたいfamgongraphtalmalsdongraph gedvandruxgisgmedfam




高望みなく、いたってささやかなもの。

今までとなんら変わらなかった生活を

これからもずっと続けていきたい。

何年も、何年も、何年も。


時間はどれくらい経ったのか。

空間もいつもの光景へと解かれ、星の群れは見かけない。

どこかへと消えていった。

熱も少し下がったようで、安静している。

聖夜は無事のようだ。

何事もなかったように小さな寝息をたてて寝ている。


「「ああ、聖夜・・・せいやぁ」」


涙が止まらなかった。

あの星群は何だったのか分からない。

母の言葉から、かすれつつも残る記憶が、

ある1つの結晶が疑念もよぎらずに思い浮かぶ。




「「石はとても固いでしょ?

  とっても固いほど、遠くにいるお星さまが

  親しくしてくれて書いてもらえるのよ」」

(ダイアモンド)




世界で最も固い結晶、ダイアモンド。

ようやく、自分をとりまく塊の正体だけは理解できた。

父子そろって世界有数の性質を継いでいるのだろう。

そして、自分には世界を止める力をもっていた。

しかし、私にとってそんな事は関係ない。

先の気持ちにいつわりなし。

決して叶わぬちぎりでも、

同じ家で暮らしてゆけば良い。

どんなに質が違っても強く望みを失わずに

丸く、まるく・・・血縁関係でもまるく治まり、

特異体質者どうしで暮らす。

だけど、今の自分にはまだ抑えられないものがある。


「・・・・・・」


時を止める、という性質はあらゆる可能性もまた生まれる。

自分以外は全て静止。

止まっているという事は思いのままにできる。

そして今、正直にしたい事も。聖夜を見続けて顔を寄せた。











チュッ


「「ごめんね、わたしは・・・うそをつけない。

  しょうがない・・・わたしじしんがこうしたいから」」


聖夜とキスをした。

禁忌を破り、恋人と認めて相応の行為を始める。

自分も本性はあり、どうしようもなく望むものがある。

先の言葉は嘘偽りも微塵もない。

もちろん、弟は何も反応がない。

止まった世界で他と触れ合っても何も変わらない。

もう、止まれなかった。もっと深く顔を寄せて、触れる。

一方的な愛をせめてもの閉ざされた中だけで行い、

橙色の膜を境に何度も唇を重ねてゆく。



 現実の刻はいつ頃経ったのか、弟と身を重ね続けて

オレンジ色の膜は消えて元に戻る。

寄せられない関係も後悔はなく、より晴れ晴れとした

気持ちになり言いようのない一時の実感を味わう。

聖夜の初めてを奪ってしまったかもしれない。

悪い言い方なら人形相手にしていた様なもの。

本当ならお互いに同意でそういった事をしたいけど。


(私はこれでも良い、一緒に居られるなら・・・)


たとえ聖夜の本意がなくても、

いつもの生活が送れればそれで良い。

個人の問題だろうと、どこまでも消えない気持ちだから。

決して伝わらない気持ちは胸にしまい続け、

視線を下ろして小さな夕陽をこの手に入れる。

その時だった。

ペンダントが異様に熱く感じて手にとって見ると、

中のそれは小さく輝いていた。

母もとてつもない塊を残したものだと改めて観ていると。


「あっ!?」


結晶は反応を示した。

それはスペイン語で書かれた刻印で、

胸が、鼓動が強くなってゆく。

これにより、自身の性質が何もかも理解できた。

自分は他の人間と異なる者。

ここで、異界との内通者である事実が判明した。











「「私は・・・エ―――――」」

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