不老不死の石3

 リリア先生から呼び出しの連絡を受けた。

ところが、いつものミーティングしていた執務室ではなく

別の部屋に来いと言われた。

ここは今まで来た事がない部屋で、治療室らしい。

プレートに面会謝絶と書かれている。

誰も入ってはならない警告用語のはずである部屋に

何故自分が許可されたのか気になるまま、入室した。


「先生、いますか?」

「聖夜君っ! 怖かったよう!」

「うわ!」


突然、彼女は悲しげに抱きついてくる。

両腕で奥深く自分の胸にまで近づいた。


「ちょ、ちょっと、こんなとこで、おおっ!?

 何があったんですか、落ち着いて下さい!」

「イキナリね、ドナリ散らしてね、〇〇すぞって」


話によると数人の男達がやってきて恐喝されたようで、

仕事に手がつけられないと言う。

医療ミスでも起こしたのか、ここに書けないような

発言もして体を揺さぶって事情を語った。


「そんな大胆な語を・・・いや、そんな事よりも

 押しかけてきたって、何があったんですか!?」

「私ね、移転する事にしたの。

 つい、医療ミスを起こしちゃって。

 世間の目もあって、もうここじゃやっていけないから」

「引っ越しってどこへ?

 赤とか青の収集はどうするんですか?」

「AC回収だけは辞めるわけにはいかないの。

 赤と青の結晶はまだ必要なの。

 そして、聖夜君の力も!」

「俺がですか?」

「うん、君が一番見込みがあるの。

 可愛いし、私のパートナーに相応しい」

「パ、パートナーって、また縮んだ組み合わせに・・・。

 カロリーナはどうするんですか!?」

「あの子はもうヨーロッパ支部に帰っちゃったでしょ?

 病院の皆は元々ACと関わりがない一般の医師だし。

 人工血液の素がもっともっと欲しくって・・・。

 はあっ、ハアッ。頼れるのは君しかいないの!」


整った顔をしながら息が荒くなるも、

柔らかい固体を押しのけて帰国の件を打ち明けた。


「聞いて下さい、あいつはヨーロッパに行ってないです!

 オーストラリアに」

「え?」

「リリア先生・・・実は俺から

 俺達はもうとんでもないところに来ているんです。

 それに・・・」










「あんたも人間じゃない」

「え、何の事?」

「とぼけても駄目です、先生は立場とACを利用して

 医療を隠れみのに法外な実験をしていた

 報告が上がりました」


自分は根拠を彼女に説明する。

京香の大量失血死は道路で起きた事が原因でなく、

ここ、聖オルガニック病院で起きたものだった。

そして川上沫刃の妹が突然ここに移送されたのも、

リリア先生が依頼書を埼王の病院へ通達。

理由は彼女を何かの実験に利用するつもりだからだ。


「科警研の人から確認したんです。

 川上という人を特待して個別病室に招待した事。

 ただでさえ患者収容が精一杯の晃京で、

 あなたは複数の10代女性を移送させていた。

 サインもきちんと押収してありました。

 あなたの名はリリア・エルジェーベト。

 エドワード先生の実娘である事も!」

「・・・・・・」


きっかけは京香の死より、事件性として発覚。

昨年から大量失血死が相次いで起きていた。

当初は死者がわずかで、警察もろくに調べていなかったが、

主任が不審に思い、改めて調べ直して判明した。

警察相手に偽名は使えない。

おそらく慌てて本名を書いたのがあだとなって

発覚したのだ。

自分をここに呼んだのも、すぐそばにある何かしらの

処理の手伝いをさせるためだろう。

全ての事柄を一致させた内容を指摘すると、

彼女は本当の事を話し始めた。




「ちぇっ、君なら分かってくれると思ったのに・・・」

「分かるはずがない、抜き出した血液採集なんて!

 なんで、こんな非道をしたんだ!?」

可視かしの有効性の向上よ。

 世間一般でよく利用される美について、

 私は男の人を幸せにするために尽くしてきたんだもん」

「かし?」

「ビジュアル重要視に偏重するのが女だから。

 人体は男女お互いに良いと思われる型を無意識に

 求め合う気質と器質を極力探している。

 私は・・・命の価値と同等の美を追求し続けてきた」


1952年に生まれた私は父から英才教育で医者になる。

整形外科を目指したが、父に反対されて外科医になった。

仕事としては順調に続くも、満たされない自身の内側は

水を生成する青のACにも着手しろと父に命じられて

言われるままの人生を歩き続けてきた。

しかし、心の内はいつまでも消える節もなく

赤の結晶に気を向け始めてゆく。


「ある日、ヨーロッパの国立図書館で調べた文献から、

 赤の結晶に角質を長期保存できる方法を見つけた。

 古代の医学者で金属の性質をセラミドと配合して

 表面をコーティングする技術が施されていた。

 そこで、あるACの存在を知ったの」

「何だそれは!?」


モニターに赤黒い結晶が表示される。

見覚えのないACが今回の引き金だと語った。


「シンナバー、不規則な比重どうしの配合を秘めた

 無限の可能性を秘めた結晶。

 血より、サーフェイス表面の活性化が

 著しく細胞を若返らせる事に気が付いたの」

「あんたの所有ACか、これで研究を?」

「もうここにはないの。

 元々借り物だったから、返上したわ。

 研究は成功したから、今は後片付けをしてるんだけど。

 君、メタモルフォーゼスっていうACを持ってるよね?」

「あれは科警研に預けています。

 今の自分には使い道がないので」

「私にはそれが必要なの・・・お願い」

(俺を呼んだ理由がそれか・・・)


かつて拓男が拾ったACには大量のモノを収納できる

性質があり、実験体をそこに入れさせるために

自分を利用しようと図った。

いや、最初からカロリーナも交えて利用してたのだろう、

みじんも疑わなかった緩さが悔やまれる。


「・・・分からない。

 そんな事が無数の命を散らせる理由になるのか?」

「女は外見が良くなければ日陰に終わる。

 どんな地位に就いても実感が湧いてこないから」

「・・・・・・」

「だから、思ったの。

 美人だけ世界に残して、他は血液だけ集めて

 保てれば喜んでくれるって」

「な・・・」


彼女にとっては複数の粘土ねんどをこねて造形する感覚。

1つの目標なら命という倫理もお構いなしに、

外見さえ良ければ、他の者は都合も省みずに用無し。

まさに歪みきった美の追求であった。


「エドワード先生も関わってたのか!?」

「私の独断よ、父様は水研究で忙しいし。

 これも知ったら、超反対されるに決まってる」

「当然だろう、こんな大都会の中で虐殺なんてすれば

 今の時代じゃ、あっという間に広まるぞ!

 血液補充の求人も、あんたの体のために・・・

 それでも医者か!?」

「外見が違うだけで利益率も違いがでるのよ。

 病院は他に何ヶ所もあるのに、私が就任したら

 ここばかり男性患者が急増していったの。

 理由は単純至極、私にいたいから」

「拓男も似たような事を言っていた。

 異性に認められようとか、男女男女って・・・

 なんなんだ、あんたらは!?」

医者・・よ、人体美学の一貫。

 自身にとってはあくま悪魔でも整形。

 完璧なスタイルが欲しい、どこまでもどこまでも。

 だから・・・ね。分かってちょうだい聖夜君!?」

「俺は間違っていた。

 成り行きで紹介されて、仕事として任されたのも、

 流されるように自分の意思はなかった。

 リリア・エルジェーベト・・・あんたを討伐する」

「あーあ、やっぱりこうなっちゃう・・・えいっ!」


ビチャッ ビチャビチャビチャ


彼女の口から液体が飛び出す。

再び流れ物を浴びせられた。


「これは・・・血!?」

「私は血を操る能力をもっているの。

 だから・・・狂わせてあげる。

 私無しでは生きられないくらいに」

「「うう、あああ・・・」」


複数から吸い取った女性の血を浴びてしまう。

一部は口に入り、すでに食道を通して浸透する。

だが、何故か感覚に違和感が生じた。




(なんだか・・・甘い)


鉄分なのに、ずいぶんとまろやかな感じがした。

自分が怪我した時のさびと思いきや、

体の中にある何かの反応は拒否反応もなく

受け入れてゆく。

もっともっと味わってみようと、心臓が高まり始める。

いつの間にか、自分の意思は胸の中に従うままに

逆に体液を奪い取りにいこうと先生の血液を

吸い出しにかかった。


「「吸いたい・・・もっと」」

「えっ?」


ズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズル


重力を発生。

宙を舞う赤き川は流動していく。


「イヤアッ、ワタシノハダ、ワカサガァァ!」


吸引力は自分の方が勝っていて、吸い切った反動で

リリアは吹き飛ばされて倒れる。

しわくちゃの老婆になった。


「君・・・そんな能力も」


いや、これが元々の姿。

リリアは実年齢60歳で1952年に生まれたから、

当然なまでの身なり。

元から血に関する奇術しか扱っていないから、

彼女に対抗する術はもうなくなった。

床にへたり込み、歪んだ悲哀の目で自分を見る。


「私・・・いつまでも若くあり続けたィ。

 何十年も生きてきてヨうやく叶えたの」

「・・・・・・」

「いえ、私だけじゃない全ての女性の夢。

 それができるのは私だけなの。

 聖夜君、お願い、助けて・・・」

「・・・・・・」


初老の女性に命乞いされる。

言葉は理解していたが、感覚がいつもと違って

はっきりと返答できる意思をもっていなかった。

体内の甘さに酔いしれている余りに、

剣を奮うつもりはなかったが、無意識に

ラーナを握ったままフラフラとにじり寄り、

眼下、1m弱でいつくばる彼女に

嘆きかけた。


「俺は・・・なんだか違うんですよ。

 最近になってから、じぶんがなにものなのか・・・」

「え?」

「ミンナおかしい、オレもおかしい。

 おれ・・・なンなんでしょうか?

 オシエテください、おしえて」

「ヒイッ!!」


ガキィン









「え?」


ラーナは床に刺さった。

片手で頭を押さえつけて押し倒し、

縦の刃と共に老婆の顔の横でささやく。


「「こんな手口の時点であなた個人の願望ですね。

  女性の破壊は物理的なものじゃないですよ。

  内からジワジワと侵食する崩壊でしょう。

  そこで若さを抜き取られていった女性達も

  同じ事を言っていたと思いますよ?」」

「ガ、ゲ、ゴモオォ」


水色と茶色の瘴気がむしばみ、次第に動かなくなる。

呪でとどめを刺した。

与えたのは慈悲なき伝達と抽出された怨念。

女性だからといって容赦できる程、

もう血のような甘さは残っていなかった。











「俺は!?」


不意に意識が戻る。

ACの性質が霧のように立ち込めた酔いから覚めて

すぐに立ち上がった。

吸血鬼は始末できたが、周囲の関連物も確認。

すぐに警察に連絡して応援を呼ばなければならず。

それに、カーテンの奥にある忌々しいモノも

確認しなければならない。

見たくもないが、いつもなかった好奇心が今になって

高まっていくのが止まらずにいた。


「すごい臭い・・・」


何があるのかは大体予想がついていた。

主任は気付いてたのか、先生がこんな事をしていると

自分に討伐を任せたのだろう。

そっと開くと筆舌しがたい光景がここにあった。

複数の女性の亡骸が浴槽に押し込められて

全て血を抜かれ、ゴミの様に詰められていた。


「リリア先生・・・なんて事を」


染めている茶髪、金髪の色からして若い女性なのが分かる。

永遠の若さと言い放っていた原料の元は同性の血液。

いずれ処分するつもりだったのだろう。

彼女にトドメを刺したのは間違っていなかったのかも。

あまり観ているとまた気が狂いそうになる。

人という色せた渇きから離れて

警察に通報し、部屋から出ようとした時。


「「ううっ、ぐぅ」」

「まだ生きている!?」


輸送ベッドに置かれた納体袋がモゾモゾ動き、

うめき声が小さく耳に入る。

急いでジッパーを開けると女性が入っていた。


「あんたは・・・川上さん!?」


中には沫刃の妹がいた。

郷の声真似をしたのはリリア先生で、

公式で手に入れられないACを自分に回収させて

血液の性質や力を促成したのだろう。

知らず知らずのうちに加担させられていた。

彼女が指を指した方の詰められた浴槽内に、

まだ生存者がいたのだ。

視界に埋め尽くす忌々しい肌色の集まりを押しのけて

両手で中をのぞくと、行方不明だった同級生がいた。


「静江・・・シズエェッ!?」


外見は今までと見分けがつかないくらい細かった。

だけど、顔や髪型でかろうじて理解できる。

腕にチューブが刺さった状態で、おそらく最後の被害で

自分がここに来た時に抜かれていたのだろう。

糸が切れそうなか細い声で懺悔ざんげの言葉をつかう。


「「わたし・・・ばかだった」」


静江は休校からまったく学園に来なかった1人。

しがれた声で打ち明ける。

彼女は安易に稼げそうな仕事を探してここに来た。

安易に儲かりそうな仕事に飛びついたばかりに、

反して生命線を抜かれる羽目になった。


「もうしゃべるな、すぐに助けがくる、助け――」

「「めいわくかけて・・・ごめん・・・なさい」」


目をつむる前に息を引き取った。

最後の一言を告げるために意識をどうにか維持して

自分に放ちたかったのだろう。

対して、先生に囚われてばかりにろくに手当できず。

結局、命を救えずに場は終わってしまった。

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