第46話  確立

「わたしはぁ、んあっはっはぁーっ!

 いっしょおのおくりものだとおもてぇ、

 そのひとのためにぃ、んふんふんはんっ!」


 山田陰子は警察署で取り調べを受けている。

国会議事堂前での暴動事件における目撃者として、

彼女だけ平然としていた件について追及されていた。

民衆に街宣車で事情を放送している最中、

突然異常と化した都民に驚愕して先の状況となった。

指に付けていた結晶はACと判明するも、

灰色の指輪はすでに砕け散って、結晶は砂と同等に

変わり果てて形を成していなかったが、

わずかな量だけは科警研にそのまま押収された。


「つまり、あなたは自室に置かれていた指輪を身に付けて

 イベントに乗じて主張として発声しただけ。

 結晶の不可解さに気付いていながらも、

 自身の境遇のままに従って今に至っただけと」

「わたし、たわしもここにいるんだっていいたくて。

 きいぃーっ!

 ただ、さけんだだけじゃないっ!

 べんきょおだけのじんせいで、

 ひととしておざなりにされたくないから。

 おわっ、おわっ、なんでもちゅうもくされたくて

 しゅちょおするしかないのよぉ!

 わたしはなにもしていないぃーっ!

 ぼうどうをあおったおぼえなんてないぃーっ!」


泣きながら供述する彼女。

警察も結晶の効果として動機と重ね合わせるのに一苦労。

顔付きからしても嘘をついている様にも観えず、

本人の意思で仕掛けを施した点は見当たらない。

何者かによって贈り物・・・という善意に付け込んだ

揺動ようどう策と、この場にいる刑事達は

誰もが断定せざるおえない流れに向かわせていった。



 一方で晃京警察署、留置所に入れられた自分は茫然自失ぼうぜんじしつ

体育座りで静かにうつむく。

ここにいる理由は殺人の現行犯。

まだ事情聴取をしていない。

無意識とはいえ、ことごとく人を殺傷してしまった。

もう何人斬ったのかも覚えていない。

これからを思うと、いや、何も思う気すらもちようにない。

どれくらい施設に入れられるんだろう。

姉に軽蔑けいべつされ、家も追い出される。

どこにも行き場を失ったようで、

真っ暗闇に閉ざされた思念で満ちる。

警視総監、高橋増尾がやって来た。


「実刑は無効とする」

「え?」

「君の起こした行為は結晶による影響だ。

 業務上過失致死という扱いにとどめている。

 少し手こずったが、どうにか通った」

「過失・・・」


特殊工作班の立場なので、始末書的な側として

処分に落ち着くよう手配してくれた。

同じくマーガレット主任の請願も含まれていた。

あくまでも人並みの生活だけは保障してくれるらしい。

ただし、条件が足される。

懲役はまぬがれても学園の継続は難しく、

退学はほぼ決定事項となるだろう。

相変わらず上がる頭がない。

警視総監という長がわざわざ自分のところまで

来るからには相当な意味があると内心思うのだが。


「すみません、あの時何が起きたのか言えなくて」

「みなまで言わなくても良い。

 AC内にあるという幇助ほうじょ

 倫理すら超えて働いた可能性が生じたのだろう」

「・・・・・・」

「ただし、意味なく君を解放したのではない。

 他者とは異なる“適性者”という解が何か、

 せめてものACに関する情報がる。

 1つ聞きたい。

 君は何か鉱石の類を始めから所持していないか?」


奇妙な事を聞いてきた。

ACなんて、12月24日に3人から手にしたのが最初で

さらに前から持っていた覚えがない。

10歳前の記憶もろくになく、結晶となんて無縁とばかり

気付けば沙苗と一緒にいたくらいしか残っていなかった。


「いえ・・・去年に同級生から借りたのが初めてで、

 宝石を集める趣味なんて・・・」

「そうか、ならば良い。

 私はできる限りの処置は施したが、

 後はマーガレット君に任せている・・・それでは」


警視総監は去っていった。

偉い人相手に大げさな言い訳の1つも出せず。

口には出せなかったが、衝動や高揚感はあった。

たとえ、ACの副作用で押されていたとしても、

自分の意思はそのまま残っていた。

悪魔の誘惑の類に負けるように、

実際に剣を握りしめて行動した。



 警察署の外に出ると彼女達が待っていた。

あたかも出所して身内に迎えられる感じで、

こんなに足取りが重いのは初めてだ。


「姉さん、厘香、カロリーナ・・・」


3人と顔、目を合わせる度胸どきょうがない。

殺人犯を迎える今に、言う言葉を失う。

いつものようにこういう時は口が早く出るカロリーナが

事情の一片を語っていた。


「すまない、俺・・・」

「憑りつかれたわね」

「「俺・・・あの時、どうなったんだ?」」

「ACの中にいるモノに取り込まれそうになった、

 っていうしかないわ。意思に押された?」

「「・・・ああ、よく分からない何かに。

  俺にACを扱う資格なんてないのかもしれない」」

「聖夜」

「「なに?」」

「フェンシングの大会の頃、覚えてる?

 全国大会に出て1回戦負けした時の事」

「「ああ、12の時」」

「そこでコーチが言ってた言葉。

 “全国に出たくても出られない人がたくさんいる”。

 一度でも出場できた事に誇りをもてって。

 今、あんたは晃京解放の適性者としてここにいる。

 これだけ大勢いる晃京の中から選ばれた

 たった1人の、1つの星でしょ?」

「・・・・・・」

「沙苗さんの言う通りだよ。

 私はまだ君を信じてる。

 晃京を救えるのは君だけ」

「今まで一緒にやってきた仲じゃない。

 3番目によばれるのはしゃくだけど」

「よくは分からないけど、聖夜が無事だったんだから。

 すぐに出てこられただけでも本当に良かった・・・」

「みんな・・・」


3人はまだ自分を信じてくれている。

自身の行いは決して取り消せない。

でも、晃京を解決できるのは自分なのだ。

彼女達の目にどう映っているのだろうか、

単なるミスでは済まされない男を囲って

ここまでかばう事などしないはず。

そこまで身を保護してもらう立場に

今はただ人目を忍んで帰宅するだけだった。



 翌日、科警研によばれて主任に事情を説明した。

始末書の件で一筆書くために来いと言われ、

クビにされるのを覚悟して歩いて向かう。

従業員もチラホラと視線を向けてくる。

何を考えてるのか、少なくとも快く思っていないだろう。

目を合わせたくもなく下を向いて歩き、執務室へ入る。


「お疲れ様・・・」

「主任」


いつもの場所で恐る恐る彼女の顔をうかがう。

大目玉を喰らう事を覚悟してたが、怒らない。

チームワークを省みずに固執こしつしてしまった

反省なんてものじゃない。


「すみませんでした・・・俺、何をしようとしたのか」

「浸け込まれたみたいね。

 今回の事件、議事堂前で何をしようとしていたのか

 まるっきし見えなかった。考えられるとすれば、

 陽動で誘い込まれた可能性がある。

 仕掛人はあんたの事を知っているようだわ」

「オリハルコンオーダーズにめられたのか。

 俺が・・・あそこに来ると知っていて罠を」

「それにしては、ヤリ口が浅はかな節もあるけど。

 見せしめに議事堂を前に大それた手口を踏むなんて。

 リリア・エルジェーベトの件も大変だったわよ。

 捜査官も何人嘔吐おうとしたのか。

 あんたもよくやってくれたわ。

 後、ずいぶんと血を吸ったようだけど――?」

「ううっ、ああぁ・・・あああああぁぁぁぁぁぁ!」


血という一言で、ぶり返させられる。

自身が豹変ひょうへんし始めた時の

以前語った悪魔と同化するという話。

まさに自身で経験してしまった事実を相談したくなった。


「なんとなく、なんとなくですが分かってたんです!

 得体の知れない何かが俺の気持ちにけ入ってくる

 ACを使う度に奥から心に突き抜けてきて。

 でも、自分の意思すら押しのけて迫って来る!

 この体を通じて別のものが感覚を狂わせて!

 リリア先生に入れられた彼女達の血もすごく美味く、

 脳がたかまるくらい押し上げられたんです!

 もっともっと吸いつくしたいって!」

「ええ」

「それが“適性”なんて都合の良い言葉で

 体裁を保って今までもってきただけ。

 自分の意思は確かにここにはあるけど、

 別の何かがジワジワと融通する感覚があるんです!」

「あんた・・・」

「改めて実感しています。

 ACはただの力を出す石なんかじゃない。

 みんな、こうやって無意識に取り込まれたんでしょう?

 拓男や透子、福沢先生も、他の人達だって。

 俺、いつか悪魔になってしまうんでしょうか?」

「・・・・・・」


本当は言いたくない。

だけど、のどから手が出る様な欲求は

もはやどうしようもなく、誰かに訴えたくなった。

得体の知れない思惑としかいえない何かに

溜まり切れずに口から出てしまう。

頭を抱えた自分に、主任は発言する。


「そうね・・・1つ話そうかしら」

「え?」

「私が剣を作成した理由。

 まだ言ってなかったと思うけど、結晶による悪夢を

 まざまざと見せつけられた話をしようと。

 そして何故、ACを扱っているのか教えてあげるわ」

「主任も、ACの被害に?」

「そう、嫌でも脳裏に焼き付いているから」


私はアメリカの小さな田舎町に住み、

父は警察官、母は地質学者で誰もが異色と言うくらい

不思議な組み合わせの下で私は生まれた。

そんな関係か、すれ違いの生活も少なくなかった。

ある日、収入を上げようと採掘権を安く買い上げて

様々な鉱石を売って利益をあげた。

ただ、鉱石の価値を売買していた故に家庭は裕福に

学生生活を送ることができた。

しかし、母の様子が急変した。

岩石を食す行為を始め、お構いなしと家の料理が

石だらけのメニューへと変わる。

父は憤怒し、止めるよう指摘した途端に暴れ出して

悪魔と同等の素振りを表す。

そして、私にも襲い掛かってきた。

父は守るために発砲したが、銃弾は通らずに。

怖くなった私は硬直化した母を剣で砕いて逃れた。

当時は悪霊による事件と揶揄やゆされたが、

どうしても認めたくなかった。

数年より、後にアメリカのCSIで独自調査をして

カルト、魔導関連からACの存在を知った。

母が買った採掘場は以前からいわくつきの所で、

気付かない内に購入してしまったのだろう。

おそらく母は適性ある結晶に促され、悪魔を体内に

取り込ませたのだと推測。

生活の豊富さが運命を一転させた。


禍福かふくあざなえる縄の如し。

 良い事と悪い事は必ず離れずに付いている。

 結晶という生きる上で必要な糧とは対象に、

 内側から徐々に心も削られてゆくもの。

 でも、あの時私は結晶を否定できなかったわ。

 費用がなければ大学にも進学できなかったし、

 無意識の内に塊を追及してみようと思ったから。

 他にはない適性という希少な価値と

 人間の価値はどこまで高まるのか」

「・・・・・・」

「だから、私はあんたにけているの。

 適性に興味があるのは否定しないけど、

 同じように事件を引き起こす者は後を絶たない。

 やぶれかぶれでも今あるもので乗り越えてみせると。

 晃京を解放できるのはあんただって・・・」

「主任・・・」


こんな時に主任の過去が明らかとなるとは

かつて、平坦な人生が唐突に激変。

彼女の話はからして、とても他人事に思わなかった。

確かに結晶の反動による境遇は似たようなもので、

話は胸の中から例えようのない気持ちを

形がみえなくてもどことなく湧かせてくる。

人間はどこに結晶と帳尻ちょうじり合わせをするのか。


「主任もそんな経験をしていたなんて・・・。

 改めて聞きたいんですけど、人が結晶なんていう

 石と関与するところはどこなんですか?

 俺の適性って本当は何なんでしょうか?」

「・・・まだ詳細は判明していないわ。

 あんたと最初に会った時から未だに掴めてなくて。

 具体的な状態は・・・そうね。

 よく観えない、としか言いようがないの」


やはり、以前と同じ答え。

人と悪魔の瀬戸際を見せつけられていた。

どうせ、悪魔に侵食されるのなら討伐も。

少し自棄ヤケのような気もするけど、


「そうですか・・・」

「でもあきらめめないで、都庁には必ず素があるはず。

 根源を見つければ再生し治せるはずよ」

「もとに戻れるんですか!?」

「ええ、出口を塞ぐ様なもので結晶の融解を再配合させ、

 有機物に戻して浸蝕も抑える方法もあるから」

「都庁のを断てば俺は・・・救われる」

「話を戻すわ。

 私達はまだ都庁の結晶を破る方法がないの。

 警察も世間の目の中でプレッシャーがかかってくる。

 どうしてもわずかな可能性を拾っていかなければ。

 晃京を陥れた犯人を見つけなければならない」

「どの道、こうなる運命だったのかもしれない。

 まだ、俺は・・・剣を握れると。

 俺・・・続けます、この仕事を!」

「・・・意思表示は受け取ったわ。

 それでこそ男の子よ。そうそう、AC情報よ。

 先程、あんた宛てに送られてきたの。

 これを持っていきなさい」

「これは?」

「マナちゃんからあんたにわたすよう頼まれたの。

 ゴールデンラブラドライト。

 教会関係者が扱ってたACよ」


ここで再び結晶を与えられる。

彼女が所持していたACは主任へ通していた。

何故、自分にわたしたのかまでは分からないけど、

今後に備えて役に立つと行方不明から前もって

託そうとした。


「アヴィリオス教会は炎と雷を専門とする力と聞くけど、

 あんたにわたせと言われても、何の効果があるのか

 検査してもよく分からなかったけど」

「とりあえず、俺に」

「あの子は決意したような顔をしていた。

 そして、何かがあればあんたに任せようとしたんでしょ。

 たとえ本人がいなくても意思は継げさせる。

 あんたはまだ見捨てられていない。

 どこまで離れようとも、引き続きサポートしているのよ」


自分は3cmの黄色い玉を手に取る。

触った感触は少し暖かく、主任の体温と違うものが

はげましとばかり指の皮膚を伝う感じがする。

マナも俺の動向を知ったのか、気にかけてくれた。

主任や皆がそこまで俺を期待するのかは分からない。

だけど、皆の期待で自分に賭けてみようと

弱気な顔をした目から次第に勇気が増すような

言葉を言い放った。


(俺も人を手にかけた犯人だ。

 だから、引き金となった真犯人を必ず止めてやる)

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