第6話 ”アンチはスルー”とかできるわけないやろ
「葉月ちゃーん、起きましたかー。そろそろ出発ですよー」
「んぐ……おは……は!! 神!! おはようございます!!」
葉月は二度寝から目を覚ますと寝床から飛び上がっていくらに柏手を打った。和洋折衷だな。思いつつ、いくらは葉月の腕を引く。家の外に出るとその脇に用意した水桶に向かう。中に沈めた布を絞って水気を取ってから、まだ眠気まなこの葉月に手渡した。
「……いや、葉月ちゃん、崇めてくれるのは嬉しいんだけど、普通に友達として接して欲しいっていうか……」
水で濡らした布で顔を拭かせると、一度目の起床とは比べられないほどに葉月は溌剌として顔を上げた。
「いやぁ、神と友達とか恐れ多いですよー!! 信徒に殺されてしまいます!!」
「そんな過激な奴ここにしか存在しないから大丈夫です」
「なるほど、さすが無法の異世界……神に迷惑をかけるやつなんて私が捻り潰してやりますよ!! この力はおそらく人を殺すために与えられた物なので!!」
「ちょ、やめて、大声でやばいこと叫ばないで!! 違いますよ集落のみなさん!! 言葉がキツイだけなんですオタクっていうのは!!」
広くはない集落を進みながら犬科の住人たちに大声でアピールするが、当の住民たちは目を逸らして足速に去っていくばかりなので、すでにとんでもない存在として扱われることが決まったのかもしれない。一行も早くここを出なければ。
「あれ、そういえばこの村……集落? って獣人しか居ないんですね……モフとモフとそれからモフと」
「みんな違ってみんないい」
「金子いくら」
「なんかここ、住人は獣人しか居ないらしい。フランベルさんが教えてくれた」
「へぇー……というかふと不安になりましたけど、この世界って獣人以外の人って居るんですかね。第一異世界人からずっと獣人しか見てないけども」
「まあ……私たちを見てもフランベルさんは驚いてないし、少なくとも人間っぽいのは居るんじゃないかな」
「魔術もあるみたいだし、異世界ライフ楽しみですね!!」
勢い込んで葉月がいくらの肩を叩くと、叩かれたいくらの肩が勢いよく下がり、片方が上がる。
「いったー!! 肩いてえ!!」
「いやそうはならんやろ」
「なっとるやろがい!! もしかして私の肩脱臼させようって企んでたりします!? 私またなんかしちゃいましたぁ?!」
「え、そんなつもりはなかったんですけど……もしかして私は私の知らない深層心理でいくらさんの肩をなで肩にしたいって思ってるってこと??」
「しらんしこわい……ともかく準備終わったからはやく合流しようよ」
「うーっす」
葉月が寝ている間に上下ともに異世界っぽい質素な服に着替えていたいくらと(一方的に)戯れつつ、葉月はフランベルの元へ合流する。フランベルは出立の支度を終え、荷を載せた馬を傍らに、集落の出入り口で待ち構えていた。
「遅かったな」
「すみません。二度寝最高でした」
「そうか疲労は取れたか。これから長距離移動だからな。体力はあるに越したことはない」
「なるほど……ここにツッコミは私しかいないってわけですか……」
褒めて伸ばすタイプらしいフランベルに、憂いた目でいくらが地面を見る。譲ってもらった、比較的新しい皮袋のような粗末な靴が自分の足を包んでいた。その横では葉月がフランベルに手綱を握られている馬を興味津々で眺めている。口を開く気はないようなので、葉月に変わっていくらが口を開いた。
「なんですか。この生き物は」
「陸天馬だ」
いくらはマジマジ見てみた。顔つきも体型も馬だが、少し足が太い。胴体から蹄に近づくにつれて、羽毛のようなものがビッシリ生えている。鞍と荷物が乗せられているので分かりづらいが、肩甲骨と腰椎付近にも細かい羽毛が生えているようだった。
「……なるほど、きっとなんでもないリクデンバー……」
「おー!! リクテンバー!!」
フランベルに許しをもらって馬を撫でる。葉月の顔は分かりやすく綻んだ。
「私が知ってる馬たちとちょっと違いますよね。中間種かなー! かわいいねー!!」
「馬に博識ネキだったのか葉月ちゃん」
「実は家畜に詳しいネキです! いくらさんも馬で生活してますから詳しそうですね!」
「あれ、言ってなかったっけ、私実は君と同じ時代に生きてるんだけど。もしかして現代道民が馬で生活しているって思」
「しかし元気そうないいウッマですね!」
「軍用ではないので多少貧弱だがな……ハヅキ、あまり撫で回すな。機嫌を損ねると落とされるぞ」
「はいはい。よろしくねー、馬!」
忠告されながら、葉月の手は馬の立髪を漉く。馬が嫌がる様子もなく目を細める様子に、いくらも思わず顔が綻ばせつつ、葉月に話を振る。
「そういや葉月ちゃん、フランベルさんの話だと、ここから王都に行くことになったんだって。道順は他の村を経由して補給をしながら五日」
「道中、ここから近い村で馬車を買う。そうすれば移動はだいぶマシになる」
「なるほどー、五日……五日!?」
促されるまま馬上に上がった葉月に鎧の説明をしながらフランベルが詳細を伝えると、葉月は馬の上から素っ頓狂な声を出した。
「五日も馬に乗るんですか!?」
「五日間歩く方が良かったのか?」
「あ、やっぱなんでもないです。馬サイコーだなー! なにより視界が高いから背が伸びた気がする!! ……って、あれ、いくらさんは乗らないんですか」
「や、私は……」
「この馬は一人用だ。男は歩け」
発言しようとしたいくらにフランベルが顎で示すと、いくらは頬を引き攣らせて愛想笑いをし、葉月は落雷を受けたような顔で慄いた。
「そんな!! いくらさんは私と同じで心は乙女のか弱い人なんですよ!!」
「葉月ちゃんと並べられるとか弱さが伝わらない気がするのは何故だろう」
「か弱いやつは全裸で森を歩かない」
「一理ある」
「この世の真理……や、まあ、私もせっかくいい体♂を手に入れたから、出来る限り動いてみようと思うし、気にしないで」
「そんな……! いくらさん!!」
「いいから行くぞ」
いくらと葉月に水の入った皮の袋……どうやら水筒らしい……を手渡し、多くはない荷物が荷物に乗せられているのを目で確認すると、フランベルは馬の手綱を引いて一歩を踏み出した。いくらは歩き出してすぐに集落を振り返り、見送りに来てくれたらしい長と目が合い、軽く手を振った。
「また来る機会があればよろしくニキー」
「か弱いいくらさん……!!」
「そういいながら降りない所、結構好きだよ……」
そうして、馬から降りる様子も見せない葉月を乗せたまま、一行は歩き出した。
馬をパカラパカラとさせて、道を進む。
最初はアニメや映画であるように馬に乗って駆けるのかと思っていた葉月が「ハイヨー!」とやろうとし、フランベルに頭から食われる勢いで怒鳴られ、そこから大人しくなった。どうやら長距離でそれをやると馬を潰してしまうらしい。以降、フランベルが手綱を引くペースに合わせ、多少の雑談をしながら進むことになった。気温は高めだったのでクロックムッシュは早めに食べたが、携帯食には死ぬほど向いてない食べ物だと思い知る食べ物だった。
「……異世界というと、深い森を歩いたり、レンガ道の街道を歩くイメージあったけど、そんなことはないんだなぁ……」
葉月がここまでの道のり、馬の上にいる現在地から物を見て思う。地平線には森なのか山なのかわからない青々とした影がぽつぽつと存在しているようだが、近辺の広大な地には緑が……というより、住んでいた田舎ではよく見た雑木林や街路樹のようなものがない場所が多い。砂漠地帯と言うほどではないが、目の前の光景は、イメージの中にあるシルクロードとモンゴルの草原が混ざったような、なんとも言えない土地に見える。道も道と言えるはっきりとした道はなく、基本は地肌の見える地の、時折見える手入れの行き届いていない芝の上をたまに歩いているという感じだった。
時々か細い木が数本単位で見つかるが、枯れかけのものばかりだった。前日移動していた時は頭が回っていなかったが、どうにも砂っぽいし。
「砂よけも相まって若干のアラビアン」
「めっちゃ息苦しい」
「取ってもいいが肺をやられるぞ」
「怖いこと言わないでください」
歩き詰めのいくらは息が乱れるのか、口元に巻いた鮮やかな色の薄い布を時々外したりしていたが、フランベルに忠告されるとあまりそれもしなくなった。
最初にいた地は緑が溢れた森であったが、最初の集落を通ってからは、密集した森は見当たらない。それどころか大きな川もなく、この辺の水源がどうなっているのかいくらは気になってくる。
「……地下水かな……モンゴルなんかは地下水が水源だって聞いたし……短い草ばっかなの見ると……いや、でもそれだと飲み水の確保が……川があればその近辺に集落が……」
「大丈夫ですか、いくらさん。めちゃくちゃ頭使ってますね!? そういう辛い時は好きなもの思い描くと元気出ますよ!! 私は神の作りし絵を思い出しています」
「楽しいこと……ソシャゲの新規イベント絵……マッチョのケツの窪み……胸筋に食い込むベルト……ケモホモ……」
「おい、ハヅキ。怖いからそいつを黙らせてくれ」
「一ヶ月分の給料を課金をしても来なかった推し……減る貯金……サ終……ウッ頭がッ!!」
「草。ほらいくらさん、お水ですよー」
「急!! でもありがとう!!」
頭がヒートしてきた様子のいくらの頭に水筒の水をいくらかふりかけて、熱を解放させようとする。気化熱という知識が葉月にあることにいくらはこっそり驚いた。
「やべぇやべぇ……飛ぶとこでしたわ……つい設定厨だと詳しい仕組みを知りたくて仕方なくなる……」
「後半性癖と爆死の暴露になってましたけどね!」
「……いくら、お前は学者か? ずいぶんとモノを知っているようだし、奇行も多い」
「学者の頭がおかしいと言う風潮。いえ、ただのオタクです」
「おたく?」
「神の下界での仮の姿で……やめていくらさん! 脛をゴスゴスしないで!! 反射でピーンてなっちゃう!! あ、いくらさんに直撃した」
「ゴフッ……な、なんでもないですただの知りたがりです、ええ」
「そ、そうか……」
(葉月ちゃん、異教徒の前で神とか気安く言っちゃいけません!!)
(あ、他国の人に気安くサッカーと政治の話題を出しちゃいけないってやつですね! オッケー!)
小声でやりとりする二人の声は、獣人のフランベルなら聞き取ろうと思えば聞けたのだろうが、わざわざ聞こうとはしていなかった。恐々振り返るいくらに、フランベルは先ほどからと変わらない顔で口を開いた。
「オタクがなんなのかはよくわからないが……この辺りは地下から水を汲み上げて水源にしている。昔はもう少し井戸があったが、枯れ井戸も増えるにつれ人は中央に集まるようになって、集落も減っている」
「なるほど……じゃあ昨日お世話になった集落はものすごく不便な所に残っている人たちなんですね……」
「あそこは創国時から始まりと終わりの地の管理を任されているからな。山を挟んで東国があるから気は休まらないはずだが、離れたくとも離れられん……幸い水源も枯れていないからな……」
気を紛らわせるためかいくらの独り言のような疑問にフランベルが答えていく。
「フゥン」
「なるほど」
興味の有無がはっきり態度に出た二人に、フランベルは何が面白いのか、耐えきれなかったように小さく笑った。
まだ明るい内に新しい集落に辿り着いた。いくらは慣れない靴に気を遣りつつの移動だったが、男になった結果か、筋肉の疲労は感じながらも筋肉痛の片鱗などを感じずにそれなりに満足だった。一方葉月は慣れない乗馬体験に臀部の痛みに呻いている。
「絶対お尻割れましたよこれ……めっちゃ痛いんですが????」
「人類は二つ以上に割れる進化はしてこなかったから大丈夫じゃないかな」
「もっと心配してくださいよいくらさん!! 私が人間辞める可能性もあるんですよ!!」
「尻が二つ以上に割れたら人間は何になるんだろう……亀甲切りマンゴー……?」
「大声で何を話しているんだお前達は」
馬小屋に馬を繋ぎに行っていたフランベルが戻り、騒がしい二人の会話に割り入った。
「聞いてくださいよフランベル氏!! いくらさんが私のお尻に興味ないんです!!」
「や、やめろ!! 私を社会的に殺そうとするのは!!」
「さよなら天さん……どうか社会的に死んで……」
「やめろーっつ!! 葉月―!! あれ?? これじゃあチャオズ天さん殺してね??」
「……仲がいいのは構わないが、公共の場ではそういった会話は控えるように。少し早いが、今日はここで泊まる」
「やったー!! 自由時間だ!!」
「修学旅行かな」
「場所はあそこの宿だ。遅くなるようなら隣にある酒場の店主が宿の主人も兼ねているから、そっちに断りを入れてこい……まあ、周辺に何もないし、遅くまでどこかに行くことはないとは思うが念のために教えておく」
「はーい!!」
「……イクラ、お前が覚えておけ」
「はい、あの袖看板っすね。デザイン覚えときますウッスウッス」
「日が暮れる前に帰ってこい。よくない奴らも多い」
「はい、善処します!」
「ウッホウッホ」
あちこちを見回して歩き出した葉月を、左右に大きく揺れる小技を見せながら急いで追ういくら。二人の背中を見送り、フランベルは宿へと身を翻した。
自由行動とは銘打たれているが、自由に使える資金があるわけでもなく、葉月といくらは集落をぶらぶら散歩するに留まった。初めの集落より居住区が大きいため酒場や露店もあったので周り甲斐はあったが、金もないので観光ができない二人に現状旅の醍醐味はほぼ無いようなものだったが、肉を焼いている露店の前に涎を垂らしていたら、商品にならなさそうな小さな肉片に爪楊枝のような棒を刺したものをもらった。施しは遠慮くなく受けたが、肉の味はいまいちだった。と、それなりに楽しんだ散策だが、多少広いとはいえ集落だ。散歩はすぐに終わった。酒場近くの井戸の淵に腰掛け、見る者もなくなったいくらと葉月は暗くなってきた空を眺めている。
「フランベル氏って、面倒見いいですよねー」
「どうしたの、藪からスティックに」
「いくらさんてネタが古いですよね」
「普通に傷つくんで真実に切り込むのやめてください」
「で、フランベル氏のことなんですけど、森で会ってからここまでお金使ってまで私たちの面倒見てくれてるじゃないですか」
「ああ、それか……」
「私なら絶対やらないなって思って」
いくらの複雑なハートを膾切りにしながら葉月がつぶやくと、いくらは少し躊躇ってから口を開いた。
「んー……お人よしはそうだけど、なんか、罪滅ぼし的なやつもあるらしい」
「はぁ……あんな初登場をしておいてそれは本気なんですか?」
「すごくしっくりきてない顔しているけど、マジだからね。なんかフランベルさん、騎士なのに一般人に絡んでしまって申し訳ないって思っているらしい。なので、返してもらうなら出世払いで、ってことらしいよ」
「騎士」
「騎士……あれ、そういや言ってなかったっけ」
「初耳かもしれない……じゃああれですか……だからあんな初対面の人間に手を貸して……なんていいケモなんだろう……ケモ騎士様、一般人の私にぼこられてて可哀想に……」
「相手は武道の達人相手だから……(震え声」
ともかくいくらは薄暗い空を眺めながら、昨日フランベルから聞いた情報を共有した。それはフランベルが騎士であること、持ち場から逃げ出して、王都に辞職を申し出に行くこと。あとは自分たちを異国の人間と思っていることくらいだったが。
「逃げ出したのに戻るのか……生真面目だなぁ……私なら顔合わせにくくてしばらく悩みそうなことをすぐ決めて……なんか、フランベル氏生きにくそー」
「まあ、わかる。でもそういう潔白そうなとこ、いかにも騎士っぽくて良くない? くっ殺してくれないかな……あ、そういや葉月ちゃん傷どう? 腕のやつとか、あと靴擦れとかしてない?」
「腕? おあ、フランベル氏がつけたやつですね! かすり傷だったので全然大丈夫。ほら、治りかけで痒いんですよ! あと足は初めは痛かったんですけど、慣れてる靴なのかいまではすっかり大丈夫です! これ十代の頃めっちゃ履いてたやつなんですけど動きやすいですよ!」
「そっかそっか、よかったねえ」
「いくらさんは? 服溶けてきたりしてない?」
「別に常に毛穴から服が溶けるスライムを分泌してる訳じゃないんだよなぁ。本気の化け物じゃん」
「そういや好奇心なんですけど、スライムの召喚ってどうやってるんですか?」
「スライムね、あれはこうやって強く念じて……いや、やっぱ人目があるし、今度ね」
「人目……」
なにやら思わせぶりないくらの態度を不思議に思い、葉月が周囲に気を配る。確かに人気が多い。大きい通りには篝火も焚いてあって夜に備えている安心感からか、まだ出歩いている人間も多い。地元の人間と、酔っ払った旅人とかだろうか。農民という風体ではなかった。
そういえば集落に入ってからは、人間も見かけるようになったと思う。昨日の集落ではこの世界に獣人しかいないのではないかと思う勢いで獣人しかいなかったが、ここでは行商人らしき馬車を持つ人にも、出歩く地元民らしき人たちにも、獣人もいれば人間もいる。むしろ人間の方が多いように思える。
「なんかあるのかな。人間が住みやすい環境が整ってるとか……」
「なあアンタら、ここの人か?」
「ん?」
声に顔を上げると、葉月の前には男が立っていた。獣人ではなく、人間だ。いくらとは逆の方向に横並びにもう一人男が立っており、葉月を見定めているようだった。ニヤけ面がなんとも不快だ。軽装だが、皮の胸当てやナイフが提げてあるベルトをつけているのを見ると旅人の可能性もある……嫌な予感がしたが、こういう場合にどう対処するのが正解かわからずにいくらが迷っていると、葉月は見事な営業スマイルを顔に貼り付けた。
「いえ、旅人です」
「二人で? 俺たちも旅してんだけど、女の子一人じゃ男一人人居ても不安でしょ? 同行しようか?」
目の前のいかにもモブっぽいデザインの二人組は、純人間だ。耳も尻尾もなく、マズルもない。久々にまじまじ見た人間の顔だが、普通だなと葉月は思った。
「大丈夫です。もう一人、騎士様がいます」
「騎士様ぁ? ただのカップルの警護に? 冗談はダメだよ、お嬢さん。騎士様も暇じゃないんだ。他の国から来たのかな? あんまりみない顔だし、知らないのかもしれないけど、この時期騎士様は他国との牽制に備えて遠征に出てる。カップルの警護なんて人手が足りてない時にしないだろ」
よく喋る男だなと思いつつ、話している内容には素直に感心した。戦争を繰り返している国なのだろうか。この時期に、ということは毎年のことなのかもしれないので、他国への牽制だけのためのものなのかもしれない。
「ね、君可愛いね。どこの子?」
「あ??」
「葉月ちゃん、メンチ切るチンピラみたいな声出てる。ちょ、すみませんね、この子ちょっとオラオラ系で連撃出すのが趣味で……」
「わけわからねぇこと言ってるんじゃねぇ!!」
「確かに」
今まで無視されていたいくらが間に入ったが、肩を強く叩かれて押し返される。倒れかけたいくらを背後にいた葉月が抱き止めた。
「あ、ありがとう葉月ちゃん」
「神を……押した……? なんだァ? てめェ……」
「葉月、キレた!!」
「なんだ文句あんのかテメェ」
「えっ、文句言ったの本人なのに私に絡む?? どうなってんだ異世界の思考回路」
男女のコンビなら男が文句を言うというテンプレでナンパをしているのかもしれない。なんてマニュアル人間。大量解雇されたペッパー君だってもう少し柔軟な対応をできているというのに。
「彼女は俺たちと居たいって言ってるだろ」
「言ってない言ってない! やめとけやめとけ!!」
「いくらさんに手を出すな!! そこにちょうどよく井戸もあるし、お前らを貞子にしてやろうか!!」
「逃げて!! 今すぐ井戸から離れるんだ!! 私はまだ友人を殺人犯にしたうえに呪いの連鎖を生みたくない!!」
いくらの悲痛な叫びも虚しく、男達は葉月の腕を掴む。いくらの脳内ではオイオイオイ死ぬわアイツと見知らぬ男二人組が息ぴったりに話している。誰だお前ら。
いくらが脳内で心酔する異教徒絶対殺す神父に十字の切り方を教えてもらっていたその瞬間、葉月が犯罪に手を染める寸前で、葉月を掴んでいたモブの腕が黒い腕に掴まれた。
「若い女性に手をあげるのは感心しないな……お嬢さん、大丈夫か」
この後血祭りに挙げられるのが目の前の男二人組だったとは知らず、助けに入った男が葉月の表情を窺う。襟付きのシャツにベスト、スラックス姿の細身の黒豹の獣人だった。顔の左側に存在する、額から顎にかけて大きな古い切り傷がずいぶん痛々しく見えたが、そんなことは今や葉月といくらにはどうでもよかった。
「「イケケモ!!」」
「なんだって?」
声を合わせた葉月といくらに黒豹が金目を瞬かせるが、彼につかまれたままだったモブ男が大きな舌打ちと共に腕を振り払った。
「チッ!! ケダモノに触られた!! そこの女、ケダモノの連れかよ!! このど変態が!!」
「ふざけるなよケモナーは一般性癖だ!!」
「本当のマイナー性癖を理解して箱に詰まって出直してこいや!!」
いくらと葉月が息ぴったりで罵倒し、中指を立ててモブを見送る。黒豹はなんとも言えない顔をしていた。
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