第55話  都庁突入

2012年5月21日


 時は午前7時。

一部を除く迷彩服の群衆が都庁を静かに囲っていた。

集合時刻から1時間を越えた今でも、

自衛隊は動かずに慎重さを怠らずに静止。

陣頭指揮をとる者はまだ到着してなく、

開始の合図を下されないままの状態。

そういえば、今日は一段と人が多い。

都庁決着で現場の様子を見に来た者も多く、

警察、自衛隊以外の数も埋め尽くすように配備。

征十郎さんと似た装甲をまとって悪魔に備える。

かつてない軍備に、本格的突入作戦が始まろうとする。

特殊工作班もACを身に付けた深緑色の軽装スーツに

着替えていつでも出動できるようにしているが。


「「まだ行かないのか?」」

「「陸将補が上と話し合いしてるのよ。

  一大事に決まる今日に、この上抜かりなく」」


カロリーナにごもっともな事情を返される。

防衛省や内閣と最終チェックを入念に行っているだろう。

ある意味、一種の戦場となるから人と異なる敵を

本格的に対処する網目を細かく確認しているはず。

失敗は許されるものではない。

大まかな作戦は事前に聞いていて、

立ち回りはもう頭に入っている。

相手もおそらく悪魔を無数に召喚するので、

自衛隊の最新兵器と交えて交戦。

その後、自分達4人が代表兵隊として潜入。

オリハルコンオーダーズを捕える手段となる。


(連中も今日を待って準備してきた。

 気を付けていかないとな)


話によると、昨日の夜は悪魔が一体も出現しなかった。

今回の事を知りえて向こうも備えていたんだろう。

結局、襲来事件は人の指示によるもの。

何かしら世界を大きく干渉させる程手強い者だろう。

不安さもあるが、もう四の五の言う間もなし。

すでに決心はついている。

留置所から解放されてから、立場や宿命のなんたるかを

内から認めて背負う意思は留まっていた。

もう迷わない。

相手が誰であろうと、悪魔であろうと止めるだけだ。

ここにいる人達も今後の瀬戸際で気持ちを秘める中、

自衛隊員が声をあげた。


「武田陸将補、到着しました!」


現場の統括責任者が到着。

武田さんは当然とばかり中心人物で部隊総指揮をとり、

軍用車から降りてくる。

隊員達の配置を事前に全て終えていた残りの位置取りを

合わせて、こっちにやって来て片手で自分の肩をつかむ。


「今まで大変だったろう?

 過酷な運命を抱えさせたが、それも今日で終わりだ」

「ええ」

「今回は特殊工作班をすぐに先陣には送らん。

 装甲兵は悪魔をまっとう相手にできる。

 今まではお前達ばかり頼りにしていたが、今回で最後だ。

 奴らも相当な抵抗をしてくるだろうが、

 存分にサポートしてやるから心配するな」

「頼りにしています」


大人達も、自分が目標に通用できる機会を

ただただ見守るだけしかできなかった。

部下達に囲まれる中、都庁を見上げながら語る。

あまり悠長ゆうちょうにしていられないはずの今に、

自らが“当たり前”を疑う事も時に振り返り、

省みる必要もあるだろうと言う。


「本当にこの世界は未知数なもの。

 常識というものはあくまでも人が決めたものだ。

 我々、人間の世界はまだ理解できない事がある」

「・・・・・・」

「だから、“たかが若僧だから”なんて先入観は止めだ。

 適性に年齢差は無し。

 目標が同じなら、とにかく深く考えずに進む。

 ここは皆と一緒に協力して挑もうじゃないか!」

「はいっ!」


経験じみた大人こそ深く考えて行動するはずなのに、

どこかで突きあたり、あたかもプツンと切れた感じで

戦略的構造を簡略化するように背中を押してくれた。

自分もいかにも若者らしい発音で応える。

こうして都庁への介入は整い、晃京を陥れた根源へ

突撃の合図を出す直前だった。

全部隊が中心を見つめ、緊張がほとばしる。

あたかも待ってましたと言わんばかりに、

結晶内から西洋の騎士の風貌をもつ物が落下。


ズシン


10mはある西洋鎧の騎士が都庁周辺を囲むように出現。

結晶を防護するつもりか、自衛隊の侵攻を阻んだ。


「機甲兵、突入開始!」


相手は巨大な大剣を振り下ろし、無機質どうしで衝突。

自衛隊員を乗せた機体は這い出てくる悪魔の対処。

これらだけかと巨体どうしが戦う間に入ろうかと

武田が判断しかける瞬間、鎧型の側に歪みが生じる。


「俺達はまだ行かないのか?」

「ダメ、今向かったら巻き添え喰らうわ!」


カロリーナも陸将補の作戦にきちんと従う。

今回ばかり規模が大きく、上級悪魔しかいない中で

身勝手な行動は命取りだと判断。

藍色の鎧をした群れが都庁を守るように塞ぐ。

機体と鎧が衝突、激しい金属音が鳴り響いて

生身の体で交ざろうものなら一瞬で肉塊にされるだろう。

言い分は都庁からさらに空間が歪んだ事で的中し、

異様な大きさの間には隙間を補おうとする

ヤギ型の群れも現れた。


「小型悪魔出現!」

「図書館で現れたやつがこんなに!?」

「白峰さんはもういないはず。

 黒鉱石がまだ内在、適性するならばもしかして。

 同様に召喚できる力をもった者がいるようです!」

「あたしらが片付けるの!?」

「お前達に全て任せていられん。

 こうなるだろうと我々は機甲兵だけでなく、

 ACライフルを秘密裏に開発してきたんだからな!」


陸将補の号令で後陣から隊員が白色の銃を構える。

国の目をあざむき、世論もなんのそのと

結晶の未知数をここで形をあらわにさせる。

作戦展開地域枠の外でも多くの人々が見守る。


しかし、周囲にいるのは一般層だけではなく、

中には、かつてACと関わった者の姿もあった。


「4機大破・・・その他怪我人21人!

 衛生兵の要請する! 藤和ァ!」

「ヒイッ、すぐに運びます!」

「情報部も手をこまねいている場合ではないぞ!

 少しでも多く奴らの囮になってやれるものを

 表示してやるんだ、御手洗君!」

「な、なんとかやってみます・・・。

 悪魔に止めさせるよう説得・・・あ、無理そう。

 なら、気を引かせるような映像ホログラムを。

 う、う~ん、ちょっとデザインが」

「野次馬がロープを越えている!

 そこのあんた危ないから・・・え、山田議員!?」

「わたしだって手伝う道理はあります!

 こんな目に遭ったのも、あんな物を作ったのも

 あの都庁が悪いんだから!」

「あんた、釣られただけじゃないか!?」

「法務省から通達だと!? 何だ、こんな時に!?」

「少年院から通知がきています・・・。

 1人の少女から援護をさせてほしいと」


かつて、少なからず結晶と関わっていた者達が

ここぞと都庁攻略に手を貸してゆく。

ACを失った者も別の行動で何かしらな援護で

微力ながらも結晶の瓦解がかいに勤しむ。


「晃京を返しやがれ!」


鎧型悪魔に大きなブレードを振りかざす隊員。

相手も非常に厚い大剣でガードして太刀入れを防ぐ。

膂力りょりょくは少しこちらが劣り、押され気味になる。

もちろん、そのまま押し返す程単純ではなく

威力を流して胴体へ斬り込もうとした時。


「どごぁ!?」


体当たりを受ける、あたかも手の内を知るかの様に

次の一手を凌がれて戦闘の流れを変える。

巨体をまるごと押されてしまい転倒、

さらに大きな刃が地上に降りようとした時だ。



そこに1匹の生物が舞う。

鎧型の頭部を蹴飛ばして隙を生み、隊員の回避を生む。

アメジストのヒョウが数十mの高さで

悪魔の群れをかき回すよう介入した。



「こっち見やがれ、嚙みついちまうゾ!」


郷が自衛隊員の脇からすり抜けて四足で軍用車の上に立つ。

人前で堂々と悪魔化した姿をさらして陽動を買って出た。

今回、聖夜達が代表で都庁に攻め入る件に、

自分は何もしないで見てるわけにはいかず、

少しでも手伝いにいきたかった。


「結局、来ちまったよ。俺はそっちには行けねえけど、

 役の1つくらいは取らせてもらうからな!」


たとえ作戦に選ばれなくても、

最初からここに来るつもりだった。

鳴り物入りなペーペーの自分じゃ、せいぜい外回りな

手助け程度でしか動けない。

1人じゃ何もできないが、皆となら何か役に立てる。

元からそんな思考だから、この場でも難しく考えずに

イベントヨロシク同じ行動をとるだけ。

モロバレする覚悟で友人を助けにいく。

自分の登場は敵も味方も予想してなく、

ヤギ型の視線が郷に向けられてゆく。

コンプレックスに囚われたのか、一部は逃げ出し

複数の黒球がそこに発射の軌道へ変わり、

ヒョウ型の陽動のおかげで、悪魔の配列に隙間がでた。


「「郷・・・」」


郷も応援に来てくれたとすぐに分かった。

事前に都庁へ行くなとは言ってたものの、

男友達で一番多く接してきたあいつも駆けつけてくれた。

アホさもいい加減分かっていたとはいえ、機会を生んで

警告メッセージを別方向に切り替えるとは。

なら、なおさら期待に応えなければならない。


「あの紫の動物は敵じゃありません!

 絶対に攻撃しないで下さいッ!」


隊員達は敵性の悪魔ではない事に気付いていて、

郷に狙撃するつもりはない。

武田は悪魔の友人という奇怪なレポートも熟知して

隙が生じたヤギ型を数体撃破したのを見逃さず、

突入箇所に相応しいと聖夜に結晶を切り拓くよう指示した。


「ポイントC-2に活路有り。

 友人のおかげで突入できる間が開けた!

 出番だ、神来杜!」

「あそこか、皆行くぞ!」


ようやく出番が訪れる。

あの七色結晶を切り崩し、都庁内に入るチャンスがきた。

自身の適性もようやく判明。

透明な結晶のダイアモンドの性質をこの体に宿す今、

同質とも思える都庁と対等に渡り合える。

一度ロストフさんに試された事ができたから、

今回もきっとできるはず。

間近で見ても、明らかに大きさが違うものの、

同じ性質である七色はどことなくどこかで見た色と

覚えがあるような感じがする。

クレーン車である程度の高さまで上がった後、

自分が七色の中へ切り拓いていく・・・はずだが、

そう簡単にはいかない。

高層エリアからも新手の影が複数にじんできた。


「コオオオオオォォォ!」

「モオオオオオォォォ!」


死神型と翼の生えたウシ型が結晶から這い出てくる。

第2陣として待ち伏せしていたようで、

内、数mの鎌が機甲兵に向かって伸びていった。

自衛達も今まで前触れもなく現れた悪魔に

手をこまねいていたわけではなく、

行動パターンや攻撃方法を対策。

このタイミングで上に昇るのは危険と判断する。


「ここにも待ち伏せが・・・何っ!?」


だが、空中から現れたものはすり抜けるように

自分達を狙ってくる様子がない。

確かに今、戦闘していると無駄な労力を使い果たして

目的地到着まで身も危うくなる。

待遇表現と例えるにしても角違い。

ここにいるのは十分気付かれているはずなのに、

悪魔の群れは顔を合わせにくるものはいなかった。


「奴らはこっちに来ないな・・・?」

「討伐対象外とみなされています。

 私達だけは死なれるのを拒否しているようです」

「止める気がないって!?

 じゃあ、俺たちが狙われていないのは――!」

「あたしらに用があるから!

 都庁の中にいる連中は呼んでいるのよ。

 さっさと中に入ってこいって」


悪魔を操作しているようだ。

あたかも待っているかのように誘い込む策を案じていた。

真実なら、明らかに自分達を知っている事になる。

本当に入って良いのか?

だが、ここまで来たからには退避は許されない。

真犯人の顔を知りたいのもあるが、今退いても

今日発生する“何か”をオリハルコンオーダーズが

利用するのを阻止しなければならない。

陸将補はこちらを視ている。

先の通り、若者だからではなく世界解放者として、

彼らの後押しにも応えようと上層階へ振り向く。


「聖夜、先ッ、ほら早く!」

「分かってる!」


カロリーナに背中を押されて先頭を切る。

さらに七色結晶を切るために都庁を解放しなければ。

自分はダイアモンドの適性者。

世界で特に硬い物がこの体に宿っている。

内部で異変の全てが判明、真相が明らかとなる。

落ち着いて手すりをつかみ、登っていくと

瞬間、視界が揺らぐ。

戦闘のとばっちりが自分達ではなく自分達の足元、

クレーン車がグラついて傾き始める。


「悪魔がぶつかって足場がズレた!?」

「うわあああぁぁぁぁ!?」


同乗していた自衛隊員達が全員落下。

衝撃で足場がとどかなくなってしまう。

鎧型がぶつかり、レーンの方向が曲がっていた。

このままだと自分達も都庁に入れなくなる。

その時、周囲が冷え始めた。


「下が・・・凍ってる? カロリーナ――!」

「あたしじゃない、外から誰かが!」


まだどこからか、ACを発動した者がいる。

こちらから確認できない所から誰かが介入していた。



「・・・・・・」


軍用車窓から都庁に向けて冷気を放つ。

ACを遠隔操作して凍結させていたのは透子。

監査付きで青結晶を手にして聖夜達を協力していた。

何も言わずにただ、悪魔の阻害を抑えにかけ続ける。



理由が何であれ、足場はどうにか保てられた。

まだ上部から悪魔が次々と降下している。

だが、位置はそのままでいつまでも待っていられずに

リフト先で立ち往生すると、厘香が両手を上げた。


舞い上がれ、風よvanmalsgaldonunorgisg!」


ヘヴンズツリーで活躍した空中移動を可能とする

彼女のモーシッシで4人を空中に舞い上げて

落下させずに結晶付近まで辿り着く。


「でも、私の力では近づくだけで精一杯。

 アブソルートの破壊まではできないよ!」

「十分よ、全ては今日を尽くすために

 ここに希望の星を来させたんだから、聖夜ッ!」


カロリーナの台詞らしい言葉通りに、

自分は七色結晶を突き抜ける力を手に入れてきた。

それが今、まさにここで1つの目標を果たす。

すでに右手にはマナからわたされた最初の刃を握り、

不可侵領域の一歩前まで身を寄せた。


「セイヤアッ!!」


銀ナイフで七色の結晶を斬る。

最初に譲られたこれが突破口の秘訣だなんて

少しも想像していなかった。

複数のACを手に入れてきたのはこれのため。

去年のクリスマスイヴから始まった結晶との出会い。

自分が今行っている理由も何もかもここに集約。

仕組みも何も考えずに無心で腕を振り切った後には、

反射光にズレが生じて裂け目となった。


「都庁に反応があったようです!

 結晶に結合崩壊が見られました!」

「特殊工作班、内部に突入しろ!」


武田は予定調和とばかり、続行を指示。

聖夜、マナ、厘香、カロリーナは亀裂の隙間に侵入。

奥に続く元からあった窓の一部を斬り壊し、

廊下内に足を運ぶ事に成功。

奇襲を受けないよう見渡すと悪魔はいないようだ。


「中にも結晶でいくつか張り巡らされてるようです。

 廊下は空洞で普通に歩けるようですが」

「やっぱり、中に人がいたんだね。

 数ヶ月も閉じこもってたなんて信じられないけど」

「違うと思う、掃除した跡がまったくない。

 奴ら、今まで別ルートにいたかもしれないわよ」

「内部の結晶も色分けされているみたいね・・・。

 それぞれ、分かれて来いとばかりに」


カロリーナの探索目は単なる籠城と異なる様子。

人がまともに生活できそうになく、最初から空洞化して

今日を迎えていた可能性が高い。

外と異なる点は内部の結晶が4色に分かれている事だ。

ここだけはすぐに意味が理解できる。


「じゃあ皆、気を引き締めて行くぞ!」

「皆さん、ご無事で」

「頑張ってくるね」

「サッサと行って終わらせてくるから」


長話もせずに短い励まし合いの一言を交わして分かれる。

自身の宿命、運命がこれから待っている。

悪魔の追撃もない現状を不思議ながらも確認しながら

それぞれ上層階に入っていった。



そして、役員達も今期と一斉に動き出す。

各々の使命のために、仕事や法律を超えた理念を抱えて

結晶内に入ろうと都庁へ向かってゆく。


「警視総監、どこへ?」

「私も都庁に向かう。

 私用だが、過去の清算を果たしてくる。

 私自身にしかできない、解放するべき場所へ」


「大臣も向かわれるのですか?」

「ああ、蒔村都知事から救難要請がとどいた。

 特殊事態要請として私を指名してきた。

 困窮こんきゅうたる者を解放しなければならないのでな」


少しずつ悪魔を排除し、都庁の周囲を取り囲む。

本格的な決着をつけようと、武田は訓示の如く

号令を上げて一点だけを目指して声をかけた。


「陸将補?」

「さあ、俺達も負けずに前進してゆくぞ。

 今度こそ、閉ざされた都庁を解放する!

 我々のあるべき世界のために!」

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